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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第六十二話 暴走

 「裏切り者……?」


 その言葉は俺にとって心の琴線に触れるものだ。

例え苦し紛れの時間稼ぎだろうと俺には放っておけなかった。

 この隙をついて奴が何かしらの行動をとってくる可能性もある。

俺は奴から注意を怠ることなく、指を差した方に目をやればそこにはマリーがいるだけだった。

やはりただの戯言か、そう俺が断ずる前に囁く声が頭の中で響いた。


 『ミコト、ヨクミテゴラン?ウラギリモノハ、チャントイルヨ?』


 反射的にもう一度視線を戻した。

俺のことを見詰めながら必死に止めようとするマリーの姿以外どこにも……。

……いや、俺はどうしてそれに気付かなかったのだろうか。

彼女は一人だけじゃなかった。シルフィードの姿もそこにはあったのだ。

いつの間に、としか思えない。あいつの姿を見落としていたなんて。

 俺とシルフィードの間には契約という名の繋がりがある。そのせいで互いの存在を常に感じ取れるのだ。

物理的な距離が開けばそれは希薄にもなるが、少なくとも忍び寄って脅かすという芸当はできない。

ここまで近くにいるのなら例え見えなくてもわかるはずなのに。


 (お前……いつ、ここに来た?)

 『ミコト!?良かったのです。ようやく声が届いたのです!』


 シルフィードはマリーに何かの魔術をかけながら、泣き笑いのような笑顔を見せる。

緑色の暖かな光を見るに、たぶん回復魔術だろう。

回復魔術に魔力を補うような効果はないが、体にかかった負担を軽くすることは出来る。

現に幾分かマリーの表情も良くなっているのが証拠だろう。

 あいつをマリーと一緒に行かせたのは俺だ。ここにいたとしても何の不思議もない。

だが、今の今まで声も存在さえも俺は感じ取れなかった。まるで何処かに隠れていたような、そんな気にさせられる。

 唐突に俺の中にいる声がクスクスと楽しそうに笑う。

ひとしきり笑った後、いたずらでも思いついた子供のような声で囁くのだった。


 『ミコト?カクレテイタ、ウラギリモノ、ミーツケタ』


 それが誰を指しているのか。


 「そいつは……その女は裏切り者だ!はは、ははは。どうだ、僕だけじゃないぞ、お前も裏切られてるんだ!!」


 奴の声が誰のことを言っているのか。

俺には目の前にいる小さな少女と、彼女以外見つけることが出来なかった。

 囁く声と奴の言葉がすんなりと俺の中に入ってしまう。

シルフィードは過去に肝心な所で俺のことを置いていった。

年月が経ちようやく再会したシルフィードは、その時のことを気付けばいつのまにか違う場所にいたと言っていた。俺はその言葉を信じた。

シルフィードと契約した俺は感覚でそれが真実だと感じていた。

だが、もしもその感覚こそが仕組まれていたものだったら?

こうして姿を隠し、契約の繋がりさえ自分で途切れさせることが出来るのなら、そんな事も可能ではないのか。

 マリーも同じだ。

自分から奴の傷を癒そうとしたのも、俺を止めようとしたのも、全部そういうことなのだろう。

精霊と結託して俺のことを邪魔しようとしている。


 『ユルセナイネ?コレハ、ウラギリダ。ユルセナイネェ?』


 やましいことが何も無いのなら姿を隠したりなんかしない。敵の傷を癒そうなんて考えない。

そんなことをするのは卑怯者であり、裏切り者だ。高みから必死に足掻いている者を笑う畜生だ。

 ずきん、と傷が痛んだ。

それは心の傷であり、昔に受けた傷跡だった。今、俺はその場所を裏切りという刃でもう一度切りつけられていた。

じくじくと痛んでは苛み、心を締め付ける。

胸を掻き毟りたい衝動に駆られ、だがしかし、俺はそれ以上の憤怒を宿していた。

それは二人に向けたものでもあり、己に向けたものでもある。

僅かでも彼女たちに気を許していた。だからこうして傷ついている。

二度と誰も信じないと誓ったのに俺はまた……。


 『ココチイイヨ、ミコト。ソノコウカイ。ソノイカリ、ソノニクシミ。ダカラ、ハヤク、コロソウ?』


 お前も奴らと同じか。人の痛みに心底の喜びを感じているのか。

痛みに喘いでいる姿を嗤い、消えない傷跡に苦しむ姿に幸福を感じているのか!?

許せない……許さない!!また俺を!!

 体の内から増幅する膨大な闇の力。

憎しみは際限なく広がり続けて、自分の身すら焼き尽くされてしまいそうだった。

俺はそれを力尽くで屈服させようとする。こんな所で、こんな場所で無様にシぬわけにはいかないから。

抑え切れない黒い炎が内から漏れ出て、一瞬の内に俺の上着が燃え尽きた。

外に曝け出した素肌に汗を流し、獣のように荒い声をあげながら必死に力に抵抗する。


 『ミコト!?』

 「ミコトッッ!!」


 マリーとシルフィードの叫ぶ声が耳に届いた。

奇しくもその声をきっかけにでもしたかのように俺の力は次第に安定してきた。

 彼女たちの声に勇気付けられたからではない……。

堪える為に伏せていた顔を上げる。見上げた先はあの二人だった。

心配そうに俺を見ている。嘘をつくな。

俺の痛みを思いめぐらせているように辛そうにしている。嘘をつくな!!

全部、全部が嘘だ!!俺を欺こうとしている罠だ!!


 「もういい……そんな顔はもう見たくない」

 『ミコトっ。今すぐその力を止めるのです!その力は貴方を蝕んでいる。とても危険なのです!!』

 「黙れよ」

 「とても辛そうな顔をしてるよ、ミコト。もう止めよう?こんなこと何にもならないよ」

 「うるせぇ!うるせえええええええええええええ!!!」


 俺は自分の出せる声の限界まで叫んだ。余計な言葉なんて聞きたくも無い。

掌握した闇の力を背中に生えた四枚羽に集中させる。

真っ黒な羽は更に成長を遂げ、鱗粉のように陽炎が揺らめきだす。

 また何かを言いかけようとしている切っ先を潰して、俺は四枚羽を駆動させた。

そうやってまた言葉で本心を隠そうとする。だからもうお前たちは喋らなくていい。


 『ソウダ。モット、モット、コロソウ?コロシツクシテヤロウ?』

 「があああああああああああああああ!!!」


 無意識に高速思考とブーストを起動させる。準備なんてそんなもので、後は砲弾の如く空を駆けていくだけだった。

魔術も、他の何かの攻撃でもない。ただ感情に赴くままの突撃。

向かう先は裏切り者のその首。その細い首をへし折ってしまえば言葉を吐くこともない。

嘘を吐き続ける口なんて永遠に閉じてしまえばいい。

 この場の誰よりも速く駆け、反応も出来ない速度で襲い掛かる。

力任せになぎ払った腕は、しかし、風の結界によって阻まれた。

事前に用意していたとでもいうのか。こうなることを予想していたというのか。

用意周到な相手に怒りの咆哮が木霊する。


 「シルフィーーーードォォォォォオオオオオオオオオ!!!!」

 『くぅ……ミコト、話を聞いてくださいなのです』


 精霊が作り出した結界はあまりに強固で、ただの攻撃では破ることが出来ない。

頭に血が上っていた俺はそれでも愚直に殴り続けた。

拳から血飛沫をあげてもやめない。憎い。どうしてまだそんな顔をしている。

泣きそうな顔をしていてもそれが演技だと俺は知っている。シね。そんな顔は潰してやる。

この世界から消してやる!!


 「やめて!どうしてあたしたちが争わなきゃいけないの!?こんなのっておかしいよ!」


 おかしくなんてない。おかしいのはお前らの方だ。

戦え。戦ってシね。戦わないのなら無抵抗にコロされろ。

憎くて憎くて仕方ないが、最期の慈悲で一瞬の間にコロしてやる。


 『なんて力なのですか……これがミライが危惧していた力』

 「あああああああああああ!!!!」


 真っ赤に染まった頭の中にはもう何も聞こえない。ただ目の前の敵をコロすことだけが残された目的だった。

激情に支配された中でも戦いに関する理性は働き始める。

 物理攻撃では結界に対してあまり効力はない。理性が次にとった行動は闇の力の行使。

陽炎を使って魔術の無効化を選択するも無効化できない。

原因は精霊との契約か、他の何かか。推察する時間などなく、直接攻撃に移行した。

陽炎を腕に纏わせ、結界にぶち込む。今まではガンガンと音を鳴らすだけだったのに、陽炎が纏わり付き結界に侵食を始めた。


 『このままでは破られてしまうのです……!!マリー、もう体は動かせますか!?』

 「うん、大丈夫……でも、どうしたらいいの。こんなミコトを元に戻す方法なんて」

 『きっとあるのです!!私は絶対に諦めたりなんかしないのです!!もうあんな思いをするのは嫌なのですっ』

 「妖精さん……」


 もう少し手を伸ばせばあの小さな首に手が届く。まずはシルフィード、貴様からだ。

ずぶずふと風の結界に腕が埋まっていった。激しく抵抗する力はあるが、後数秒もしない内に突破できるだろう。

 だがその前に風の結界は自らその役目を放棄した。

シルフィードが自ら結界を解いたのだった。さぁぁ、っと風の障壁は消えていく。


 『今なのです!』


 ふわりとマリーの体が宙に浮き、シルフィードと共に風のような速さで俺から距離をとる。

目と鼻の先にいたシルフィードに後一歩の所で届かなかった。

逃がすわけがないだろうがぁ!!

激昂しながらも即座に反応した俺は、同じように四枚羽を羽ばたかせて後を追う。

 この部屋の天井はそう高くない。広々とした部屋だが逃げるには限界がある。

マリーを抱えていてシルフィードのスピードもそれほど速くない。

追い詰めるのも時間の問題だった。

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