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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第十一話 帰り道

 あれからたっぷりとローズブライド家で勉強尽くしの時間を味わった。

時間にして正午から七時ぐらいまでだろうか。途中、小休憩する時間はあったもののほぼぶっ続けである。

そろそろ暗くなるから、という理由がなければまだまだ続いていたかもしれない。

正直な話、俺は勉強が嫌いだ。

だがそれでもこんなに集中した時間を送れたのは、ひとえに二人のおかげだと言えるだろう。

 プリムラは丁寧で貴族然とした口調ながらもわかりやすい説明を心掛けてくれていたようだ。

習い始めたばかりの俺でもなんとかついていけていた。

正直、ちょっとだけ彼女の印象が変わった。

初めは強引に教えられる形になったが、こうも一生懸命に教えてもらえれば俺も本気で応えないといけないだろう。

 今日の授業の内容は主に魔術、と言うよりその前の段階や成り立ちについてだった。

日本の歴史などは全て暗記でまかない、面白みなんて微塵も感じていなかった俺だが魔術の歴史は存外に面白い。

これが興味のある分野だからか教え方のおかげか、知識の吸収量が全然違った。

 プリムラは派手な見た目に反して、どうも生真面目な性格らしく教科書通りな教え方のようだ。

と言ってもそのまんまコピーというわけでもなく、自分の解釈も入れて授業は進んでいたが。

その一歩先、教科書には描かれていない歴史の背景などを語ってくれたのがミライだった。

いつもと違ったミライが見れて新鮮な気持ちになったはいいが、たまにこっちに向かって手を振るのはなんだろうか。振り返したけど。


 そんな濃厚な時間も終わってみればあっという間だった。

部屋の中が暗くなってきたのに気づいて、ようやくその手を止めたほどだ。

まぁこんなに根を詰めたのは最初だからだろう、と思う。さすがにこれが毎度毎度だと疲れてしまうだろう。

というか、俺がここに通って習うのはもう決定事項か。

そもそもの話、何故一緒に勉強をしたのだろうか。

 ローズブライド家を後にした俺とミライは、その帰り道を二人だけで歩いていた。

夕闇が迫っている街中は、夕焼けと周囲の街路灯やぽつぽつと家から漏れ出る光と相まって一種のノスタルジーを感じさせる。

未だ陽は半分ほど顔を覗かせていたが、間もなく完全に姿を消してしまうだろう。

人通りも昼と比べ大分少なくなっている。好奇の視線が消えているのがいい証拠だろう。


 (あれが電気で動いているわけじゃないだろうし、魔道具か。さすが貴族街といったところか)


 こんな公共の場で高価と言われている魔道具が使われているのだ。

俺たちが暮らしている区間あたりでこんなものを設置したら、一日を待たずして消えていることだろう。

ここが治安がいいという証でもあるが、始めからここに住む貴族たちにはこの程度の魔道具盗む価値がないのかもしれない。

 そう言えば今更気づいたのだが、俺が着ている服がいつもより上等なものになっていた。

これもここに来るためだけにあつらえた物なのだろうか。ミライも俺と同じく上質な服を着こなしているようだ。

無頓着にも程があるが、あえて言い訳を言わせてもらうならば俺は服にはあまり興味がない。

ミライは何を着ても似合うから、いいものに着替えても魅力は幾分が割り増しになるだけだから気づきにくいのだ。

……やっぱこれ苦しい言い訳だな。

これからはもうちょっと服にも頓着するようにしよう。






 俺たち二人はどこにでもあるような何気ない会話をしながら帰っていた。

帰り道、というものが俺にとって一人で帰るのが当たり前だった。

例えば小学生の頃の学校からの帰り道。

じゃれ合いながら帰る同級生たちを横目に常に俺一人だった。

今でこそ寂しいな、と感じてしまうが……当時の俺にとってそれが日常だったからそんな思いはなかった。

だから俺はとても楽しかった。

そんな過去があるからこそ、今この時を過ごせる喜びが抑えきれない。


 「どうしたの?今日はなんだかいつも以上にご機嫌ね」


 だからこうやってミライにバレてしまったのも当然と言えるだろう。

横を見上げれば笑顔のミライがいる。

行きは手を繋いでいなかったが、今はこうして手と手を繋いでいる。距離がとても近い。

最初はどこか恥ずかしい気持ちはあったものの、今ではこれがとても自然な状態に思える。

きっとこれも以前には得られなかったものだからなのだろう。

満たされる気持ちに俺は自然と笑顔になり、少しだけ握られた方の手の力を強くしながら、


 「楽しかった!」


 と、童心に返ったような声でミライに応えた。

ミコトとして生きるようになって妙に子供っぽくなってきた。

心が体に釣れられているのかもしれない。だが、それも悪くない。


 「そう、よかったわね。プリムラちゃんの授業、面白かった?」

 「うん!お母さんも楽しかった?」

 「ふふ。楽しかったわよ。それにいつもはプリムラちゃんに私が教えているのだけれど、ちゃんと私が教えたことを覚えていてくれるようで嬉しかったわ」


 そうか。やはりミライが家庭教師として教えていたのはプリムラだったか。

薄々とは感付いていたことだったが、その言葉からようやく確信に到る。

 それからミライが教師として教えている時のことや、プリムラが熱心で教えがいがあること、館で食べたおやつがとてもおいしかった事など色々と話した。

聞き手に回った俺は所々相槌を打ちながらその話を聞いていた。表情豊かなミライを見ているだけでも楽しい。

ふと、会話の流れが止まると、幾ばくかの呼吸を挟んだ後にミライは少し寂しそうな表情を作って俺に言った。


 「ねぇミコト」

 「何?」

 「プリムラちゃんとお友達になれる?」


 ミライのその言葉にドクン、と一際大きく自分の心臓が鳴った音が聞こえた。

友達……。

ミライがそんなことを言い出したのは、俺が今まであまり外出もせずに本ばかり読んでいたから?


 「プリムラちゃん、いつもあのお屋敷にいるの。ひとりでずっと……」


 それは孤独、という意味だろう。あの屋敷なら使用人がいないわけじゃない。

そしてその言葉は、果たして本当にプリムラのことだけを指し示しているのだろうか。

プリムラは……たぶん貴族としての立場が関係して友達がうまく作れないのだと思う。

あの容姿も理由の一つかもな。見た目が綺麗な人はそれだけで近寄りがたいものだ。

俺とは違って作りたくても作れないのだろう。

勿論、全て俺の推測ではあるが。

 しかし、俺は…………。

俺は、どうだろうか。

そんな人を作りたいのだろうか。傍にいて欲しいと思うのだろうか。


 「今日みたいに無邪気に笑っていた顔なんて久しぶりに見たのよ。友達に、なれないかな?」


 その言葉に俺は、


 「…………わからない」


 そう、答えるしかなかった。

負った傷がたくさんある。それは体にではない。

死んで生まれ変わったとしても癒えていない魂の傷とも言えるもの。心の奥底でちりちりといつまでも燻っている。

何かを考えられる余裕がなかった前までは蓄積していくだけで、どんなものかわからなかった。

生まれ変わって理解できるようになった後は、できるだけ目にしようとしてこなかった。

それは様々な痛み。

悲しみ、苦しみ、切なさ、恐れ、怒り、絶望。

心が痛い、だからこそその痛みをもう一度感じないようにしてきた。

人と関わらなければ大抵の痛みがなくなるのは知っていたから。


 (それでも)


 もしかしたら、もしかしたらまた俺は他の人も信じることが出来るようになるかもしれない。

ミライは初めから近しい距離で母と子という特別な繋がり……そして短くない時間を経て、信じる、信じようと心が動くことが出来た。

だからそんな繋がりを持っていない、赤の他人から始まる人々とどう接すればいいかわからない。

例え繋がりを持てたとしても希薄な繋がりならば、裏切ることも容易いだろう。

それはとても怖いことだ。

 だけど、誰かと過ごす喜びを俺は知ってしまった。

以前は孤独で知りえなかったことを、ミライは教えてくれた。

俺が笑えば隣で一緒に笑ってくれる幸せを、涙を流せばそっと傍にいてくれる優しさを、抱きしめれば抱き返してくれる愛しさを。


 「わからない。けど、一人は寂しいって僕は思うから……」

 「うん、そっか……。ありがとう。ミコトは優しいね」


 そう言って穏やかにミライは笑ってくれた。


 「そうだミコト!これあげるね」


 今までの空気を断ち切るようにミライが声を張り上げれば、自分のポケットを弄って何かを取り出した。

それは銀の指輪だった。シンプルなデザインでほぼ装飾は何も無いが、短くなにやら文字が刻まれているようだ。

手渡された指輪をしげしげと観察しても、何が刻まれているのかはわからない。


 「これ何?」

 「それはね、魔力を制御してくれる指輪。ミコトの魔力は高いから魔術の練習の時に魔力暴走しないようにつけておこうね」


 俺は魔力が一流魔術師並だという話だからな……魔力はそうでもコントロールは素人だから危険は必至。

さながらF1カーに乗った若葉マークのドライバーと言ったところか。

大事故、爆発炎上。恐ろしすぎる。

 俺は早速その指輪を右手の人差し指にはめることにした。

子供の小さい手だというのにサイズはぴたりと当てはまる。

ん?手に取った時はもう少し大きかったと思うが……これは魔道具?

自動的にサイズを調整したのか。

高価と言われる魔道具を何でこんなものをミライが持っているのか不思議だったが、プリムラに貸して貰ったのかもしれない。

 いや、本当に色々とお世話になっているな二人には。

特にプリムラには初対面だというのに睨んでいたことも含めて、謝らなければならないだろう。

友達になろうとしているのだ、けじめはつけておくべきだ。


 しかし、妙な気持ちになってしまう。友達なんて初めてだ。しかもそれが異性だという。

右手にはめられた銀の指輪の多少の違和感もそうだが、プリムラとの付き合いも段々と慣れていけたらいいな……。

そんなことを思い夕暮れ時の貴族街を二人で帰ったのだった。

ストックがなくなったので、ここからは連続更新はできなくなりました。

一週間に二、三話を目標に投稿しようと思います。


アクセス数やお気に入りをしてくれている方を見て自分の糧とさせてもらっています。

読んでくれている、という実感があればこそ、よしやるぞ!という気持ちもどばーっと湧いてくるものです。

日々、皆様に感謝をしつつ、よろしかったらこの小説も最後まで付き合ってくださるととても嬉しいです。

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