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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第五十五話 魔術戦

 まずは小手調べと言わんばかりの下級魔術の応酬は互角といった有様を見せていた。

風を操る俺に対し、クロイツが選んだ魔術は自由自在に形を変える水流。

不可視の風の刃が空を切って襲い掛かろうとも、水がヴェールのように奴を包み込み突破を阻む。

返す手で圧縮された水弾がいくつも射出されたが、俺はブーストと高速思考のスキルの併用で難なくかわした。

その結果があまり気に食わなかったのだろう。

クロイツはあからさまに嫌悪の感情を顔に出し、しかし罵声を吐くことなく次なる魔術を詠唱した。


 (さすがに魔術戦となれば無駄口は叩かないか)


 追撃の弾丸を距離を離すことで回避しながら思う。

普段の行いからクロイツの評判は散々なものばかりだ。しかし赤の生徒だけはあって裏打ちされた実力は確かにあることを感じる。

若干、自分の力に振り回されている感はあるがそれでも、である。

魔術にはステータスだけでは補えない部分が確かにある。それは魔術のイメージだったり、魔力のコントロールだったり、詠唱を正確に唱える技術だったりと。

本人の努力なくして、赤のクラスにいることは出来なかったのだろう。

プライドの高い奴のことだ。けしてそれを認めたりしないだろうが。


 「水よ、貫け。アクアスピア!」


 魔術の射程外まで逃れたと思っていた所を奇襲の水槍が下から突き刺さんと飛び出る。

いつのまに、と思うよりも早く反射的に飛びずさることで直撃は避けることが出来た。

チッと舌打ちをするクロイツを前に被害の状況を素早く確認する。

浅く入ったから障壁へのダメージもそれほどではなかったようだ。

それでも最初の一撃を俺がくらった、という事実には些か驚かされた。


 「……さっきの攻撃も布石だったということですね」


 周囲を見渡せば地面に追撃へと放たれた水弾の痕跡……水溜りがたくさん出来ていた。

先ほどの魔術の発生源はあれだろう。

 魔術は何も無い所からでも炎や水、風といったものを作ることは出来るが、元々あるそれらを利用すれば力を増大させることも可能だ。

更にクロイツが実践したように、本来の魔術とは違った効果を引き出すことも出来るのだ。

アクアスピアは手元から水の槍が射出される魔術だったはず。

それを遠隔的に水溜りから発生させるなど、なるほど、これが魔術師の戦いということか。


 「ちょこまかと逃げ回って目障りだ。何処へ逃げようと逃れられない波に押し潰されるがいい!」


 クロイツから大きな魔力の流れを感覚的に感じ取る。

パッシブスキルであるトゥルースサイトでも視覚的にそれを視ることが出来た。

間違いなく中級クラスの魔術を唱えてくるだろうクロイツに対抗し、俺も自分の中で最大の魔術を詠唱する。


 「風よ、断ち切れぬ翼となりて、数多の同胞を率い狩人となれ――」

 「水よ、暴虐なる汝の力は、全てのものを押し流しては消し去っていく――」


 顕現する魔術は互いの必殺の一手。

己の魔力を限界まで高め、制御下ぎりぎりの所までデバイスに注ぎ込む。

綴る言葉は一文字一句にこの一撃で勝負を決めんと言わんばかりの気迫を込めていく。

準備は速やかに、しかし入念に終えて、俺は右手を突き出し、奴は杖の切っ先を俺へと向け……。


 「ウィンドブラスト!!」

 「タイダルウェイヴ!!」


 天井にまで届こうとする万物をその水圧で押し潰さんとする巨大な波と、単独であろうと容易くその身を両断せんとする風の刃の群れが産まれ出でた。

激突は数瞬後。身の軽さから先に風の刃が押し寄せる波を切り裂かんと飛び込んだ。

とぷん、と波の表面に吸い込まれるように刃は容易に突破する。

だがしかし、波は個の大きさが段違いだった。上は五メートルにまで届き、厚さそれに伴うようにして厚い。

風の刃は吸い込まれるようにして進んでいったが、途中で波の体の中で掻き消えてしまった。


 (相性が悪いな……)


 俺の魔術が一点突破の点の魔術に対して、クロイツの魔術は広範囲をカバーする面の魔術だった。

風の刃一つ一つではあの壁を突破することは叶わないだろうが、集中させることによって貫くことも出来るだろう。

だがそれは大きな紙に小さな針をつきたてるに等しい行為である。

それによって小さな穴は出来るだろう。だが残りの部分は?

 予想通り、風の刃が後数発で打ち止めといった段階で、ようやく水の壁に穴が出来た。

俺はその小さな隙間に正確にコントロールして魔術を滑り込ませる。

結果を見届ける前に視界一杯に広がって迫りくる波。もはや逃げる暇はない。

せめてもの抵抗として腕を前にすることで防御体勢をとり、衝撃に備えることしかとれる手段はなかった。




 「最初からクライマックスゥゥ!!ミコト選手の魔術とクロイツ選手のどでかい魔術がぶつかり合いました!!

  回避することさえ困難な巨大な波に、果敢と立ち向かうのは不可視の刃。おそらく風を扱ったものでしょう!

  押し寄せるかの如き壁に亀裂を走らせたのはミコト選手でありましたが、それだけではクロイツ選手の魔術は止まらない!!」

 「ほっほっ。二人が使ったのは中級魔術の中でも高位に値する魔術じゃな。よくぞ一年生でそんな魔術を扱えるものだと感心するぞい」

 「どうなったんすかね?ミコトが押し負けているように見えたんすけど」

 「波の勢いを止めることは出来ませんでしたが、クロイツ選手にミコト選手の攻撃は届いているようです!

  吹き飛ばされたクロイツ選手が何よりの証拠でしょう!それよりもミコト選手の安否はいかに!?

  波は勢いをそのままにミコト選手を飲み込みつつ、壁際まで運んでいってしまいました!!」

 「それよりも、って……実況者が肩入れしていいんすかね。……あ、当然のように無視っすか」




 「かはっ……くそ、水を結構飲み込んじまった」


 壁に強かに打ちつけられる瞬間にはどうにか頭を守った所までは覚えているが、その前後のことが記憶が曖昧になっていた。

どうやら一時的に失神していたらしい。

ずぶぬれになった体をどうにか起こす。途端、右肩から背中にかけて激痛が走った。

痛みに慣れている俺でもなかなか堪える痛さだった。すぐさまに左手を患部に当てて緑色の癒しの光を宿す。

 バンドを見れば、緑色に若干赤みが差していた。

津波そのものにあまり威力はなかったらしい。それよりも、物理的なダメージの方がひどい。

顔をあげて前を向けばさっきまで倒れていた所だったのか、ちょうどクロイツが体を起こしているのが目に入った。

俺の魔術はちゃんと届いていたらしい。痛み分け、といった所か。


 (あっちもバンドの仕様については気付いているか)


 俺と同じように回復魔術をかけている所だった。

クロイツは顔を歪ませてはいたが、体にダメージはないようである。

その表情の理由は悔しさからだろう。無様な格好になった俺を嘲笑するでもなく歯噛みしていた。

 すぐにでも戦いを続けないのは障壁に結構なダメージが入ったからだろう。

ウィンドブラストの刃が届いたのは片手で数える程だろうが、その威力は折り紙つきである。


 「貴様……何故、緑である底辺が中級魔術を使える!?赤のクラスでもようやく学んでいる所なのだぞ!

  それに僕の魔術を打ち破るなんてありえない!!魔力も最低値である貴様らにそんなこと出来るはずがない!!」


 張り上げた声でそう問い詰めるクロイツの言葉は、まるで不正でもしてるかのような言い草だった。

まぁある意味で不正に近いのかもしれない。

ちらりと目をやると、俺の視線の先には銀色の指輪があった。

 彼女の形見であるこの指輪はずっと以前から使っていたかの如くしっくりと俺に馴染んだ。

魔術を使えば使うほど以前の自分を取り戻す、いや、それ以上になったかのように思える。

自分の中に何かが開花したような感覚を覚えるのだ。

それが何なのかは自分でもわからない。だが、後もう少しで何かに辿り着けるような気がするのだ。


 「目の前で実際に起こったことですよ。それに私もこうして貴方の魔術を受けている」

 「それ自体がありえないんだよ!!貴様は成すすべなく僕に倒されるべきなんだ!!

  僅かな抵抗も許されないっ!完璧な勝利を得られないなら僕は……!!」


 もはやそれは狂気に近い。信仰でも叫ぶ狂信者を幻想させるクロイツの姿に危うさを感じた。

ただ単に見下げているだけではない。まるでそうでないといけないとでも言うようだった。

 怪しい光りをその瞳に宿して奴は床を見た。

ヒクッと唇の端を動かしてから一瞬の間があき、クロイツは唐突に魔術を唱え始めた。

俺とクロイツとの距離は大分離れている。

ここからでは直線的な攻撃ばかりの下級魔術では簡単に避けられ、中級魔術だろうとよっぽどの追尾性がなければ当たりはしないだろう。

ならば奴の狙いは何か?


 「天の光りと紛う一条の槍、空に産声を轟かせ地に突き立てよ!!」


 布石は奴の放った津波の跡にあった。

道のように俺のところまで続いている水がその答えだった。

未だ床に座ったままだというのにそれでもクロイツは格好など気にもせず、おぼつかない動きで杖を振り下ろした。


 「サンダーボルト!!」


 強烈な光と雷鳴。魔術の名前を唱えたと同時に発生したそれは、まさしく天から降り注いだ光の槍であった。

基本的な四属性、火、水、土、風とは属性の異なる類の魔術。

それは俗に混合魔術と呼ばれ、二つ以上の属性を掛け合わせて発動する高等魔術だった。

サンダーボルトは水と風の混合魔術であり、その名の通り自然に発生する雷を人為的に生み出す魔術である。

 本来は中距離で使う魔術であり、こんなに離れていれば当たることはない。

しかし、水の道が出来ていてその先には水浸しの俺がいる。

水を道にして雷は俺を焼き焦がすことだろう。高ぶった感情の中にもクロイツは冷静さを失っていなかった。


 「……おしいですね」


 だが俺はクロイツがサンダーボルトを唱え終わる前に、風の魔術の反作用を利用してすでに離脱に成功していた。

広範囲を水浸しにされていて普通の移動では間に合わなかっただろう。

 ふわりと体を宙に浮かせた次の瞬間には眩い光と共に雷撃が水の海を走る。

安全な場所にまで降り立った後に振り返ってみれば、そこにはあまりの高温に蒸発してしまったのか水が跡形もなく消え去っている。

名残惜しむかのように、ぱちぱちと僅かに電撃の痕跡も未だに燻っていた。


 「あああああ!!!避けるな、避けるな避けるな!!!お前は、お前がっ!!」

 「落ち着いてください。まるで分別のつかない子供のようですよ?」

 「ばっ、馬鹿にしやがって!今すぐ貴様を切り刻んでやる!!」


 簡単な煽りにもこうやって乗ってくれるのは楽しいのだが、さて。

この短い戦いを通して一つ、気付いたことがある。

それはこのままでは俺はクロイツとやりあっても、まともには勝てないということ。


 「――エアスラスト!!」


 突風のように駆け抜けていく風の魔術をどうにかかわすが、それだけで手一杯で反撃もままならない。

どうもクロイツは風と水の魔術が得意のようである。混合魔術が雷だった理由はそれだろう。

 多彩な魔術を前にして俺の弱点が浮き彫りになる。

その一つ……俺が使える魔術があまりに少ないということだ。

緑のクラスだったからだろうか、初歩的な魔術しか授業では習うことがなかった。

対してクロイツは赤のクラスである。

こうやって戦っている間にも俺が知らない魔術を使い、そのどれもがウィンドブラストと同等かそれ以上の魔術だった。


 (それだけでもないんだよな……俺は近接戦闘なら結構得意なんだが)


 加えてクロイツは魔術の扱いに長けていた。扱いがうまいといった方がいいだろうか。

魔術を使う時の位置取り。場合場合によっての魔術の選択。

ただ一つの攻撃として終わらず、それを布石として次に繋げる判断力。

明らかな経験の差だった。

 魔術を使った対人戦をあまりしていない俺では苦戦は必至だった。

……消耗戦に持ち込む?まさか。そんなに時間をかけていては、いずれ誰かがここに辿り着く。

短期決戦といこうにも、無策では逆に勝機をなくすことになるだろう。

だが、


 (それこそ勝つだけなら距離を詰めて格闘に持ち込めばいい)


 しかしそれでは意味がない。果たしてそんな終わりで誰が納得するというのだろうか。

どんな手を使っても勝てればいいという考え方は変わらないが、それでも意味のある勝利でなければならない。

この勝負であれば、魔術戦を挑み真っ向から勝たなければ勝利とは呼べないのだ。


 (なら、俺に出来ることなんて……)


 一つしかない。

元々発動していた高速思考を更なる深度へと進めていく。

思考は加速し、世界が移ろう。俺だけ至れる孤独の世界。

粘度が増したかのよう景色が除々に遅くなっては命がなくなったみたいに止まる。

この世界には無限の思考がある。どんな事だろうと延々と加速した時の中で試行錯誤を繰り返せる。

 さぁ、では始めよう。見定めるのはクロイツ・シュトラウセ。

その一挙手一投足の全てをこの目に焼き付ける。体の動きの一つ、魔力の僅かな動きさえも。

どんな顔をして魔術を唱えるのか、どんな思いがその言葉に乗せられているのか、全て、その全てを。

あるいは己をクロイツとして思考する。考える。感情を生み出す。

なればこそ至れる境地がその先にあるのだから……。

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