第五十四話 罠を抜けた先
「なんと!そこは迷宮は迷宮でも、侵入者を撃退せんと罠がひしめく死の回廊だったぁぁーーー!!??
選手たちが気をつけなければいけないのは相手だけではありません。敵はフィールドにも潜んでいたというわけですねっ」
「死、という言葉はいただけないのぅ。別に生徒たちに怪我を負わせるつもりはないのじゃよ」
「と、いうと?」
「全ての罠は魔術的なトラップじゃ。生徒たちには事前にバンドを支給しておる。
そのバンドは魔術障壁を発生させるのじゃよ。つまり身の安全は保障されているというわけじゃな」
「なるほどー!安心安全、ニコニコ設計ということですね!」
「ほっほっ。そういうわけじゃの。それに迷宮といえば罠。欠かせないお約束じゃ!」
「まるで台本でもあるかのようなやりとりっすね……」
棒読みでそんなやりとりをする二人に対してミスラは呆れかえった声を出していた。
あの先輩はどうやらあっち側ではないことに少しだけ安心し、爺の戯れに付き合わされてることに腹が立つ。
何がお約束だ。ふざけやがって。
そんな所で戦わされる身にもなってみやがれ、くそったれ。
何処からか聞こえてくる一方的な声に悪態の一つでも投げつけたい気持ちだった。
「っと!!」
唐突に天井から降ってきた氷の槍を身を捻って回避する。
至る所に仕掛けられている罠は進むにつれて巧妙化していた。
今も高速思考を展開していなかったら、気付くのが遅れて直撃していたかもしれない。
実はこの実況まがいの声も、注意を逸らすための一種の罠ではないのかと疑い始めるぐらいだ。
試合が開始されてからずっと走り続けていた結果、見つけたトラップの総数は二十を軽く超えていた。
おそらく注意深く進んでいれば引っ掛かることがなかった物もあっただろうが、そんなものは知らん。
手間暇かけて作り上げた罠を鼻で笑い飛ばし蹴散らしていく。
「ミコト選手、物凄い勢いで迷宮を進んでいますね。他の選手とかなりの差をつけています。
そして最初に一度罠を受けてしまった以降は全ての罠を神がかったテクニックで回避しています!
これには会場の皆様も沸きあがっている様子っ。見目麗しいミコト選手の華麗な動きに魅了されますね!」
「確かにあれはすごいっすね……。って、今、壁を走っていなかったすか!?」
「ふぉー!眼前に突如として現れた落とし穴をただのジャンプでは跳び越せないと悟ったのか、ミコト選手は壁を利用して見事に駆け抜けました!
ノンストップで罠を物ともせず、風のように駆ける力が一体その小さな体の何処にあるというのか!?
これには私も閉口せざる終えません!なんという実況者泣かせ!頑張れミコトくん!一生徒として個人的にも応援しています!」
「別に黙っていないし、すごい私情まみれたことを今いったような気がするっすけど、気のせいっすか」
「なんという身のこなしでしょう!校長!!これは何か秘密があるのでしょうかっ」
「おそらく魔力によって身体強化しておるのじゃろうな。それも強化魔術を唱えていた節もない。
珍しいことじゃが、直接自分で強化しておるのじゃろう」
「ほうほう。具体的にはその二つにはどんな差があるのでしょうか」
「強化魔術は他人にもかけられるが、強化の効果は一定しており魔術だから当然詠唱が必要になるの。
対して直接自分で強化する分には詠唱もいらず強化の幅も広いんじゃ。ただし、常に魔力の流れを操作しなくてはならん。要はかなり難しいということじゃの。
だから魔力で強化するなら大抵は前者を使うのじゃが……ミコトはどうやらそれを使いこなしておるようじゃ」
「高等技術をいとも簡単にこなしているとは、まさしく噂は真実だったということなのでしょうか!?
隠していた牙をみせてきたミコト選手に注目が集まります!!」
「私、そろそろ帰っていいっすかね。たまに突っこむだけで必要ないっすよね」
「なんじゃ、寂しいのならわしが相手するぞい」
「いや、めちゃんこ笑顔でいってきてるっすけど、明らかな下心が見えてるから断固いらないっす」
やたらと俺のことを語る声の下で、俺はものの数分で今までなかった意味ありげな扉がある通路まで辿り着いた。
この間、最初にわざと罠をくらった事を除けば一度として罠に嵌っていない。
むしろ積極的に罠を発動させたぐらいだった。
あるかどうかわからない罠を警戒するより、堂々と罠の上を駆け抜けていった方が効率的で速い。
ちなみに一番始めに罠を避けることなくくらったのは検証の為である。
バンドの魔術障壁がどの辺りで発動するのか、ダメージによる色の推移を計るといった等だ。
結果、下級魔術程度ならば色はあまり変わらなかった。障壁も本当にぎりぎりの所で発動するようだ。
最も実りのある情報は、回復魔術を使えばバンドの色が元に戻ったということだろうか。
試しに自分を傷つけてから回復魔術を唱えてみた所、傷もちゃんと治っていることを確認した。
これはマリーにとってもかなりの朗報である。彼女は戦力としては役に立たないが、戦略的な価値はかなりあるということだから。
ミギャー!とかギョワー!とか女性の叫び声が時折聞こえてきていた。おそらくアレがマリーだろう。
はやくこのことに気付いてくれればいいのだが。
そんなことを思いつつ、俺は扉に手をかけた。
今更罠がどうこうと気にするつもりはない。罠があったとしてもくるならくればいい。
挑戦的な気持ちでいた俺だったが案外呆気なく扉は開いて、その先に足を踏み入れたとしても何も無かった。
「ここがゴール、ということか」
そこは円形状の部屋というだけで、今まで通ってきた通路とこれといって変わった所はない。
部屋はかなりの広さが確保されていて、戦うには十分な規模といえるだろう。
一つだけ明らかに違う点を上げれば、それは五つの扉が部屋を囲うようにしてあるといったところだ。
俺の両隣に一つずつ、鏡のように逆の位置に三つ。
俺がくぐってきた扉を合わせれば合計六つである。試合の参加者も六人。後は言わずもがな、わかることだろう。
「さて、最初に辿り着いたのはいいが……暇だ」
大して疲労も感じていない俺はこのまま待っているのもつまらないと思い、少しだけ考える。
……あの向かい側にある扉を通ってこちらから迎え撃つ、か?
いかにもここで戦ってくださいと言わんばかりの部屋だ。それに素直に従う必要もないだろう。
そうは思ったものの、後ろを振り返ってから考えを改める。
そこに俺が通ったはずの扉がなくなっていたからだ。
「扉の先にいったが最後、後戻りも出来なくなったら洒落にならんな」
俺が目的としている人物は一人であり、まさか三分の一の確率にかけるわけにはいかない。
ここは大人しく待っていることが最良だろう。
それに何も考えなしにこうして突っ走っていたわけではない。
(プライドの高いあいつなら……)
やたらと褒めちぎって俺のことばかり話している声を聞いていたのなら、あいつはどう思うだろうか。
苛々するだろう。感情を逆撫でられるだろう。誰よりも自分が上だと思っている奴だから。
そして真っ先についた俺をぶちのめそうと、チームの誰より早くここにつこうとするに決まっている。
だから早くこい。一日千秋の思いで俺は待っているんだぜ?
誰にも邪魔されないようにお膳立てしてやったのだから、とことんやり合おうじゃねぇか。
うるさい女の声を耳にしながら瞳を閉じる。ようやく他のメンツに焦点を当て始めたようだ。
特に罠にかかりまくっているのに、不思議と運良く被害をあまり受けていないマリーに注目しているようだ。
どうやらシルフィードがうまくやっているらしい。あちらは問題ないだろう。
そして相手側も公平に実況しているようである。
やはり、一人だけ突出して急いでいる奴がいるらしい。
必死に頑張っている姿を思い浮かべると自然に笑ってしまいそうになるが、さて後どのぐらいで到達するのか楽しみに待っているとしよう。
「犬のように走るのだけは得意のようだな……」
憎まれ口を叩きながら向かい側の扉から現れたのは、予想通りクロイツ・シュトラウセだった。
あれから十分以上待った後のことだ。
意外に時間がかかっていて、何処かに座って待っていようかと思っていた程だ。
余程急いでいたのか金色の髪を汗で頬に貼り付けて、はぁはぁと荒い息を零している。
それでも悪態と睨みつけることだけは健在のようで何よりだ。
「お疲れのようですね。少し休憩したらいかがでしょうか」
「っ!!馬鹿にしやがって……運良く先についたぐらいで調子に乗るなよ!!」
そう言いつつもすぐに戦うつもりはないのか、息を整えて自分に回復魔術をかけてるじゃねぇか。
回復しているクロイツを悠長に待っている謂れなんて俺には一つもないのだが、後から難癖をつけられても面倒だ。
ここは正々堂々と互いに万全の状態でやろうじゃないか、なぁ?
「何を笑っている。お前は今から大衆の面前に無様な姿を晒すことになるんだ。怯える表情こそ貴様には相応しい!!」
何処からか出てくる自信満々な態度は相変わらずである。
自分を疑わない姿勢は悪いことではない。自分を信じることによって得られる強さは確かにあるのだから。
だがそれは行過ぎるとただの愚かな過信となる。
本当の敗北を知っている者はけして相手を見くびったりしない。己の過ちで二度と手に入らないものを失った者は……。
だから俺はそれにどんな反応も返すことなく、一歩、クロイツの方へと近寄った。
「ふ、ふんっ!何も言い返す言葉が浮かばないかっ!所詮は下賎な出の――」
「まどるっこしい舌戦よりも、はやく直接戦いましょう?ねぇ……クロイツさん」
実りのない会話ほど無駄なものはない。くだらん言葉のやりとりはもう十分だ。
息もそろそろ整ってきただろう。じゃあ後はわかるよな。
お前が俺にムカついているように、俺だってとびっきりお前にムカついているんだ。
そんな俺にまだまだ焦らそうとするなんて、ひどいじゃないか。
俺は今すぐにでもお前をぶちのめしたいと思っているのによ……。
「気安く僕の名前を呼ぶなよ、庶民がっ!いいだろう、貴様がそのつもりなら今すぐ屑に似合いの格好にしてやる!」
ここに至ってはさすがにクロイツも覚悟を決めたのか、俺の本気の感情をぶつけても怯みはしなかった。
円状の部屋の中、魔術が最大の効果を発揮する距離まで俺たちは距離を詰めた。
あくまで自分が格上の存在であるかのように、高慢な笑いを添えながら魔導デバイスであるカシートの杖を構える。
なるほど、その構えはさすがに堂に入っている。
クラス持ちというだけではなく、それに驕ることなくこいつなりに修練を重ねているということだろう。
戦闘態勢に入ったクロイツと同じく俺もすっと右手を目の前に掲げる。
そこには俺のデバイスである指輪が光に反射して輝いていた。
戦士にとっての獲物が剣や槍であるように、魔術師にとっての武器がこの魔導デバイスである。
すなわち、武器を相手に向けたということはもはや戦いは始まっているということ。
体の中にある魔力を引き出し、デバイスに流し込む。一連の動作はすでに慣れた工程だった。
詠唱という名のトリガーを口に乗せ、魔術名がキーとなって超常なる力は顕現する。
ほぼ同時に放たれた二人の魔術が口火となり、俺とクロイツの戦いは始まった。




