第五十二話 初戦の相手
本選までの残りの時間を有効に使う為、もう一人のチームメイトをさっさと探すことにしたのだが、一つ問題が起こってしまった。
あれほどウザイぐらいに俺に群がっていた生徒がとんと姿を見せなくなったのである。
後一人という所で計られたかのようなタイミングに作為的なものを感じる。
大方、クロイツが裏から手を回したのだろうが……それにしても様子が変だった。
勧誘に勤しんでいた生徒がいなくなったのも変化の一つだが、俺の教室での空気がいつもと違っていた。
予選が終わった当初など予選の突破を喜び、祝いの言葉を投げかけてくる生徒ばかりで応援ムード一色だった。
俺だけではなくマリーも予選を突破した一人で、一緒に盛大に祝われつつマリーは照れながらやる気に満ちた表情をしていた。
それが今となっては何処かよそよそしい空気が漂い、微妙な顔で顔を俯かせている奴らばかりとなっていた。
基本的にこのクラスの生徒は有り余るぐらいの元気をいつも発揮していたのだが。
普段とのギャップに気持ちの悪さが込み上げ、思わず眉をしかめてしまう。
そんな時、彼らの顔が強張った瞬間があった。
マリーが教室に入ってきた時のことだった。
クラスメイトの変貌にマリーは驚き、よく話している友達の所へと彼女は駆け寄っていく。
作り笑いでマリーを出迎える生徒を目にして、俺は思考する。
(勧誘してきた生徒がいなくなった理由……もしかして、俺を避けるというよりもマリーを避けているのか?)
思えば、マリーを仲間に引き入れると決めた翌日からのことだった。
なるほど、攻撃の矛先を俺にではなく周囲に切り替えたらしい。なかなかいやらしい手だった。
俺は自慢ではないが学園内では結構な有名人であり、それなりの人気も獲得している。
そんな人物の悪評を流した所であまり効果はないとわかっていたのだろう。
マリーはいくら訊ねても何でもないよ、いつも通りだよ、という友達を前にして意気消沈しながら自分の席へと向かっていったようだ。
そんな光景を前にして俺はいつも通りに歩いて席に着く。
何事でもなかったかのように、しかし、心の中では胸糞が悪くて仕方なかった。
誰に対しての苛立ちか。クロイツだろうか。それとも根も葉もない噂に惑わされる生徒にだろうか。
それとも昨日までは頑張ってと応援していた癖に、急に態度を変えたクラスメイトにだろうか。
理由はそのどれでもあるし、どれも違っているような気がした。
ただいつも能天気に学園生活を過ごしていたマリーが、沈んでしまっているその姿が、どうにも気に食わないと思っていたのだけは確かなことだった。
そうして新人戦、本選が始まる当日……。
俺は再びゲートの前に立っている。
転送に使われるゲートは予選の時と同じのようである。ただし、その行く先だけは前回とは違うだろう。
三対三の対戦が行われる場所は毎回変更されるようで、事あるごとにゲートを使って移動しなければいけない。
七面倒くさいことをよくやるものだと思うが、それは主催者が誰なのかを考えれば苦笑いを浮かべて納得することだろう。
対戦相手は試合が始まる三十分前に公開される。
これならば事前工作がしにくくなることは確かだが、どうせサプライズが楽しいとか考えていそうだあの爺。
まぁ誰であろうと目的を達成する前に負けるわけにはいかず、打倒しては勝利をもぎ取るだけだ。
そんな心構えをもってゲートが備え付けられている待機室で静かに待っていた時。
電光板のような魔道具に対戦相手である人物の名前が流れた。
俺の目論見を裏切るように初戦の相手は……クロイツ・シュトラウセ。
奴の名前が走った時、半眼となった俺を誰が責められるだろうか。
(これ、仕組まれているだろ……)
少しでも噂に詳しければ俺とクロイツが対立していることなど、学園関係者なら一度は耳にしているだろう。
すなわち、子供のような大人代表のあいつが知らないわけが無い。
もしもそんな二人のどちらかが本選を半ばにして相対することなく負けてしまったら。
観客としては興ざめもいいところだ。
俺に楽しませる意図なんてカケラもないが……いいだろう。今回だけはその舞台にあがってやる。
メンバーは予想していた通りにオラフという人物が入っており、残りの一人は予選で少しの間一緒にいたサラという女性だった。
これには少しだけ驚かされた。
てっきり赤、もしくは黒の生徒を用意するものばかりと思っていたのに。
もしかしたら陰の実力者なのかもしれない。油断はしないでおくべきだ。
「試合開始十分前になります。選手は準備が終えた方から係員のチェックを受けてください」
そう担当員である男の生徒が話してから俺は早速その係員の下へと足を進める。
空港でいうところの荷物検査のようなもので、試合開始前にはチェックを受けることが義務付けられていた。
ルールに反する強力な魔道具の持込、または不正なデバイスを暴くためらしい。
安全性を高めるためには必要な作業だろう。
時間にして三十秒ぐらいで俺のチェックは終わった。
俺が持っている物なんて右手の人差し指に嵌めている指輪ぐらいなものである。
係員の下を離れてからそっと指輪に触れた。今日はこの力が必要となる。
彼女の形見をこうした私闘に使うのには複雑な心境に陥るが、それでも手を貸してもらわなければ勝つことは難しいだろう。
ふっ、と一息吐いて心を切り替える。
考えるのは後からでもできる。今は目の前の事に集中すべきだ。
そう心で区切りをつけていた時、妙に俺の次にチェックを受けている人物の時間が長い事に気付いた。
それは俺のチームメイトでもあるマリーだった。
すでに一分以上は経過しているはずなのだが、それでも入念に何か調べられている。
係員の表情が真剣そのものであるのも気になる。一体何があったというのだろうか。
「……はい、終わりました。もういっていいですよ」
ぞんざいなそんな言葉が終わりの合図となってマリーは解放された。
彼女は俺が見ていることに気付くと苦笑いを浮かべた。そうして強張った体を無理に動かすようにして、ぎこちなく歩いてくる。
思った以上に時間かかっちゃった、とあくまで気軽に言うマリーに、そうか、と俺はそっけなく応えた。
俺の言葉に安心したかのように微笑み、彼女は俺の傍にあった椅子に座る。
その後、おそらく聞かせるつもりはなかったのだろうが、マリーにしては珍しく小さなため息をついていた。
それは疲れきった者がするかのような重いものだった。
(噂話、か)
彼女が気に病んでいることは俺も知っている。原因は学園で流されているある噂話のせいだろう。
マリーをチームに誘った、もとい引き抜いた直後に流れているものである。
噂なんてものは面白おかしくする作り話のようなもので信憑性なんてものは薄い。
本人から聞いたものならばまだしも、誰が発信源なんてわからないものを簡単に信じるのは馬鹿のすることだ。
少なくとも俺はそう思っている。
だが、疑うということを知らない少年少女ならばその枠に入らない。彼らはただ無知で、無垢に信じてしまう。
テレビに出ているドラマの悪役、それを演じている俳優そのものも悪だと思ってしまうようなものだ。
だからこそ救いようがなく性質が悪い。
誰か一人がそれは違うといっても多数の意見に流されてしまう。
そんな噂話に真っ向から立ち向かうのは悪手だ。それを幸いとしてまた更に話を盛り上げてしまうだけなのだから。
何か手があるとすれば、もっとも簡単なのは時が経つのを待つことだろう。
だが今回はその時間が足りなかった。噂話がたってからずっとマリーは元気がなくなってしまっていた。
(キーラが傍にいることがマリーにとっての救いだな)
彼女の友達であるキーラは噂話なんて関係ないと言わんばかりにマリーを励ましていた。
俺はただ傍観しているだけだった。いつものように接しているだけだった。
キーラのように気にするな、と励ました方がマリーの心の支えになったのかもしれない。
だが俺はそうしなかった。キーラのように本気で言えないとわかっていたから。
俺に出来ることがあるとすれば、マリーがこちらに手を伸ばした時すぐに掴める様にするだけだ。
そこに彼女が求めるような感情を俺が持っているかはわからない。
それでも、救いの手を期待しているならばその期待には応える。
マリーにはたくさんの貸しがあるのだから、俺はそれにただ報いるだけだ。
「何か難しい顔をしているね。相談にのろうか?」
「……何、さも友達ですって面してんだてめぇ。お前はただの数合わせ要員なんだから黙ってろ」
「ひどい言い草だなぁ。せっかくチームメイトになったんだから仲良くしようよ」
そうやって馴れ馴れしく話しかけてきた奴こそ、俺たちのチームの最後の一人……ロイド・マーカスだった。
クロイツにひどいいじめを受けていた生徒……とは名ばかりに、それを利用して人間観察をしていたという気味の悪い男だ。
何故こんな奴をチームに入れることになったのかは、様々な葛藤の末、とだけ言っておこう。
「……そういえば、お前、実力的にはどうなんだ?」
「期待している所悪いけど、緑相応だね。得意な魔術もこれといってないよ。予選もろくに戦ってないからね」
そんなに期待しているわけではなかったが、なるほど、こいつが上のクラスに忍び込んでいなかったのはただ単にその力がなかっただけか。
予選は大方、俺と同じ手段を使ったのだろう。
まぁそれは置いておいて、実質的に俺たちのチームはアタッカーが俺しかいないことになるな。
マリーは相変わらず攻撃魔術が使えない。加えて精神的な面でもいいとはいえない。
後ろに控えさせて回復に専念してもらった方がいいだろう。
ロイドは奴の言うとおりなら俺と一緒に前衛を任せるわけにはいかない。サポートに回ってもらうしかないだろう。
俺のExクラスである連携術士の能力を活用したい所ではあるが、今の今までろくな連携をとる時間もなかったからどうなるかわからない。
ロイドを加えることを最後まで悩んでいたせいである。
即席チームとしてはあまりにお粗末であるがまぁいい。
例え俺だけが戦うことになったとしても絶対に一人は道連れにしてやる。それは誰なのかは言うまでもないよなぁ?
クックックッ、と笑いたい所をどうにか我慢する。
いつの間にか俺の肩に座っていたシルフィードは、黒いのです……とジト眼で見ていたが知らんな。
ロイドは話を続けるつもりがない俺に肩をすくめて、口を閉じることにしたようだ。
「間もなく試合が開始されます。選手の方々はゲートから試合会場へと転移してください」
担当員の声をきっかけにして俺たちはそれぞれにゲートへと歩いていく。
都合、これで三度目となる転移である。一度目は予選の会場へと、二度目は帰る為へとくぐった。
ドアを開けるかのような気軽さで俺はゲートへと飛び込んだ。
その先にある戦いへの高揚感に笑みを零しながら、そうして俺は空間転移を果たしたのだった。
前回、前々回と変わらない呆気の無い空間転移。
独特な転移酔いとかそんなマイナス効果が欲しいとは言わないが、もう少し特別な何かを感じさせて貰いたいのは我侭だろうか。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、転移した場所は期待に応えんと言わんばかりに変な場所だった。
「四角い部屋だな。……何もねぇ」
『何もないのです……ちょっとがっかりなのです』
ゲートがある以外は本当に何もない部屋だった。
床は茶色、壁は真っ白で明かり代わりの照明のようなものが点々とかけられていた。
ゲートを中心に半径五メートル程度の小部屋で、正面に扉があること以外本当に特徴の無いところだった。
俺の他に人がいるというわけでもなく、ゲートから後に続いてきたマリーとロイドが揃って怪訝な顔をしていた。
見ているだけで何が起こるというわけでもない。
俺は何かしらアクションが起きるのを待つよりも行動することにする。
何かあるとすればあそこしかないだろう。つかつかと俺は歩いていく。
「ちょ、ちょっとミコト!?」
制止するかのようなマリーの声を振り切って正面にある扉に手をかけた。
すんなりと扉は押し開かれて、その先にある光景は広がっていった。
『ふわぁ!?ひ、広いのです!?』
そうやってシルフィードが素直に驚きを示すぐらいには目の前の光景は衝撃的だった。
なにせ遥か遠くが霞むほどの大部屋だったからだ。
天井までは五メートル程度はあるだろうか。広さに対する高さとしてはかなり狭いと感じざる終えない。
床と壁も先ほどの部屋と同じ配色で、不思議と明かりがないのにも関わらず見渡すことができる。
ふと、正面の彼方に人影のようなものを見つけることができた。
あれはまさかクロイツか……?
そう思っていた矢先のこと、やかましい女の声が部屋に鳴り響く。
あまりの音量にマリーなどは手で耳を抑えるぐらいだった。
「さぁー始まりましたっっ!!新人戦の本選、第一試合!!ミコトチームvsシュトラウセチームゥゥ!!勝利の女神が微笑むのは一体どちらなのか!?」
それからもアレやコレとけたたましくマシンガントークを放つ女の声に、まるで実況のようだ、と俺は半笑いになっていた。
だがまさかそれが本当に実況されているとは露知らず、戦いの火蓋はもうすぐ切られようとしているのだった。