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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第四十七話 二日目、生徒と先生の戦場

 自然の中での朝は爽やかだ。

周りに植物があるからだろう。空気が澄んでいて深呼吸するだけで頭がすっきりとする。

あのトール山で過ごしていた空気と少しだけ似ているかもしれない。

 俺は結局一睡もすることはなかった。

眠気はなくもないが、周りの生徒たちが俺に敵対していないとは限らないので気が抜けない。

どれだけ笑顔で俺に接していようと心の中までどうなっているはわからない。

味方はいないものとして行動した方が何かと効率的だ。

 もそもそと起き出した生徒たちは眠気眼で暢気に欠伸をかきながら、ベッドじゃないからよく眠れなかっただとか、枕が恋しいだとかブーブーと文句を垂れていた。

一晩過ごしただけでこの有様である。大半がドロップアウト組なので俺が気にする必要もないが。

 引き続き新人戦に挑む者は極少数。俺、ケニー、サラと後数名程度だ。

残りの生徒たちはゲートがある場所まで戻ってリタイアするそうである。

適当に歩いていたのにちゃんと戻れるのか、とも思ったが、監視している先生もいるしどうにかなるでしょ、と楽観的だった。

……まぁすでに俺は目的の物は貰っているので何も言うまい。

 そういえばサラという女性は無事に球を貰えたのだろうか。

彼女はケニーと一緒に行動をするそうである。

支度の準備をしている彼女は相変わらず気難しい顔をしているばかりでよくわからない。

俺もどうだとケニーに誘われたが、単独行動の方がこれからはやりやすいので断った。




 緑の生徒たちから別れて数時間後。時刻はおおよそ昼の少し前だろうか。

時計という便利な物は持ち合わせていないので、また木の天辺まで登って太陽の位置からおおよその検討をつけていた。

 現在、俺のいる場所は高い木の上である。

落ちれば大怪我は免れない程の高所だが、木々が密集しているおかげで意外とサルのように動き回れる。

折れそうな枝などを選別していかないとすぐに地上へと真っ逆さまになるだろうが、高速思考を使えば瞬時の判断は容易だった。

ブーストでの身体強化を使って適当な場所を探し出す。

地上からは見えにくく、こちらからは見やすいカモフラージュされたポイントを見つけ出し、そこに腰を下ろした。


 「そろそろか……」


 ゲートから新人戦が行われるここに移動してからきっかり二十四時間後。

ある合図の後に戦闘禁止が解除される。

本当の意味での新人戦が今まさに始まろうとしていた。




 「風よ!放てっ。ウィンド!!」

 「炎よ、穿て!フレイム!!」


 二人の術者による魔術はほぼ同時に詠唱を終えて、魔力を代価とした超常なる力は顕現する。

緑の生徒が放った風に対し、胸に青いアジサイの記章をつけた生徒の炎の魔術がぶつかる。

下級の魔術同士であり、なおかつ風と火は相性は五分五分。

術者の実力が同じならば相殺されるだけに終わる場面だった。

 しかし、衝突の瞬間にニヤリと青の生徒が笑ったように炎は風を喰らいながらかき消していった。

ぎょっとした緑の生徒はどうにか避けたものの、その隙を狙って青の生徒は続けて魔術を唱え始めた。

一気に勝負をつけようというのか、今度の詠唱は少しだけ長く、下級でも上位にあたる魔術のようだ。

これには緑の生徒は背を向けて逃げ出す。

その対応は正しい。詠唱している間は動くことが出来ず、しかも周りに植物ばかりのこの場所なら撒くことも簡単だろう。

青の生徒は舌打ちをして詠唱を途中で止めて追いかけていく。

 こんな戦闘が昼を過ぎた後から繰り返し行われていた。

戦闘禁止の解除……頭に響くような鐘の音が合図となって戦うことが解禁されたのだ。

じっと身を潜めている俺の元だけでもすでに三回。

何とも好戦的な奴らだと思うかもしれないが、よく考えてみれば戦わない手はないのだ。

何せ俺たちは自分の実力を示す記章をそれぞれにつけている。

相手が格下だと知っていれば勝つのは容易だろう。


 「まぁ記章を外せばいいだけなんだが」


 手元で葉っぱの記章を弄びながらそんな独り言を洩らした。

別にこれは着け外ししてもいいのだ。

ただ学校生活の中で当たり前のように着けていたから、意外と気付いている奴は少ないのかもしれない。

相当の馬鹿でなければ戦闘の後にでも気付くか、すでに俺みたいに外しているだろうが。

戦闘が解禁されて間もないこの時間だけは、気付かずにリタイアしてしまう生徒も結構いるだろう。


 「俺の場合は意味ないかもしれんなー」


 顔が知れているせいで大体の生徒が俺の所属しているクラスを知っていると思っていいだろう。

だからこそ、というわけではないがこうして隠れているわけだ。


 「それにしても、あの青の馬鹿……植物が周りにあるってのに火の魔術を使うか?考えなしすぎる」


 戦闘が行われた跡に残されたのは文字通りの火種だ。

炎の魔術は木の幹のあたりにぶち当たって焦げ跡をつけていた。

風の魔術によっていくらか弱まっていたおかげでその程度で済んでいるようだが。

今も木炭が燃えているかのように赤い部分があって、強い風でも吹けば燃え上がるかもしれない。

そんなことを思いながら俺は傍観している。

さすがに森林火災は恐ろしいものがあるので放置するわけにはいかないが、しばらく手を出さない。

何故なら……。


 「ご苦労様だよなぁ……」


 がさごそと茂みの中から音がする。

それと同時に唐突に水の濁流が現れて、小さな火種を丸ごと飲み込んでしまった。

それ自体は別に驚くべきことではない。もうこれも三度目である。

じーっと茂みのあたりを観察していると、分け入るようにして茂みの中から男が姿を現した。


 「あれ、クライブ先生じゃないか」


 三度目の後処理に現れたのは我らが担任のクライブだった。

ひーこらと息を吐き出しながら疲労の出た顔をしている先生は俺が見ているともしれず、勘弁してくれよなぁ、と愚痴を零していた。

走り回っているのか汗まみれであり、泣きそうな表情が非常に哀愁を漂わせている。

 魔術による戦闘は周囲に影響を及ぼしやすい。

例えば今のように考えなしに火の魔術を使えば、森の中ということもあって簡単に火災が発生するだろう。

戦闘に必死すぎて他の事に頭が回らない生徒は多いようである。

 その処理の為に監視役の先生たちが尽力しているみたいだった。

参加している生徒総数を考えると、お疲れ様、という一言以外思いつかない。

学校では見たことも無い人が後処理をしている姿も見かけたので、臨時に雇った人がいるかもしれないが。

さすがに土の魔術アースシールドで隆起した土を、スコップを両手に持って必死に元に戻していた姿を目撃した時は同情の念を隠せなかった。


 「がんばれー」


 また何処かに走り去っていくクライブ先生に密かにエールを送りつつ、俺は優雅に昼食をとる。

優雅といいつつ昨日と同じ干し肉と硬いパンだが、気分だけでも上げていないと割に合わない。

とりあえず空腹は凌げるからそれでよしとしよう。

 激戦区は地上であるようで、俺は今の所誰にも見つかっていないようだ。

だからこそ暢気にこうして食事も取れているわけだが、別に警戒していないわけでもない。

フライのような飛行魔術を使うか俺のように身体能力を活かせば高所には登れるし、感知系のスキルがあれば隠れても意味はないだろう。

攻撃魔術による奇襲も考慮して、弱い魔術防壁を常に張っているから一撃でやられるということもない。

新人戦でのルールを守った生徒からの攻撃なら凌げることだろう。

あの貴族馬鹿なら何をしてきてもおかしくないが、今の所、鬱陶しい金髪は視線に入ってきていない。


 (逆に俺が先にあいつを見つけてしまったら、思わず魔術をぶっ放してしまいそうでこえぇ)


 自重、自重と思っていてもあの馬鹿が地べたに這い蹲っている姿を想像してしまうと、悪くねぇむしろいいわ、と思ってしまう俺だった。


 「黒い笑みを浮かべている所悪いが、私にも昼食を貰えるか」

 「…………」


 ……繰り返し言うが、別に俺は警戒をしていなかったわけではない。

なのにこの女はどうして平然とした顔をして傍にいるのだろう。

不安定な枝の上に泰然としながら腕組みをしてそう語りかけてくるのだ。


 「ライラック先生……何しているんですか」

 「お前たちがやんちゃに暴れるものでな、束の間の休憩だ」

 「どうしてこんなに高い所で休憩するんですかね。地面に足ついている方が落ち着きますよ」

 「何、私もあまり生徒に見つかるわけにはいかんのでな、極力だが。お前と同じ理由だ、ミコト」

 「私に見つかってますよ」

 「だから極力、だ。それよりくれないのか?」


 いけしゃあしゃあと何を言っているんだこの女。

平然とした面をして生徒に飯をたかるとかどういう神経しているんだ。

しかもこっちは食料は限定されているんだぞ。確かに俺は余るほど貰っているが……。

あぁ、なるほど、俺の監視役はライラックか。そっかー。

そっかじゃねぇよ!ずっと見張られているとか寒気しかしない。

というか、返答を迷っている間にもじーっとこっち見つめてくるんだが。なんだ、あんたもマリーと同じで実はハラペコキャラなの?


 「……どうぞ。知ってると思いますが、物凄く食べにくいですけど」

 「あぁ」


 俺はバッグから取り出した食料を順にライラックに向けて投げた。

放物線を描くパンと干し肉を彼女は何気ない動作で受け取った。やけに様になっている姿がどうにも憎らしい。

 そうしてライラックは生徒たちから食べ物ではない、これは歯を鍛える道具だ、と揶揄されていたパンを口に含み……。

ガキン、っと一撃で噛み千切った。

……ふぁっ!?


 「あ、あの先生……それ」

 「もぐもぐ。うん、まぁ、なかなかうまいじゃないか。お前たちはこんなものを食べられて幸せだな」


 そうですね。涙ながらに食べていた生徒もいました。別の意味で。

干し肉に至っても簡単に咀嚼していて、実は普通のパンと肉が混じっていたのかと錯覚してしまいそうだ。

ライラックはそれからぺろりと二つとも平らげた。

どんな歯と顎してんだよ……また一つ、俺はライラックに対して苦手意識を、いやむしろ恐れを植え付けられたのだった。


 「ふむ、ご馳走様。教職員にも食料は支給されるのだが、ゲート近くまで戻らなくてはならなくてな。面倒だったから助かった。感謝する」

 「はぁ、それはどうも」


 相変わらずなライラック節にもはや文句をつける気にもならない。

本当にあれで満足してしまったのか、彼女にしては柔らかな表情を垣間見せた。

 ちなみにこんな顔を見せているライラックだが、俺がちょっとアレしちゃった時には世にも怖ろしい鬼の形相をしていたのである。

そのあたりはあまり気にしていないようで、根にもつタイプではなさそうだ。

そんな調子で俺のこともさっさと興味を失ってくれると有難いのだが、さっきから移動する気配がない。

まだ用があるのか……俺は少しげんなりしながら、こちらから話を振ることにした。


 「それで先生は仕事しなくていいんですか?クライブ先生は頑張って働いてましたよ」


 ちょっとげっそりしていた事は彼の名誉にも関わることなので黙っておく。


 「クライブ先生か。彼は確かに働き者だな。私も休憩が終わったら頑張ることにしよう。さて、それでお前はいかなくていいのか?」

 「私はもう予選を通過できる数確保してますから、後は隠れていますよ」

 「ほぅ、お前は敵がいるなら自分から向かっていくタイプだと思ったがな」

 「……まさか、私は平和主義者ですよ」


 にこやかな仮面を被りながら俺は微笑んでみせた。

ライラックはそんな表情の俺を見た途端、何か面白くないものでも見たかのように鼻を鳴らした。

相変わらず化けの皮を剥がそうと何かと挑発してくる女だ。

俺の本当の性格なんて知ったところでどうにもならんだろうに。

そんなことを思っていた俺に、ライラックは気になる言葉を残した。


 「ふん、だがそう簡単に厄介事からは逃げられん。昼食を貰った礼としてそれだけは忠告しておこう。それではな」


 そう言ってあっさりとライラックは立ち去っていった。

木の枝という枝を渡りながら、まるで滑空するかのような速度で消えていく。

あの教師も大概に強そうだな……上級魔術を簡単に使えていたから今更か。

 あっという間に消えていった背中を見送った後、小さく息を洩らして木に背中を預けた。

ちょうどいい具合にスペースが確保された太い枝の上は、少しぐらい身じろぎする程度では落ちそうに無い。

さすがにずっと寝ていない状態は良くないと思い、腹を満たした後は仮眠をするつもりだったのだ。


 「にしても気になる言葉を残しやがる」


 思い返したのはライラックの言葉だ。厄介事、ね。

あの教師がどの程度事情を知っているかは知らないが、クロイツ絡みを差しているのは間違いない。

 目を閉じれば黒い世界が訪れた。

何処かで魔術が使われているような音が微かに聞こえるが距離は遠そうだ。

どいつも血気盛んなようでご苦労なことだ。

だがその点に関しては俺も似たようなものだった。


 「敵に向かっていく……か。よくわかってんじゃねぇか。俺が敵だと思った奴なら容赦しねぇ」


 俺は獰猛な笑みを浮かべながら、自分の敵になった者たちの顔を思い浮かべる。

全く余計なことを思い出させてくれる。気持ちが高ぶってしまってなかなか寝付けないじゃねぇか。

仕方なく俺は頭の中で想像した。そうしなければ収まりがつきそうにない。

どうやって倒してやろうかだとか、どうやって思い知らせてやろうかだとか。

方法を考えるだけでも愉しくて、やり遂げた時の恍惚を想像するだけで幸せを感じてしまう。

屈折した自分がいることを確かに俺は感じながら、そんな何もないようで何かがあった二日目は過ぎていった。

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