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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第四十六話 一日目、静かな森の中

 予選となるフィールドが広大であると、新人戦に参加した生徒たちはすぐにでも気付いたことだろう。

歩けど歩けど同じような光景ばかりが続き、虫や小動物といった生き物をたまに見かける程度。

鬱蒼とした森の中を見渡すことは出来なかったが……。

ブーストを使って大きな木をよじ登り天辺から確認した所、木々の屋根が辺りを覆いつくして下が見えなかった。

遠くには一応山々が見えてるが、霞むぐらいに遠い。

それ以外には何もなく、憎らしいぐらいに照りつける太陽があったぐらいだ。

まぁ結界が張られているという話だったからどうせ山には行けないのだろうな、と思ったのがちょうど一時間前だろうか。

今現在、俺は緑の生徒の集団に身を置いていた。


 中年の男性から持ちかけられた話は皆で行動しないか、という話だった。

彼の背中側にいる若い生徒たちと二十台らしき女性と一緒にということだろう。

その数は全員合わせて二十名。

他の奴らも各々に誰かと組んでその場を離れて行った。無論、あのクロイツも。

 一人で行動しようとした生徒は誰もおらず、なるほど、知らない土地での単独行動はさすがに心細いのだろうと俺は思った。

俺としては一人で行くつもりだった。身軽であるし、誰かに頼るつもりもなかった。

だが、ある考えによって俺は彼らと行動することに決めたのだ。




 「こんな自然ばかりの所に来たの初めて!なんかすごい」

 「さっき木の枝にリスがいたの見たよ。ちっちゃくて可愛かったー」

 「すっげぇ歩きにくい……新しい靴なんて履いてくるんじゃなかった。うわっ!」

 「あぶねーな転ぶなよ。怪我したら俺たちの中で回復魔術使えるやついねーぞ?」


 などと和気藹々に進んでいる一行の最後尾を俺は歩いている。

なんとも気楽に会話をしているようだが、それも仕方ない話だ。

一日目は非戦闘期間であるのも関係しているだろうが、それだけというわけでもない。

 この新人戦は条件だけ見ればなかなかにオイシイ。

参加するだけでポイントが貰えてその間の授業は免除されるというオマケもついているからだ。

好待遇だということは誰にでもわかることで、林間学校な気分で参加している生徒も多いという。

 楽しそうに会話している目の前の少年少女たちはそんな生徒たちなのだろう。

唯一例外そうなのはあの大人の女性ぐらいだろうか。

会話に加わることもなく、集団から一歩離れた所からついて来ている。

その様子も何処か真剣な雰囲気を纏っていて、空気に敏感な子供たちは近づこうともしない。


 (あからさまだな。それだと逆効果だろうに)


 彼女がこの集団についてきた理由は大体察している。おそらく、俺と同じ理由からだろう。

なんてことはない。このポイント目当てで参加した生徒たちから合格基準である魔道具の球を貰おうとしているわけだ。

労せず予選を切り抜けるには一番の方法であり、この手段をとる生徒も結構な数がいるだろう。

 実の所、俺も新人戦が始まる前から手回しはしていたのだ。

伊達に普段から愛想を振りまいていたわけではなく、二つ返事で了承してくれた生徒はすぐに集まった。

誤算だったのは、転送した場所がランダムだったこと。

不運だったのは、その場に転送された中には約束していた生徒が一人もいなかったこと。

幸運だったのは、今もチラ見して俺の方を見ている生徒がいること。愛想笑いの一つでも投げかければ黄色い声をあげている。

これならば交渉はうまくいきそうだ、と心の中でほくそ笑む。


 (予選を切り抜ける為の条件は整ってきたが、さて、あのクズはどう対応してくるのか)


 クズとは言わずもがなクロイツのことだ。

スタート地点が違っていたならまだしも、あいつが近くにいる俺を見逃すはずはないだろう。

かかってくるなら上等だ。と言いたいところだが、今の所あまり戦うつもりはない。

クロイツとの差しの勝負なら負ける気がしないが、あいつもチームを組んでいるようだしそんな状況になるのは難しいだろう。

 だからあえて予選での戦いは避ける。

次の戦いの場へ確実に駒を進めることこそが肝要だろう。

まぁクロイツが予選を無事に抜けるかはわからないが、もしも落ちてしまった場合にはたっぷりと貶す言葉を用意しているから問題ない。

精神を打ち砕くのに暴力なんてものは必要ないことを教えてあげよう。

 黒い笑みを浮かべる俺の顔に影が差す。

咄嗟に表情を取り繕いながら俺は顔をあげた。


 「どうだい、君は疲れてないかな。ええっと、ミコト……くん?」

 「はい。それで名前は合ってますよ。それに疲れてないので大丈夫です、ケニーさん」


 影を作ることになった本人を前にして俺は何でもないかのように笑った。

その表情を見て同じように柔らかく笑った中年の男性……笑いえくぼが特徴的なケニーという男は俺の隣に並んで歩いていた。

この男、ケニーは夜間学校に通う生徒で昼間は花屋の仕事をしているらしい。

身長が高くて威圧感が多少はあるものの、見た目にそぐわぬ温厚な性格をしているようで、余裕のある大人といった体だった。

今のように子供たちを気遣う優しさも見せて、彼らには早くも懐かれていた。


 「そうか。良かった。君たちにとって自然の中を歩くってのはあまり体験してこなかったことだろうし、少し心配だったんだ。

  それも杞憂のようだね。皆楽しそうにしているし、これが若さってやつなのかなぁ……」


 そう言って眩しいものでも見るかのように目を細めるケニー。

そんな目で子供たちを見る彼の表情は優しげで、人柄の良さが出ているように感じた。

いい大人の代表格のような人物に、俺は親しみよりもまずは打算的な考えが頭に浮かんだ。すなわち、利用できるか出来ないか。

あまり向上心がなさそうだし、早々にドロップアウト組かもしれない。

探りを入れる為にも俺は話を続ける。


 「ケニーさんはグリエントの夜間学校に通っているんですか?校内で見たことがないので」

 「へぇ、よく知ってるね。他の子たちは夜間学校という名前すら知らなかったのに」


 驚いた顔をしながらも何処か嬉しそうにケニーはそう言った。

まぁ俺もあてずっぽうだったんだけどな。どうやら当たりだったらしい。

 ちなみに夜間学校といっても学校で直接学ぶというわけではなく、主に課題を出されてそれを逐次提出するタイプのようだ。

時たま学校が空けられる時は夜間に開放して直接学ぶこともあるらしい。

どうにも中途半端感が否めないと思っていた俺と同じく、ケニーもそう感じていたみたいで一度教師に尋ねたことがあるそうだ。

何故いつも夜間に学校で授業を受けることは出来ないのか、と。

そう尋ねられたある教師は口の端をひくつかせて、夜の学校は危ないから、と答えたそうだ。


 「今でもあの時の答えの意味がわからないけど、あれは冗談だったのかもしれないね。よくある怖い例え話みたいに」


 ケニーがはぐらかされたのかどうかは知る由がないが、俺はそろそろ話を本題に移すことにした。

あくまで気軽に俺は彼に尋ねた。


 「新人戦のことなんですけど、ケニーさんは明日からどうするんですか?」

 「うーん……私は出来る所まで頑張ってみたいな」


 おや、と思った。

やる気という面では前を歩く子供たちとあまり変わりそうになかったのに、意外にもリタイアするつもりはないらしい。

交渉できる相手はまだまだいるから残念という気持ちは湧かなかったが、表情には驚きが少し出ていたのだろう。

ケニーは顔の皺を作りながら味のある苦笑いを浮かべていた。


 「君のように素晴らしい力というものは持っていないけどね。ほら、さっき木の枝を利用しながらすいすいと上の登っていっていただろう。

  あれには皆も驚いていたよ。こういっては何だけど、ミコトくんの見た目からは想像もできなかったから尚更ね」


 冒頭の話のことだ。

ちょうど枝と枝がいい具合に配置されていた木を見つけて、これなら今の俺でもいけるか、と思った時にはすでに他の事はあまり考えていなかった。

この予選となるフィールドがどんな規模なものなのか確かめる為に必要な行動だったとはいえ、もう少し他人の目を気にするべきだった。

その時にはもう緑の生徒たちと行動を共にしていたし、ひっそりと試すのも難しかったから仕方のない話かもしれない。

結果としてはいい方向に生徒たちも感心していたようであるが。


 「あんなものはただの力技ですよ。飛行(フライ)が使える人ならもっと簡単に上までいけたはずです」

 「飛行魔術も難しいとは聞いているけど、君の力技というのも出来る人はあまりいないと思うけどね。

  まぁともかく、私は私で頑張りたいよ。それはサラも同じじゃないかな」


 そう言ってからケニーは一同から少しだけ外れた場所を歩いている女性に目をやった。

肩までに届かない短めのショートヘアーにきつめの視線を周囲にばら撒いているあの女性。名前をサラというらしい。

見るからに気を張っている様子で、俺も最初から彼女だけは交渉の余地はないだろうな、と思っていたが案の定というわけだ。

 残りの生徒は十八名。

まだまだ余裕がある数であり、今もきゃっきゃっと騒いでいる彼らならば期待も大だろう。

まぁそれは少し置いておくとして。


 「そういえばケニーさん。今、私たちって何処に向かっているんですか?」

 「……………………何処だろう?」


 をい。

一番の年長者であるおめーが先導して進んでたんじゃないの!?

もうすでに一時間以上は歩いていたわけだが、まさかそれがあてもなく歩いていたとは……。

予想以上に暢気な連中に俺は愕然としたため息を抑えることが出来なかった。




 その夜。

何ともなしにキャンプ地を決めて、適当に魔術による整地を行って広場を確保した後、細心の注意を払いながら火を起こしていた。

さすがに夜ともなると森の中は光の一筋も通らないほどに真っ暗になる。

魔術を使えばそれも解消できるのだが、それも一時的なものだ。

 周りが植物ということもあって焚き火は危険だが、そこらへんに転がっている石を使って火の元を囲うことである程度は安全になった。

危険な動物はいないようであるが、火はそれに対する牽制にもなるだろう。

手際よく事を進めていたのはケニーだった。さすがは年の功といったところか。

すでにこの集団のリーダー格となっている彼にお任せすることにする。


 「これ……微妙だな」

 「うん……微妙だね」


 口々に文句を言いつつ、生徒たちが微妙そうな顔で食べているのは配給された食料だ。

三食分程度の量で小さなバッグと一緒に手渡されていた。

味気のない硬いパンのようなものと、干し肉のみである。食べるのにも苦労する食事だった。

 リタイアする彼らは味以外は特に何も感じていないようだが、これがなかなかにあくどい。

予選が三日ある事に対して食料は明日の昼までしかもたない。

つまり予選を戦い抜こうとする者ならば腹が減ったなら他人から貰うか、もしくは奪うしかない。

無論、緑豊かなこの場所には果物も実っているが、多少の常識がある者ならば口にしたこともないものを安易に食べようとは思わないだろう。

 されど食べられない期間は一日半、と思うかもしれない。

だが、普段きちんと三食食べている者にとってそれだけの時間を空けるのはつらいものがある。

ましてや成長期の彼らにとっては耐え難い苦痛になるかもしれない。

どちらにせよ、潜在的な場所に争いの種を植え付けられると同義であった。


 (爺だろ。こんなことをするのは。争え……!争え……!とかニヤニヤして言っている顔が目に浮かぶわ)


 干し肉を必死に引きちぎりながらあむあむと噛み締める。食いにくい、が食えないわけではない。ただし多大なる努力が必要になる。

不平不満を洩らしていないのは俺とサラとケニーぐらいなものだった。

ケニーは子供たちをなだめながら、これもずっと噛んでいれば味わい深くなるよ!と励ましているがそもそも噛むのがつらいほどに硬いのだ。

中には食べることを諦めている子供だっていた。

サラは輪の中から外れて黙々と食っているようで、何を考えているのかいまいちわからない。

 満腹以外に食べ疲れというものを体験した生徒たちは、昼のテンションは何処にいったのか口数が減ってしまっていた。

あてもなく森の中を散策してははしゃいでいたのだから疲れてもいたのだろう。

その後は特に会話という会話もなく、皆が示し合わせたかのように眠りにつこうとしているのだが、野宿も初体験という生徒が多いのだろう。

なかなか眠ることさえ難しい様子だった。

苦心している生徒たちにさすがのケニーも成す術はない。

せいぜいが近くの葉っぱ等を体の下に敷く程度であり、それ以上のことは望めなかった。

 俺はこれ以上のひどい状況でも寝たことがあるので特に問題はなかった。

とはいえ、眠るつもりはない。こいつらに付いてきたのはあくまで球が目当てであり、仲間というわけじゃない。


 (それに……いや、別に眠るつもりはないのだから関係ないか。どうせ夢を見ることもない)


 それだけではなんだったので俺は自分から火の番をすることにした。

案の定、ケニーが眉をひそめて自分がやるから、と言ってきたが譲るつもりはなかった。

結局ケニーが折れる形になったのだがそれでも彼は眠くなったら起こしてくれ、と言い残して床についたのだった。




 ゆらゆらと踊る火を眺める。

耳に届いてくるものは虫の鳴き声と穏やかな寝息だけだった。

もうすでに寝静まっているのだろう。あのケニーも気疲れからかぐっすりと寝ているようだった。

全く、暢気な連中である。

あれだけ文句を垂れ流していたのに、いざ寝たとなれば大人しいものだった。

それにいくら一日目が戦うことを禁止とはいえ、戦わずとも球を手に入れる手段なんていくらでもある。

例えばこんな風に誰もが寝静まった時ならば……。


 「……なんてな。もう手に入れちまっているから俺には関係ない」


 焚き火が消えないように燃料をくべながらバッグにある球の感触を確かめる。

合格には十分な量であり、しかも食料までくれる生徒もいた。渡りに船とはまさにこのことだ。

その代わりに握手をしてくれだとか、たまに会いにきてもいいですか、とか言われたぐらいで些細なものだった。

計らずしも食糧問題もすでに解決して折、後は最後の日まで球を死守すればいいだけだ。

 爺の目論見を打ち砕いたことに鼻を鳴らす。

誰がお前の言う通りに動くものかと悪態をつきながらも、しかしこのままでは終わらないだろう、という妙な確信が俺の胸の中に渦巻いていた。

火の粉が小さく舞う静かな森の中、そうして俺は一日目を終えた。

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