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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第四十四話 新人戦

 魔術師によって使える魔術の属性の得手、不得手というものがある。

それは生来によるもので変えることは難しく、どうしても人によって苦手な属性というものが存在している。

得意な属性の反対にあるもの……火だったら水、風だったら土という属性が使いにくくなる。

始めの頃は多少扱いにくい程度らしいが、成長するに従って終いには苦手属性そのものが使えなくなる、という極端な例もあるみたいだ。

 座学で教えなかったのは、魔術の実技を通してそれを体感してもらいたかったようである。

早速始まった実技だったが中には魔術に触れるのが初めてという生徒もいて、それを理解できるまで進んだ者は少数だっただろう。

他の魔術を使ってわかったことだが、俺は風の魔術が得意なようである。

これはシルフィードと契約しているのも関係しているかもしれない。

まぁただ単にミライの遺伝によるものかもしれないが。

それでも今の所、他の属性魔術も使えている。使いにくいという感触も特になく、使える魔術が増えたという俺得な展開だった。

 ちなみにライラックは火属性の魔術が得意らしい。

その証明でもするかのように上級魔術であるファイアーストームを生徒の前で披露したのだから。

広範囲を火の嵐が燃え猛るその姿は圧巻の一言だった。

危険だからと何十メートルと離れた位置にいたのに、熱が肌に伝わってくるほどの火力。

現在の主流が中級魔術とはいえ、この大迫力の上級魔術を見せられたら侮るべきではない。

 だがそれよりも何よりも怖ろしいのは、冷たい目をしながら壮絶な笑顔をしているライラックの表情だった。

皆はファイアーストームの方に目がいってたみたいで気付いていなかったようだ。

車の運転をすると性格が変わる人がいるように、ライラックもそれが魔術なだけだろうか。

いや、この女の場合は素も同じような気がして怖い。




 そんなライラックの授業だが、時折、言葉汚くなじることはあれど概ね良い授業といえた。

魔術というものは感覚的なものが結構あり、それを教えるのが一番難しい部分といえる。

だがライラックはなかなか魔術を唱えることが出来ない生徒がいても、最後まで諦めることなく付き合っていた。

 その結果、俺のクラスでは初日から全員が魔術を使えるようになっていた。

三十人ほどいるクラスの内の半数がうまく使えなかったというのに、だ。

これは結構すごいことなのだと思う。

まぁライラックが、出来ないからと言って止めることは許さん、というプレッシャーを常に発していたからかもしれんが。

 そうして順調な滑り出した見せた一週間後のこと。

俺は昼休みの学食でマリーとキーラの三人で食事をしながら話していた。

この学校に来てからたまにある組み合わせである。

俺の猫かぶりが相変わらず気持ち悪いのか、マリーは若干嫌がっている様子だったがそんなのは知らん。

キーラから一緒にどう?と言われたのだから。断る理由は特になかったことだし。


 「……新人戦?」


 聞きなれ慣れない言葉を耳にして、俺は食事の手を休める。

がつがつと餓鬼のように飯を喰らっていたマリーも、その時だけは俺と同じように手を止めていた。

それにしてもマリーはどこにその飯の量が入っているんだろうか。

俺の二倍は山盛りにしてあるメニューを見る度に不思議に思ってしまう。

また喉に食べ物を詰まらせそうになっていたので水を与えておく。


 「そう、今日からエントリー期間。来週の頭には打ち切ってその日の内に始めるんだって。ミコトくんは出るの?」

 「いえ、新人戦という言葉さえ初耳なのですが……」

 「あれま」


 キーラはおどけた表情で肩をすくめる。

俺相手でも特にかしこまった態度を取らないのはなかなかに珍しい。

他の生徒とも接する機会は多いが、一歩引いた所で話しているような節があるから。

まぁそうなるように仕向けているというのもあるが、このキーラという女性徒は天然なのか、それともあえて無視しているのか。

……と、話がそれたな。

 キーラから詳しく聞いた所、どうも大会の様なものが開かれて生徒たちはそれに出場し腕を競い合うらしい。

参加も強制というわけではなく自由参加。

自己顕示欲が強そうな連中ならこぞって参加しそうだが、俺は興味がこれっぽっちも湧かなかった。

それに新人戦の様子がある程度進めば学園関係者でなくとも観戦可能になるらしい。

見世物になるつもりがない俺はますます興味を失った。


 「でもほとんどの生徒は参加すると思うよー」

 「自由参加、何ですよね?面倒に思う人や争うことが嫌いな人は避けたくなると思いますけど」

 「それがこの新人戦、というか学園の面白い所かな?」


 どうもただの大会というわけではないようだ。

キーラは人差し指を一本立てて、一つずつ丁寧に教えてくれた。

 この学園には独自のシステム、ランキングというものがある。

それはSPと呼ばれる点を稼ぐことで順位が決まる制度のことだ。

SPを得る方法は新人戦のような大会を始め、テストでいい点を取ったり、ダンジョンで魔物を倒したりと様々。

また面白い事にこのSPは学園内限定ではあるが通貨としても使える。

そういえば学食のメニューにも通常の価格表記の横に何何SPとか書かれていたな。あれがそうだったのか。


 「参加するだけでもいくつかポイント貰えるからね。私もそれ目当てで参加して、すぐにリタイアするつもり」

 「キーラは向上心がないなぁ。あたしも参加するつもりだけど、上を狙うよ?」


 ようやく口の中の物を消化してマリーも会話に入ってきた。

って、皿の上が空になってる……俺はまだ半分ぐらい残っているのに、どんだけ早食いしてんだよ。

マリーの底知れなさに戦々恐々としてしまう。


 「でも今回の新人戦は予選があってしかもバトルロワイアルだよ。本選はまだわかってないけど、たぶん試合形式なんじゃないかなぁ」

 「……あたし、まだ攻撃魔術使えないんだけど」

 「あははー」

 「ううう……圧倒的不利っ。でも今から必死に練習すればいけるかもっ」

 「無理だと思います。それより今回の、ということは以前は違ったのですか?」


 さらっとミコトくん毒吐くよね、とキーラは笑った。

むくれているマリーには悪いが素直な感想である。

 先輩たちから聞いた話だけどね、と前置きを置いてからマリーは俺の質問に答えてくれた。

毎年この時期に行われる新人戦はバラエティに富んでいるようで、前回はダンジョンタイムアタック、前々回は魔術を使ったアート対決だったらしい。

生中継で送られてくる白熱したダンジョン攻略に、夜空の星々を地上に表現した魔術対一夜にして小高い城を建設したアート対決など、この学校だからこそできた勝負といえるだろう。

年々公衆に対して公開していたこともあって、民衆からの人気もかなり高い。

今年は種目がまだ明かされていないというのを逆手にとり、帝都内ではそれを賭けにしている所があるとか、ないとか。


 「それに付け加えて今年はなんでか副賞もついてるんだよ」

 「副賞?」

 「目覚しい活躍をした生徒には校長先生が何でも望みを叶えてくれるんだってさ」


 あの爺が何でも、ねぇ……。

ああ見えてもシェイムという爺はこのグリエントの校長というだけあってかなりの権力を持っている。

この学校の充実した設備を見る限り、支援している者たちも大物がいることだろう。無論、爺がその者たちに顔が利かないはずもない。

つまり何でも、と言えば現実的な範囲なら本当に何でも叶えてくれる可能性が高いということだ。

 これは競争率が上がりそう、とマリーは早くも諦めムードだが、おそらくただ頑張ればいいという話でもない。

校長の性格を知っている者ならわかりそうだが、優勝するイコール目覚しい活躍をしたということにはしないはずだ。

そもそも新入生が全員が参加ということは黒や赤の生徒も出るということであり、入学して間もない生徒たちでは実力差もはっきり出ているということ。

そんな状況では当然勝てる者は限られてくる。予想通りの者たちが勝ちあがったとしても、爺の目に留まらないだろう。

 要はあの爺が気に入るようなことをした者でなければならない。

そんな条件、あってないようなものだ。

この新人戦、年々種目が変わっていることからも裏で手を引いているのは爺じゃないだろうか。

全くもって参加する気がなくなってきた。見学するぐらいは面白そうなんだがな。


 「後は上位入賞者には例年通り、図書館の限定区域の開放かなぁ」

 「それご褒美なの?あたしは本を読むのは授業の時だけでいいよ……」


 げんなりしているマリーにほがらかに笑うキーラだったが、俺はその話に興味を抱いた。

図書館の限定区域。それは一般生徒には開放されていない場所で、立ち入りには特別な許可を申請しなければならない。

噂では禁書の類や貴重な研究資料など色々な物があるらしく、申請したとしても普通の生徒なら許可は降りないという話だった。

 最近、本を読むことに目覚めた俺にはなかなかそそる話である。

どんな本があるのか、どんな話が待っているのか。未知とはそれだけで今の俺にとってのご馳走だった。

ううむ、しかし、爺が手をこまねいている姿が頭の中で容易に想像できてしまう。

いかんともし難い欲求に駆られてうんうんと唸っていたら、いつのまにか誰かの影が食卓に落ちていた。


 「貴様、新人戦出るのだな?」


 キーラと同じような質問は、しかし隠し切れない怒りが声に滲み出ていた。

不躾に話しかけてきたのは誰かと思えば、シルフィードに見事に一発ノックアウトされた貴族さまじゃねぇか。

名前は……なんていったっけ。クロなんとかだったはずだが、後の部分は完全に忘れてしまった。

 感情を抑えた歪んだ表情を見せなるクロなんとか。

明らかに難癖の一つでもつけようとしている貴族さまにスマイルを返しておく。


 「いいえ、出ませんよ」

 「……何ィ?」


 答えた途端薄っぺらい仮面が剥がれ落ち、机の上を脅すかのように強く叩いて俺に詰め寄る。

回復魔術であの後かけたのだろう、その顔には怪我の痕跡さえ見当たらず、代わりに憤怒の色が顔中を染めていた。

おいおい……俺はともかく、キーラが驚いているだろうが。

マリーはいつでも間に入るつもりなのか、顔を引き締めては身構えていたが。

 マリーには余計なことをされる前に視線を向け、軽く首を振っておく。手出しはいらない、と。

複雑な表情をして何か言おうとしていた彼女だったが、その前に俺が自分に意識を向けていないのが気に入らなかったのだろう。

奴は俺の胸倉を急に掴むと、強引にその場に立たせた。


 「僕にあれだけの恥をかかせておいていい度胸じゃないか。貴様は新人戦に出ろ。これは命令だ」

 「お断りです」


 威圧的な態度を取れば通じると思っているのならお笑い種だ。

どれだけ凄んで見せようと子供だまし程度にしか見えないんだよ。

 どうやら奴の取り巻きも今回はいないらしく、一人だった。

俺の方はマリーとキーラがいるが、前回の主犯であるシルフィードは教室で昼寝中だ。

俺にとってもこいつにとってもそれは運がいいことだろう。

さすがにまた騒ぎを起こすのはまずいだろうと思うし、こいつもまたぶっとばされたくはない。

まぁあれは俺がやったことにされてるから、そう簡単に実力行使することもないだろう。

 一触即発の空気に周りが次第にざわつき始める。

学食には緑の生徒以外にも他の色の生徒がたくさんいた。

向けてくる視線の意味はそれぞれだったが、こいつにとって都合の悪い連中がいたのだろう。

舌打ちをすると、胸倉を掴んだまま顔を近づけてくる。

反射的に殴ってしまいそうになるが、こいつの表情が妙に気になった。

何かひどく面白いことでも見つけたかのような、底意地の悪い腐った奴らがするような顔。

そうして誰にも聞かれないような距離から小さく囁く。


 「貴様のことを知っているぞ、ミコト。リヒテンという辺境の地に母親との二人暮らしをしていたことも。

  その母親はある時を境に行方知れず。後に貴様はある貴族に買われたそうだな。くく、僕が母親のことを言った時に怒ったのはそれのせいかな?」

 「――――」

 「母親は行方不明らしいが、本当は貴様が捨てられただけではないのか?金欲しさに売られてしまったのだろう?

  何、平民にはよくあることではないか。子供よりも遊ぶ金が欲しいという親は少なくない。だけれど可愛そうになぁミコト?」


 一言、二言とこいつが口にする度に心が冷え切る。

表情も装うことも忘れてしまったかのように色がなくなった。

こいつの言っていることは事実とはかけ離れていることだ。真実とは全然違う。

俺の表情を見て笑みを零しているのも間違っている。

 こいつは俺が事実を知らされて傷ついているとでも思っているのだろう。

勘違いも甚だしい。いっそのこと笑ってしまえばよかった。

そうすればこいつも更なる恥をかいたことに気付き、すごすごと引き下がったのかもしれない。

冷静に考えればそういう選択肢もあった。

 だけど笑えなかった。

笑ってしまえるほど彼女との思い出は軽くなかった。

全く……こいつは、いやクロイツだったか?ああ、やっと思い出した。

クロイツ、お前は俺をイラつかせることだけは天才的だよ。

 そうやって煽って歯向かってきた所を叩きのめそうとするんだろう。それが今までやってきた手なんだろう。

安い挑発だとわかっている。これみよがしにへらへらと笑っているのも乗せようとしているだけだ。

俺のことをどうやって知ったのかは知らないし、ミライのことをコケにするのも前回のことがあったからだ。

 わかっている。全部わかっている。だからこそ、その減らず口をなくしてしまいたい。

これ以上のない、完璧な程に。

物理的だけではなく、精神的にも鼻を折ってやらなければと思った。

ちょっかいを出せば手痛いしっぺ返しがくることを骨身に染みこませなければ、こういう輩にはわからないだろう。


 「クロイツさん」


 静かにそう言って、俺は胸倉を掴んでいた手に自分の手を添えた。

別段、力を入れたわけではない。それでもクロイツは気圧されたかのように手を離して後ずさる。

改めてクロイツに向き合う。

奴は身だしなみを整えつつも俺を睨みつけていた。そうこなくちゃな?

せっかくこっちもやる気が出てきたというのに、今になって引き下がられてはたまらない。

 いつの間にか湧いていたギャラリーが俺たちを取り囲んでいた。

この際、こいつらも利用することにしよう。

クロイツと俺がおっぱじめた喧嘩。その証人になってもらおうじゃないか。


 「新人戦、私も出ることにしました。そこまで言われたら引き下がることは出来ませんから」

 「ふ、ふんっ。最初から僕の言う通りにすればよかったんだよ。手間をかけさせやがって」

 「ええ、すみません。楽しみにしていますね。貴方と戦えることを」




 こうして俺は新人戦に出る事になった。

始まるまでの時間は一週間。負けるつもりなんて更々ないが、相手も何も仕掛けてこないほどの馬鹿ではないだろう。

用意することは周到に。先立って予選の内容がどうなっているかを詳しく調べなければいけない。

ルールの穴でも何でも利用できるものなら全て利用する。

純粋な勝利なんて犬にでも食わせておけばいいのだ。

負けないことが何よりも大事なのだから。

さて、まずはあの人物にコンタクトを取ることにしようか……。

『思考進化の連携術士 EE』にてクロイツと新しい人物との話があります。

閑話的な話ですが、興味がある方は読んでみて下さい。


ここまでお読みいただきありがとうございました

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