第四十三話 魔導デバイスの力
チューニング自体は思いの外早く終わって時間にして三十分も経っていない。
調律の間は俺にすることは特になかったのが、退屈というわけでもなかった。
その間、何故か目まぐるしくミスラといった女生徒の表情が変わっていっていたから。
理由は聞かなかった。
何でそんな面白い顔をしているの?とまさか聞くわけにもいかないだろう。
そんなわけで事が終わった後、早々に俺は帰路につくことにした
どうやら無事にデバイスが俺に適合したらしい。
自分で思っていた以上にそれを嬉しいことだと俺は思ったようで、顔がにやけてしまうのを必死に抑えていた。
このままだと醜態を晒す羽目になりそうだ。
足早に去る俺にあの女生徒が何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言うことはなかった。
ただ、私って必要だったんすかね……と独り言を零しているのだけは教室を出る直前に耳に入ってきたのだった。
魔導デバイスを手に入れたことで早速試してみる、というわけにはいかなかった。
グリエントのみならず、基本的に帝都内でも魔術の使用は禁止されている。
練習するならば郊外に出るかするしかないが、わざわざそこまでする気にはなれない。
どうせ近いうちに魔術の実技が始まることだし、例えデバイスがあったとしても俺のステータスでは高が知れているだろう。
そう思い、俺は久しぶりにこの指に嵌めた感触を確かめながらその日が来るのを待っていた。
その日は朝から教室中の空気が浮ついていた。
遠足や修学旅行前日の空気とでも例えたらいいのだろうか。俺は転生前ははぶられていたからそんなものは知らんが。
この日、ようやく魔術を実際に使えるのだと皆は楽しそうな顔で話に花を咲かせていた。
それは教師連中にも伝わっていたようで、途中の授業で上の空の生徒を注意はするものの、仕方ないなと言わんばかりの苦笑いを浮かべていた。
そうしてついに待ちわびていた魔術の実技が始まる。
俺は小さい頃から魔術には触れていたので他の奴らとはまた違った気持ちだった。
疎外感を感じるが、ぼっち耐性Sクラスの俺からすれば屁でもない。
「お前ら自分がまだ殻の中にいるひよっこ未満の存在だと認識しているな?いない者は前に出てこい。私が優しく指導してやる」
そう言って薄ら笑いを浮かべる魔術の実技担当、ライラックが姿を現した。
いつもとは違ったジャージの用なラフな格好をしている。それは俺たちにも言えたことだが、動きやすい格好に着替えていた。
場所は学校に申請することで使用許可が下りるフィールドと呼ばれる所である。
ドーム状になっている建物で直径は百メートルぐらいはあるだろうか。かなり広い。
天井も高く、建物でいえば五階建てはまるまる入りそうだ。
それ以外は観客席のようなものが備え付けられており、何かの行事の際にはあそこに見物人が敷き詰められるのかもしれない。
初めてフィールドに訪れテンションが上がっていた生徒たちは、ライラックの脅迫めいた台詞に体を震え上がらせる。
この教師のイメージとしてはまんま鬼教官なんだが、俺はおくびにも態度には出さなかった。
おそらく気を引き締める為にあんなことを言ったのだろうが、あれは本気で言っている度合いは八割はあるとみる。
誰か私はひよっこ未満ではありません!とか言ってくれたら面白いんだが、残念だがそんな勇者はいなかったようだ。
「ふん。少しは腑抜けた心が抜けたか?それとも心の中では反抗でもしているか、そこの所どうなんだミコト?」
「いえ、私は自分が未熟だと思い知っているので、ライラック先生の仰る通りだと思います」
こわ。急にキラーパスを投げてくるな。
しかもわざわざ何で俺に言ってくるのかと。俺も勇者プレイをする気は更々ないので無難な回答をした。
ライラックは舌打ちでもしそうな顔をして「ッチ」って本当にしましたよこの女!?
俺にどんな恨みがあるというのか。わけがわからないよ。
「まぁいい。いつまでも待たせていてはお前らのやる気も殺がれるだろう。授業を始めるか」
全員の顔を見渡すライラックの顔は真剣で、否が応にも皆の緊張感が高まる。
さっきまでのふわふわした空気が消え去り、クラスの奴らの顔も引き締まっていた。
魔術を扱う以上、暴発の危険性もあるのだからそれはいい兆候だと思う。
余計な雑念が入れば入るだけそれが障害となるのは目に見えている。
そういえばマリーはどうしているかと思って探してみると、他の奴らよりも気合が入っているのか両手を握り締めて早々にファイティングポーズを取っていた。
お前は何と戦うのかと脱力してしまう俺だった。
目視で十メートル先に標的である的のようなものが置かれている。
どうやら魔術であれに当てるらしい。射的ゲームのようなものだ。
俺は皆が注目している中、何故かそのゲームの先陣を切るようにライラックに言われたのだ。
スポーツならあまりのチェックの激しさにイエロカードの一枚か二枚はスパパっと飛んでくる勢いだぞ、これ。
女教師からの熱いラブコールに冷や汗が止まらない。
ライラック的にはお手本を見せろ、ということだった。
確かに俺は品行方正であるように猫を被ってきていたから、こうして矢面に立つ機会が増えるとは思っていたが。
今日に限っては誰かに任せてしまいたい気分だった。
デバイスがどう影響するかわからないし、あのクラスの奴らの期待している目がなんとも。
まぁ俺のINTの低さなんていずれ知れることではあったし、噂に尾ひれやらなんやらがつく前にこうして皆の前でばれる方が都合はいいか。
さて、どうせやるなら本気でやろう。
下級魔術はさすがに唱えられるだろうから、中級魔術であるアレを試してみるか。
あの夜以来、今まではいくらやっても不発に終わってしまって風の魔術。
また失敗してしまう確率は高いだろうが、その時は仕切りなおして別の魔術を使えばいい。
「…………」
一つ息を吐いて精神の統一を図る。
集中力が高まると共に周囲の音が遠ざかり、俺に向けられている視線も希薄になってきた。
無論、未だに視線は注がれているだろう。
意識を自分の中に流れている魔力に向けているから、俺の感覚がそう捉えているだけだ。
膨大な魔力を感じ取ることが出来るものの、それを引き出そうとすると途端に難しくなる。
取り出し口が狭い、とでも表現すればいいだろうか。
例えば飲み物が入ったペットボトルに小さな穴を開けたとしても、その中身がすぐに全部流れ出ることはない。
今の俺には微々たる魔力を引き出すのが精一杯だ。
魔力の量だけはあるのだから溜めればいい、と思うかも知れないが維持させることも困難だった。
たぶんこれがINTの低さの弊害だろう。
魔力を引き出す量が少なくなる、コントロールが難しくなるといったところか。
全て事前にわかっていたことだから戸惑いはない。
だが次の工程だけは初めてだからどうなるかわからなかった。
座学で教えられたことを思い出す。
自分の魔力を魔導デバイスに注ぎ込み、魔力が十分に溜まった所で魔術を詠唱する。
単純に言えばそれだけである。
以前は魔力を高めて引き出す、詠唱する、魔術を放つという三工程で済んでいた。
それに一つ加え、詠唱する前にデバイスに魔力を流し込めばいい。
注意点として魔導デバイスは増幅器としての役割もあるので思っている以上の出力になるということ。
これはデバイスに慣れていない者にありがちなことだが、必要以上の魔力を込めて暴発してしまうことがあるらしい。
(とはいうが、俺のINTだと必要な魔力が溜まる前に魔力が散ってしまうかもしれんな)
自分の体の外に出た魔力は分散してしまう作用があり、デバイスの中でもそれは変わらない。
それも含めて試してみないとわからないことばかりか。
そう思い、俺はようやく自分の人差し指に嵌められている指輪に魔力を注ぎ込み始めた。
途端、物凄い勢いで魔力が吸い取られてゆくのを感じ取る。
「っ!?」
予想外に魔力の吸収が早く、いくら俺の魔力出力が低いとはいえこれはまずい。
咄嗟に供給を絶ったがすでに多くの魔力が指輪に込められていた。
もしも俺がこの魔力を扱っていたとすれば即座に暴発してしまっていただろう。
デバイスには魔力を制御化に置く機能が独自についているらしく、今はそれに助けられた。
これには危機感を感じて高速思考を発動しておくことにした。
しかし、かなりの魔力量だというのにこの安定感は何だろう。
ともすればもっともっと魔力を注ぎ込んだとしても大丈夫な気がする。
まるでそれは母の抱擁のようで、全てを包み込んでくれるかのようだった。
いくらこれが形見の品だといってそれはあまりに感傷的すぎるだろうか。
だが確かにミライが傍にいるように感じてしまうのだ。
じんわりと人差し指にぬくもりを感じる。不思議と安らぐような安心感が胸の内に広がっていく。
その温かさに触れて、昔、彼女が言っていたことを思い出した。
『魔術を唱えている時?私はミコトを抱っこしている時のことを考えているかな』
あの時はそんなこと信じられない、という気持ちでいたのだが、もしかしてこれがそうなのだろうか。
あまりの懐かしい思い出に胸がひどく痛んだ。
だから俺は彼女と過ごした日々のことを思い出したくなかったのに。
「風よ、断ち切れぬ翼となりて」
見っとも無く泣き出したくなる気持ちと安らぎのバランスが崩れてしまう前に、俺は詠唱を始める。
想像するのは鋭利な風の群れ。無数の見えない刃があますことなく空間を塗りつぶしていく。
回避しようとも逃げようともそんなもの無駄だと思わせる物量。
中級の風の魔術。
今の今まで成功する気なんてこれっぽっちもなかった。
だけれど今は失敗するイメージさえ湧かない。
見据える的は動かない木偶。対象をこの瞳に捉えて、右手を前に突き出した。
「数多の同胞を率い狩人となれ。ウィンドブラスト!!」
いくつもの見えない刃が俺の手の平から放たれていく。
スキルのおかげで俺の目にはその刃は見えていたのだが、生成された風の刃の数が以前とは比べ物にならなかった。
一つ一つは五十センチにも満たない刃が十、二十、三十とその数を増していったのだ。
近距離でしか使えないと思っていた魔術だが、これほどの数が揃えば弱点なんてないようなものだった。
網の目状にその群れがまず木偶に触れた。と、同時に何の抵抗もなくスパっと全身を切り裂く。
それだけに留まらず、第二波は形が気に入らないとばかりにまたも切り裂く。
そしてまた次、次と飽きも知らずに切り刻んだ。
風の刃が見えない者には空中で瞬く間に分解されていく奇怪な光景が見えていることだろう。
それも豆粒サイズにまで分解された所で撃ち止めとなった。
「…………」
終わった後には唖然としている顔がそこかしこに並んでいた。
どうやらクラスの奴らが想像していた光景とは違ったらしい。
その中でもライラックだけは少なくとも表面上は冷静で、静かに俺の方へと歩いてきて、唐突に俺の頭を殴った。
「いたっ」
「いたっ、じゃないよお前。誰が中級魔術を使えと言った。こういう時は下級魔術を使うものだろう。馬鹿者が」
それは彼女にしては珍しい険のある声ではなく、子供を叱り付ける時のような諫める声だった。
俺は先ほどの気持ちも引き摺ったまま素の感情で謝った。
今の状態で演じることは難しかった。もう少し時間が経てば立ち直ることもできただろうが。
「だがあの助平爺が目をかけるだけはあるな。その点だけは認めてやる」
「え?」
去り際、ライラックはぼそりとそんなことを呟いたのだ。
俺がそのことについて追求するよりも早く歓声があがった。
何事かと振り向けば、クラスの奴らが大挙してこちらに押し寄せてきた所だった。
「あれが魔術!?すげーな!俺にもあんなの使えるようになるのか!?」
「さすがミコトくん!私に手取り足取り魔術のこと教えて欲しいな」
「ちょっと色目使ってんじゃないわよっ。まずは私たちミコトくん守り隊の許可を取るべき!当然、許可しないけどね!」
「その隊の名前だっせぇな!?がんばりま賞と同じレベルだろ!」
がやがやと俺の気持ちなんて知ったことではないと騒ぎ始めるクラスメイトに目が点になる。
不意をつかれた気持ちになる。
だけどそれと同時に助かったとも思った。
こんなに騒がしくされたら、落ち込んだままではいられないから。
そう思っていた時、俺の服の端をちょんちょんと引かれる。
目の前ではクラスの奴らが誰が最初に教わるか、という本人を無視して仲良く喧嘩し始めていたからあいつらではない。
誰だ、と目を向けるとそれは恨みがめしい目をしたマリーだった。
「ミコト……あたしと仲間じゃなかったの?攻撃魔術使えな委員会のメンバーだったよね?」
「………………」
俺はそのセンスのないネーミングに突っこめばいいのか、勝手に変な委員会に入れるなと怒ればいいのか。
妬みとか嫉妬混じりの視線を向けてくるマリーに、無言でチョップを入れることでなんとか矛を収めることにしたのだった。
『思考進化の連携術士 EE』にてクライブ先生とミスラの話があります。
閑話的な話ですが、興味がある方は読んでみて下さい。
ここまでお読みいただきありがとうございました
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