第四十話 魔術とは
魔術学校と言えども何も魔術ばかりを習うわけじゃない。
実際に入学してから一ヶ月は一般教養の授業ばかりで、魔術に関する授業は一つもなかったという。
これにはちゃんとした理由があり、それがこの前いったようにこの世界の文化レベルの低さが原因といってもいいだろう。
魔術を行使しようとする時、何が必要だろうか。
なくてはならないものは多数あれど、必須といえるものを第一にあげるなら詠唱だ。
無詠唱も出来なくはないがそれにはある種の才能が必要となる。
普通に詠唱する時とは違い、消費魔力は上がり威力は減少するというデメリットもある
熟練者のテクニックとしては重宝するらしいが、生徒の時分で使うことはまずないだろう。
詠唱を一度で記憶すれは何も問題はないが、上級以上の魔術を行使しようとすると言葉にして一分以上はかかる詠唱だってある。
またイメージというものも大切で魔術の威力に結構な影響を及ぼすようだ。
ここで話が最初に戻るが、そんな大事な詠唱とイメージを一字一句寸分違わずにトレースできるなら完璧だ。
だがそんな者は一握りだろう。
そこでノートでもメモでも書き記しておけば忘れたとしても大丈夫というわけだ。
だから文字を覚えるべきであるし、読み書きの授業もこの学校で組み込まれている。
数学だって計算式が必要になる場合もあるだろう。
後は歴史などもやっていたようだが、興味がなかったのでどんな内容だったかは知らない。
そんな一般教養も俺が転入してきた時期がちょうど一ヵ月後、ということもあり、早々に終わってしまったようだ。
俺は読み書きはある程度は出来るし、数学にいたっては一歩や二歩どころではなく先にいっている。
最低限のラインはクリアしているとみなされたのか、特に補習という補習はなく……。
こうして最初の魔術の授業を受けているというわけだ。座学だけどな。
「えー。魔術には大まかに言って五種類があり……」
壇上に立っているのはライラックという女教師ではなく、クラスの担任であるクライブという先生だった。
どうやら座学はクライブ担当、実技はライラック担当、ということになっているらしい。
あのきつそうな女が実技とは適材適所というか、鬼に金棒というか……一筋縄ではいかない空気が今の時点でも漂っている。
クライブは没個性が服を着ているかのように特徴がない男だったが、教え方も同じようにセオリーに沿っているだけに退屈だ。
周りの生徒たちも俺と同じ気持ちでいるのか、つまらなそうな顔をしながら聞いている。
マリーは彼女なりに頑張っている様子であったが、あの勉強が出来ない彼女では厳しいものがあるだろう。
まぁ気持ちはわかる。
彼らだって座って先生の教えることを聞いているより、魔術を派手にぶっ放している方が絶対に楽しい。
子供であるならば尚更その気持ちは強いだろう。
そんな中で俺はというと、済ました顔をしながらクライブの声を聞き流していた。
授業が始まる前から教科書は配られていたし、特にやることもなかったので読み進めてしまっていたのだ。
だからクライブの言っていることはすでに理解している部分ばかりだった。
まぁそれでも復習程度にはなるか……と心を改めて、自分なりにまとめた魔術について考えることにしよう。
クライブは魔術の種類は五個あると言っているが、実はそれよりもまず最初に大きく二つに分けられる。
一つはコモン魔術。これは誰でも使えるようにという理念から作られた汎用性の高い魔術だ。
一般にも出回るような魔術書などはコモン魔術であることが多く、その魔術書を読めば魔力が相応にある者ならばすぐに扱えるようになる。
ウィンドもコモンであり、この学校で学ぶことになるのは大半がコモン魔術だろう。
もう一つはオリジナル魔術。コモンとは反対に特定の人物にしか使えないようにしてある魔術だ。
パスワードのようにある種の条件を魔術式に組み込み、その条件を満たさなければ発動すら出来なくなる。
条件に指定するものは本人の魔力、血筋といった他者には真似の出来ない要素を組み込む。
盗用を防ぐ目的が主であり、例えばコモンでもその場で詠唱を聞けばセンスのあるものならすぐに習得することだって不可能ではない。
一点特化型の魔術が多く、効果も奇抜なものが多いのも特徴の一つか。
まぁ別にそれでコモンよりオリジナルが優れている、というわけでもないそうだが。
ここからクライブが言ったように更に五種類に分かれていく。攻撃・防御・回復・補助・その他といった感じに。
攻撃魔術は相手を傷つける為の魔術である。まぁこれは別に詳しく説明しなくてもいいだろう。
あえて言うなら属性があることだろうか。
火、水、風、土とオーソドックスな四つに加え、光と闇の合計六種類。
基本的に最初にあげた四属性しかこの学校では学ばない。光と闇は特殊らしい。まぁゲームでもよくある話である。
防御魔術はその名の通り、自分の身や味方を守る為の魔術だ。
魔術に対抗する為の魔術障壁、物理的な攻撃を防ぐアースシールドなどが有名だろうか。
覚えておいて損がない魔術であり、ろくに防御手段がなかった俺にとっても必要なものだろう。
次の回復魔術、そして補助魔術は前者の二つとは違い中級魔術からスタートする。
要するに敷居が少々高いということだ。
回復魔術は緑色の光で傷を癒し、病さえも治すことが出来るという地球の医者が聞いたら諸手を上げて降参するような魔術だ。
むしろ医者というのはこの世界では回復魔術を扱える者たちを指し示すようで、ヒーラーなどと呼ばれている。
マリーもその見習いでヒーラーを目指しているらしいが。
あいつ舟をこぎ始めているぞ。耐えられなかったか……。
マリーのことは放って置いておくとして。
補助魔術。これは俺もよく使っているブーストが該当するだろう。
といってもブーストは自分自身にしか使えない亜種のようなものであり、補助魔術は基本的に誰にでもかけることが出来る。
身体能力の強化が主で、中には精神力を強化する変り種もあるらしい。
弱気で前にでも出られないような奴が、魔術をかけられたらひゃっはー状態になったりするのだろうか?それはこええな……。
最後のその他、というのは他の四種に属さない魔術のことをそう呼ぶそうだ。
誰でも知っているようなものはアナライズとかだろうか。他にも空中を飛ぶことが出来る飛行も該当する。
その他って他に言い様があるんじゃねぇのか、と内心突っこみを入れたくなったが、まぁわかりにくい名前よりはマシかもしれない。
「……と、以上の特徴を挙げたが、ではミコトくん。魔術の等級についてはわかるかな」
そんなことを考えていたら、いきなりにクライブが俺のことを呼んだ。
特に油断していたわけではなかったので、これはただ単に俺を指名しただけだろう。
めんどくせぇ……という思いは微塵も見せずにすっと立ち上がる。
それから自分の意見を混ぜた見解をせっかくだから披露することにする。
何か間違っていたら指摘されるだろうし、いい機会だろう。
「魔術の等級には下から下級、中級、上級、最上級、特級があります。
順に特徴を挙げていきますと、下級魔術は詠唱が短く魔力の消耗が少ない。その代わり威力もかなり抑えられています。
魔物であれば最底辺の相手であれば効果があるでしょうが、それ以上となると牽制程度にしかならないでしょう。
次に中級魔術。この段階で回復、補助魔術が加わります。詠唱も長くなり、三文から五文程度のものが多くなります。
実戦で使える攻撃魔術はこれが主流であり、対人戦闘でもよく使われています。
魔術師としての大成を望むのならこれを極めよ、と彼の大魔術師アーリン・フェルが言う通り重要視される魔術であるといえます」
過去の偉人の言葉を借りながらぺらぺらと俺は喋っていた。
そんな俺を見てクライブの顔がぽかーんとして、周りの生徒の奴らもぽかーんとして、マリーもぽかーん……って何回もぽかーんって言わすなっ。
何やら引かれそうな雰囲気がぷんぷんとしてきたが、今更引くことも出来ない。
だから、やっちまった、と後悔している俺は引っ込んでおけっ。
「……こほん。ええと、上級魔術については広範囲魔術、つまり多対用であり個人で行使できる限界はここまでと言われています。
魔力の消耗が激しく、一度使えばゼロショック……魔力の渇水状態になり気絶してしまう者も後を絶ちません。
詠唱も長大で数分かかることもあり、効果は大きいですが使い勝手の悪い魔術といえるでしょう。
最上級魔術は上級魔術を更に強化したものと考えた方がわかりやすいかもしれません。
複数人の魔術師が必要になり、詠唱も数時間に及びます。
対象はもはや個体や群集ではなく国や街をターゲットにする、別名戦略級魔術。
怖ろしい威力を誇り、この等級に属する魔術はほとんどが攻撃魔術です」
ふーははは。どうだお前ら俺を止めてみろ!
俺はすまし顔で説明しているがな、止まったらそこで終了ですよ、と誰かが囁いているからだ!!
「特級魔術は今までのものと異なり、特殊な媒体や儀式を行うことで行使できる魔術です。
単純な威力という面を見れば最上級魔術より劣る部分は多いですが、特殊性という意味では上回ります。
この等級の代名詞と言えば召喚術でしょうか。
東国にて儀式を通じて異界の悪魔を召喚し、都市一つが滅亡したという話は有名かと思います」
言い切った。俺は言い切ったぞ!!やり遂げた後は速やかに座るぜ……。
周りがしーんとして非常に気まずいが、沈黙なんて慣れっこだぜ……。
「……あー。ありがとう、ミコトくん。何だか説明したかったことを全部してもらって、先生、何も言うことがなくなったよ」
たはは、とそう言ってから人の良さそうな顔で笑うクライブはいい先生だと思う。
本当は名前だけ言ってもらって、補足として自分が説明するつもりだったんだろう。
役目を全部奪う形となってしまったのは申し訳ない。今度からもう少し配慮するよ……。
クライブの反応はそんなものだったが、周りの生徒の方はというと……。
「すげぇ……さすが赤の生徒を倒すだけはある」
「実力も知識もあるとか、何でここにいるのかわかんねぇな」
「男子っ。余計なこと言わないでよ!ミコトくんがいなくなったらぶっ飛ばすわよ!」
「きりっとして話す姿もかっこいい……」
「ミコトきゅん、可愛い」
ざわざわと小声で俺を褒め称える声が聞こえてくる。け、計画通り。
まさしく俺が思い描いた未来がこうして現実となった、それだけの話だなっ。
それは置いといて、最後に聞こえてきた声が男のものだったのは気のせいだよな?
「……はっ!?空を飛ぶウインナー!!」
そういえばマリーの声が聞こえてこないな、と思えばがたりと席を立つ音が。
どうやら誰かが立ってそんなことを叫んだらしい。
どこかで聞いた声だなーっと思いつつ、まぁ九割方誰かは見当がついていたのだが。
半笑いの顔で横目に見れば、そこには口の端によだれをつけ、何かを掴むように天井に向けて手を伸ばしている桜色の髪の少女。
誰がどう見てもマリーだった。寝ぼけた顔をして、未だに夢の中にいるようだ。
「あれ……ウインナー、何処?」
「マリーくん」
そんなマリーにクライブは近づいて、彼女の肩を軽く叩いた。
そしてとても優しそうな顔をして言うのだ。
「廊下に立ってなさい」
その瞬間にやっと目が覚めたのか、ひぇっ、と声をあげて驚愕する。同情の余地はかけらもない。
俺は教室中が生徒の笑い声に満ちる中、この世界でもやっぱり廊下に立たされたりするんだな、と軽い驚きに包まれていた。