第九話 プリムラ・ローズブライド
魔術の授業はそれから翌週の始めから開始することになった。
それからの詳しい日程の方はまだ決まっていなかったが。
そうだな……。地球でいう火曜日と金曜日はミライの家庭教師としての仕事があるからしない方がいいだろう。
仕事があった日はしっかりと休んで欲しい。
ついでに日曜もだな。後はミライが疲れてそうな日はこちらから遠慮するとして……。
五日のうち二、三日できればいい方だろうか。別に焦っているわけでもないので毎日しなくてもいいわけだし。
そんな悠長なことを考えていた俺とは別に、ミライは
「毎日やるよっ!!」
……と、やる気満々だった。
うーむ、教えてもらう立場でアレコレ言うのもな。こちらで様子を見るしかないか。
ふんふんと鼻歌を歌い教材のようなものを準備するミライを横目に、俺は少しだけ心配しながらどんな授業をするのか楽しみに待つことにした。
「ありのまま起こったことを話したいが、現実逃避したいから話したくない」
これが二律背反である。
うん、なんのこっちゃとわからない人が多数なのはわかる。残念だが俺もだ。
今、俺は高級住宅街、とでも言うか貴族街と言えばいいか……。そんな街角をミライと二人で歩いている。
「ん?なにか言った?」
「ううん、なんでもない」
なんでもないわけないが、取り繕うことにする。ごまかしニッコリスマイルである。
やだなぁ、演技がどんどんうまくなる。将来はこの演技力を活かして俳優にでもなるか。
今の顔から想像するにイケメンになる確率も高いだろうしな。
取り囲まれる俺、群がるファンのくそったれ女ども。
俳優、アカン。
想像するだけでも吐くわ。吐くは吐くでも暴言だけど。
知らない女に囲まれるとか、思わず口汚く罵りたくなってしまうだろ。
寄るんじゃねぇよメスブタども。エサが欲しいなら養豚場にでもいってこい。フ○ッキュー。
ぽかーんとする家畜の皆さん、中指立てて絶対零度の視線を放つ俺。シュール。
まぁ全て妄想なんですが。
こんな性格の俺がそもそも俳優なんてムリムリ。
さて、愉快な現実逃避はそこまでにして、いいかげんリアルワールドに戻るか。
現在、自宅から二十分程歩いた地点である。ろくに外に出ていない俺はここがどこだかすでにわからない。
こうやって手と手を繋いでお母さんと一緒にいないと迷子になっちゃう。
あー……俺は子供だからいいんだ。いいに決まってる。
周りの風景はなんだか、たかそーな建物ばかり。庭付き一戸建てなマイホームパパがここに来たら確実に泣くであろうレベル。
一体いくらかけたんだと問い詰めたい豪華な建物ばかりである。
あの屋敷なんだよ……でかいだけじゃねぇ、門から玄関に辿り着くまでに一分ぐらいかかるんじゃねぇか?
視力検査をしている気分で目を細めれば、ようやく玄関が見えるのである。おのれカネモティーめ。
そんな中を俺とミライがのほほんと歩いているわけだが、なんかすごい視線が痛い。
「おい、見てみろよあの二人。すげぇ美人親子だな」
「うおっ、マジだ。目の保養すぎるじゃないか。母親もそうだが、子供やばいな。ちっちゃくてかわえー」
くそ、何言ってるかわからんがヒソヒソ話とはいい度胸じゃねぇか。
言っておくが俺はそんないじめなんて以前は日常茶飯事だっただからな!楽勝だぜ!
ガルル、と威嚇を飛ばしているが一向になくならない。むしろ増えている気がする。
「なんか唸ってる~。可愛い~」
「きゃ~。一家に一匹欲しいー」
くっ……どいつもこいつもジロジロ見てコソコソ話やがって。そんなに貴族さまの街を歩いている平民が珍しいかっ。
俺は我慢できるが、ミライにそんな目を向けるんじゃねぇ!
許せん。これだから人ってやつは嫌いだ。お前ら後で俺のありあまるMP使ってぶっ倒してやるからな!
……。
……うん?
あ、俺アナライズしかまだ使えねぇや。
……アナライズさんはすごい。なんたってMPを使わない。何回だって使えるすごい子だっ。
……うん、俺の無駄に多いMPも全然使わないよね。むしろ使えないよね。
おかしいなぁ。
そういや俺の魔術の初授業だってのに、なんで俺はこんなとこにいるんだろうなぁ。それもおかしくないかなぁ?
俺は頭を捻りながら塗装された綺麗な路上を歩き、今朝のことを思い浮かべていた。
事の顛末は朝食の時である。
うまい朝飯に舌鼓をうち、ご機嫌にぱくぱく食っていたらミライが思い出したように言ったんだ。
「そうだ、今日は魔術の勉強しましょう」
「魔術の勉強?」
今日は金曜にあたる日だ。その日はミライは確か家庭教師の仕事のはずだったのに、朝っぱらからそんなことを言われて首を傾げた。
それも授業については今週ではなく、来週からという話だったはずだ。
まぁ家庭教師の仕事が休みになったというなら話はわからないでもないが。
最初から俺はミライの都合に合わせる気だったので、いきなり授業が始まったとしても不満はない。
そうして昼になってから、魔術の授業を始めるようトントン拍子に決まったのであった。
そして現在。
あれから視線の応酬を幾度となく続け、更に十分程度歩いた頃。
周囲の人気が捌けてきてようやく周りの視線も落ち着ついた。思わずほっと一息をつく。
相変わらず魔術の授業=貴族街へのお出掛けは繋がらないが、目的地にはついたようである。
「ほらミコト、あそこよ」
そこにある大きな門扉はどの家と比較してもあまり変わりはないし(といっても俺から見たらである)、建物も違いはよくわからない。
せいぜい形が違うなーとか、色が違うなーとかだ。興味がない人にとってはこんなものだ。
そんな感じで、目的の場所と思われる場所も他と変わりはなかったが、一つだけ違った点があった。
門の前の段差に腰を下ろして座っている女の子がいたのだ。
「先生!遅かったわねっ。待ちくたびれたわよ。……あら、その女の子はどなた?」
女の子は勢いよく立ち上がり、俺たち、というよりミライに向かって親しげに話しかけた。
女の子じゃなくて男の子だっての!
イラッときたので初対面だというのにガンをつけてやった。いや初対面だからこそのガンつけである。
初めて会った人は最初のイメージがとても大事だと言う。
後々のことを考えて、イメージの植え付けをしなければならない。それほど第一印象とは大切なのである。
「子犬みたい。可愛い」
ははっ、なんかボソっと呟いてひびって目ぇ逸らしてやんの。やべぇな、つい気合入れまくっちまったぜ。
子供のお嬢様には俺の眼光はきつかったかなー?いやいや、これは申し訳ないことをした。
なんか頬がちょっと赤いし、泣きそうになってるのかな?
やべー女の子泣かしちゃった。すごく清々しいぜ!ひゃっはー。
後から考えてみても人として最低の行いをしていたわけではあるが、舞い上がっていた俺はそれに気付かなかった。
「こんにちは、プリムラちゃん。この子はね、私の子供だよー」
「あら、じゃあもしかして先生が言ってた……」
ご満悦に心で喜びの叫びを上げていると、女の子はようやく顔を上げてこちらを向いた。
その女の子の髪の色は赤。暗い色合いの赤色がドレスの鮮烈な赤とよく似合っている。
勝気な切れ長の瞳がこちらを興味深そうに眺め、口元に手をやって思案げに何か考えている。
顔立ちはすっとしていて子供特有のふっくらとした頬はなりを潜め、すでに部分的に可愛いより綺麗の比率が多い。
慎重は俺と同じくらいか少し高いだろうか……ムカつく。
段差の上に立っているせいか俺を見下ろす形になっている。
女の子は考え事が終わったのか、一つ頷いて
「まず、自己紹介から始めましょうか。私はプリムラ・ローズブライド。ローズブライド家の長女よ。よろしくね」
そう俺に向かってまるで華が咲き誇るような笑顔をみせたのだった。
騙されねぇぞ。こういう顔をしているやつに限って腹黒いんだからな。
経験は活かすべきである。
そんなくそったれな経験が豊富な俺は、とりあえず名前だけは名乗ることにした。
無論、先程の鋭い眼光付きである。
「ミコト……」
「…………」
押し黙るプリムラという少女。俺の顔をガン見しながらぷるぷる震えている。
ふふっ、怖いか?だが手加減はなしだ。
悪いが、俺は!お前が!泣くまで!睨むのを!止めないッッ!!
そんな俺の鋭利な視線に耐え切れなくなったのか、すっと彼女は手を差し出してきた。
なんだ、握手か?
ふん、地面に寝転がって犬のように腹でも見せるかと思ったが、なかなかやるじゃねぇか。褒めてやるぜ。
さっきは泣きそうだったんだからな、敵ながら天晴れである。その心意気に免じて、握手だけしてやる。
俺は相当な上から目線で見つつも、手を出した。
が、プリムラのその手は俺の手を握ることなく、何故か俺の頭へと一直線に伸びていった。
そして……。
なでなで。なでなで。
「……」
「……」
なでなで。なでなで。
「……」
「……」
おかしいな?この娘っ子、なんでなでてるん?
なんで俺の頭なでなでしてるん?
「わー。一気に仲良しさんだね。ミコトとプリムラちゃん~」
その場にはなでなでしているプリムラと、なでなでされている俺と、にこにこしているミライ三人の不思議空間が出来上がった。
その後、しばらくその特殊フィールドは壊されることがなかったという。わけがわからないよ。
活動報告の方に投稿しようとしてた。危ない。
シリアスだったりいちゃコラだったりしてますが、この話からしばらく日常。
俺TUEEEとは一体いつから始まるのか……。




