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夕焼け小焼け

作者: 大野真里寿

 放課後、廊下は夕日に染まっていた。

 生徒は部活に出て行ってしまい、静まり返っている。いつもは騒がしい場所に人がいない。外からは部活に勤しむ生徒たちの声が微かに聞こえた。教室の扉に差し掛かると、風が吹いてきた。窓を締め忘れているのだろうかと教室を覗く。そこには、女生徒が居た。肩より少し長めの髪が風に吹かれ揺らいでいる。セーラー服の白いブラウスが夕焼け色に染まっている。女生徒は僕には気づかないようだ。微かに声が聴こえてくる。かすれる様な微かな声だ。


 夕焼け小焼けで日が暮れて


 山のお寺の 鐘がなる


 おててつないで みなかえろう


からすといっしょに かえりましょ 


女生徒は校庭へ向けられていた頭は、ゆっくりと夕陽が傾く夕焼け空へ上げていく。

女生徒の右腕が、何かを求めて彷徨う様に伸びていく。


 


 子供が かえった あとからは


 まるい大きな お月さま


 小鳥が夢を 見るころは


 空には きらきら 金の星


教室に飛び込んだ。女生徒が窓に寄りかかり、右腕を伸ばし窓の外に体を出している。落ちてしまうと思った。机に当たり規則的に並んだ机を崩し、騒音を鳴らしながら女生徒に近づくと、腕を掴んで引き寄せた。女生徒は窓の外から教室の中に引き戻された。体勢を崩した女生徒の小柄な体が当たった。一息つき、安心した。女生徒は、引っ張り込んだ先をゆっくりと振り返った。自分より背の高い相手に首を微かに傾げ、顔を上げると目線を合わせてきた。肌が夕焼けで紅く染っている。肌を滑り落ちる髪が顔にかかる。それを避けようとせず、厚みのある形の良い柔らかそうな唇が、ゆっくりと動いた。その動きから目が離せなかった。


「私を殺して」


その言葉に初め何を言っているのか理解できなかった。女生徒の黒々とした瞳は、僕に向いているが、何も写っていない。その瞳に吸い込まれるようだ。目が離せず、何も返せないまま、彼女を見つめていた。


 女生徒の唇がゆっくり動いた。広角を揚げ、悪戯に微笑んだ。女生徒は目を伏せて、顔を背けた。背を向けると、髪の間から夕焼け色に染まる首筋が覗いた。捉えた手から彼女のさらりとした肌が滑り、女生徒の腕が離れて行った。女生徒は机に掛けている鞄を手に取ると、こちらに目を向けることなく歩き出した。目が離せず、女生徒を追っていた。女生徒は振り返りもせずに教室から出ると姿を消した。春が過ぎ去ろうとしているが、まだ少し肌寒さを感じる風が吹き込んできた。夕日に染まった教室に、独りきり。外から聴こえる威勢のいい掛け声が静けさを際立たせていた。


 教室を通りかかると女生徒は、他の生徒が五月蝿く騒いでいる中で一人、椅子の背に寄りかかり顔を外に向けていた。彼女だけ違う場所に居るようだ。彼女の事は直ぐに知れた。悪い噂が流れていた。それは、本当なのかどうかも分からな程の悪い噂だ。閉鎖的な学生生活の中では、それは絶大な威力を出すだろう。

 女生徒の腕を掴んだ手を見た。いつもと変わりのない掌は、女生徒の腕の感触を覚えている。悪戯に微笑んだ唇、黒々とした何も写さない瞳、彼女の言葉が僕を捉え、離さない。手に力を込めた。そこに決意を握り締めて、頭の中に考えを巡らした。

   

「私を殺して」


彼女の言葉が聞こえた気がした。

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