戦うということ
足を断ち、倒れた帝国兵に魔剣を突き立てる。温かく、滑りのある液体が顔に飛び散った。
この兵が最後の一人だったらしい。息のある帝国兵は見当たらない。
―――気持ち悪い。
気づけば全身が真っ赤に染まっていた。
顔に付着している血を拭おうと服の袖に顔を擦りつけたが、袖すらも血で濡れており、意味をなさない。
内心、舌打ちをしながら振り返ると、昨晩の男と見知らぬ女が立っていた。
男は軽装に着替えており、意外と様になっている。女の方はというと、黒い下着のような姿だが、左半身にはいかにも丈夫そうな鉄の防具を装着していた。
女の目は切れ長だが瞳は大きく、高い鼻筋と朱に塗った唇が、美貌を引き立たせている。年齢はカインという男より一回り若く感じるが、恐らく俺よりは年上だろう。肩まで平等な長さの金髪は前髪で分けてあり、露出の多い服装は彼女が細身であることを際立たせている。
「よっ、青年」
カインが片手を軽く上げながら、戦場には不釣り合いな挨拶をしてくる。
「……………」
「……本当に無愛想ね」
俺が沈黙していると、女の方は呆れたように両手を軽く広げ、俺に近づいて来た。
目と鼻の先まで近づいて来たとき、女は懐から白い布を取り出して、俺に手渡す。
「……何だ?」
「顔、血塗れよ」
「……すまない、助かる」
白い布で顔を拭うと、すぐに布は赤く染まっていった。
……なるほど、思っていたより俺の顔は血塗れだったらしい。布は血液を吸い込んで、ポタポタと雫を垂らしていく。
俺のその様子を見ていた女は、少し微笑み、
「はじめまして、魔剣士さん」
と、言うのだった。
◇
「まさか青年が魔剣士だったとはなあ」
俺は思わず呟いた。
魔剣士。遥か昔に滅んだとされる神々の武具、魔剣を持つ者のことをそう呼ぶ。
魔剣は出所不明、材質不明の武器だ。わかっているのは、どこからともなく所有者となる人間のもとへ現れる。所有者となる人間はさまざまだ。一国の王だったり、国を守る兵士だったり、一介の農民だったりと法則はない。
魔剣が現れるのは、決まって戦火の広がる世界だけで、その大いなる力は戦争の終結を早める。それ故に人々は、戦争を早期に終わらせる為、滅亡した神々の魔剣は現れると信じている。
――――だが、魔剣を持つ者は、いつの時代も心に癒えない傷を負った者だけだ。
魔剣を持つ者は、その傷により必ずと言っていいほど自滅していった。
……ジェイドという故郷を滅ぼされた男。
わかりやすいほど、戦争の犠牲者だ。
彼の抱えた心の傷は――――
「なあ、青年」
陥落した砦内の外壁にもたれているジェイドに話しかけた。
「……何だ?」
昨晩のように無愛想な声が返ってくる。
「確かに魔剣は強力だが、今回のような無茶はやめてくれ」
「……どういう意味だ?」
また、あの鋭い目で睨みつけられたが、この男を放っておけなかった。
「魔剣士とはいえ、青年は人間だ。人間の命は儚い。傷を受ければ痛いし、殺されれば死ぬ。
戦争は一人で行うものじゃないんだ」
「……協調性を持てと?」
相変わらずジェイドの睨みは続いている。
……まるで獲物を前にした鷹のようだ。
「うーん、というより仲間と……」
「俺に仲間は居ない」
きっぱりとジェイドは言い放った。
「……仲間は居ない、か。でも、一人で敵に突っ込むのはやめてくれ。今回は運よく生き延びたけど、俺やクローディアが来なければ青年は死んでいた」
「……………?」
ここで初めてジェイドの表情が変わった。
なるほど、魔剣士といえど戦いに関しては素人か。
「敵はいろいろな手段を持って戦いに臨む。例えば、青年がもたれてる外壁。この上に弓兵を配置しておけば、高所からの射撃が可能だ。
高所からの射撃というのは強力でね、敵を見渡しながら状況に応じて攻撃を加えることができる。実際、弓矢による死者は切り合いで死ぬ人数より多い。
今回は霧が深かったからあまり活用出来なかったみたいだけど、霧がなければ青年は……そうだな、帝国兵を二人倒せるか倒せないか、のところで矢の餌食だ」
それを聞いて、ジェイドは思案する表情になる。
「……だが、俺には」
「仲間なら居るじゃないか」
ジェイドの声に俺は答える。
「他の傭兵はともかく、俺とクローディアはお前と共に戦った仲間だ」
そう言って、ジェイドの肩に右手を乗せる。
「……死ぬなよ、青年」
◇
ジェイドが奮戦したおかげで、砦の攻略は成功した。
「……しかし、無茶な作戦よね」
私は砦の外壁に登り、私たちに遅れて砦に到着した傭兵たちを眺めていた。
強面から、ひ弱な体つきな者など粒ぞろいだが、その数は二百程度か。
砦内の帝国兵は……あの坊やが暴れ回ったせいで正確な数はわからないが、おそらく四百ほど。
実際の作戦では私たち傭兵部隊が先鋒として砦を攻撃し、後からアイセン軍の正規兵が駆けつけるというものだったが……。
「坊やと、霧に救われたわね」
まともに攻撃していれば、全滅は必至だったと思う。こちらに被害がなかったのは偶然が重なった奇跡というものか。
傭兵部隊に魔剣士、昨夜からの雨。
「所詮、私たちは捨て駒ね」
私は、そう呟きながら外壁上の死体から矢を拝借していく。私にとってこの矢が生命線だ。
――――矢の尽きた弓兵は、死あるのみ。
これはカインが言った言葉か。
「……ふふっ、お人好し」
さて、矢筒がいっぱいになったところで、作業を切り上げた。
◇
「―――――――!」
「―――――――――――――!」
その反応は、ジェイドとクローディアが同時に同じ方向を見据えたものだ。
続いてカインも反応する。
彼らが見ているのは、入ってきた方向の逆。広大な帝国領が広がる霧の先である。
「蹄の音……多いな」
それと、重装歩兵の足音。その数は四百なんてものじゃない。
カインの呟きに砦内は慌ただしくなる。
「総員! 戦闘準備! 砦内の機能を余すことなく活用して防衛戦に臨め! 援軍が来るまで持ちこたえろ!」
カインの叫びに傭兵たちは駆けた。
指揮官でもない一人の男の叫びに傭兵たちは弾かれるように砦内に配置を始める。
―――――それほどの危機が、迫っていた。