合流
霧の深い街道を進軍する途中、昨晩の赤髪の少年……青年だったか? あの青年のことを考えていた。
帝国軍により滅ぼされた村の出身であるジェイドという青年。無口で無愛想で無表情。
故郷を失ったショックか、その人間性はひどく欠けていた。同じ部隊に配属され、何度か寝食を共にしたが、彼の感情らしい感情を見たことがない。
昨晩、彼と初めて会話を交わしたが、彼は徹底して拒絶の反応をみせた。
全てを失った人間は、全てを失ったが故に他人との繋がりを求める。もしくは、全てを失ったが故に、再び何かを失うことを恐れ、何もかも拒絶する―――。彼は後者か、あるいは――――
「どうしたの? 難しい顔をして、哲学の時間かしら?」
ふと、隣から女性の声がした。
「うおっ!? クローディアか……というか、いつから俺は哲学なんて考える知的な男になったんだ?」
「ときどき難しい顔するじゃない。いつもへらへらしてる癖に、似合わないわ」
辛辣な言葉を遠慮なく浴びせてくるこの女性はクローディアだ。
いつも露出が多い刺激的な服装に身を包み、目のやり場に困る時があるが、さすがに長い付き合いになると慣れてくる。彼女は俺の相棒であり、その付き合いは五年……六年だったか……になる信頼出来る仲間だ。
傭兵が気の合う仲間を作ることは珍しくない。傭兵部隊は連帯感のない寄せ集めの集団であり、傭兵同士の連携など期待してはいけない。
まとまりのない部隊ほど、壊滅しやすいものはない。傭兵達は少しでも生存率を上げるため、気の合う仲間と手を組み、戦いに臨むのだ。部隊に正規軍の指揮官が居れば話は別だが、今の王国軍にそれを期待してはいけない。
……話を戻そう。
「そうだ、クローディア」
「何かしら?」
「ジェイド……っとと、あの赤髪の青年をどう思う?」
クローディアは青年の名前を知らないんだった。
「ジェイド? あのトルミア人種のこと?」
「へぇ……知ってたのか、トルミア人種って」
「噂には聞いていたけど、本当に赤い髪をしていたわね」
王国でもあまり知られていないが、トルミア人種というのはトルミア村出身者特有の赤い髪を持つ人種だ。王国内でも、そのような赤い髪を持つ人種は他に存在しない。髪の色以外の特徴は王国人と変わらず、なぜそこだけが特異なのか、は不明だ。
「……気になるの? お人好しね」
「そう言うなよ。あの青年、いつも独りだっただろ?」
「そうね」
「……無茶しなければいいが」
昨晩は傭兵になった理由を語らなかったが、ジェイドの目的は十中八九、復讐だろう。
殺された家族や友人たちの仇討ちなんてよくある話だ。そして戦場で散っていくこともよくある話。そういう連中は戦場で我を失って突撃し、敵に囲まれて死んでいく。……全く持って不毛だ。
「そんなに気になるなら、あなたが面倒みれば?」
クローディアは長いブロンドの髪を揺らしながら首を傾げる。
「……簡単に言ってくれるなあ」
あんな取っ付きにくい青年の面倒をみるなんて……考えただけで骨が折れる。
「……というか、あの青年。居なくなってないか?」
周囲を見渡すが、あの目立つ赤色の髪の青年の姿がない。霧が深いことも理由の一つだが、嫌な胸騒ぎがする。
「――――――っ!」
突然、街道の先から轟音が響いた。
何かが爆発したような大きな音で、傭兵たちは一斉に周囲を警戒する。
「……なあ」
「ええ」
俺とクローディアは頷き合い、街道を駆け抜けた。
◇
砦内では、ジェイドが一人で多数の帝国兵と戦っていた。群がる兵士を、まるで薙ぎ倒すように異形の剣の餌食にしていく。全身は返り血で紅く染まり、不気味に血の雫を垂らしている。
「――――――」
剣が重いのか、ジェイドは剣を引き摺るように立ち竦む帝国兵に近づいていく。その姿は狂気じみて見え、帝国兵たちに更なる恐怖を植え付ける。
「―――――助け」
聞こえていない。いや、聞くつもりがないのか、帝国兵の命乞いが言い終わる前に切り殺す。また血飛沫が上がる。
―――切り刻み、殺す。
―――突き穿ち、殺す。
―――断ち砕き、殺す。
振り上げた魔剣はことごとく命を奪っていく。
「……足りない」
ふと、ジェイドが呟く。
背後に気配を感じ、体を軸にして魔剣を振り回す。振り向くと同時に、背後に立っていた兵士は二分割された。それを更に魔剣を縦に振り下ろし、四分割。
―――何が足りないのか?
ジェイドはわからない。推測するなら、心の渇きか。殺しても、殺しても、心は潤わない。立ち向かう敵、逃げる敵、負傷した敵。容赦なく殺していくが、まだ満たされない。
帝国兵の数は随分と減り、四百の兵は僅か五十ほどになっていた。
外壁の兵は静かに弓を引き、赤髪の魔剣士を狙っていた。炎の魔剣は熱を発する。それ故か、砦内の霧が次第に晴れてきたのである。
この霧のせいで今まで弓は封じられていた。外壁の弓兵さえ機能出来ていれば、魔剣士にこれほど被害を受けることはなかった筈だった。
必ず当てる。あのような軽装ならば一撃で仕留める自信が弓兵にはあった。慌てるな。弓兵は自分に言い聞かせ、ゆっくりと魔剣士の胸部に狙いを定める。後は弦を引いた手を離すだけ。―――だけだった。
「うっ!?」
弓兵の頭部に衝撃が走り、視界が斜めに倒れていく。放った矢はあらぬ方向へ飛び、弓兵は絶命する。
「……危なかったわ」
弓兵に矢を放ったのはクローディアだった。助けるつもりで砦内に飛び込んだものの、赤髪の青年は帝国兵を圧倒していた。青年が魔剣士であることを瞬時に理解し、援護に回る判断を下した。まず外壁の上の敵を確認した結果、魔剣士に狙いを定める弓兵を視認。すぐさま矢を放ったのだった。
「相変わらず見事な腕だ」
カインは拍手しながらクローディアの背後から現れる。
「賞賛はいいから援護して、わたしに敵を近づけないでね」
「わかってる」
カインは短く返答すると、持っていた剣の布を解いていく。現れた剣は白銀に輝くブロードソード。一般的な片手剣であるが、丁寧に手入れされているのか、刃は鋭く光っている。
クローディアは外壁の弓兵を撃ち、カインは彼女を狙う歩兵を倒す。二人の息の合った連携が始まった。
クローディアの弓の腕は精密射撃の如く。一発一中、狙った敵を迅速に倒していく。
カインは変幻自在の剣技を持つ。歩兵の剣を打ち払い、空中で剣を逆手に持ち替え、返す手で切り倒す。そしてまた空中で持ち直し、歩兵に応戦する。
強者と強者の連携は付け入る隙がなく、カインは臨機応変にクローディアを守っていく。
「これ、俺だけ大変じゃない?」
「文句があるなら、あなたが弓を使えばいいじゃない」
会話を交わしながらクローディアは最後の弓兵を撃ち抜き、カインと背中合わせになる。
彼女の武器は弓だけではなく、片刃のダガーも持ち合わせている。クローディアは優秀な軽業師だ。女の身では男の腕力には勝てない。故に彼女は疾さを鍛えた。
剣を振り上げた敵の一瞬の隙を見抜き、首元にダガーを突き立てる。その速度は目にも止まらない。敵兵からすれば、剣を振り上げた瞬間に絶命したようなものだ。
二人は舞うように戦い、代わる代わる敵兵に応戦していく。カインが敵兵の剣を防いでいる間に、クローディアがその兵士の首を突く。それと同士に二人は入れ替わり、クローディアに突きを放った敵兵の剣をカインが打ち払い、斬り伏せる。
このような芸当は信頼し合った者同士でしか出来ない。間違いなく、カインとクローディアは息の合った相棒であった。