プロローグ ~復讐獄炎~
―――そこは、地獄と呼ぶには充分過ぎる光景だった。
炎に包まれた家屋から立ち上がる煙は夜空を赤く照らし、血の海に沈んだ屍の数々は無惨にも断末魔を上げ、苦痛に歪んだ表情のまま横たわっている。収穫間際で金色に輝いていた小麦畑は炎に燃え尽きてしまい、黒く焦げた姿にあの頃の面影はない。
燃え盛る炎の中で俺は一人呆然と立ち尽くし、変わり果てた村落を眺め続けることしか出来なかった。間もなく脚は上半身を支えきれなくなり、膝から崩れ落ちる。
「―――何で」
何で、と呟いた。
「―――何で」
その先の言葉が出てこない……いや、思考することを頭が拒んでいる。
頬に熱い雫が伝い、そのまま泣き叫んだ。地面にひれ伏し、喉が裂けるほど叫び続けたが声が嗄れてしまい、その叫びは嗚咽に変わった。
いつまで泣き続けたのか、声が出なくなった頃、誰かの声が聴こえた。それは心に直接語りかけるかのように、
―――憎いか、と
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、辺りを見回すが声の主は見当たらない。それでも掠れ、声にならない声で俺は答えた、
―――憎い、と
俺の声が届いたのか、声の主は更に続けた、
―――汝、何を憎む、と
俺は答える、
―――俺から全てを奪った者達を、と、
声の主は続ける、
―――汝、憎悪の炎を纏いて、其の敵を焼き尽くす力を欲するか、と
俺は迷わず答えた、
―――力が欲しい。この憎しみを奴らに思い知らせることが出来るのなら、この命さえ惜しくはない、と
―――ここに、契約は果たされた。我が身、汝の憎悪を糧として、汝の敵を焼き滅ぼさん。我が名は「メルティア」獄炎の化身。我が力を望む時、この名を呼ぶがよい。
「……メルティ……ア」
其の名を呟いた男は意識を失い、地に伏した。メルティアと名乗る禍々しい剣を握り締めたまま……。