酒とレーザー
9、酒とレーザー
アルコール臭が濃厚に漂う議場。リキュールのボトルとグラスを持って、議題を出題する議員が前に出る。後ろにはグラスとジョッキを持った筋骨隆々の腕が互いに絡み合って、兄弟飲みをしている旗が掲げてある。この国の国旗である。
「ご存じの通り、我が国の主要産業は酒造であります。そしてそれは同時に重要な軍事力にもなっております。我が国は昔より隣国から侵略の危機にさらされてきました。しかし、それを今も食い止めているのは酒です。酒こそが、我が国の最大の武力です。酒を飲めば誰でもバーサーカーになれる我が国は決して隣国に負けない軍事力を保持してきました」
グラスになみなみと注ぎ、くいっと一杯飲む。
「しかし、最近の近代化に伴い、我が国も武器に力を入れてきました。アルコールライフル……アルコールミサイル……極めつけが高濃度圧縮アルコールレーザー砲です」
読み上げながら、お代わりを注ぐ。
「アルコールをレーザー兵器に転化できた我が国の酒造技術に賛嘆の念を惜しみませんが、しかしその兵器の是非が今回の議題であります」
「どういうことかね?」
議員の一人がグラスをあおって、机に置く。日焼けしたかのように赤らめた顔を出題者に向ける。
「アルコールレーザー砲の効果は劇的だ。侵略してきた隣国の奴ら、およそ三千人を急性アルコール中毒でぽっくり逝かせたそうじゃないか。何に不満があるんだ?」
「問題は威力ではなく、使われる酒の量です。高濃度、という名の通り大量の酒が使われるのです。その数、一等級の酒を一升瓶にして四十万本分」
議場にどよめきが起こる。
「無論、絶大な効果は認めます。しかし、一発にこの消費量……いかがでしょう? 我が国は世界一の酒造技術を持っていますが、一等級の酒をこの量では、いずれ我々に回ってくることはなくなるでしょう」
「酒を三等にまで下げるのはどうだ? ならば問題はないはずだ」議員の一人が声を上げた。
「いいえ、それも検討しましたが今の威力にするためにはおよそ一升瓶三兆本もの量が必要と出ました。我が国の一年分の酒量に匹敵します」
うむむ……と難しそうな顔をして意見を出した議員はウィスキーを飲んだ。
「では……高濃度圧縮アルコールレーザー砲は、使用を厳禁するべきだと、あなたは言うのですか?」
別の女性議員が発言する。彼女のテーブルにはワインが入ったグラスが置いてある。
「えぇ。少なくとも、より技術が発達して消費する酒量を抑えられない限りは……」
「儂はそう思わないがのぉ……」
長い髭をたくわえた白髪の老人がそう発言し、日本酒の一升瓶を一気に飲み干していた。
その者はこの国で一番影響力がある人物。国の代表である――
「酒造大臣……なぜ、使用を禁ずるべきではないと? 全ての酒造に関する権利を持つあなたなら、分かるはずです」
「確かに、すさまじい量じゃ。おいそれ連発などできないじゃろう。だが、儂の言ってることはそういうことではない」
出題者の議員は目を細めた。
「ほぉ……それじゃあ、どういうことなのか、説明願いますか?」
にぃっと酒造大臣は笑う。
「なに、至って簡単なことじゃ……一等級の酒を一升瓶にして四十万本分にまで濃縮した酒――飲んでみたいとは思わんかね?」
議場にいた全ての議員がハッとする。
「確かに……」
「飲んでみたいわね……」
「飲みたい……たとえ国が滅びても、飲むべきだ……」
議内は騒然とする。
一方、出題者の議員は感銘を受け、涙を流していた。
「私はなんと浅はかだったのでしょう。それを隣国に使う兵器としてしか見てなかった……カンパイです」頭を下げてグラスを高く掲げる。それは、完敗と乾杯をかけた、この国の降参を表すポーズだ。
「この若輩者を許してください」
「ホッホッホッ。では、どうするかね?」
「はい!」熱を込めて議員は言う「――高濃度圧縮アルコールレーザー砲の試飲会を開催したいと思います!」
議内が湧いた。スタンディングオペレーション。誰もがグラスを高く掲げ、議員と大臣と国に乾杯を捧げた。
後日、アルコールレーザー砲を浴びた議員は全員急性アルコール中毒で死に、議場の旗は隣国のものと取って代わられたのであった。