覗きと透明
8、覗きと透明
男は今までにない覗きがしたかった。
具体的に言えば、女湯で仁王立ちをしての鑑賞がしたかった。
男はゴキブリのように隠れ、コソコソと動き、女体を拝んでは手を叩いて喜んだ。
最初は職員に金を握らしてカメラで盗撮していたのが、次第に自らが直接眺めることにこだわっていった。リスクを省みず、まるでスパイのように時に慎重に、時に大胆に覗きを行った。男にとって覗きとは最早劣情に従った手段ではなく、スリルを楽しむスポーツと化していった。
数々の伝説的な犯行を達成しながらも、それでも男は満足しなかった。
男は、どうしても一度やってみたいことがあった。
女湯の真ん中で、至近距離から女体を『覗く』ことである。
それは、最早覗きと呼べるものではなくなっていたが、男は一連の所業を一くくりにして『覗き』と呼んでいた。
「なんとしてでも、透明人間になる薬を手に入れなければ」
アニメ、マンガでお約束のあれだ。大概は事故で透明になった主人公がラッキースケベに巻き込まれつつ災難を見るのが定番だが、男はいつも思うのだ。「なぜ堂々と女湯に入らないのか」と。
透明。まさに夢の状態だ。覗きの技術に精通した男に、物音を立てるヘマなど犯すはずがない。あらゆる不自然な姿勢を長い時間取れる訓練を積んだ男は、例えばつま先くらいしかない立てない鉄骨の上に長時間居座り続けることができる。穴とはいえない窪みでさえ男は張り付いて鑑賞できた。そんな男が女性に接触せず、なおかつその間近で鑑賞するなどお茶の子さいさいである。
男には、姿さえ見えなければ長い間鑑賞し続けられる自信があった。
そう、あとは透明の薬が実在すればいいだけだ。
故に、男は善意の協力を装い、とある研究所に多額の寄付を行った。男の芸術の域にまで達した技術があれば、金ぐらいいくらでも稼げるのである。
そして自らも勉学を積んで、研究員として参加した。男の能力を駆使してもなかなか完成までにはたどり着けず、気がついた時には研究所長となって、ノーベル賞の最有力候補として名が上がるまでになっていた。
無論のこと、男にはそんなもの興味がなかった。今も昔も、男の頭にあるのは「早く透明になって間近から女体を鑑賞したい」という煩悩だけであった。
そうして研究を積み重ねるうちに――透明になる薬は完成した。
目の前のデスクには、薬がフラスコの中に入って鎮座している。
男は所長のイスに全裸で座り、組んだ手に顎を乗せて笑いを浮かべていた。所長室には誰も入れないことを徹底させているため、誰かが入ってくる心配はない。
「とうとうこの日がやってきた……完成したからにはもうこんな仕事をする意味はない。早く飲んで早く女湯に行こう」
頭の中に視察に視察を重ねた『スポット』を羅列する。どれもこれも覗くのに相当な苦労を払ったところばかりである。共通しているのは、浴場が広すぎること。身を隠すところが少なく、それ故一部の切り取られた景色しか見えないことだ。
それがこの薬を飲むことで、広すぎる浴場がたちまち女体の海を眺められるオーシャンビューとなる。
研究は完璧だった。予算も湯水のごとく注ぎ込んだ。今更失敗なんて、許されるはずがない。今こそ、積年の願いを叶える時!
立ち上がる。
そのまま躊躇うことなく、フラスコに入った薬を一気飲みする。
スーッと体が透明になっていく。
「おぉ! やった、成功だ! 本物の透明になる薬だ!」
つま先から、指先から、胴体に登りあがっていくように、男の体は透明に消えていく。
「これで、念願の女湯に入って、堂々と間近から鑑賞を――」
口元が消えると喜びの声が出なくなった。
上半分の頭しか残ってない男は、目を開いたまま固まっていた。
あれあれ? どうして? 透明になるだけなのに。
……まさか透明になる薬じゃなくて消え――
そこで、男の意識はぷっつりと途切れた。
ということで、四作品連続投稿でした。ルーターさえ壊れなければちくしょぅ