少女と聖別
5、少女と聖別
「どうしてだよ! どうして俺たち別れなくちゃいけないんだよ!」
アキトは彼女であるユイから公園に呼ばれ、別れなければならないことを告げられた。
「ごめんね……でも、しょうがないの。私、選ばれちゃったから」
「選ばれたって……まさか、護身聖女に?」
こくりと、ユイは頷く。
「そんな……」
膝から崩れ落ち、アキトは泣いた。
護身聖女とは、国を護るためにその身を捧げることを司祭から告げられた清らかな少女を指す。選ばれた者は国中で奉り上げられ、司祭から祝福される。悪魔が人を襲うのが日常となった昨今、日に日に教会と司祭の権力は上がっていく一方である。護身聖女に選ばれるということは、教会が選んだ最も美しい少女ということにほかならない。要するに、外見と素行がよい少女を司祭の生け贄にすることが、護身聖女というシステムなのである。
表向きは、司祭と共に国を護る最も清きシスターとなるということだが、それが方便でしかないことをアキトは知っている。インターネットに護身聖女に選ばれた少女の『遺族』が書き込むことが多く、そのほとんどは即座に削除されるのだが、アキトは魚拓(その書き込みを消される前に保存すること)が取られたものを見たことがある。
なぜ、護身聖女は適宜、未成年の女性から選ばれなければならないのか。
なんてことはなかった。悪魔と戦うために禁欲を強いられる司祭たちを慰め続けるために作られたシステム。『壊れる』まで捌け口にされる。それが護身聖女であったのだ。
ユイとは幼なじみであった。そして、小さな頃から互いに心を通じ合い、思春期になると自然と恋人になった間柄だった。
その半身とも言えるユイが、醜い奴らの慰めものになる。
許せなかった。
アキトはどんな手段を用いても、ユイを助けようと決意した。
だから、即座にインターネットで裏サイトを駆け巡った。
ユイは結界に囲まれた自室のベッドの上で体育座りをしていた。薄い布地を用いた清楚なワンピース姿で、涼しい格好であった。
今も思い浮かぶのはアキトのことだ。
昔から思いを通わせていた恋人。
だからこそ、彼が何かやらかすんじゃないかと思って不安が募る。
たとえば、昔ユイにイジメがあった時、主犯グループである女子たちの顔を腫れあがるまで殴り続けた。相手が女子であるとかまるで関係なく、ただユイが苦しんだからという理由で例外なく顔を変形させた。それは遠巻きに見ていた――見ているしかなかった――誰もが目を背ける凄惨な現場で、遅れて駆けつけたユイが見ても痛々しいものであった。
そして、当のアキトはユイを見かけると、赤く染まった拳を掲げ、笑って言ったのだ。
「ユイ、これでお前がイジメられることはねえぞ!」
彼は、そこまでユイに入れ込んでいた。そして、ユイもそんな過激な行動をとれる彼のことが何だかんだで放っておけず、気がついたら恋人になっていた。
別に、後悔はしていない。彼が嫌いかと言えば、そうではなく、むしろ好きであると言える。ただ、たった一つ欠点を上げるならば、過激で向こう見ずな性格であると言える。
そして、今心配しているのは、その彼の欠点に起因するものであった。
彼は今何をしているのだろうか。
そう考えていると、突然窓ガラスが粉々に砕けた。
反射的に身を竦ませる。幸い、破片はこちらに飛んでこなかった。
不安な表情を浮かべて、割れた窓を見る。
いた。
アキトが、そこに立っていた。
「アキト、どうして!」
どうして、助けに来たの、と言おうとした。
声が出なかった。
アキトの目が赤く輝いてる。
「あ、アキト……あんた、まさか」
思えば、ここは二階で、周囲には容易に破れない結界が張ってある。
なのに、アキトは易々とそれを乗り越えてきた。
「まさか……悪魔を喚んだの!?」
国は今それと戦っているのに。
司祭はそれと戦うために、護身聖女なんていう反吐が出るシステムまで作り上げたというのに。
なのに、アキトはそれに意を介することなく、平然とその忌まわしき力を頼った。
自分を助けるために。
「アキ――」
視界が天井に移った。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
アキトが突然、ユイに倒れ込み――いや、違う。
ユイを押し倒した。
アキトがビリビリとユイの服を剥き始める。
「いやああああああああああああ!」
ユイは突然のアキトの暴行がショックで、頭が真っ白になっていた。
本能的にアキトを殴り、押し、引きはがそうと試みたが、結界すら容易に打ち破る今のアキトには効果がないことは明白だった。
「どうして!? どうして!? どうして!?」
泣きながら、ユイは乱暴に肌を晒されていく。
その時、アキトが呟いた。
「まずはさ、ユイから護身聖女の資格をなくさないといけないから」
ユイの脳裏に浮かび上がる情報。
護身聖女。
教会が選んだ、清らかな少女。
つまり、アキトはユイを護身聖女にさせない最も簡単で効果的な手法を取ろうとしているのだ。
すなわち――純潔をなくすこと。
震え声で、アキトに話しかけた。
「あ、アキト……ねぇ、アキト……あんたさ、私を、私を守ってくれたよね……その、イジメからさ……あの時、私は怖かったけどさ……でも、嬉しかったよ……けど……けどさ……アキト……今度のこれは……」
言ってて気づく。
だからこそ、アキトは躊躇いなくやる。
女子の顔すら一切罪悪感を覚えることなく、見るに耐えないものとした、悪魔のような奴なら。
アキトは赤い目を光らせてにやりと笑った。
「大丈夫だよ……ユイは、俺が護るから」
この世で最も忌まわしい笑みを浮かべて、アキトは実行に移した。