兄と両性具有
3、兄と両性具有
放課後、歳離れた二人の女子が帰途を共にしていた。
妹は姉に声をかけた。
「おにいちゃん……いや、おねえちゃん」
「どうした、京子」
妹は顔をしかめる。
「今はおねえちゃんなんだから、もっと女らしく話してよ」
「そうね……それで、どうしたの?」
固い口調から柔らかな口調へと変化する。
京子はそれに満足し、二通の封筒を鞄の中から取りだした。
「おねえちゃんにラブレター。同じクラスの男子、それから女子からも」
「またぁ……? もぅ、困っちゃうわ」
姉であり兄でもある薫は苦笑を浮かべる。
京子は物心ついた頃から兄姉である薫が両性具有であることを知っている。けれども、一歩外に出れば両性具有である薫は好奇の目で見られる。それも、ほとんどが熱烈な視線である。
京子が薫を兄と呼んでしまうのは、普段家の中だと男として過ごしていることが多いからだ。だが、外に出るときは姉時々兄の頻度でいる。理由はその方が都合がいいからだそうだ。
まぁ、それも納得のいく話ではある。京子には分からないが、薫のプロポーションは男子の理想であるようだ。女の時の薫が歩けば男子は振り向き、時には寄ってくる。驚くべきことに、たまに男になることを知っていながら、それでも近づく男子も多い。そしてそれは男子に限らず女子にも起こる。男である薫は引き締まった体をしていて、女子たちもまた近づいていく。女になることを知っていてもなお、女子から本命チョコや乙女心が詰まったラブレターをもらう。
どうやら、それだけ薫には男女を引き寄せる魅力があるらしい。
姉(兄)を見ていると、性差など些細なものであると京子は思わざるを得ない。一人の人間を巡って、学校中の男子や女子が一緒くたになって奪い合う様を見ていると、世界に蔓延るジェンダーの問題なんか簡単に解決しそうな気がする。
実際、薫が男でいる時と、薫が女でいる時。それぞれを男子、女子に訊いてみたら「関係ない」とのコメントをいただいた。男子は「薫さんと付き合えるならホモになっても構わない」だし、女子も「薫さんと付き合えるならレズになっても構わない」だった。
そこまで言えるほど、薫には性的魅力があるのだろう。
では、当の本人はどう思っているのだろうか?
「ねぇ、おねえちゃん。おねえちゃんは、おねえちゃんに『好き』って言ってくる人たちのことをどう思ってるの?」
京子が訊いたら、姉(兄)は爽やかに微笑んで答えてくれた。
「私はね、京子。性なんて大まかな個性でしかないと思っているの。みんな私のことが好きなのは分かるし、私だってみんなが好き。だからこそ、誰か一人に絞ることなんて、できないの。私はこのまま、男、女ではなく、人間としてみんなを好きになっていくわ」
こう答えられたら、京子も苦笑せざるを得ない。人間として出来すぎているほどだ。京子は妹だから、姉(兄)をそういう目では見れないけれど、彼女(彼)が十分魅力的な人間であることは分かっている。
「まぁ、いくら人間を好きになると言っても妹を好きにはならないでね。それはさすがに変態だから」
冗談半分で言ったつもりだった。
「えっ」
真顔で姉(兄)は言葉を詰まらせた。
「……え?」
フラッシュバック。
家にいる時はいつも兄。外に出るときは姉時々兄。理由は都合がいいから。
でも、都合がいいって。
外部事情ではなく、内部事情に関する話ではないだろうか?
京子は全力で走った。
「ま、待ってよ京子!」
「近づくな変態! 変態! 変態!」
「へ、へ変態じゃないよ!? ただ男も女も妹も等しく愛してるだけよ!? な、なんなら家にいる時も女になるわ! それなら一緒にお風呂に入れ――」
「へんたぁぁぁあああああい!」
かき消すように、京子は「へんたい」の四文字を遠くにまで響かせた。
家に帰った京子は二度と薫を自分に近づけさせなかったそうな。