後編
「忘れ物ですよー。」
声のする方を見てみれば、小柄な女性がこっちに走ってくる。
「これ、アナタのですよね?」
その手には私が置いてきた鞄を持っている。同時に側にいた二人の男も近づいてくる。
「どうしたんですか、そんな驚いた顔をして?」
顔を見て思い出す。
「私の顔に何かついてますか?」
「あ、いや……。」
コイツあの時の!
「何か?」
夕暮れの劇場前。
行き交う人々は何の騒ぎかと見ては通り過ぎていく。
そそいて次第に人垣が出来ている。
「逃げ場は無いぞ。」
人垣は雷霆騎士団の連中。そしてコートを羽織った痩せた男。
私はバッグを足元に置き、
「さて、抵抗するなよ。痛いでは済まさんからな。」
「ふ、ふふ。」
「何がおかしい?」
「いや、私は逃げるつもりも抵抗するつもりの無いのでね。」
男はポケットから何かを取り出す。
それは細長くライターくらいの大きさ。その上部に指をかけている。
「起爆スイッチ。ソレのね。」
じっと私の目を見ている。
「さ、道を開けるよう言うんだ。」
「逃げるつもりは無いって言わなかったか?」
「逃げるのではない。これは去るのだよ。」
「言い方の問題だろ、屁理屈って知ってるか?」
「その余裕もいつまで続くかな、これを押せば君は吹き飛ぶんだからね。」
「この距離ならお前も無事では済まんぞ?」
男との距離は二メートル程。
どれほどの爆発力があるかが知らないが、劇場を吹っ飛ばす事を考えれば二メートルの距離なんて無いようなものだろう。
私は剣を抜く。
それを遠巻きに見ていた市民が声を上げる。
「市民をここから離れさせろ。安全に、だ。」
「分かりました。」
オスカーとエリルが動く。そして、
「この広場を吹き飛ばす程の爆弾がここにある、早く逃げるんだ!」
男が叫ぶ。同時に悲鳴と喚声が広場に広がる。それは大勢の人間を一瞬でパニックに陥れた。
「手間をっ!」
一歩で間合いを詰める。
突き出した剣は男の肩を狙う。が、身を翻して逃走する男。
「待てっ!」
夕暮れから次第に闇が深くなる時間。
仕事帰りのサラリーマンに店先で元気に声を出しているお姉さん。
その中を普段なら何を食べようかとうろうろしているのだが、
「おらぁ、そこの男!」
人波を掻き分けるように逃げる男を追っている。
通りの角にある"ダントツ食堂"を曲がる。
「しつこいなっ!」
振り返ったため止めてあった自転車に躓く男。
「おらぁ!」
飛び蹴りを背中に食らわせるが男はよろめきながらも走っていく。、
「大人しく……待てっ!」
飛び蹴りの勢いを殺さずに前転して裏通りを走り出す男。
裏通りを右に左に逃げる男。
劇場前から離れると、爆弾騒ぎはまだ伝わっていないのかまだ日常だった。
土地勘が無いのか、事態は私に好転している。
このまま右に曲がれ、そうすれば袋小路。
私の願いは通じた。男は右に曲がった。
私も少し遅れて右に曲がる。
三方を高い塀に囲まれた駐車場。そこに入るに唯一の道は私がいる。
今は車は無く、ただ男が一人立っている。
「鬼ごっこは……終わり。」
剣を抜く。警告も勧告もしない。
隙を見せない様にしないと、また鬼ごっこが始まる。
剣を構え男を見据えじりじりと前に進む。
「随分怖い顔だ。」
逃げ場は無い、なのに余裕を見せている。
何かまだ隠しているのか……?
「どうした、睨んでいるだけかい?」
落ち着け。追い詰められてるのはあいつだ。私じゃない。
男の体からも戦意を感じて三歩の距離で足を止める。
コートの中に手を入れた瞬間に距離を詰めた。
一瞬の交差。互いの立ち位置が入れ替わり反転して剣を振り下ろす。
袋小路に飛び散る火花。
「手間をかけさせるな。」
「お互い様。」
背を見せる男を追うが、
「逃げるには君が一番……厄介だな。」
男は反転して剣を振るう。
頭を下げてその攻撃を避けそのまま真下から剣を振り上げる。
振り上げた剣の勢いで私も飛び上がる。顎先に当たれば儲けもの。
そう思って足を目一杯伸ばす。
空を切る足。着地の瞬間突き出される剣を捌いて、男の懐に飛び込む。
「がはっあ。」
肘が鳩尾に入った。そのまま掌を上に打ち上げる。
鈍い痛みと共に突き抜ける感覚。
ふわりと宙を舞う体。
「もう逃がさん。」
無防備な背中を蹴り上げ、剣を鞘に戻して、
「終わりだ。とりあえずは、な。」
そのまま男の体を打ち据えた。
ではまた次回あれば読んでみて下さい。
読んでいただきありがとうございました。