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空への憧憬  作者: 奈美
7/11

異変1

「やだー、何これー」


クラスメイトの一人が真っ二つに壊れたシャープペンを見て、声を上げた。


「え、大丈夫。どうしたの」

「何なに、何かあったの」

「どうした」


彼女の友人たちが彼女のもとに駆け寄ってくる。


「ほら見てよ、これ」


「うわ、すごいね」

「ヤバ。握力強すぎ」

「え、これ握力なの。つ、つえー」


「クスクス。違うよー、触る前に壊れたんだよー」


笑いながら友達の冗談に答える。その壊れたシャープペンは、突然彼女の持つ直前にスパッと二つに割れたのだ。


最近私のクラスには変な噂が流れている。それと同時に怪我や病気で休んだり、早退する人が増えている。

私は、何か良くない空気がこの教室に充満している気がした。

実際、私は物が壊れたり誰かが怪我をしている後ろやその回りで黒い影を見ている。

あれはきっと私にしか見えないものだろう。


私は彼女たちの騒ぎを耳で聞きながら、帰りの準備をしていた。

黙々と下を向いて作業をする私の机に、誰かが影を落とした。

顔を上げると予想通り、橋本さんたちだった。私を見下すように彼女たちは、嘲りの笑みを浮かべて嫌らしく笑っている。


「今日あんたのために合コンするから、来なよ」


「逃げないでね、先生との話が終わったら教室に戻って来て。待ってるから」


橋本さんの隣から笹原さんが親しげに私に釘をさす。

私はこれで逃げられなくなり、また逃げたりしたら後でもっと酷いことになることを知っている。


「……」


私は力なく頷くだけで何も答えなかった。

橋本さんたちはそれで満足したのか、私の陰口を大きな声で話しながら私の前から居なくなっていった。


「何あれ、気持ち悪ーい」

「生ゴミだから、仕方ないんじゃない」

「アハハハハ、じゃ生ゴミは燃えるゴミで捨てなきゃね」


その一言は彼女たちの壺にはまったのか、腹を抱えて笑いあっていた。


私は帰りの準備が一通り整うと、直ぐに教室を出た。

そして荷物を持って三階の二年生の教室から一階まで降りて、保健室の隣にある相談室に向かった。相談室には、毎週会っているショートカットをした自分の母親ほどのおばさんが待っている。


私はクリーム色の壁と同色の扉まで来ると、鉄の取っ手を回し中に入る。


「いつも通りに来たね。櫻井さんは時間に正確で感心しちゃうわ。さ、座って」


「……はい」


先生は私に笑顔を向ける。私はそれに笑顔で答えられず、毎回申し訳なく思っていた。


「何かあったの。今日は何かいつもより気落ちした様子ね」


私は先生の言葉で先ほどのことや、最近の橋本さんたちの私に対する苛めを思い出した。

何故だろう。

私だけが何故こんなにも酷い目に合うのだろう。私が橋本さんや笹原さんたちに何をしたというのか。

私はこのままただ耐えるだけなのか。これからずっと私は彼女たちの苛めに耐えていかなくてはいけないのか。耐えられるだろうか。泣かないでいられるだろうか。

いや私は絶対に彼女らには泣き顔を見せてはいけないんだ。


カウンセラーの先生の話で、これからの自分をつい物思いにふけるように考えてしまった。


この先生とこのように会うのは、私が自殺をはかったため、学校側が毎週二日間だけこうやってカウンセラーの先生を呼んで私と話をさせているのだ。


「私は最近、掃除に凝っているのよ。櫻井さんは、どう。最近の話を聞かせてくれないかしら」


先生は優しく笑いながら、私に話かける。


「最近……特に何もありません」

私は先生に自分が苛められていることを知られたくなかった。だからか分からないが、私の喋り方はとても素っ気なくなってしまった。


「何も問題がないことは良いことだわ。でも問題が何もなくとも、ただあなたが思ったことだけでもいいのよ。話してくれない」


「何も……ありません」


私は先生に悪いと思いながらも何も話せなかった。

いつも私と先生との会話は私が話せないまま時間になり、終わってしまう。


「そうね。ゆっくりいきましょう。私と話したくなったら、いつでも呼んで。この前私が渡した携帯の番号にどんなことでもかけてきていいからね」


先生のこの言葉を最後に今日のカウンセリングは終わった。


相談室から出ると、私はすぐに帰ることにした。初めは笹原さんたちの待つ教室に戻り、彼女らが私の意思とは関係なく催した合コンに行くつもりでいた。何故なら、もし勝手に帰ろうものなら、後で彼女らによる報復が怖いからだ。けれどカウンセラーの先生と会って少しだが、後でどんなことが待っていようとあの先生が私を助けてくれるのではないか、という思いが浮かび行くことをやめにしたのだ。


放課後の廊下を通る者は部活動をやっている生徒がほとんどで、私のように何か個人的用事で残る人はあまり遅い時間まで学校に居ることはない。


学校にものが置けない私はいつも重たい鞄を肩にかつぎ、帰る。いじめっこたちは私の持ち物に非常に興味があるようである。私の体操服、教科書、筆記用具など何でも持っていって破壊する。


下駄箱に着くまでの間、私は私が勝手に帰ったことを嗅ぎ付けた笹原さんたちに見つかりはしないかと常にびくびくと怯えながらも慎重に校内を歩いていた。

しかし下駄箱が目の前までくると、少し自分の緊張がとれて気が緩んでしまった。

靴を脱いで、自分の靴置きの鉄の扉を開け、中に入れる。そして自分の紺に水色の線が入ったスニーカーを取りだし、地面に置きしゃがんで素早く履いた。

私はホッと一息ついて、そのまま立ち上がろうと顔を上げた。


「待ってたよ」


誰かが私の耳に囁いた。私は頭の芯から冷たいものが通るのを感じた。


もうだめだ。逃げられない。私が勝手に帰ることは、彼女たちにとって予想の範囲内だったのだ。

私は彼女たちに待ち伏せされていたのだ。


「あれ、ちょっとおどかしすぎちゃった。櫻井さん、大丈夫ー」


私のすぐ後ろから話す声は心配そうだった。

そういえばこの声、彼女たちのキイキイした意地悪な声とは違うな。私は少し早合点していたのかもしれない。

そう私は思い直して、後ろに振り返った。案の定そこにいたのはいじめっこたちではなく、高柳さんだった。彼女は私が入院していた間、転校してきた人だ。


「あ、あの大丈夫かな。何か話してくれないと、ちょっと不安だなぁと思います」


高柳さんは控えめに私に話しかける。


「あの、何か用ですか」


私はおそるおそる彼女の希望に応えた。


「良かった。やっと話してくれた。怒らせちゃったのかと思った。あのね、一緒に帰らないかなぁと思って待ってたんだけど、どうかな」


「何で私なんかと帰るために待ってるんですか」


私は一瞬橋本さんたちの差し金で、私を待っていたのではないかと思った。だからなのか私の口調はとてもぶっきらぼうになってしまった。


「あー、まぁ今まで櫻井さんとは話したことなかったけど、私は櫻井さんと話したいと思ったから誘ったんだっていうのはだめ」


「それだけですか」


「うん、まぁクラスメイト全員と話してみようと思って話しかけてるんだけど、その敬語やめない。クラスメイトにかしこまるって変じゃん」


彼女は私に親しげで本当に何の他意もないように思えた。


「……本当に、何にもないんですか」


「敬語になってるよ」


高柳さんの細い指が私の口を指す。


「え、えと一緒に、帰ってもいいよ」


私はその動作に驚いて、思わず彼女と帰ることを了承してしまった。


「よし、じゃあまず私のことは、諒って呼んで。私は櫻井さんのことユッキーって呼ぶから」


彼女は私の答えに満足そうに頷いて、私にとって初めてのあだ名というものをつけた。


私と高柳さんは帰り道がほとんど一緒で、彼女も私同様学校近辺に住んでいた。だから一緒に帰るのに何の問題もなかった。すぐに別れたかった私にとっては、問題ありだったが。


学校から出て暫くは奥まった住宅街と、小さな林のような所を通る。

私たちは住宅街を歩いていた。


「ねぇ、ユッキーって髪長くて綺麗だよね。どうやってお手入れしてんの」


高柳さんはショートカットを茶髪にしている。


「えーと何も、してない」


「え、うっそ、ホントに。こんなに艶々してるのに」


高柳さんは驚きながら私の髪に触れた。

彼女は何でこんなに、初めて話す私に親しげに話すんだろう。気まずかったりしないのか。私が屋上を飛び降りた事故は、クラスで流れている噂で知っている筈なのに。


「うっわ、サッラサラ」


「……あの、知ってるよね。私の入院した理由」


私は高柳さんの独り言を無視して、我慢しきれず聞いた。どうして私に話しかけたのか。

すると彼女は一瞬何を言われているのか分からず、呆けていた。


「あの、だから、私が入院してたのは屋上から……その、飛び降りたこと」


私がしどろもどろに説明すると、高柳さんはやっとわかったとばかりに笑った。


「ああ、知ってるよ。皆話してるから。それがどうしたの」


まるで全く気にすることでもないかのように、彼女は言った。

私はそんな彼女の態度にどう答えていいか戸惑った。


「え、どうしたのって……私と話すの、その気まずくないかなって」


「気まずくなんかないよ。大丈夫、気を使わなくても。皆が言ったことより、本人から聞かないとホントのとこどうだったのか分からないし。理由を話してくれるんだったら聞くけど」


私の髪の毛を触りながら、高柳さんは私に真面目な顔で言った。


私は彼女の答えに、言葉がつまって何も言えなかった。

高柳さんは私から無理に聞き出そうとはしない。けれどそれが逆に、私をより不安にさせる。

何も話さなくなってしまった私を彼女は、ジッと見つめていた。

私たちは暫く無言のまま歩いていた。

私と彼女は住宅街から二車線の道路を渡るために、横断歩道の信号が青に変わるのを待つ。


その時ふと高柳さんは何かを思い出したように、私に話しかけてきた。


「気まずいって、こういうことかな」


「え」


私は突然何を言ってるのか分からなくて、思わず聞き返してしまった。


「うん、何か逆に私がユッキーのこと気まずくさせちゃったのかなって」


高柳さんは少し困ったように眉を下げた。


私はそこで一つの罪悪感が生まれた。彼女は何も私を困惑させようと言っていたんじゃないだ。ただ自分の思っていたこと言っただけ。私は彼女に何か酷いことを言われたかのように思っていた。初めから私は私に話しかける人に、不信感を抱きながら接している。私の方が酷いことをしているんじゃないか。


「その、確かにちょっと気まずかったりしたけど……別に、高柳さんのせいじゃないよ」


私はボソボソと小さい声で言った。


「高柳さんじゃなくて諒でしょ」


高柳さんは笑顔で私の言葉を訂正した。


それから私たちはお互いの間にあった壁が少し取り払われて、別れるまで会話が途切れることはなかった。けれど私の方は、まるっきりスムーズに話せたわけじゃないけど。



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