再び始まる1
クラスメートは暫く私の行動をじっと静かに見ていたが、それはまた小さなヒソヒソ声から始まって、5分後には完全に元通り廊下の外まで聞こえる大きな喧騒を響かせるようになっていった。
私はいつも通り無視されるのだと思っていたから、この異常な反応には心底驚いていた。ある意味、これは無視にもなるが、それでも反応が起こることは以前は無かった。
学校側は私の自殺未遂を、単なる事故と生徒やその親御さんには伝えているはずだから、こんな反応があるのはおかしいのだ。
私はまだ腕にギブスを付け、首から吊っている状態にある。その私の様子から判断したのか、それとも誰かの噂によって知っているのか、クラスの誰もが私の自殺未遂を知っているようだった。
教室内は、私が入院する前と変わらずにあった。しかし、もしかしたらそれは表面上だけの装いなのかもしれない。
担任の堀川先生が朝のホームルームを始めるため教室に大きな音を立てて入ってきた。
生徒は途端に静かになっていく。堀川先生は教卓の前に来ると私の方をチラッと見ては、私の顔を見ずに荷物を整理しながら「もう大丈夫なのか」と聞いた。明らかに私のやったことに動揺しているようで、どのように接していいのか分かりかねているようだった。私はただ「はい」と小さく答えた。
クラスは私に先生が声を掛けた瞬間、空気がはりつめた。そして、私の何でもない言葉を聞いて、クラスの大半の生徒はより一層緊張した表情を顔に表していた。
先生は出来るだけ私の方を見ないように、淡々とホームルームを進め、直ぐに教室を出ていった。今日は1日こんな先生ばかりで、堀川先生から始まって皆一様に誰が目にしても分かるぐらい、私を避けていた。
この日、私は自分のやった短絡的な行動とその重大さを周りの様子や態度から身に染みて分かったのだった。
そして私はいつも通り、入院前同様誰とも口を聞かなかった。
私は、今日1日の学校での様子を話すよう母に要求されたので、恐る恐る隠さずに話すと、お母さんは真剣に私と向き合って聞いていた。
「うん、そう。辛かったでしょう?」
お母さんの悲しげな瞳が私を捉えた。本当の気持ちを話さなくてはいけない、偽ってはいけないと私の心に誰かが呼び掛ける。
「ううん、前とほとんど変わらないから辛く……やっぱり、悲しい」
誰かの声は気持ちを隠しては駄目と、私に言った。
その誰かは私の本当の気持ちを知っている。それは私の苦しさを感じる私の心だった。
「由紀、もう我慢しないで全部お母さんに話して」
彼女の私を思いやる優しい気持ちが、私の寂しい心を包んだ。
「お母さん、私、私、やっぱり……」
私は気持ちの全てを伝えたいのに、言葉に乗せて上手く表せない。感情が次から次へと溢れて、私は言葉にならないもどかしさに悲しみを、苛立ちを、焦りを募らせていった。
薄暗い家の中には、オレンジ色の夕日が射し込み、私が学校から帰宅して、もうずいぶんと時間が経ったことを表していた。
「ゆっくりでいいのよ、由紀。お母さんは、ずっと由紀の話を聞いていくから」
私は自分の本当の気持ち話そうとすると、初めて今までのことを話すものだから、中々言葉が出てこなかった。
私は退院してからは初めての学校に、以前と同じ思いしか持てず、落胆していた。
何も変わっていなかった。前と同じ、私はいない存在。
そんな絶望にも似た気持ちを抱えながら、家に帰宅した。
帰ると私は直ぐに、自分の殻に籠るために、自室に向かおうとした。けれど、自室がある二階に昇るより早く、母から呼び止められて私は部屋に入ることは出来なかった。
母は私に言った。今日一日の学校でのことを全て話して、と。
そうして、私は母に自分が今まで受けていたことや、苦しかったこと、悲しかったこと、寂しかったことの全てを話したのだった。全てをつっかえながら、ゆっくりと途中泣きながら、話していると、父親が帰って来て、時計の針はもう十一時を指していた。
父が帰宅すると父も加わって二人、私のことを私も交えて話した。その間、私の周りうろうろしていた透明な人々は、いつの間にか何処にも居なくなっていた。