リーゼマーノ~大いなる母へ~【★】
はるか上空。
成層圏のはるか先。
衛星軌道上に存在する黒い花のような巨大建造物。
『―――シグナル認識。座標認識完了。―――』
その“花びら”の1つが左右に開く。
その中にあったのは青いフレーム・ギア。
射出される先に、黒いプラズマを放つ金色の輪が現れる。
『―――“ブレイズ・ソウル”テイク・オフ―――』
電磁力で加速した機体は、輪の中心を通り、その姿を消した。
後に残ったのは、散った金色の残光だけだった。
「―――なんだ、あれ?」
ヘレンが突然現れた青いフレーム・ギアに唖然とする。
空に金色の輪ができたと思ったら、そこからいきなり降ってきたのだ。
「よし、ここはレイヴンに任せて、逃げるわよ」
「え?あれレイヴンのロボットなのか!?」
「そうよ!たぶん!」
「たぶん!?」
「いいから早く!」
レイヴンはすでにコックピットにいた。
だが、そこには座るシートもモニターも、それどころか操縦桿すらなかった。
あるのは青いドーム状の空間だけ。
その中心で、ゆっくりと膝をつく。
拳を床につけると、そこから波紋が広がり、たちまちドーム全面に拡散する。
「―――“ブレイズ・ソウル”・・・オールグリーン」
一言呟くと、胸部の装甲が閉じ、起動が完了した。
『待っていましたよ。『半機械人間』の専用機がどれほどのものか、みせていただけますか?』
ジュシールが剣を向けてくる。
『・・・・・』
ブレイズ・ソウルは何も返してはこない。
ただ光る赤い両目で敵を見ていた。それをそらすことはない。
『沈黙ですか。ではこちらから仕掛けさせていただきます!』
甲冑型の機体が踏み込む。
鋭い一閃を放つ。がブレイズソウルは、正面から肘のブレードで苦もなく受け止めた。
「つづけていきます」
なおもジュシールの攻撃は続く。
今度は連続突きの猛攻。速度もさることながら、狙いも的確だ。
しかし、ブレイズソウルはその攻撃に対して、片足を半歩引き、避ける受けるで容易にいなしていた。
しかし、ジュシールが攻撃の手を緩めた瞬間、剣を真正面から掴んだ。
『なんと!?』
パイロットが驚くと同時に、強力な拳撃が襲いかかった。
胴体への攻撃はまるで鉄球を打ちこまれたかのような凄まじい衝撃だった。
軽く数十メートル吹き飛ばされたジュシールは木の根に激突する。
『・・・機体性能はこちらが完全に上だ。降伏するか、破壊されるかを選べ』
ゆっくりと起き上がった甲冑の機体は、すでに胸部の装甲がひび割れて一部脱落していた。
たった一撃で、機体を小破させられた時点で互いのパワーの差は目に見えていた。
機体性能は比べようもなくブレイズソウルが勝っている。
『―――いえいえ、実験はこれからです!』
ジュシールが装備していた銃をブレイズソウルに向けて発砲する。
その銃口から飛び出したのは、弾丸ではなく、液体だった。
『・・・?』
ブレイズソウルは、瞬間的な判断で避ける。
だが、液体銃の連射速度は恐るべきもので、全てを避わすことは難しかった。
ついに、足先と左腕がとらえられた。
『さあ、実験の始まりです』
『なに・・・?』
液体が急速に固まっていく。いや、硬化していくといった方が正しかった。
命中した関節部分が動かなくなる。
『気づいても遅いですよ』
ブレイズソウルに追撃の連射が浴びせられる。
さっきの時点で、足に命中していたため、満足に避けられずほぼ全身に硬化液をあびてしまった。
すぐに硬化が始まり、機体の可動域が制限されていく。
バランスが保てなくなり、機体が傾くが、片膝をつきなんとか転倒をまぬがれる。
『これは・・・『樹脂』か』
『そのとおり。これはあの巨大樹【リーゼ・マーノ】から採取した特殊樹脂です。通常のものと異なり、硬化する特性を備えていることに着目しましてね。なんとか実用化できないかと開発していたものです』
雄弁に語る声がジュシールから聞こえてくる。
『戦闘に用いるのは今が初めてなのですが、うまくいきました。あなたの力自慢の専用機すらこの樹脂の硬化は破れないようですね』
ジュシールが剣を構えなおし、近づいてくる。
『あなたの破壊は最優先ですから。成功のあかつきには素晴らしい特権がいただけるものでね』
『特権・・・?』
『とある“船”への切符とでもいいましょうか。それを得るためにみんな必死なんです』
ブレイズソウルは、いまや身動きを封じられ、完全なオブジェと化していた。
そしてその眼前にまでジュシールがやってきて、剣を振り上げる。
『これで切符は私の物・・・実験は成功です!』
振り下ろされる刃。狙いはコックピット。
だが、その切っ先がそこに届くことはなかった―――
『―――その情報、詳しく話してもらおうか・・・』
止められていた―――ブレイズソウルが動いている。
『な、に・・・?』
ジュシールから信じられないと言った呟きが漏れる。
『―――“リミットアウト”』
ブレイズソウルの後頭から伸びる“髪”の色が急激に紅く染まっていく。
最終的には紅蓮とも言える状態にまでなり、火の粉のような粒子が舞い上がる。
さっきまで固まっていた強固な樹脂がまるで薄い氷のように次々とひび割れ、砕けていく。
『こ、これはいったい―――はッ!?』
気づいた時には、遅かった。
ブレイズソウルは左手で、ジュシールの腕をとらえており、後退を許さない。
そして、すでに右手には―――青く渦巻くエネルギーの球体が出来上がっていた。
『―――“ハウンド”ッ!』
一気に引き寄せられたジュシールの胴体に今度は圧縮されたエネルギーの渦が叩きつけられた。
『ぬおおおお!?』
接触した場所から装甲が砕け、融解し、四散していく。
元が細身の機体だけに、一点集中で送り込まれた強大な破壊力に耐えることはできなかった。
『―――悪いが。実験は失敗だ』
レイヴンのイヤリングが音をたてて揺れた。
爆発。
胴体が粉々になり、機体の四肢が周囲に飛ぶ。
上空に飛んだ後、再び落ちてきた頭部をブレイズソウルが片手でつかまえる。
紅蓮色の“髪”の色が徐々に銀色に戻っていく。
その様はまるで、鉄が冷えていくかのようにも見えた。
装甲の隙間から一気に蒸気が吹きだす。
『―――お前の知る“船”の情報を話してもらおう』
ブレイズソウルがわしづかみにしている機体の頭部はコックピットにあたる部分だった。
ジュシールは、胴体を特殊樹脂の貯蔵タンクにしていたため、操縦席は頭部に設計されていた。
それを踏まえた上で、胴体を狙って破壊したのである。
『・・・さすがは『半機械人間』ですね。急造の試作機では歯が立ちませんか・・・』
『質問に答えろ』
『残念ですがお断りします。・・・まだ戦いは終わっていませんよ?』
ブレイズソウルが反応する。
突然、背後から襲ってきた攻撃をガードした。
それをはじき返し、すぐに振り返り、相手の正体を見る。
『これは・・・』
戦いの行方を見守っていたアルとヘレンは目の前の光景に目を丸くした。
「うそ・・・」
「マーノが・・・動いてる」
街の中心に立つ巨大樹【リーゼ・マーノ】。
不動であるはずの存在は、地に埋まっていた根を動かし、地面を砕き始めていた。
その葉を赤く染め、まるで怒っているかのように。
周囲の地盤が盛り上がっていく。
(まずい、ここは危ない・・・!)
アルはそう直感し、逃げ道を探す。
だが、周囲はすでにひび割れてきており、見渡す限り安全な場所の見当がつかない。
その時、上から巨大な手が差し出されてきた。
『乗れ』
ブレイズソウルの手だった。
すぐに飛び乗り一時的に避難する。
すると今さっきまでいた地面が、砕けて崩落していく。
「か、間一髪・・・」
風で揺れる長髪を押さえながら、地面を見下ろすアル。
「レイヴン!サンキューな!」
ヘレンの方は若干はしゃぎ気味である。
『―――やはり暴走しているようです』
ジュシールから声がした。
「どういうことなんだ?どうして『樹』なのにマーノは動けるんだよ!?」
『・・・ヘレン君。君はあの巨大樹がどこにでもあるような『樹』だと思っていたのですか?』
「え?」
『君だけとはいえ、人と『話せる』樹などこの世のどこにもありません』
「・・・アル、樹って大きくなったら喋れるんじゃないのか?」
「たいていは喋らないわよ」
「し、知らなかった・・・。じゃあ、マーノは一体何なんだよ!?」
『・・・あの樹は、古代の技術で造られた生物兵器ですよ』
「生物兵器・・・」
「生物平気・・・?。動物が好きなのか?」
「違う違う。生きてる武器って意味」
『一応、失敗作の部類とされたんでしょう。当時はただの木にしか見えなかったでしょうから』
「失敗作なわけないでしょう!このままじゃ街1つなくなるわよ!?」
大小様々な根っこが地上へ、徐々に伸びて、地盤を崩す面積を広げている。
木は、自身を安定させるため、地面の下に広く、深く、膨大な根を張りめぐらせている。
そしてあの巨大樹【リーゼ・マーノ】の大きさから考えると、この街全体がすでに根の上にあると考えるのが妥当だ。
このままつづけば、街は崩壊してしまう。
「どうすれば・・・」
危機感をつのさせるアル。
だが、ヘレンが感じていることは違っていた。
「・・・・・なんか、辛そうにしてる」
「辛そう?」
「マーノから感じるんだ・・・怒りもあるけど、なんか苦しそうなんだ」
『当然ですよ。あの巨体で、しかも元々は動いたりしないものですから。力を発揮するとなればそれこそ、多くの生命力を必要します。もう限界が近いようですが』
「でも、どうして今頃・・・」
「・・・ヘレンのためよ」
「おれの?」
「きっと、ヘレンを助けるために最後の力を使う決意をしたのよ・・・」
おびただしい量の紅い葉が空から雨のように降ってくる。
命をすり減らしていく様をうつすかのように。
「・・・アル、レイヴン・・・おれ、マーノを助けたいんだ」
「うん、わかってる。どうすればいいの?」
「マーノと話すには、幹に直接触れないといけないんだ。そこまで連れて行ってくれ!」
「聞いてたレイヴン?」
『・・・了解。なるべく配慮するが、振り落とされるな』
ブレイズソウルは、ジュシールの頭部を遠くに放り投げる。
敵のパイロットが何か言っていたような気がするが、気にしない。
機体が、巨大樹本体に向かって突進する。
根は明確な意思で襲いかかってきた。
初めは回避できていたが、なにせ太く、数も圧倒的。当然避け続けることはできない。
「―――“ライセント”―――」
左肘部分についたブレードが白く発光する。
それを横に一閃し、襲い来る根の集団を薙ぎ払う。
根が切り裂かれ、燃え落ちるが、後続がすぐにやってくる。
「なんて数―――わっ!?」「うおッ!?」
機体が激しく揺れる。アルはヘレンが振り落とされないよう、一緒にしがみつく。
ブレイズソウルがさっきより後退している。
相手の物量もあるが、ブレイズソウルの機体特性も理由だった
ブレイズソウルは『戦闘』に特化した機体である。
腕についたブレードや今見せた強力なエネルギー波は、どれも対フレームギア戦で威力を発揮した。
だが、その反面、攻撃できる範囲が狭い。
目の前に群がる無数の根をまとめて一掃するにはあまりに不向きと言ってよかった。
なんとか、一点突破を試みるも、開いた部位を他の根があっという間に埋めてしまう。
加えて、右手にはアルとヘレンを抱えているため、激しい機動も制限されている。
根を切っては、埋められ、左右からの襲撃を回避。今度はエネルギー波をぶつけるも、結果は繰り返し。
そしてついに、ブレイズソウルの片足が根に捕えられた。
『く・・・!』「うわぁ!?」「いッ!?」
機体が片膝をつき、踏みとどまる。手の中にいたアル達も、凄い高さから落下する感覚を味わったが、なんとか無事。
しかし、動きの止まったブレイズソウルに、根が殺到して来る。
このまま、根の津波に押しつぶされる―――。
その時、2本の光が、空中を走った。
光の正体は、高密度に圧縮されたプラズマエネルギー。
それは、機体を押しつぶそうとしていた根の大軍に突き刺さる。
そのまま左右に開いていき、囲んでいた根もまとめて焼き払った。
「え?」「な、なんだ!?」
ブレイズソウルが放ったものではない。
光が飛んできた方向を2人が振り返る。
崖の上に、一体のフレームギアが立っていた。
細身のボディの機体。特徴的なのは両肩にそれぞれある巨大な2連装の砲身。
そこから、プラズマの粒子が噴き出している。
『来たか・・・。捕まっていろ。一気に突破する』
根の拘束を引きちぎり、ブレイズソウルが走りだす。
当然、根の軍団が道を阻もうとするが、再び後方からプラズマエネルギーが走り、機体周辺の根を薙ぎ払っていく。
謎の機体のプラズマ砲撃が道を開き、撃ち漏らした少数の根をブレイズソウルがブレードで切り裂く。
見事な連携で、ついに機体は【リーゼ・マーノ】の幹寸前にまで迫る。
だが、最後に元々地上に露出していたフレームギアの数倍はあろうかという巨大な太さの根が持ち上がる。
振り下ろされたものをまともに受ければ、並みのフレームギアなどひとたまりもない。
謎のフレームギアの砲身の先端にプラズマ粒子が集束していく。先の数倍はあろうかという威力の砲撃を放つ気なのだ。だが、
『撃つな』
レイヴンの一言で、砲撃は中断された。
代わりに、“紅い髪”のブレイズソウルがエネルギーチャージを完了させる。
『“ハウンド”最高出力―――砕けろ!』
極限まで集束されたエネルギーと巨大根が正面衝突する。
だが、いくら巨大だろうと、相手が単体なら、ブレイズソウルに破壊できないものはない。
放射状に拡散した破壊に一瞬も耐えられず、巨大根は渦を巻いて砕け散った。
最後の一撃を突破した機体は、勢いのまま幹に突撃し、肘のブレードを突き刺して自身を固定した。
だが、2人を下ろそうとして、右腕を下げた瞬間、後方から追いついた1本の根がその腕を叩いた。
「うわああああ!」
「ヘレン!?」
先に降りようとしていたヘレンが振り落とされた。
アルがその後を追って飛び降りる。
『ち・・・!』
機体を動かそうとしたが、追いついてきた根にあっという間にがんじがらめにされ、ブレイズソウルは動きを封じられた。
アルが空中でヘレンをつかまえ、腕の中に抱え込む。
(まだ高い・・・!)
瞬間的な判断で、銃を抜く。それを直下に全弾連射。
そして、根の上に落下する。
「ぐッ!!」
背中から落ち、しばらく転がって止まる。
「アル!」
「だ、大丈夫・・・反動で落下速度を、落としたから・・・。それよりも、急いで!」
「あ、ああ!」
身体を起こしたアルは、戸惑うヘレンの背中を押す。
ヘレンは幹の前に立ち、頭上を見上げる。
赤い葉は今や、地面の方に面積を広げている。
夕暮れの空が見える。はっきりと。
(マーノは探しているんだ。守るべきものを―――だから、)
少年は両手で、巨大樹にそっと触れた。
「――――――――」
マーノ、わかる?おれだよ・・・
「――――――――」
嬉しくて、泣いてるのか?
「――――――――」
もう大丈夫さ・・・今のおれには頼れる人達がいるから。
「――――――――」
マーノ・・・おれ、間に合わなかった?消えてしまうの?
「――――――――」
わかった。もう泣かない。今度はおれが守るよ。絶対に。
「――――――――」
約束する。いままでありがとう・・・
「――――――――・・・・・」
おやすみ・・・“お母さん”・・・