リーゼマーノ~望む意志、応える力~【★】
それは、少年の心を感じる。
恐怖している。だが、その中に確固たる意志が宿っている。
自分を守ろうとしている小さい少年。
その存在は、そのものにとってかけがえのないものになっていた。
少年を守る。
それが自分が生まれた意味。
少年を拒絶する世界を全て―――壊す。
「くそー!ここから出せ!」
ヘレンは、鉄の扉を叩き続けていた。
昨夜から、『リーゼ・マーノ』付近で見張っていたところ、また苦しむ『声』が聞こえた。
こっそり見回ってみると、作業服を着た男たちが巨大樹の根から何かを採取している現場に遭遇したのだ。
こっそり誰かに知らせに行こうとしたところ、背後から近付いてきた男につかまり、妙な薬をかがされたあと、意識がない。
気がつけば、この鉄の部屋に閉じ込められていたのだった。
(『マーノ』が苦しんでいたのは旅人のせいじゃなかったんだ。全部ここの連中の仕業だったんだ・・・!)
なんとしてもこの事を外に伝えないと・・・!
と、外からカギが開く音がした。
「いいかげん静かにしたらどうだこのガキ」
外から入って来たのは作業服を着た男と、
「―――やぁ、ヘレン君」
前に市長に会いに来ていたあの男だった。
「お前らだったのか!『マーノ』を苦しめてたのは!」
ヘレンが飛びかかるが、すぐにもう1人に抑えつけられる。
「・・・やはり、私の考えは正しかったようですね。ヘレン君、君はあの巨大樹の『声』を聞く事ができるようだ」
「え・・・?」
ヘレンは目を見張った。
いままで、誰も信じなかったその事実を相手の方から指摘されたのだ。
「実に興味深い。君の脳を調べれば、この研究もほぼ完成に近づくでしょう」
「研究って・・・お前らはいったい何をしてるんだ!」
「聞いても子供の君には理解できません。さ、実験室に連れて行っておいてください。少し用事を済ましてから来ます」
「了解です。支部長」
支部長と呼ばれた男は、踵を返し去って行った。
「くそっ!離せ!」
ヘレンは好きにはさせまいと暴れるが、大人の腕力に敵うはずもない。
「いい加減にしろ、このガキ!」
男がヘレンを殴りつける。
身体を痛みが走る。
子供に大人の拳のダメージは相当なものだ。普通なら動けなくなる。
だが、
「離せ!お前らの思い通りなんかになってたまるか!」
ヘレンはあがく。
自分はまだあきらめてない。
自分の可能性を信じる。最後まで!
「この―――」
男がもう一度殴りつけようと拳を振り上げる。
一撃が来る事を覚悟し、目をつぶるヘレン。
しかし、いつまでたってもこない。
ゆっくりと目を開けると―――
「ぐ・・・お・・・・」
目の前の男が、床に倒れた。
そして、その後ろには―――仮面をつけた男が立っていた。
仮面の男は、一言確認した。
「お前がヘレンか?」
『樹木保護団』
ビルの表の看板にはそう書かれていた。
なんでも、植物の繁殖の研究をしてる団体らしく、数年前突如としてこの街にやってきたそうだ。
農作物の品種改良を行い、その成果はいま、街の繁栄の一旦を担っている。
市長も、この団体に肯定的で、資金援助もしてるらしい。
街の人たちも好印象をもっているようだが・・・
「―――ここにヘレンがいるのね」
「ああ、確かだ」
「じゃあ、さっそく」
アルが自動扉をくぐり、受付嬢に挨拶する。
「いらっしゃいませ。『樹木保護団』本部へ。本日は見学でしょうか?」
突然の来客にも、受付嬢は営業スマイルでプロの対応。
「あの、ここにヘレンっていうお子様が来ませんでした?」
「特徴を教えていただけますか?」
すかさずレイヴンがフォロー。
「身長は140センチ。明らかにサイズの合っていない帽子と身丈に合わない上着を羽織り、礼儀とは無縁の失礼千万な少年だ」
否、全くフォローになっていなかった。
「逆に分かりにくいでしょ!」
「少々お待ちください・・・えっと『明らかにサイズの合っていない―――」
「いいです!出てくるわけないですから!」
当然のごとく該当しなかったため、一旦その場から離れ、ひとまず話し合う2人。
「ここの設備はあまり優秀ではないようだな。子供1人見つけられないとは」
「あんな複雑なキーワードで探せるわけないでしょ。・・・ここにいるのは間違いないのね?」
「確かだ。やはり、ここには街の規範に非合法な何かがある」
「正面から入ったのがいけないのかしら?」
「待て―――」
レイヴンが、耳に手をあてる。しばらく、すると、
「―――こっちだ」
おもむろに走り出す。
「あ、ちょっと!」
慌てて、アルも後を追う。
レイヴンは一度外に出て、裏手にまわる。そして、隅に無造作に置かれている、塗装の禿げたコンテナの前で止まる。
「・・・ここが入口だ」
「コンテナに見せかけた入口か」
アルが、扉を開けようとするが、すぐに断念する。
「く、暗証番号が必要みたいね・・・」
扉の脇に隠された入力ボード。これをなんとか解読しなければ先に進む事は―――
「ふん!」
ゴリン(扉に拳を叩きこむ音)
メキィ(ひねって金具を折り曲げる音)
バゴッ!(扉を取り外す音)
「開いた。行くぞ」
「・・・・・なんかデジャブのような気が・・・」
レイヴンの後に続き、アルも侵入(突入)に成功する。
しばらく、薄暗い階段が続いたが、すぐに明るい場所に出た。
「格納庫・・・?」
そこはまるで、地下に造られた整備工場のようだった。
だが、今はあまり人影はない。
施設内の明かりはしっかりとついているが・・・。
「おやおや、誰かと思えば・・・」
「!?」「・・・・・」
突然声がした。その方を見る。
「ここは関係者以外立ち入り禁止区画なのですが」
立っていたのは黒衣を身にまとい、片眼鏡をつけた紳士風な男。
「市長さんの息子さんを探してるんだけど・・・」
男に対し、敵意を向けるアル。
「いいえ・・・といっても信じないですね。ここにいる時点では・・・」
「当然よ。ヘレンはどこ?」
「さあ」
アルは瞬時に銃を抜いていた。既に照準は男の額に向けられている。
「答えなさい」
「私は、貴方に用があってきたんですが?」
「5つ数えるわ」
「せっかちですねぇ・・・」
「―――4」
「私の要件は簡単です。すぐ済みますよ」
「―――3」
「あ、1つ言っておきますが・・・」
「―――2」
「余裕は与えません―――」
男の姿がかき消えた。
「え・・・?」
「―――死んでください」
かろうじて気づいたのは男に瞬時に背後に回られていたことだった。
追いついたのは思考のみ。体の反応は追いつかない。
男の手刀が、アルを背後から貫く―――前に、レイヴンが凄まじい反応速度で受け止めた。
「いい反応ですね」
「ふん・・・」
男が続けざまに繰り出して来る手刀を弾きつつ、同等に反撃するレイヴン。
いったい何がおこっているのか、常人の目には捉えられない速度の打ちあいになっている。
レイヴンが、相手の手刀を大きく弾き、一度両者に距離ができる。
「なんて奴・・・」
アルは体勢を立て直し、銃を向ける。
男は特に構えもせず、手を何度か払う様に振っている。
「・・・さすがは戦闘特化タイプですね。このまま続ければ負けるのは私の方ですか」
そう言いつつ微笑を崩さない男。
「人間の反応速度ではないな・・・」
「この男、レイヴンの事を知ってる・・・?」
いぶかしげな表情のアルと、戦闘態勢を崩さないレイヴン。
しばらくの沈黙が続くが、長くはなかった。
「―――アルカイン=フィアレスさん」
男がアルの名前を呼ぶ事でそれは破られる。
「私の名前まで・・・あなた何者なの?」
「そうですね。とある組織に所属している者です」
「組織・・・?」
「まぁ、上から色々と命令を受けていまして。その1つが『レイヴンの排除』になります」
「なんのために・・・」
「こちらの都合ですよ」
「ろくな事じゃないようね・・・」
「さぁ?仕事ですので。とはいえ見ての通り私だけではレイヴンには勝てません。そこで―――」
「契約者のアル本人を狙った、か・・・」
「そのとおり」
「契約についても知ってる・・・?」
「ええ、本来ならあなた方を『契約』まで持ち込ませたくなかったのですが、現状を見る限りあのギャング集団では荷が重かったようですね。フレーム・ギアまで与えたというのに・・・」
まだ記憶に新しいフェルスタウンでの一件。それを思い出し、アルは相手を睨む視線をいっそう強める。
「この前の原因は、あなたのようね・・・」
引き金に込める力が無意識に強まる。
この男のおかげでアンナは巻き込まれ、死ぬ寸前にまで追いつめられたのだ。
「許せない・・・!」
「待て、アル」
「レイヴン?」
「状況が変わった」
レイヴンの一言が終わると同時に、施設全体に警報が鳴り始めた。
「む、これは・・・」
男も予想外であったようだ。僅かに注意がそれる。
その一瞬に2人は同時にしかけた。
アルが発砲し、レイヴンが間合いに踏み込む。
「っ!?」
男は、銃弾を紙一重で回避。髪の毛が数本切れ、右眼の片眼鏡を弾き飛ばす。
そして体勢の崩れた男の身体に、レイヴンの拳が打ちこまれた。
「ぐぅッ!」
吹き飛ばされ、フェンスの外に転落した男は、底の見えないプラント内部へと落下していった。
「・・・どうなった?」
「・・・わからん」
闇に包まれた奥底は明かりがないため、深いのか浅いのかも分からない。
「―――とりあえず今はヘレンを探さないと・・・」
「探す必要はない。状況が変わった、と言ったはずだ」
「どういうこと?」
「ついて来い」
レイヴンが先導し、アルがそれに続いた
2人は再び施設奥へと足を急がせる。
鳴っている警報は、『侵入者あり』とは違うもののようだった。
それにさっきから施設全体が揺れているような気がする・・・。
おかげで、こちらの侵入はばれずに済んでいるのだろうか?
「―――こっちだ」
耳に手をあてつつ、先導するレイヴンの迷いのなさも気になる。
そんな事を考えていると―――
「―――おーーーい!アルーーーー!」
聞き覚えのある少年の声。その後、前方から走ってきたのは―――
「ヘレン!?」「アル!!」
間違いなく行方不明になっていたヘレンだった。
走って来てたヘレンをアルが抱きとめる。
「良かった・・・無事だった?」
「ああ、ケガなんてしてない!」
「でも、どうやって逃げて来たの?」
「実は―――」
ヘレンが動揺しつつも説明しようとしたが、レイヴンが遮る。
「―――話は後にしろ。新手が来た」
「へ?」「へ?」
ヘレンが逃げて来た方向から―――
『うおおおおおおおおおおおおおおお』
様々武器を持ったマッチョな男たちが大量に追いかけてくるではないか!
「わあああああ!?」「めちゃくちゃ来たぁーーー!?」
「撤退するぞ」
「言われなくても!」
「逃げろー!」
3人は即座に走り出した。
プラント内部、格納庫エリア―――
「子供に逃げられた?何をしているのですか?」
支部長が部下の報告に溜息をつく。
「申し訳ありません・・・妙な仮面の男が現れ、少年を助けたと・・・」
「仮面の男?」
「はい。詳細は調査中ですが・・・」
「・・・それにしても、警報が鳴りやまないのはどうしてです?すぐに止めなさい」
「それが、施設内の圧力が急激に高まってきているんです」
「どういうことです?」
「原因不明です。なにか、外的要因ではないかと・・・」
支部長はしばらく考え、部下に告げる。
「―――いい機会ですので『あれ』を試してみましょう。起動準備を始めてください」
「え?しかし、まだ完成とは・・・」
「どちらにせよテストが必要です。街の外に運ぶのも面倒でしたし、好都合です」
「・・・わかりました。研究員を緊急招集します」
部下が足早にその場を去る。
支部長には、警報の原因がなんとなくわかっていた。
(―――『古代兵器』が見覚めてしまいましたか・・・しかし、なぜいまになって?)
排気ダクトに逃げ込み、追っ手をやり過ごしたアル達は、ようやく施設内からの脱出に成功した。
「ふー。なんとかなったわ・・・」
安堵の息を吐くアル。
「助けに来てくれてありがとな」
「でも、ヘレン。どうしてこんなところに・・・」
「・・・おれの特別な力のことをあいつらが知ってたんだ。それで実験台にされそうになった・・・」
ヘレンは背後にそびえ立つ巨大樹を見上げる。
「気がついたら聞こえるようになってたんだ。『マーノ』から伝わってくるのは、人の言葉とは、全然違う。なんか・・・感情みたいなものなんだよ」
「・・・・・」
「この街に『じゅもくほごだん』って奴らが来てから、街全体が活気づいて・・・その頃から苦しむ『声』が聞こえだしたんだ」
少年の言葉には、ただひたすらに真摯な思いがこもっていた。
「他の人には聞こえない。おれだけなんだ。『声』を聞いてあげられる奴が助けないといけないんだ」
信じてもらえない―――そんな恐れはなかった。
少年にとってそれは確かな現実で、確かにここにあるものだからだ。
「・・・信じるよ。ヘレンにはこの巨大樹の『声』が聞こえるんでしょ?」
その言葉に込められた思いをアルは理解した。
少年は真剣な目をしていた。
「アル・・・ありがとう」
「さて、じゃあ市長さんに報告しないと。子供をさらうような連中だもん。きっと街から追い出されるに決まってるわ」
「ああ!」
『―――そうそう世の中甘くないと思いますが?』
「・・・」「え?」「なんだ?」
スピーカーを通した声が聞こえると同時に、コンテナから離れた位置にある地面が沈み始めた。
いや、正確には草むらにカモフラージュされていた何かの射出口が展開されているのだ。
地下のエレベーターから何かが上がってくる。そして姿を現したのは―――
「フレーム・ギア!?」
現れたのは武装を施された機械の巨人。
バイクのヘルメットをかぶった甲冑のような人型の形状。
右手に標準サイズのブレード。左手には、銃身の短いライフルのような銃器を装備していた。その銃器から伸びるノズルは、背面にあるタンクに繋がっている。
『このフレーム・ギア“ジュシール”の実験台になっていただきたい』
ゆっくりと歩き始めるジュシールから、発せられた男の声には聞き覚えがあった。
市長宅でヘレンに話しかけたあの男だ。
アルはレイヴンに向き直る。
あの時、かすかに覚えている記憶。
空から現れたフレーム・ギア。
その力をレイヴンが持っているのなら―――
「―――レイヴン、力を貸して。ヘレンを守るために」
「・・・お前が望むなら、俺は応えるだけだ」
レイヴンが前に出た。
その目が大きく見開かれ、左耳から下がる金色のリングが光り始めた。
遅れたので2話連続投稿。