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リーゼマーノ~決意の可能性~

 スーツ姿の男が、自動扉のセキリュティにカードキーをサッと通し、扉をくぐる。

 すると、奥から白衣を着た研究員の1人が走ってきた。

「支部長!」

「どうした騒々しい」

「モノクル様がお見えです!」

「なに?」

「―――ご無沙汰です。支部長」

 研究員の背後に現れたのは、片眼鏡をかけた黒衣の男だった。

「モノクル様・・・ご連絡くだされば―――」

 支部長の言葉は、さっと上がった手で遮られる。

「いえいえ。もう来てるのですからその必要はなかったでしょう?それより、巨大樹の研究・・・どれほど進んでいるでしょうか?」

黒衣の男はさわやかな笑顔で、語りかける。

「まだ予定の半分ほどですが、新しい情報があります」

「聞きましょう」

「ご案内します。こちらに―――」

 支部長とモノクルはエレベーターで地下の研究施設に降りる。

 着いた部屋には、数多くの解析機器。そして、巨大な1本の根がのぞいていた。

 ここは巨大樹の下に造られた施設なのだ。

 支部長は近くのモニターを操作し、データの一部を開く。

 人間の細胞のようなものが映し出される。

「これがなんの細胞であるのかわかりますか?」

「・・・さぁ。人間のモノではないようですが」

「驚いた事にこれは、巨大樹の細胞です」

「木の細胞?」

 画面に映っている細胞に違和感を覚えたのも無理無かった。

 植物の細胞には、『葉緑素』というものが含まれており、光合成をおこなって成長する。だが、巨大樹の細胞とされているものには、それがない。つまり―――

「この巨大樹は光合成以外の方法で成長しています。いや、もはや植物かどうかも疑わしいのですよ」

「植物でないとなると、なんです?」

「植物の姿をした怪物・・・でしょうか」

「ほう、怪物・・・」

「もしかすると意志を持っている可能性もあります」

「なぜそう思います?」

「この木の『声』を聞ける少年がいるからですよ」






 外も暗くなり、アルは市長宅で夕飯を御馳走になっていた。

 意外な事に、この屋敷の夕飯は市長が作っていた。もちろん手伝いは数人いる様だが。

 使用人も全員同じ席でワイワイと話しながら食事を楽しんでいる。

 なんでも市長は元シェフとして働いた実績もあるらしく、『食事は皆で囲んでたべるもの』という自論があるらしい。

 メニューは、自然に囲まれた土地であるためか、ほとんどの料理に野菜が入っている。

 だが、野菜特有の苦みなどは一切なく、素材の甘さや香ばしさの引き立った、素晴らしいものばかりであった。

 健康に良く、ヘルシー。市長のプロデュースするレストランは予約が殺到するということも聞いた。


 食後、使用人たちが帰って静かになった頃、アルは市長の書斎に招かれた。

「ようこそ。ウイスキーはお好きですかな?」

「あ、いえ・・・アルコール以外でお願いします」

「苦手ですか?」

「ええ。とてつもなく・・・」

 アルの要望に応え、ミルクティーを作る市長は、

「―――アルさんは良い人ですね」

 不意にそう口にした。

「はい?」

「あの子―――ヘレンが家に人を連れてくるなど、いままでなかったんですよ」

「そうなんですか?」

「普通ならあの子に石を投げられた旅人は怒って抗議してくるものです。しかし、アルさんはそうではなく、ヘレンをまっすぐに見て、そして理解しようとした。その心があの子に伝わったのでしょう」

「・・・以前、私にいろいろ教えてくれた師の教えに従っただけです。間違ったこと少ないですし」

「その若さで素晴らしいことです。・・・薄々はお気づきですか?あの子と私の関係に」

「・・・ヘレンは、あなたと血のつながりがないんですね。髪の色や顔つきが全く違っていますから」

 血のつながらない親子―――その事は市長とヘレンを比べた時、薄々感じていた。

「ええ、そのとおり。・・・私の妻は子供を宿すことなく亡くなりましてね。そんな時ですよ、あの子を見つけたのは」

「見つけた、というと」

「ええ、街のシンボル『リーゼ・マーノ』はご存じですね。その根元に、木の葉に包まれた赤子のヘレンがいたのです」

「捨て子?」

「はい。私は真っ先に引き取り、里親になりました。なにかしらの運命を感じた。あの子は、血はつながっていなくとも間違いなく大切な息子なのです」

 言葉にこもる思いが背中越しに伝わってくる。

温もりある父親の風格がそこには確かにあった。

「本当の親は?」

「残念ながら見つかっていません。現在も調査中ですが、発見は難しいだろう、と」

「・・・どうしてあんなイタズラみたいなことを?」

「・・・あの子も私が本当の親ではないと薄々感づいているのかもしれません。直感が鋭いですから」

「・・・あの、ヘレンから『木の声が聞こえる』という話を聞いた事はありますか?その事と関係してるのでは・・・?」

「その話は、あの子から何度か聞きました。しかし、そんなことありえないんですよ。木は言葉を話せませんから会話のしようがない」

「まあ、それはそうですけど・・・」

「親としてあまりに未熟過ぎます。あの子には嫌われているかもしれませんが、立派に育ててあげたいと思っております」

 そういうと、市長は出来上がったミルクティーをアルに差し出した。

 温かい甘さを口に含ませて考える。

 ヘレンが家に帰って来た時、どこか誇らしげだった。家の風格とか、そんなものではなく、自分の親が立派な人物であることを喜んでいたように見えた。

 父親を嫌っているとは到底思えなかった。






 レイヴンは屋敷の外の芝生で寝転がっていた。

 夜空には満点の星空が輝いている。

 星達が無数に存在する空には、静寂ながら歌っているような錯覚すら覚える。

 その光の下にいる男は、


「zzz・・・」


 眠っていた。ロマンなどとは全くの無縁であった。

と、そこへ―――

「―――おい、レイヴン」

 子供が話しかけてくる。

「zzz・・・」

 当然、無反応。

「おーーーーーーいッ!!」

 近所迷惑級の大声を耳元で叫ぶと、ようやくレイヴンが片目をほんの少しだけあけた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヘレンか」

「間が長すぎだろ・・・」

「zzz・・・」

「寝るなぁ!起きろぉ!」

「・・・なんだ」

「ちょっとついて来―――」

「断る」

「早い!即答かよ!?」

「当然だ」

「いたいけな子どもが来てくれっていうんだぞ?普通気になるだろ」

「全くならん」

 むむ、とヘレンは唸ると、諦めたのかその場にドンっと座った。

「なぁ、気になってるんだけど訊いていいか?」

「なんだ」

「アルとレイヴンって恋人同士なのか?」

「違う」

 レイヴンは微塵の迷いもなく答えた。

「また即答かよ・・・そうなのか?じゃーなんで一緒に旅してるんだ?」

「なぜ俺に尋ねる?」

「だってアルは親父と話してるし、なんか直接聞きづらいし・・・」

「・・・アルが旅をするから俺も付いて行く。それだけだ」

「なぁ、レイヴンにとってアルはどういう人なんだ?」

「所有者だ」

「なに?お金で買われたのか?」

「違う。呼びだされた」

「どこから?」

 ヘレンの問いに対し、レイヴンはスッと空を指差した。

「―――『空』だ」

「・・・レイヴンって真顔で冗談言うんだな」

「ジョーダン?なんだそれは?」

「ま、いいや。・・・なぁ、話変わるけど、レイヴンって超能力を信じてるか?」

「超能力・・・?」

「『声を出さずに意志を伝えられる』とか。テレパシーだよ」

「それがどうかしたのか」

「誰かが、『俺はテレパシーを使える』なんて言って信じられるかって話」

「・・・俺は見える物しか信じない」

「つまり・・・信じてないってことか?」

「そうも言わん。人間は可能性に満ちた生き物だ。そう言ったものもあるかもしれん」

「じゃあ。おれが今から言う事の可能性・・・信じてくれるか?」

「お前の創造を、俺は否定しない」

 ヘレンは今まで誰にも信じてもらえなかった事を打ち明ける。

 自分だけが持っていて、他の人の目には決して映らない『特別な力』のことを・・・

「・・・おれ、『マーノ』―――あの巨大樹の『声』が聞こえるんだ。本当なんだ。聞こえるんだよ!『苦しい』って!」

 ヘレンは必死に訴えた。

「誰に話しても、誰も信じてくれなかった。頭がおかしいんじゃないかとか言われたよ。でも、確かに聞こえるんだよ」

 だが、レイヴンの返答はあっさりとしていた。

「・・・・・だからどうしろと?」

「え?」

「仮にお前にあの巨大樹の『声』が聞こえるとしても、俺には関係のないことだ」

「それは・・・」

 ヘレンはうなだれる。

「俺は、所有者のアルを危険にさらす可能性があるなら、お前に協力することはない」

 迷い無く、そのことを告げる。

薄情にも聞こえるが、ヘレンと出会ったのはほんの数時間前のこと。しかも、アルとレイヴンは外から来た部外者なのだ。今会ったばかりの見知らぬ人間に何かを期待されているとすれば、それは間違いだ。

初めて自分に真正面から向き合ってくれた外の人達にどこか信頼できるものを感じて、助けを求めてしまっていた。

「・・・わるかったよ。そうだよな・・・おれアル達に頼ろうとしてた。そんなのまちがってるよな・・・」

「・・・人間は他人の協力を必要する。だが、それに頼ってばかりいる人間は、いずれ自分の可能性を信じなくなる」

「自分の、可能性・・・」

「お前は、あの巨大樹を傷つける者を許せないのだろう?」

「ああ」

「なら、まず自分に可能なことをしろ。それからだ」

「可能な事・・・わかった。おれ、やってみる」

 ヘレンは何かを思い立ったのか、立ちあがってその場から駆けだして行った。

すでに日没を迎え、街は夜の静寂に包まれ始めていた。






 翌朝―――

「ふわぁ~~~~い」

 ふわふわベッドから起きたアルは、大きく背延びをしてから欠伸もする。

 うつらうつらした気分を覚ますため、シャワーでも浴びる事にした。

 ワイシャツを床に脱ぎすて、部屋に備え付けられたシャワー室に入る。

 愛用の銃入りホルスターは護身のため、浴室内に持ち込んでいる。旅をする上で、ほとんど習慣になっている。

 銃自体も防水加工の施された優れものだ。

「ふぅ~」

 熱いお湯をかぶり、目を覚ます。

 長い髪にまんべんなくうるおいを与え、体も温める。

(さてと、今日は西地区の情報屋の所に―――)

 色々考えながら、シャワー室から出ようと、ドアノブに手をかけようとして―――

「―――アル。ここにいたか」

 外からレイヴンがドアを開けた。

「へ?」

 アルは突然のことに呆然。

当然ながら、今の彼女は全裸。

しなやかな肢体だが、華奢ではないスマートな理想の体躯。適度に日焼けしながらも、女性特有の白さが残っており、お湯を浴びた直後のため頬もほんのり赤い。水滴が伝う蒼く長い髪も加え、その姿は何とも・・・エロかった。

「ここにいたのか。・・・どうした、震えているぞ?」

「見るなああああッ!!」

 アルが叫ぶのとホルスターに収まったままの銃身がレイヴンの頭に振り下されるのはほとんど同時だった。






「ヘレンがいなくなった!?」

 身なりを整えたアルは市長の書斎にいた。

「むぅ・・・学校、『リーゼ・マーノ』や他にもいろいろな心当たりの場所を捜索しているが、足取りがつかめない状態だ」

「そんな・・・」

「警察に動いてもらっているが、正直いってこの街はそれなりに広い。しらみつぶしに探すには手が足りない・・・」

「私達も探してみます」

「申し訳ない・・・客人にまさか依頼する事になるとは・・・」

「気にしないでください」

 そう言い、書斎を出ようすると、ふとアルは足を止める。

「―――大丈夫。ヘレンは市長さんの事、とても大切に思ってます」

「・・・・・」

「だから、今度はあなたが信じてあげてください。大切な息子さんのことばを」






 外に出ると、レイヴンが待っていた。

「・・・行くのか?」

「ええ。ヘレンを探さないと・・・」

 バイクにまたがり、エンジンをかける。

「―――ヘレンという少年の居場所ならおおよそ判明している」

「え?」

 不意に出たその言葉に、アルは耳を疑った。

 地元の警察が手がかりすらつかめていないこの状況下で、何故レイヴンが情報を持っているのか?

 疑念を抱く中、レイヴンが続ける。

「だが、この情報はお前には教えられない」

「!?どうして!」

「危険を伴うからだ。俺は契約した者の生命を最優先するようプログラムされている。その契約者を危険にさらす情報を伝える訳にはいかない」

 そういう彼の表情はどこまでも平静だった。

 レイヴンは決してクールなわけでも、物事に動じない精神を持っているわけでもない。

 ただ、与えられた自分の義務を実行しているだけなのだ。

 『言葉を話す武器』―――レイヴンが自身をそう揶揄した理由がここにきてようやく理解できた。

 しかし、アルにとって理解と納得は違う。

「―――レイヴン、私との契約は?」

「『生きて、両親に会う』」

「そう。私はそのために旅をしてる。それはまちがいない・・・」

「なら、余計な危険は避けていくべきだ。今回の事も含めてな」

「そうね・・・私がもっと独りよがりな人間ならそうしてる」

「・・・・・」

「・・・でも、あいにくお人好しなの。バラバラのままの家族を見て、放っておけない。なにか手助けしてあげたい」

 バイクが再びエンジンの出力を上げる。

「第一に私が、納得できない」

「・・・人間というものは、相変わらずわからん。なぜ、非効率な方法を迷わず選択するのか、理解できん」

「理解できないなら、それでもいい。あんたからの情報なんかなくても、私は自分で探す」

「・・・・・俺も同行する」

 そう言いながら、レイヴンがサイドカーにドンと乗り込む。

「少年は。今とある施設に捕らわれている。場所は、巨大樹の南側の根元付近」

「その情報って・・・」

「万が一、お前が独自に情報を掴んでしまえば、俺が隠した意味がない。それよりは、開示し、同行した方が効率的だ」

 レイヴンの表情は変わらなかった。しかし、どこか根競べに勝ったようで、アルは気分が良かった。

「大丈夫よ。だって、レイヴンが守ってくれるんでしょ?」

「・・・当然だ」

「なら、なにも心配ないじゃない」


すいません。遅れております。

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