リーゼ・マーノ~イタズラ少年~【★】
「――――――――――――――――」
だれ?ぼくに話しかけてくる・・・
「――――――――――――――――」
苦しい?苦しいの?
「――――――――――――――――」
怒ってる?いや悲しいの?
「――――――――――――――――」
君は・・・だれ?
荒野を抜け、林の中の道路をサイドカー付きの大型バイクが走っていた。
運転するのは、蒼く長い髪が印象的な女性。
「やっと涼しい場所にきたわね~。レイヴン、調子悪くない?」
よそ見はせず、サイドカーに対して、女性は話しかけた。
「―――ああ」
レイヴンはそっけない返事で答える。ウェーブの混じった赤い髪が印象的な男だ。
「どうしたの?どっか具合悪い?」
「休んでいるだけだ。余分なエネルギー消費は抑えているからな」
「ここ数日寝てしかないじゃない」
「いざという時動けないのは困る」
「・・・数時間前にわたしが盗賊に襲われた時は『いざ』というときじゃないわけ?」
「自力で処理したはずだ」
「そりゃ、そうだけど・・・」
「『武器』というのは必要な時に使われるもの。不要な時には休んでいるべきだ」
「なんか、納得いかない・・・」
「お前の銃も向ける相手がいない時は、腰のホルスターに収まっている。それと同じと思えばいい」
「あ、そ。・・・それはそうとお腹は空いてないの?水も飲んでないみたいだけど?」
「・・・・・オレか?」
「あんた以外に誰がいるのよ。遠慮しなくていいのに」
アルは前の街を出る際に買い込んだ物資にはレイヴンに必要と思われる分も含まれていたのだ。しかし、肝心の彼は食べ物はおろか飲み物すらも口に入れようとはしない。
少し心配になるのも当然だった。
「遠慮はしていない。俺は人間とはエネルギー摂取の方法が違う。それだけだ」
「なにも食べなくて平気なの?」
「ああ。だが、食べられないわけではないぞ。必要な時は食べるマネはできる。お前が望むなら鉄に調味料をかけて食べる事もできる」
「いや、そういう時ないと思う・・・あ、見えた」
アル達が目指す先に巨大なものが姿を現した。
いったん丘の頂上で止まり、ふもとの街を一望する。
遠目からみても、きれいである事が分かるほどに整備された街。
だが、それ以上に視線を引き付ける存在が街の中心にそびえ立っていた。
「すごい大きな樹・・・」
「・・・・・」
中心にあるのは、雲まで届きそうな一本の巨大な樹木。実に街の5分の1の面積を占める圧倒的な存在感だった。
「巨大樹の街―――リーゼ・マーノ、か。あそこで間違いないわね。行くわよレイヴン」
「・・・・・」
「ちょっと、レイヴン聞いてる?」
「zzz・・・」
「寝とんのかい!」
街に到着したアルは、ゲート前でいくつか手続きを行い、無事に入れた。
宿泊用のホテルは街の中心部にあるということで、そこに向かってバイクを走らせる。
この街は、中心部の都市エリアの周囲を民家が囲むシンプルな構造をしている。豊富な自然に囲まれた環境のため、移住を希望する人も多いらしい。
そんな中でもやはり目を引くのは、そびえ立つ巨大樹の存在だった。
遠くからみてもあれほどに巨大であったのだ、近づけばその大きさはまさに圧巻というしかない。
どうやら、木に触れる事は特に禁止されてはいないらしく、観光にも利用されているようだった。
せっかくなので、宿泊所を探す前に巨大樹を見て行く事にした。
「ほんと、大きい・・・」
近くにバイクを停め、巨大樹の前にアルは立っていた。
周囲には観光客の姿も見え、巨大樹を全員が見上げていたり、シートを広げてお弁当を食べる家族の姿もあった。
空は快晴。木漏れ日がふる影の中は、周囲の人々に不思議な安らぎを与えている。
だが、アルはそんな人々とは何か違うものを感じていた。
(なんか・・・)
近くに来て、どことなく感じる違和感。気にするほどでもないが・・・
「きのせいか・・・」
木に触れてみようと、手を伸ばす。その時―――
「―――触るな!」
子供の声と共に石がアルの足元に飛んできた。
「え?」
アルが声のする方を見ると、ブカブカのジャンバーと目差し帽をかぶった少年が、また石を投げようとしていた。
「『マーノ』から離れろ!」
ポイポイと飛んでくる石から遠ざかるように、アルは巨大樹の根から距離を置いた。
「ちょっと君!人に石を投げちゃいけないって親から教わらなった!?」
アルは突然の出来事の意味は分からなかったが、とりあえず失礼な少年を叱る。
「ふん!旅人はいつも『マーノ』を傷つける!今度は許さないぞ!」
「『マーノ』って・・・この大きな木のこと?」
「そうだ!」
「別に私は木を傷つけるつもりなんか―――」
「嘘だ!また『マーノ』が苦しんでるんだ!この街の人たちじゃないなら、旅人が犯人だ!」
そういうと少年はまた石を投げようとして―――
「いい加減にせんかぁッ!!」
先にアルがとび蹴りをかました。
「あばぁ!」
顔面に直撃を受けた少年は、ごろごろと地面を転がっていった。
だが、すぐに顔を押さえながら起き上がる。
「なにすんだよ!」
「こっちのセリフよ!」
「普通の子供なら首折れてるぞ!」
「丈夫な体に生まれた事に感謝しなさい!」
「ひでぇ!それでも大人かよ!?」
「大人ですよーだ!」
アルがあまりに大人げない対応をしていると―――
「見つけたぞぉ!このイタズラ小僧ッ!」
中太りの警官が遠くから叫びながら走ってきた。
「げ!モンテス!あばよ!」
警察官の姿を見た少年は一目散に逃げ出した。
あっと言う間に市街地に逃げ込んでいったため、走ってきた警官も追うのを諦めたようだった。
「まったく、なんて逃げ足だ!あのクソガキめ!―――旅人さんお怪我はありませんか?」
「あ、はい。全然」
逆にとび蹴りをかましたことは黙っておくことにした。
「あの小僧はヘレンって言うんですが、あれにケガをさせられたってことで、時々旅人から苦情が出るんです。困ったもので・・・」
警察が説明していると、アルはふと少年の言葉を思い出す。
「―――あの子、この木が苦しんでる、とか言ってましたけど?」
「ああ、そんな事を言ってますが、単なる悪ふざけですよ。そういって自分が相手を傷つける事を正当化してるんじゃないですかね?」
(本当にそれだけなの?)
アルは、ヘレンが逃げて行った方を見つめる。
とっさの事でケンカしてしまったが、悪い感じはしなかった。
石を投げて来た時、ヘレンの目に嘘はなかった。むしろ真剣で、悪意は微塵もない。
その事だけは確信できた。
アルが停めて来たバイクのサイドカー。そこでレイヴンは相変わらず眠っていた。
そこに―――
「―――レイヴン」
誰かが話しかけてきた。
「・・・お前か」
レイヴンは目を閉じたまま答える。
「例の『船』を捜している連中がいる」
「・・・・・」
「引き続き調査を続ける。待機状態を維持しろ」
「了解・・・詳細が分かるまで待機する」
「・・・どうだ、今度の契約者は?」
「わからん」
「・・・そうか」
警官のモンテス=パウロと話し終えたアルが歩いて戻ってきた。
「ごめん遅くなった―――ねぇ、いまここに誰かいなかった?」
「・・・いや」
「今会った警察官が言うには、西地区に『セブンズ』ていう情報屋さんがあるみたいだから明日行ってみようと思うの」
「今日はもういいのか?」
「あまり焦ってもどうにかなるもんじゃないし、今日はどこか宿まれるとこ探そう」
「そうか。では探して来るといい」
「って、アンタも探すのよ!」
「何故だ?」
「寝床の確保ぐらい手伝いなさいよ!」
「それならここにある」
レイヴンが、今寝ているサイドカーをドンと小突く。
「横になれればどこでもいいわけ?」
「別に立っていても眠れる」
「そういうこと言ってるんじゃない!」
そんな言い合いをしていると―――
「―――おい!」
突然後ろから声をかけられる。振りかえると、
「よ」
さっきの少年がチョコンと立って、片手を上げていた。
「あ、さっき蹴り飛ばしてごめんね」
アルが謝る。
「子供を蹴ったのか?」
レイヴンが半目で尋ねる。
「まぁ、細かいことは気にしない」
ははは、とごまかした。
「大丈夫だよ。手加減してくれたんだろ?おかげであ・ん・ま・り痛くなかったぜ?」
だが、ごまかせなかった。
「ぐ・・・あんた根に持つタイプね」
「やはり蹴ったのか」
「うう・・・」
なんかいまさら悪者にされている気がして、アルはショボンとうなだれた。
「すまんな少年。この女は道を妨げるものに容赦しない。目をつけられた時はコインをまけば目くらましになる」
「ほー、あんたの目に、私は『天上天下唯我独尊でお金にがめつい守銭奴』に見えてるわけ?」
「違うのか?」
「違うわ!」
そんなコント(?)のようなやりとりをしていると、
「寝床探してるならうちに来いよ。2人ぐらい余裕で泊まれるぜ?もちろんタダ」
バイクのサイドカーにレイヴンとヘレンを乗せ、アルは目的の場所にのんびり走らせる。
結局のところ無料という言葉が決め手になり、アル達は少年ヘレンの家に厄介になることにした。
あの後、ことの事情をレイヴンも把握し、ヘレンがお詫びの意味も含んでいるとのことだった。
互いに自己紹介も済み、ヘレンの家に向かう。
「―――でも、なんで私にまた話しかけようと思ったの?普通、蹴―――あんなことになったら怖い人って思うでしょ?」
レイヴンの膝の上に乗って、風に帽子が飛ばされないよう押さえながらヘレンが答える。
「いや、俺がいままで追い払ってきた奴らって、すぐにどっかに行っちゃうんだ。アルが初めてなんだ。本気で怒鳴って『蹴り』を入れてきたのは」
「なんで『蹴り』の事含めて言うわけ?」
「ま、気にするなよ。そんなんだから、今までの連中とは違って、悪い感じがしなかった。だから謝らないとって思って」
レイヴンは、その話を静聴しながら、不思議に思った。
子供には、不思議な直観があると聞いたことがあるが、それはヘレンが純粋な少年であることの表れかもしれない。
「あ、ついた。ここを右」
ヘレンの指示通り、右折。そして、そこにあった家は―――
「で、でっか・・・」
目を見張るような巨大な屋敷。さっきまで見ていた民家の数倍はあるだろう大きさであった。門には動物の像が並び、芝生の整えられた庭が広がっている。
「この街の市長邸宅のようだな」
「ヘレンて市長の子供だったの!?」
「ま、そんなもんだよ。入ってくれ」
若干得意げなヘレンが家の中に入っていく。
バイクをロックし、その場に停車させて、アル達も続く。
アルは、あまり豪華な建物には入った事がないため、キョロキョロと挙動不審。
レイヴンは、いざという時に迅速に脱出するため、キョロキョロと破壊しやすい場所を観察。
「とりあえず親父にアル達が来たことを知らせにいかないと」
そういって辿り着いたのは大きな木製の2枚扉の前。頭上のプレートには『市長書斎』と書かれている。
ドアをヘレンがノックしようとすると、
「―――では、私はこれで失礼します」
先に内側からドアが開き、スーツの男が数人出て来た。
「おや?君はヘレン君」
中央に立っているスーツの男が、ヘレンに向かって話しかけて来た。
「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
男は気軽に話しているが、ヘレンは無視している
「そういえば『植物の声が聞こえる』って噂を聞いたことがあるんだけど、本当かい?」
「・・・・・」
男の問いに対して、ヘレンはブカブカの帽子を深くかぶり、目を合わせないようにして黙っていた。
「あー、ごめんね。いきなり変な事を聞いてしまったね。謝るよ。では客人のみなさんも失礼しました」
男たちは適当に謝罪すると、すぐに反対へ去って行った。
男達の姿が完全に見えなくなると、ヘレンが顔をあげる。
「ヘレン・・・なんなのあの人たち」
「よく知らない。あいつら、好きじゃないんだ・・・」
そう言いつつ、気をとりなおし、2枚扉を開けた。
そこには中太りで、口髭を生やした男が椅子に座っていた。紛れもなく市長である。
「帰ってきたかヘレン!お前また旅人さんに悪い事を―――」
「そのお詫びに連れて来た。アルさんとレイヴンさん。寝床を探してるんだって」
ヘレンが父親の言葉を遮るように2人を紹介すると、市長は、おお!、と言って、歩いてきた。
「これは旅人さん。このたびは息子のヘレンがとんだ失礼をいたしました・・・」
深々と頭を下げる市長。
なんかこっちが失礼なことをしたみたいな気分になる。
(あれ、この2人って・・・)
「お詫びといってはなんですが、滞在中はこの屋敷をご自由にお使いくださって結構ですので。ああ、あと食事もご用意させてもらいます」
「いえ、そんな泊めていただけるだけで―――」
「そんな遠慮はなさらず。そうだ。気が引けるのでしたら、旅のお話など聞かせていただければ嬉しいですな」
「じゃぁ、それと交換条件ってことで」
「・・・どうしたアル。ここぞとばかりに物資をたっぷりいただかないのか?」
「あんたは黙ってなさい!」
こうしてアル達は市長宅にお世話になる事になった。
仕事忙しくって、更新は結局1ヶ月後に・・・。しばらくは4日に1度ペースで更新します。よろしくお願いします。