フェルスタウン~仮面と宝玉~【★】
「お、アンナ戻ったか―――うお!?」
「アルさん!どうしたんだ!?」
「まさか連中にやられたんじゃ」
動かなくなったアルをアンナが背負って、酒場に戻ってきた時にはもう大騒ぎだった。
心配で大勢の男たちが駆け寄ってくる。
「大丈夫。少し、酔っぱらったみたいで」
「こんな朝からお酒でも飲んでたのか、アルカインさんは?」
男達を分けて、ライリーが呆れ顔でアルを見ていた。
「いや、飲んだんじゃないの。嗅いだだけで・・・」
「嗅いだだけでこれか。どれだけアルコールに弱いんだこの人は・・・。とりあえず、奥のベッドで寝かせてあげなさい」
「うん。あ、お父さん」
「ん?」
「前してくれた15年前の人の話・・・アルさんはやっぱり関係あると思う」
「・・・・・証明ができるのか?」
「ない。でも、今までになく、強く感じる」
「―――わかった。お前にまかせよう」
「うん」
住民街のはずれにある臨時整備所―――
「親父、これが届いた切り札か?」
「うむ。【ゲッシュ・ボンバード】という機体らしい」
レンボゥとレドの視線の先には、長大な6つの砲身がついた巨大物体があった。
シートが被せられており、全体は見えないが、重厚なフォルムは圧倒的なまでの威圧感を放っている。
「こいつがあれば、もう怖いものなしってことだな。へへ」
「操作も単純だ。いざとなればすぐにでも動かせる。まだまだファミリーは大きくなるぞ。フフフ」
親子でほくそ笑んでいると、
「ボス、こちらでしたか」
部下が1人やってくる。
「どうした?」
「実は捜索していた物の情報を掴みました」
その報告にレンボゥは、にやつく。
「ほう」
「どうも、鉱山街に住んでいる女が持っているのを見た奴がいます」
「その女は誰か分かっているのか?」
「―――アンナリー=スタン。鉱山管理責任者のライリーの娘です」
ライリー達は休憩時間を終え、またもとの作業場に戻って行った。この店に残っているのは、アルとアンナの2人だけである。
「・・・・・・・・・・・・・頭痛い」
意識が戻ったアルは、2日酔いのような頭痛に苦しんでいた。
「大丈夫ですか?」
「やっぱり、お酒なんて悪魔の飲み物よ・・・。におい嗅いだだけで人の意識を奪うなんて・・・」
「それ、アルさんが特別なんだと思いますけど・・・」
「いたーい・・・頭いたーい・・・いっそ殺して~・・・」
シーツに包まってゴロゴロのたうち回る姿は、わがままな子供のようだ。
「それはそうと、お話したい事が―――」
「なに~?今度にできない~?もうダメ・・・・死んじゃう。何も聞こえないわ・・・」
「あの、とても大事な話で―――」
「う、やば、い。せ、洗面器・・ちょうだい・・・・」
「きゃあ!?ちょ、ちょっと待ってください!10秒だけ我慢してください!!」
~~~~~しばらくおまちください~~~~~
「はぁ、はぁ。ホント、お酒って最低だわ・・・」
それだけ言って、アルは、再びベッドに勢いよく身を預けた。
アンナはアルの様子がどこかおかしいことに気づいた。
やけに顔が火照っている。息づかいも荒い。明らかに2日酔いとは別の状態も含まれている。
「―――凄い熱・・・!アルさん、今、濡れタオル持ってきますから!」
5日間に渡る荒野の旅の緊張が解けたため、アルの体にはこれまでの疲労が一気に襲いかかっていた。
加えてあまり衛生環境も良くはない場所である。体調を崩すのも無理はなかった。
看病用具を取りに行くため、駆け足で部屋から出ようとするアンナ。だが、その足が突如止まった。
なぜなら、そこに招かれざる客が現れたからだ。
「―――よぉ。探したぜ娘さん」
レドだった。あいかわらずの赤シャツを着崩したスタイルで、部屋に乗り込んできた。
「ど、どうして―――きゃぁ!?」
たちまち取り巻きに捕まるアンナ。
「くっ!!」
アルが疲労した身体を無理やり動かし、机の上のオートガンを取ると素早く照準する。
しかし―――
「おっと、これでも撃てるか?」
レドがアンナを盾にしている。撃てない・・・!
「やれ!」
合図とともに、取り巻きが一斉に襲いかかる。
あっという間に銃を奪われ、床に組み伏せられた。
「くぅ・・・」
「なんだ、あっけなかったな。もっと手こずると思って人数揃えて来たのによ」
レドは勝利の笑みを浮かべる。
「待ってください!この人は、今、熱があるんです!離してあげてください!」
「そうはいかねぇよ。この俺様にたてついたんだ!相応の報いを受けてもらうぜ!」
「そんな事のために、こんな乱暴をするんですか!?」
「まぁ、本当の目的はこいつじゃない。お前だよ、アンナリー=スタンさん」
「・・・え?」
「―――こいつを見ろ」
レドが懐から取り出した1枚の写真には、紅い宝石の埋め込まれたプレートが写っていた。
「これを探してるんだよ。お前、知ってるんだろ?」
「し、知りません!これっぽっちも!全く!全然!」
アンナは額に汗を浮かべながら首を何度も左右に振る。こんなに嘘丸出しなのも珍しい。正直なのは美しく、罪である。
「・・・お前、嘘が下手って言われないか?」
「・・・アンナ・・バレバレ・・・」
レドはおろか、捕まっているアルすら苦笑いしている。
「そ、そんな、アルさんまで・・・」
そして、アンナは涙目。
「兄貴、どうやらこの家の中には、ないみたいですぜ」
「連れてけ、アジトで楽しみながらゆっくりと聞きだしてやる」
こうして、アルとアンナはレドの一団に拉致されてしまった。
戻ったライリー達が事態に気づくのは数時間後の事である。
「頭いたい・・・体もいたい・・・」
「・・・まだ言ってるんですか?」
ティーンズ・ファミリーのアジトに連れてこられたアル達は、手足をロープで拘束され、とある一室に監禁されていた。
「とはいっても、さっきよりだいぶマシになってきたかも」
そう言うアルだったが、まだ顔が赤いうえ、呼吸も荒い。むしろさっきより悪化しているように見える。
「・・・ごめんなさい。私のせいでこんな事に巻き込んでしまって・・・」
「気にしなくていいよ。巻き込んだのはアンナじゃなくてライリーさんだし・・・」
ハハハ、とさわやかな笑顔をしているアンナ父の顔を思い出す。
「でも、アルさん―――」
「はいはい。私は気にしなくていいって言ったでしょ?人間、生きてると何かしらのトラブルに巻き込まれるんだから」
アルは、心配させまい、と笑顔をつくる。
それを見たアンナは小声で呟く。
「・・・・・やっぱり、間違いない」
「なに?」
「アルさん、もしかしてこの街に来たのは・・・人捜しのためですか?」
「そ、そうだけど・・・どうしてわかったの?」
「私が生まれて間もない頃、旅人がこの街に来たらしいんです。その人の名前は―――」
「名前は・・・?」
「―――『アリステラ』。その人が、言い残していった言葉があるんです。父はその人に落盤事故から救ってもらったお礼に伝言を引き受けて、私にも教えてくれたんです」
「どんな言葉?」
―――「困ったら彼を頼りなさい。その道しるべを置いていきます」―――
「道しるべ?」
「はい・・・その伝言と、ある物を預かりました。でも、もうあの男に取られてしまいました」
「・・・どうして話してくれたの?」
「なんとなく、アルさんがその人に似てたんです。1歳の私でもはっきり覚えてたくらいの人ですから。もし、関係なかったら、すいません」
「・・・関係ないなんて事、全然ない。だってその人―――」
そこで、アンナは気づいた。アルの表情がとても晴れやかなことに。
決してから元気ではない。心の底から喜んでいる。私の旅は無駄ではなかったと。
「―――ずっと探してた、お母さんなんだから」
「親父。これでいいのか?」
レドは、アンナから奪った例のプレートを、父親のもとへ届けていた。
プレートは手の中に収まるほど小さい、チェーンを通したペンダントだった。
「おお!まさしく探していた物だ!お前に協力をもらって正解だった!」
「へ・・・ま、たいしたことじゃなかったがな」
思いもよらぬ賛辞に思わず、頬が緩むレド。
「あとは、あの方に連絡をとればいい。ご苦労だったなレド」
「ああ。ところで、2人ほど捕まえてきたんだが、あいつらどうする?」
「お前の好きにしなさい。私は忙しいからな」
「そいつはいいな。へへ」
レドがにやけながら、その場から去ろうとする。
その次の瞬間―――突然、窓ガラスが砕けた。
「なに!?」「うお!?」
それに乗じて、何者かが部屋の中に飛び込んでくる。しかし、ガラス片から身を守ることで精一杯な2人は、対応する事ができない。
瞬時に駆け抜けた侵入者は、レンボゥとすれ違うと、あっという間に屋内へ消える。
「くそ!ヒットマンか!?親父、怪我はねぇか!?」
「ああ、なんとも―――しまった!プレートが!」
「なんだと!?」
驚いた事に侵入者は、すれ違った瞬間、レンボゥからプレートを奪っていた。信じられない手際の良さだ。
「親父!侵入者を追ってくれ!あのプレートの価値を知っているのなら、相当の刺客に違いないぜ」
「お前はどうするんだ?」
「俺は念を入れて、【ゲッシュ・ボンバード】を起動させる!」
部屋の外を数人がドタドタと走りまわる音が聞こえる。
「なんか騒がしくなってきたわね」
「本当ですね・・・何かあったんでしょうか?」
アルの隠し持っていた小型ナイフで、拘束を解き、2人は脱出の機会をうかがっていた。
幸い、扉の近くに人の気配は感じない。見張りがいるわけではなさそうだ。
女2人と思って甘く見られているらしい。好都合だ。
「ちょっと待ってて、今ナイフを使ったピッキングテクニックを披露するから」
「すごいです。なんか強盗みたい」
「ふふ、サバイバル技術って言って。もうちょっと―――」
―――バゴッ
ドアが外れた。もう一度確認する。鍵ではなくドアが外れた。
ナイフを持ったまま、呆気にとられるアル。
「わぁ、すごい!『ぴっきんぐ』ってドアを外す技術なんですね!」
「いや、違うから!私のせいじゃないから!」
そんなことを言っていると、部屋にドアを破壊した人物が入ってきた。
「・・・目立った外傷はなさそうだな」
声からして男と思われる人物と判断する。
その顔は凹凸の少ない白い仮面で覆われていた。稲妻のような黒いペイントが一筋走っているのが特徴的だった。
加えて、肩・胸部にフレームのついた黒いコートを着ていた。
「―――あなた、いったい・・・?」
アルは警戒態勢をとり、アンナを自分の後ろに隠す。
「・・・敵ではない」
「信用しろ、というの?」
「―――証拠だ」
そう言って、仮面の男は何かを投げてよこす。
反射的に受け取ったそれは―――
「これ、私の銃・・・!」
紛れもなく奪われていたアルの銃だった。
「いたぞ!こっちだ!撃て!」
入口の破壊に気がついた敵が、部屋の外から、室内にマシンガンを発砲する。
仮面の男は即座に反応し、丸ごと持っていたドアを盾にする。アジトのドアは、どれも鉄板が仕込んであるようで、銃弾を完全に弾いている。
「説明は後だ。援護する。この場から脱出するぞ」
少し迷ったが、この場を切り抜ける事を優先する。
素性は知れないが、どうやらこの男は、ティーンズ・ファミリーと敵対しているようだ。今は協力するしかない、とアルは判断した。
銃の安全装置を素早く外し、臨戦態勢をとる。
「もう1つ渡す物がある」
仮面の男が、懐に手を入れると、今度は小さな物を投げてきた。
アンナがそれを受け取る。
「これ・・・これです!私がアルさんに渡したかったもの―――」
「ペンダント・・・?」
「はい。これはアルさんの物です―――お返しします」
アンナから手渡されたペンダントのようなプレートをアルはそっと受け取る。
埋め込まれた真紅の宝石に触れると、ほのかに熱を帯びている気がした。
「俺は正面で暴れる。その隙に行け」
そう言うと仮面の男は、盾にしていたドアを、外にいる敵の集団に向かって、投擲した。
「うわぁ!」「ばかな!」「嘘だろぉ!?」
回転しながら飛来する鋼鉄製の扉に、口々に叫び、散っていくギャング集団。
「アンナ!しっかりついて来て!」
「は、はい!」
銃撃の止んだ隙を見逃さず、アルとアンナが駆け抜ける。
投げられたドアをちらりと見ると、壁に突き刺さって、摩擦熱で煙を上げていた。
鉄板が仕込んであるなら、相当な重量があるはずだが・・・
「やろぉ・・・」
倒れていた敵の1人が身を起こし、逃げるアル達に銃を向けようとする。
だが、発砲はなかった。その銃身が飛来したナイフに切断されたからだ。
「―――次は手を落とす」
「ひぃッ!!?増援を呼べ!こいつはやべぇ!!」
「こちら、南部屋前!手強いのがいる!応援を頼む!」
応援を呼ぶ間も、起き上がった男たちがマシンガンを撃とうとする。
しかし、仮面の男は目にもとまらぬ速度で、回転するナイフを次々飛ばす。
瞬く間に全ての銃身が切り落とされ、男たちは丸腰も同然の状態にされた。
「く、くるなー!」「あわわわ!?」「にげろー!」
新たなナイフを構え、ゆっくりと前進して来る仮面の男の威圧感に圧倒され、男たちはたまらず逃げ出した。
ティーンズファミリーのアジトはフェルスタウンから少し離れた場所にあったため、脱出に成功したアル達は走って街に向かっていた。
もう日は沈み、かすかな夕暮れの名残りが周囲を照らす。
「はぁ、はぁ・・・」
「アルさん・・・やっぱり身体の調子が―――」
「大丈夫、これぐらい・・・!またおぶってもらう訳には―――」
そこまで言ってアルの体がバランスを崩して倒れる。
「アルさん!」
慌てて、倒れたアルを起こそうとするアンナ。
「先に行ってアンナ・・・早くお父さんの所に―――」
「イヤです!アルさんも一緒です!」
「私は1人で何とかするから・・・」
「そんな身体で何ができるんですか!もう少しで―――」
『―――街についたのになぁー!』
「「!?」」
スピーカー越しに荒野に響くレドの声。
声のした方を振り返ると、巨大な影がこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、あれって・・・」
「“フレーム・ギア”・・・!?」
2人は驚愕する。はったりかと思っていたが、そうではなかった。連中の『切り札』は確かに存在していたのだ。
『この俺様専用のフレーム・ギア【ゲッシュ・ボンバード】から逃げられると思うなよぉ!』
レドが自慢する【ゲッシュ・ボンバード】は、キャタピラの上にダルマを乗せたような姿をしていた。ボディから前方に伸びる6つの長い砲身。サイドにある細腕にはマシンガンをそれぞれ装備している。
「アンナ!走って!」
せめてアンナだけでも・・・!
『おっと!そうはいくか!』
機体の砲身の1つが火を噴いた。強力な榴弾がアル達の前方に着弾する。
「うあっ!?」「きゃあっ!!」
かなり離れた位置に落ちたにも関わらず、凄まじい爆発の衝撃に襲われ、アル達は転倒した。
衝撃で体が痺れる。動けない―――
『はっはー!どうよ!絶対に逃がさねぇからな!お前らはここで終わりだ!おとなしく降参して、許してくださいって言えたら命だけは助けてやるぜぇ?』
怖い―――これが“フレーム・ギア”の力・・・。次元の違う破壊力を前にして生身の人間が立ち向かえるわけない―――
「―――終わり・・・じゃない」
「アル、さん・・・?」『・・・なに?』
アンナもレドも、目を見張った。
「やっと手がかりを見つけたのよ・・・」
アルは立ちあがる。
「私は絶対にッ・・・!!」
持っていた銃をまっすぐに敵へ向ける。そこにあるのは迷いのない、強い意志。
「―――生きて、お母さんとお父さんに会うんだからっ!!!」
その時、左手で握りしめたプレートに刻まれた文字が真紅の光を放った―――
だれも知らないはるか上空。夕闇の彼方に、扉は開く―――
『ファースト・シグナルの発信を感知―――座標を確認―――出撃態勢に移行―――システム【レイヴン】射出―――』
空から強烈な光を帯びて、それは落ちて来た。
着地の衝撃で大地が揺れ、瓦礫が舞い上がる。
大気が乱され、風が吹き荒れる。
アルには何が起こったのかわからなかった。
でもなんか懐かしい―――
そう思った時には、気を失っていた。
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