フェルスタウン~母の形見~【★】
先ほど店にいたゴロツキはティーンズファミリーの長兄・レドという名前らしい。
ティーンズファミリーは2ヶ月ほど前にやってきて、瞬く間に街を掌握してしまったギャング集団である。
町長を脅し、勝手に『献金』として金を巻き上げているのだ。
「この街って警察とかいないの?」
「一応はいるんだが、長いこと平和が続いてたものでね。今じゃ、炭鉱マンの方が喧嘩慣れしてる分強い」
ライリーが説明していると、後ろの仲間が乗り出して来る。
「しかも奴らとんでもねぇ切り札を持ってやがる・・・」
「切り札?」
「“フレーム・ギア”さ・・・」
“フレーム・ギア”とは15メートル近い機械の巨人の総称。形状や武装などは様々だが、1機あれば小さな街は簡単に武力制圧できてしまう脅威の兵器。だが、定期的な整備や莫大な維持費が必要になるため、滅多にお目にかかれない代物でもある。
「どんな形してるの?」
「それが、誰もその機体を見たことが無いのさ」
「じゃあ、あいつらのハッタリってことじゃないの?」
「ああ、私もその線を疑い始めている。近々、反抗作戦を実行するつもりだった。ここにいるのはそのメンバーさ」
「大丈夫?いくら、体が丈夫だからって、相手が銃を持ってたら戦えないんじゃ・・・」
「この街には数年前まで軍隊があってね。それが解体されてからは、みんなここで働いているんだ。つまりは、ほぼ全員が軍隊所属だったってわけだ」
どうりでさっき銃を見せた時、眉ひとつ動かさないわけだ。見慣れてるなら、驚いたりはしないだろう。
「そこで提案なんだが―――私たちに協力してくれないか?」
「協力?」
「そう、奴らを街から追いだす大きな作戦だ。失敗が許されない以上、戦力は出来るだけ多い方が良い」
「あの・・・来て数十分でそんな話されても・・・」
「もちろん報酬は出すよ。見たところ、食糧や水を手に入れるためにこの街に寄ったのだろう。すべてうまくいったら無料で補給しよう」
「うーん」
アルは悩んだ。ライリーに見抜かれたとおり、今の自分には旅を続けるための物資が全くなかった。
それ以前に、自分は人捜しのためここに来たのに、それがまさか街一つの命運を賭けた戦いに巻き込まれようとは・・・。
いろいろ考えた末、答えを出した。
「―――他をあたります」
「そうか。引き受けてもらってなによりだ」
「会話の流れがおかしいですよ!?」
「さっきの小競り合いでレドは君を敵としたのは間違いない。ティーンズファミリーはすでにここ以外の市街地は掌握している。どちらにせよ、何かの目的でここに来たのかもしれないが、情報は得にくい状況だと思うよ」
「ぬぬ・・・!」
「どちらにせよ補給も必要なのだろう?ここまで荒野を渡るために相当消耗しているはずだ。物資も君もね」
そのとおりだった。食糧が底をついていただけでなく、5日近い長旅でアルは疲れ切っていた。さっきは相手がこちらの勢いに呑まれてくれたが、あの人数とそのまま戦っていたら、まず勝ち目はなかっただろう。
「我々なら君を安全にかくまってあげられる。なにしろ娘を救ってくれた恩人でもあるからね」
「飯だってたくさん食えるぜ。ここのマスターの飯は格別さ」
「なんなら俺の歌でも聞いてリラックスしてくれてもいい」
「バカ言うな。耳が裂ける」
「そうだやめろ」
「ひでぇなおい!」
「ははは」「だーはっは」「かかかか」
男たちは笑う。その光景には、この町の魅力が感じ取れた。
楽しいからこそ、かけがえのない場所だからこそ、皆で守ろうと思い、そして笑いあえる。
「―――わかりました。協力します。おいしい食事とあたたかい寝床つきなら」
「ありがとう。感謝するよ」
希望に湧きあがる中、遠巻きに見ていたアンナは、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「―――似てる、あの人に・・・・・」
「くそ!あの女!絶対ゆるさねぇ!」
アジトに戻った赤シャツの幹部―――レドは、ブチブチの悪態をつきながらボスの部屋のドアをたたいた。
「親父!いるか!」
ティーンズファミリーは身内で幹部を構成しており、一人息子のレドは、次期のボスという事になるため、組織内ではちやほやされていた。
「ん?あんた―――」
一方的なノックだけで、すぐ部屋に踏み込んだレドは、そこに父親以外にもう1人いるのに気づく。
「おや?あなたは御子息の・・・」
白衣を着て、オールバックの髪型に片眼鏡をつけた知的な男。話はしたことはないが何度か会った事はある。たしか、親父のお得意様だったか。
「こ、これ、レド!客人に失礼であろう!座りなさい!」
父親に言われ、レドはその隣に座った。
「申し訳ない。息子が失礼を」
「いえいえ、若者は元気が一番ですよ。気にしないでくださいレンボゥさん」
ハハハ、と笑って済ませる。年配じみた口調だったが、男は見た目にも相当若い。それにどこか言い知れない存在感があった
「ところで、話を戻したいのですが?」
「あ、例の依頼の件なのですが、もうしばらく時間をいただけないでしょうか・・・なかなかに広い町でして、捜索も難航しておりますゆえ・・・」
普段は堂々としている父親がバツの悪そうにしている。まるで別人になったようだ。それほどに目の前の男は大物なのだろうか、とレドは疑問だった。
「ええ、私も時間を必要とするのは分かっていました。確実に見つけてくだされば結構ですよ」
「はぁ・・・ありがたいことです」
「ただし、期限はとうに過ぎていることはお忘れなく。よろしいですね?」
「も、もちろんです!必ず!」
「ハハ、では失礼しますよ」
男はゆっくり立ち上がると、黒衣を揺らしながら部屋を静かに後にした。
その背中がを見送り、完全に気配が消えるのを悟ると、レンボゥは大きなため息をついた。
「親父。誰なんだよ今の奴。それに依頼って・・・」
「・・・簡単に済む依頼だと思っていたが、仕方ない―――」
レンボゥは、息子にお得意様について自分の知る限りを話した。その上で、自身が受けた依頼についても詳しく話す。
「これを探せってのが依頼なのか?」
レドが受け取った写真には、赤い宝石が埋め込まれ、その周囲を奇怪な文字が囲んでいる金属のプレートが写っていた。
「そうだ。この町にあるのは間違いないのだが、私の部下だけでは人手が足りない」
フェルスタウンは東の住民街と西の鉱山街に大きく分けられている。住民街はそれほど規模は無く、調査が終わるのも早かった。しかし、鉱山街はそうはいかなかった。住民街と比較すると、その規模は4倍近くになる。地形も複雑で、土地勘が無い者にとっては迷路と同じだ。
調査の難航も仕方がなかった。
「この際だ。お前にも調査に加わってもらいたい。私の部下たちよりは鉱山街に出入りしているからな。多少強引でも構わん。いざとなれば切り札もある」
「」
翌日の早朝―――
「すいませんアルさん。私の買い物につきあわせてしまって・・・」
アルとアンナは早朝の朝市に出向いていた。その日の食事の材料とアンナの個人的な買い物のためだ。
「いいよ。私の方からついて行きたいって言ったんだし」
2人がいるのは住民街の中央ショッピングエリア。先ほどの鉱山特有の油くささとはうってかわり、規則正しい石畳や広葉樹が街路に植えられている清潔な町並みがあった。とはいえ、早朝のため、どの店も閉まっており、人の気配はほとんどない。
「なんか別の町みたい。それに真新しいし」
「気づきました?住民街は最近になってできたんですよ」
「なんで増えたの?」
「住んでて言うのも変なんですけど、鉱山の環境は人が住むにはあまり良くないんです。お隣の家は有毒ガスとかが壁から噴き出したり、岩が転がり落ちて来るなんて事もあったみたいです」
「すごいところね・・・」
「そんなこんなで、けがをする人もいるんです。そんな人たち治療する時に衛生状態の良い場所に病院を作ろうって、町長が」
「ということは、住民街の始まりは病院になるわけか・・・」
「そうです。その病院からだんだん広がって、今の町があるんです」
「へぇ・・・あ、聞きたかったんだけど、アンナは何歳?」
「え?16ですけど・・・」
(お母さんが来てるのは15年前って聞いたから・・・覚えてるわけないか)
「あの、何か?」
「ううん。こっちの話」
「そうですか。―――あ、ここです。私の来たかった場所」
話しながら進んでいると、古ぼけた小さな雑貨屋の前で止まった。
「こんな早くから開いてるなんてね」
「ここの店主、私のひいおじいさんなんです。昨日連絡いれて、開けてもらってるんですよ」
「へぇ・・・ひいおじいさん?」
カランコロン、とドアについた鈴を鳴らし、アンナが店に入る。アルもその後に続く。
「おじいちゃん。いますか?アンナです」
呼びかけると、店のカウンターの奥から、のれんをくぐって、腰の曲った老人が現れた。
「―――おお、アンナ。元気にしとったか?」
「おかげさまで。おじいちゃんも元気そうで」
「ホホ、自家製のドリンクの力じゃよ。孫は元気しとるか?」
「ええ」
「そうか、おや?珍しい。旅人さんかの?」
「昨日この街に来たアルカインさんよ」
「あ、初めまして、アルカイン=フィアレスと言います」
「そうですか。遠いところわざわざ・・・。街は今、ティーンズファミリーとやらがうろついておりまして、なにかと物騒ですが、許してください」
「いえ、おじいさんが謝ることじゃ・・・・・。あの、いきなりで失礼ですが、今おいくつになります?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの~?」
首をかしげて、目をつむり、黙り込んでしまったひいおじいさん。
なにか怒らせてしまっただろうか、と心配していると、
「だめですよアルさん。その質問をされると、ひいおじいさんは若い頃の思い出の世界に入ってしまいますから」
「え、いま、回想中?どれくらいかかるの?」
「お父さんが言うには5時間―――」
「5時間!?」
「―――かかっても終わりません」
「終わらないの!?」
「おじいさん。アンナです。おはようございます」
呼びかけると、ひいおじいさんがゆっくりと目を開けた。
「―――おお、アンナ。ばあさんと出会った青春時代は素晴らしかったのぉ」
「それより、頼んであったものを取りにきたんですけど・・・」
「そうじゃったな。少し待っておれ」
そう言ってひいおじいさんは店の奥に再び戻っていく。
「結局、何歳かは分からないのね・・・」
「100歳を越えてるのは確かですけどね」
そんな事を言っていると、ひいおじいさんが出てきた。手に持っていたのは懐中時計と一升瓶。
「―――待たせてすまんかった。壊れた部品がようやく届いたんじゃ。また動くようになった」
「ありがとうございます」
新緑を思わせる落ち着いた緑の懐中時計。鎖は新しいもの使っているようだが、本体はなかなかの年代を感じさせる。
「珍しい懐中時計ね」
「お母さんの形見なんです。どうしても動くようにしたくて」
お母さんの思い出。かけがえのないものだ。すごくわかる。
「ほれ、こっちは旅人さんへの贈り物じゃぞ」
「贈り物?」
アルが、ひいおじいさんの差し出した一升瓶を受け取り、疑問符を浮かべる。
「あの、これなんですか?」
「わしの長生きの秘訣じゃよ。さっきいった自家製ドリンクじゃて、飲むといい」
ふたを開けて、匂いをかぐ。
「う、これアルコールが・・・すいません苦手なんです」
「なんと。酒が苦手とは、損じゃの。人生の半分は酒と共にあるというのに」
返された瓶を残念そうに受け取るひいおじいさん。
「大丈夫ですか?アルさん、ふらついてますよ?」
「あー、私、お酒って極端に苦手なの・・・今、凄い強かったみたいで、匂いかいだのはまずか―――」
思考がマヒする。
まともな受け答えができなくなり、アルの意識は床に倒れたところで途切れた。
初めは、早めに更新。しばらく駆け足で行きましょう。