リーゼマーノ~受け継がれし命~
巨大樹の暴走があったにもかかわらず、街の被害は意外と少なかった。
というのも、根の暴走で崩落したのは【樹木保護団】の秘密のプラントがあった区画に集中しており、開発の進んでいないほぼ無人のエリアであったからだ。
――【古代兵器の暴走!樹木保護団の恐るべき実態が明らかに】――
次の日の新聞の一面を飾った見出しである。
実質的に甚大な被害を受けたのは、無人エリアに展開していた【樹木保護団(仮)】を名乗っている組織でのみあった。
街のシンボルを秘密裏に研究していた事実はヘレンから市長を通して民衆に伝えられた。
それにより、これまでの自然保護のイメージからかけ離れた企業実態が暴露され、支持を失った組織は撤収を余儀なくされた結果になる。
【樹木保護団(仮)】としても、生命活動を停止した巨大樹を研究価値なしと判断したのだろう。引き際もあっさりしていた。
そう、巨大樹リーゼ・マーノの生命活動は止まってしまった。
昼に人々を癒していた木漏れ日をつくっていた葉は全て落ち、木の鼓動も枯れていた。
空っぽの木―――今、巨大樹を現す言葉はこれしかなかった。
何故、巨大樹は動いたのか。
『【樹木保護団(仮)】が、木の怒りを買った』とか、『自然をないがしろにした人間への警告』とか、いろいろな憶測が民衆の間で飛び交った。
だが、『1人の心の通じた少年を守りたかった』という真相は、当事者たちの胸にしまわれることになった。
その中心にいた少年がそれを望んだからだった。
「あーきもちいーのー」
アルは、ホテルのシャワールームで朝風呂に入っていた。
ヘレン発見のお礼としてお金に加え、無料宿泊の権利をもらったのだ。
なんでもタダ。まさに楽園状態だった。
長い髪を入念に洗い、タオルで後ろにまとめる。
人が2人は入れるバスタブに1人でとびこんだ。
「ふい~・・・極楽~」
身体の隅々にまでお湯をいきわたらせ、しんから温める。
両手をバスタブの外に投げ出して、頭にタオルを乗っけている姿は、ほとんどオヤジ状態であった。
「目立った外傷はなさそうだな。発砲の反動で落下の衝撃を緩和するのはいい考えだ」
「まあね。それなりに場数踏んでるし」
「お前の自衛力は想定以上のようだな。これからは待機する事も増えそうだ」
「・・・・・」
「どうした?顔が赤いな。体も震えているぞ?」
「・・・・・いつからそこにいた・・・」
「お前がバスタブに飛び込んでバタ足しつつわけのわからん鼻歌を歌っている時からだ」
アルが、手近にあるモノをつかむ。
「報告がある。お前のバイクについてだが―――」
「まずは向こうをむけぇーーーーーーーッ!!」
レイヴンの顔面に洗面器が直撃した。
市長宅の庭にあるスクラップを見て、アルは絶句した。
「私のバイクが・・・・・」
それは元はアルの乗っていたバイクのなれの果てだった。
「崩落した区画に停めていたからな。無事な方がおかしい」
レイヴンが後ろから冷静に分析。
「わたしのばいくわたしのくばいくわたしのばいくわたしのばいく・・・・・」
だが、アルはブツブツとつぶやいて、スクラップにしがみつき、えんえんと大滝の涙を流しているばかりだった。
「アル、壊れてないか?」
レイヴンの横で見ていたヘレンは、その姿に少しひいている。
「こういう時は、コインをやると立ち直る」
「アル。少ないけど、これで立ち直ってくれ」
コイン一枚をスッと差し出す。
「立ち直れるか!」
「だが、コインはもらうのか」
「もらえる物はもらうのよ!」
「よかった!アルが元気になったぞ!」
「まあ、壊れちゃったものはしかたないし・・・でもこれからどうしよう。そうだ!市長さんに頼んで新しいバイクを―――」
「この街、バイク売ってないぞ?」
「おわった・・・」
「アル、コインだ」
「やかましい!(素早くかっさらう)」
バイクという移動手段を失ったことはアルの旅にとって相当な痛手だった。
愛着があったのも確かだが・・・。
「エンジンでお湯沸かせて便利だったのに・・・」
「お前の愛着はその程度か・・・」
「いや、意外と重要よ?お湯のあるなしで」
「―――おお、こちらにおいででしたかアルさん」
そこに市長が帰宅してきた。
「あれ?親父もう仕事おわりか?」
「今日はお前の勉強をみてやろうとおもってな」
「ソ、ソンナ心配シナクテモ・・・」
「なぜかた言になるんだヘレン?」
あれから、ヘレンと市長が互いに抱いていた誤解は簡単に解けた。元々が些細なすれ違いであったので時間の問題であっただけだ。
まあ、少しばかりアルも後押ししたが・・・
「市長さ~んんん!!」
そのアルは、市長に事の事情を涙ながらに説明する。
「それはたしかに大変ですな。わたしとしても何かして差し上げたいのですが・・・」
市長はしばらく黙考し、すぐに顔をあげる。
「では、こうしましょう。新しいバイクをこの先の街に発注しておきます。そこに行く列車ののチケットを差し上げますので、アルさん達がそこに向かってもらうというのは?」
「列車?」
「はい。この街は流通の拠点の一つでもありますので、日に何度か列車が通っているのです。幸い、駅も無傷ですし、列車は通常運行。快的な旅を楽しめますぞ」
「うーん・・・」
正直なところ、次の目的地は決まっていなかった。
あれから街の情報屋にも両親の情報がないか尋ねてはみたが、有力なものはなし。
情報は途切れてしまっていた。
だが、街をむすんでいる交通手段があるのなら、それを利用している可能性は高いはず。
いろいろ考えた結果、アルは列車を利用する提案を受け入れたのだった。
数日後、ヘレンと市長はアル達の乗りこんだ列車を見送った。
見えなくなるまで手を振り続けたヘレンは、自分の手の中にあるものを見つめた。
それは数粒の小さな種だった。
あの日―――リーゼ・マーノと最後に心を交わした時、手の中にあったものだ。
これが、巨大な樹の母から渡された物なのかはわからない。
でも約束した。こんどは自分が守る、と。
(―――自分の可能性を信じろ―――)
―――出来るはずだ。
レイヴンが言った言葉を胸に、少年は種をかつて巨大樹であったもののそばに種を植えた。
毎日、かかさず水をやった。
毎日、かかさず雑草をとった。
毎日、かかさず様子を見守った。
そして―――ちいさな命は芽吹いた。
リーゼマーノ編は完結。次回は水の都だったような気がする。やはり不定期更新の運命からは逃れられなかったのであった・・・。話がまとまり次第、投稿いたします。