フェルスタウン~旅の女性~【★】
プロローグ
茶色の岩と強い日照りが照りつける荒野を一台のバイクが走っていた。
荷台に大きめのケースをくくりつけた銀色の大型バイクである。
土煙を上げながら走るそれに乗っているのは、1人の女性。
延々と続く日上がった大地には、枯れた草木の他に生物の白骨も転がっていた。
それをちらりと見て、女性は呟く。
「これ以上おなか空くとああなっちゃいそう・・・」
―――グゥゥゥゥゥ~
空腹であった。
もう2日間、何も口に入れていない。最低限の水分はとっているが、荒野を渡る事に対する準備不足を後悔していた。
「でも、もう少し・・・」
この先にある街に彼女はどうしても行きつく必要があった。
幼いころ、自分の目の前から消えてしまった両親。その母の情報をようやくつかんだ。
―――どうしても会いたい。
その一心でここまで来た。
「もう少しで会えるかな・・・」
顔も覚えていない。でもどんな人だったかは覚えてる。優しくて、温かかった。抱かれると心から落ち着いてすぐ泣きやんだ。そのまま眠ってしまった。
会って、何を話すべきかは分からないけど、とりあえず会う。
その時、看板が見えた。
ブレーキをかけ、停車。その内容を確認する。
【5キロ先――――――炭鉱の街、フェルスタウン―――】
「よし、もうひと踏んばり!」
水筒の水を少し飲み、再びアクセルをふかした。
街のはずれにあるバー。
筋骨隆々たる男たちが昼間なのに酒を飲み交わしながらゲラゲラと談笑する場所。
「最近は鉱物がとれねーな」
「このへん掘りつくしちまったんじゃねぇの?」
「東にもう1キロ掘れば何とか―――」
この町には炭鉱があり、飲んでいるのは大概が炭鉱の男たちだが、中にはそうでない種類の客もいた。
「おう、いつも御苦労さんだねぇ。炭鉱マンの諸君」
挑発的な態度で会話に割って入ったのは、炭鉱のタンクトップとは正反対のパリッとシワの無いシャツを着た数人の男達。
「最近、ウチへの献金が遅れてるそうだが、責任者は?」
シャツ軍団の中心核であろう男がそう告げる。髪をオールバックに決め、シャツは赤く、そして、とりまきに比べ背が極端に小さい―――いわゆるチビなおっさん。
「いま、チビつったやつ誰だぁ!!!」
「兄貴、落ち着いてください。空耳です」
部下が冷静になだめる。
「献金って、それはあんたらが勝手に言ってることだろうが!」
「そうだ!町長を脅しやがって!」
数名の炭鉱マンがいきりたつ。
「おーおー、これだから体ばっかりつかってる脳筋共は野蛮だっていうんだ。俺たちに逆らえば、どうなるかってことまだ分かってないのか?」
静かなその言葉。その一言で周囲の空気がいっぺんに冷えた。
まるで、怪物の唸り声を聞いたかのようにバーが沈黙する。
「待ってくれ」
「あん?」
落ち着いた声で即座に沈黙を破ったのは、口髭を蓄えた細身の炭鉱マンだった。
「私が今の責任者、ライリーだ」
「はん。そうかい、わざわざ出てきてくれてありがとよ」
偉そうに出た割りに赤シャツの男は、ライリーを完全に見上げる姿勢だった。なんか矛盾した光景である。
「兄貴、椅子です」
気がきく部下がさり気なく椅子を用意。赤シャツは何気なくその上に直立し、ライリーとの目線が合うようにする。
「すまない、最近炭坑内での落盤事故が多発している。そのせいで鉱石がうまく採掘できない状態でな。君たちの言う献金とやらが滞っているのはそれが原因だ」
「だからといって、献金の遅れは許されねぇぞ?」
その言葉が理不尽だと言う事は炭鉱の人々全てが分かっていた。要は一方的にいいがかりをつけたいだけなのだこの連中は・・・
「それなりの代償を払えば期限を延ばしてやらなくもない・・・そうだな、あんたの後ろに隠れている娘をしばらく預からせてもらうとかな」
赤シャツがニヤリと笑う。
「む・・・」
ライリーの眉がぴくりと動く。
ライリーの娘は、まだ幼さが残るものの立派な大人の女性だ。こんな連中に連れて行かれればどんな目に合うかも分かっている。
「おとうさん・・・」
ギュッとシャツを掴んでくる娘を父親として裏切ることなど出来ない。だが、どうすればこの場を切りぬけ―――
「こんにちはー。水もらえませんかー?」
たかく、しなやかな女性の声が聞こえ、まわりが一斉にその主へ注目する。
扉を開けて来店したのは、ジャケットを羽織った青い長髪の女性だった。
突如、謎の注目を浴びた女性は当然ながらうろたえる。
「え?いや、あの水・・・」
ライリーは言う。
「わかった、しばらく娘を預けよう」
「おとうさん!?」
驚愕する娘をよそに、その指がびしりと指差す―――
「もう1人の娘をな」
―――青髪の女性を、そりゃもうなんの迷いもなく。
「へ?」
「ほぉ、お前にもう1人娘がいたなんてな・・・」
赤シャツの方もそれが嘘だと分かっていた。だが、青髪の女性は、ライリーの娘よりずっと魅力的だったのだ。
ジャケットに隠れていてもわかる見事なナイスバディ。白くて、健康的な肌の質感。なにより魅力的なのは、腰までとどく透き通るような青い長髪。
ここ最近めったにお目にかかれない美女と言っても過言ではなかった。
「ま、娘さんよ。運が無かったと思って―――」
「あのー、すいません。私、背が小さい人って好みじゃないの・・・」
『『『『!!!???』』』』
一瞬で空気が凍りついた。
さっきから起こる謎の空気に女性は訳が分からない。
「お、お、俺が背がち、ち、ち、ち、ち―――」
「だから、背が小さい人は好みじゃなくて・・・」
しかも丁寧にトドメの一言。
プチン、と赤シャツの中で何かが破裂した。
「上等だぁ!このオンナぁ!ブチ殺―――」
懐から銃を抜こうとした赤シャツは―――次の瞬間凍りついた。
その額にはすでに銃口が向けられていた。向けているのは、青髪の女性。
「気に障ったなら謝るけど、銃を向けるんならそれなりの覚悟があるのよね・・・」
「う・・・」
いったい、いつの間に抜いたというのか。しかも、赤シャツの男がもつ銃より一回り大きい。重量もあるはず。なのに、それを神速ともいえるスピードで!?
「どうなの?言っとくけど、この状況でも勝てると思ってるなら、あなた相当なバカよ」
赤シャツの銃はまだ懐。対する女性の銃は引き金を引くだけ。
誰の目から見ても勝敗は決していた。
「くそっ・・・!」
赤シャツは懐から何も出さず手を戻した。
「兄貴・・・」
「引き上げだ・・・!この女!覚えとけよ!ぜッてぇ仕返してやるからな!」
お決まりの捨てゼリフに少し付け加ると、後ずさるようにシャツの軍団は店から退散して行った。
女性は銃を後ろ腰にあるホルダーにしまった。
「ふぅ・・・なんとかなったな。よしみんな、仕事に戻ろう」
「って、ちょっと待てぇぇぇいッ!!」
訳が分からないまま巻きこまれた女性が叫ぶ。
冗談だよ、とライリーが続ける。
「ありがとう助かったよ。さすが腕の立つ旅人だ」
「巻き込んだでしょ、今!」
「なに、気にする事はないさ」
「そのセリフおかしくありません!?」
いろいろと理不尽すぎる中、ライリーの娘が女性の近くに寄って来る。
「あの・・・ありがとうございました。おとうさんを責めないであげてください・・・。あと・・・お水を」
「なんか納得いかないけど・・・お水ありがとう」
女性は喉が渇いていたのか、一気にコップの水を飲むとフゥと息をはいた。
「私、アンナリーって言います。みんなはアンナって呼びますけど」
「うん、よろしくアンナ。私はアルカイン。アルでいいよ。ていうか状況の説明が欲しいんだけど」
青髪の女性―――アルは苦笑いを浮かべていた。
(なんか厄介事に巻き込まれた予感・・・)
この作品は「彼方からの声」の世界設定を修正し、人物を流用したものです。これからよろしくお願いします。