最終話:静かな旋律(芹沢)
閉館間際の図書館の前で、俺は立っていた。
今日は、ちゃんと二人きりで言う。
あの日、来客で途切れたままになった言葉を。
扉の鍵がかかり、灯りが落ちる。
しばらくして、結芽さんが出てきた。
俺を見つけて、目を丸くする。
「……え?」
驚いた顔が可愛らしくて、胸が苦しくなる。
そのまま、俺は一歩前へ出た。
「あなたの音楽が、僕の静かな日々に色をつけてくれた」
声が震えないように、ゆっくり言う。
「だから——これからも、僕のそばで、あなたの音を聞かせてくれませんか」
結芽さんは何度も瞬きをして、言葉を探しているみたいだった。
そして、ふわっと微笑んだ。
初めて会った日よりも、ずっと柔らかい笑顔で。
「あなたの言葉が、私の音楽をほどいてくれました」
彼女は鞄から封筒を出す。
中には、整った五線譜に書き直された新しい楽譜。
タイトルは——『静かな旋律』。
「この曲、いつ聴かせてくれる?」
俺がそう言うと、彼女は小さく笑った。
鈴みたいに、軽くて澄んだ声。
「いつでも。……二人だけの時に」
その返事は、恋人になります、よりも深い約束に聞こえた。
図書館を離れると、街は雨上がりの匂いがした。
空のどこかに、光が残っている。
俺たちは手を繋いで歩く。
言葉は少なくても、歩幅が合うだけで、旋律みたいに心が整う。
音は、最後まで鳴らなかった。
でも、確かにここにある。
二人の間だけに流れる——静かな旋律が。
(読み終えたあと、あなたの中に残ったのは「音」でしたか。「言葉」でしたか。それとも、名前のつかない温度でしたか。)
後書き(最終話のみ)
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この物語は「音がないからこそ、届くものがある」という想いから生まれました。
もし、どこか一行でも心に残る言葉があったなら、
それがこの物語にとって、いちばんの救いです。




