表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

第2話:彼は、音楽の棚に立っていた(芹沢)

普通の会社員である俺が、偶然にも何の変哲もない平日に休みを取れることになった。


有給消化。

ただの調整休。


恋人もいない。

平日に遊ぶ約束をできる友人もいない。

何かをしたいわけでも、何かを避けたいわけでもない。


ただ、ぽっかり空いた一日だった。


スマホを開いても通知はない。

SNSのタイムラインには、誰かの愚痴と、誰かの成功と、誰かの幸せ。

文字だけなのに騒音みたいで、息が詰まる。

俺は画面を閉じた。


静かな場所に行きたい。

それだけが、はっきりした欲望だった。


カフェは音が多すぎる。

家にいると、考えすぎる。

図書館なら、誰にも話しかけられず、でも誰かの気配はある。


寂しさが薄まる、あの感じ。


休日の図書館は人が少なかった。

理想通りの静けさだった。


そこで、俺の目が吸い込まれたのはカウンターの女性だった。


首元の名札に「柊 結芽」。

年は俺と同じくらいに見える。


なのに、妙に静かだった。

仕事ができる静けさというより、世界から距離を置いている静けさ。


俺は見てはいけないと思い、スマホを見るふりをして音楽の棚に立った。

本当に、自然に足が向いただけだった。


そこで目に入ったのが『風の譜』だった。

タイトルが、なんだか彼女みたいだった。


借りるためにカウンターへ行くと、彼女が声をかけてきた。


「その本、選ばれる方が少ないんですよね」


正直、驚いた。

でも、嬉しかった。

誰かと話しているのが久しぶりだったのかもしれない。


俺は当たり障りない言葉を選んでしまう。


「……なんとなく、惹かれたんです。今の僕に、必要な気がして」


言った瞬間、薄っぺらいなと思った。

もっと上手い男なら、もっと気の利いた言い方ができるのに。


でも彼女は、小さく目を見開いて——


そのまま、何も言わずに貸出手続きを続けた。

それなのに、その沈黙が嫌じゃなかった。


むしろ、俺の胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


そこまで女性に飢えているつもりはない。

ただ、彼女の声だけが、妙に残った。


だから一か月後、俺はまた有休を取って、同じ図書館に来ている。

我ながら単純だ。


でも。


あの静けさの中で、あの声だけをもう一度聞きたいと思った。


(静けさは心地いいのか、それとも逃げているだけなのか。あなたは、どっちだと思いますか。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
結芽編と呼応する視点がとても美しく、同じ出来事がまったく違う温度で立ち上がるのが印象的でした。芹沢の「騒音としてのSNS」や静けさへの欲望が現代的で共感性が高く、彼女の声だけが残る感覚も自然で切ないで…
芹沢視点に切り替わることで、物語に呼吸が生まれる。 SNSの騒音と図書館の静寂の対比が現代的で、 「静けさを求める理由」がとても現実的に伝わってくる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ