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最後の密室

作者: おせ

雨の夜、静まり返った豪邸の書斎で、ひとつの不可解な事件が起きた。密室で発見された有名作家の死。外部からの侵入は不可能で、現場には謎めいた暗号が残されている。これは単なる殺人事件なのか、それとも誰かの精巧な策略なのか。


読者のあなたも、今この瞬間から、刑事・斎藤透と共に事件の謎解きに挑むことになる。ページをめくるたび、緊張感と驚きが押し寄せ、あなたの推理力が試されるだろう。


これは、誰も知らない“最後の物語”への招待状である。

夜の雨は、街灯に反射して無数の光の川となり、濡れた道路を濡れた影のように照らしていた。斎藤透は車を止め、傘を閉じて豪邸の門に近づく。雨の音が静まり返った夜の空気に鋭く響く。刑事として数々の事件を解決してきた自分でも、胸の奥で小さな寒気が這い上がる。密室――その言葉が脳裏に浮かぶと、自然と背筋が伸び、肩の力が入った。門を押し開けると、豪邸は重厚で静寂な佇まいを見せ、雨に濡れた庭の芝生に光がわずかに反射する。遠くで水が滴る音だけが耳に届く。ここで何かが隠されている。斎藤はそう直感した。


「斎藤さん、こちらです」新人刑事の声が背後から響く。小さな懐中電灯が書斎のドアを照らす。斎藤は手をドアノブにかける。冷たく硬い金属の感触が指に伝わる。内側から鍵がかかり、窓も施錠されている。完全な密室。言葉にできない緊張が胸を支配する。息を整え、そっとドアを開けた瞬間、斎藤の視界に広がった光景は、まるで時間が止まったかのようだった。書斎の中央に、作家・高倉真澄の遺体が静かに横たわっている。倒れた椅子、散らばった書類。乱雑ではなく、計算され尽くした配置。机の上には文字と線が入り乱れた紙片が数枚置かれており、まるで誰かを挑発するかのように見える。


「これ……完全犯罪じゃないですか……」新人刑事の声が震える。斎藤は黙って現場を観察する。床のわずかな傷、鍵の微妙なゆるみ、ペンの角度、紙片の置き方。すべてが語りかける。「何か」が。しかし、その全貌はまだつかめない。


斎藤はまず、被害者の親しい人々への聞き込みを始めた。妻の美香は青ざめ、机の縁に震える手を置く。「真澄が……そんなことをするはずが……」声はかすれ、息が詰まっている。斎藤はその微妙な震えを見逃さない。悲しみと恐怖、そして隠そうとする心理の影が表情に現れていた。編集者の吉田は落ち着いた口調で語る。「彼はいつも、謎めいたことを好んでいました。今回も……最後の作品と同じで、計算していたのかもしれません」。使用人たちも口を揃える。皆、悲しみを隠そうとしている。斎藤の目には、誰も完全な証言をしていないことがわかる。


斎藤は再び書斎に目を戻した。紙片にはアルファベット、数字、幾何学的な線が書かれている。無秩序に見えるが、規則性がある。直感的に、これは「メッセージ」だと確信した。紙片を慎重に組み合わせ、数字は本のページ番号を示し、線はページ内の文字を結ぶ。時間がかかる作業だが、斎藤の手は正確に動く。雨の音が部屋に響き、緊張感が増す。指先で紙片を動かしながら、斎藤は思考を巡らせる。「これ……被害者自身が仕組んだのか?」


ついに暗号は文章として浮かび上がる。


『私の最後の物語を読んでくれ。犯人は……私自身だ』


衝撃が走る。密室、暗号、そして犯人は被害者自身。自作自演の完璧な犯罪劇。しかし、斎藤は疑問を抱く。なぜ、そんな複雑な暗号を残したのか。目的は何か。机の引き出しの奥には日記が隠されており、最後の数週間の思考が克明に綴られている。完璧な密室劇を現実で再現するための計算、警察を読者に見立てた心理戦。斎藤は冷静に読み進める。聞き込みで感じた微妙な違和感、現場の痕跡、暗号の配置――すべてが真澄のシナリオだった。日記の最後にはこう書かれていた。「読めた者だけが真実を知る」


斎藤は机の上、床、椅子、窓……現場のあらゆる場所を確認する。背後に響く雨音。まるで時間が止まったかのようだ。斎藤は瞬時に理解した。密室の鍵の位置、紙片の置き方、微妙な傷の向き。被害者は、自らの死を物語に変え、警察をも読者と見立て、完璧なトリックを仕込んでいたのだ。しかし、完璧な計算にも、ほんのわずかなミスはある。斎藤はそれを見逃さなかった。「この物語、俺が解く……」緊張が最高潮に達する中、斎藤は最後のパズルのピースをはめ込み、密室の謎と被害者の意図を解き明かす。


雨が止み、夜明けの光が豪邸の窓を淡く照らす。斎藤は書斎を後にし、静かに歩き出す。背後には、まだ誰も知らない最後の物語が残されている。ページは、今日も誰かの手によって開かれるのを待っていた。

事件は解決した。しかし、密室の向こうに残された謎は、完全に消えたわけではない。被害者が仕組んだ巧妙なシナリオと暗号は、読む者の心に微かな余韻を残す。


斎藤透は書斎を後にし、夜明けの光の中を静かに歩き出す。その背後には、まだ誰も知らない最後の物語が、今日もページをめくる者を待っている。


読者のあなたもまた、この物語の一部となり、解き明かせなかった謎の余韻を胸に抱くだろう。

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