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第7話


(……ふざけんなよ、マジで……)


 切り抜く動画の連絡を受けて確認してみたらこれだった。


(そっか。だから届いたLINEがこれだったんだ)


 動画を確認する前に見たメッセージをもう一度見直す。


 >月子、この間は無理やり襲うような感じになって、本当にごめんなさい。言い訳にはなりますが、月子に会えたのが嬉しかったのと、酔っていたのもあって、自分の気持ちを止めることが出来ませんでした。もう一回ちゃんと落ち着いて話がしたいので、月子が会える日を教えてください。もし心配なら、月子が信頼できる誰かと一緒に来るのでも大丈夫です。本当に会いたいです。返事待ってます。


(配信のネタにしやがってーーーーー!!!!)


 恨みと憎しみをこめて、動画を編集していく。


(あたしはね! 人のために働いてるの! インフルエンサーの人たちが、クライアントが、有名になって、喜ぶ姿を見て、こんな動画作ってくれてありがとうございましたって、そんな風に言われて自己肯定感を高めるという喜びに浸っているの! いいか! なぜお前らインフルエンサーが正月もクリスマスも配信に集中できるか知ってるか!? 裏でスタッフが血反吐吐いて企画や動画を作っているからだ! お前らは体を張っているけどな! こっちは体と心と時間を這っているんだよ! 感謝しろ! スタッフの血と努力に感謝しろ! お前らは笑って反応して歌っていればいいけどな! こっちは毎日毎日パソコンとのデス・マッチなんだよ! もっとお安くなりませんか? って無償に近い依頼ばかりしてきやがって! だから給料も低いんだよ! たまにはボーナス寄越せバカやろぉぉおおおお!!!)


 心の中で嘆きを叫ぶあたしを見て、他の編集者たちが視線を逸らした。そして残業も続いた。朝がやってきた。——あ、忘れてた。今日は……撮影日だった。


 出社した高橋先輩が消臭スプレーをあたしにかけた。


「ふじっち、とりあえずシャワー入って服着替えろ。今のお前をスタジオに入れられない」

(ロッカーに予備の服があったはず……)


 オフィスのシャワーに入り、予備の服を着てタレントたちを待つ。同期の編集者が近づいてきた。


「ねえ、ふじっち。リコネの編集どんな感じ?」

「え? あー、まあまあかな。……あ」


 スマホケースが白龍月子だった。


「あれ、ファン?」

「大ファン! コンサート何度も行ってる!」

「あ、そうだったんだ……」

「編集者ってもう増やしたりしないのかな? 私も編集してみたい!」

「まあ……このままバズれば企画も増えるし、担当も増えそうな気がするけどね」


 ——そうだ、編集担当を変えれば、もう西川先輩に会わなくても良くなるじゃないか!


(配信のネタにもならないし、顔も合わせないし、連絡もしなくて済む! 自然消滅!)


「そっか〜。ファンだったら編集やりたいよね。うん! 高橋先輩に提案してみるよ!」

「え〜! いいの!? ふじっち、お願いね!」

「任せて! もう、全力で、交渉してみるから!」


 というわけで交渉した結果、


「駄目」


 あたしの顔が引き攣った。


「なんでしばらく俺とふじっちだと思ってるの? まだ数字が安定してないし、ここで担当変えたらもっと数字が左右するかもしれないからだ」

「……あー、じゃあ、今後でいいですよ。安定したら考えてもらえませんか? やっぱり3Dイラスト編集なので、みんなの成長にも繋がると思うんですよ」

「今後な。でも、まだしばらくはこのままだぞ」

「はぁーい……」


 切り抜きすら固定なんて上は何考えてるんだよ! 人件費削減とか言ってるなら給料増やせよ!!


(とは言えないもんな……。雇われ人の辛いところ……)

「あ、来た来た」


 高橋先輩がドアを開けた。


「お待ちしてました! お疲れ様です!」

「本日もよろしくお願いします」

「はい! 楽しい撮影にしましょう! どうぞどうぞ!」

「あ、藤原さんだ! おはようございまーす!」


 Re:connectのメンバーが笑顔で頭を下げる中——一人だけ——めちゃくちゃ——重たい視線を感じる。あたしは必死に視線を逸らす。


(他人他人! 赤の他人!)

「……よろしくお願いします」

「はーい! 本日もよろしくお願いしますぅー! あ、お着替えはあちらの更衣室でお願いしますー!」


 メンバーを更衣室に誘導していると、白龍月子が笑顔で近づき、聞いてきた。


「藤原さん」

「はい! なんでしょう!」

「ちょっと聞きたいことがあってLINE送ったんですけど、確認してますか?」

「……あー! ……はいはい! ……あれ!? ご返信してませんでしたっけー!?」

「はい。来てないですね」

「あ、それはすみませぇーん! 撮影終わってからでもいいですかぁー!?」

「撮影終わってからですね」


 白龍月子が笑顔で頷いた。


「わかりました」


 そして、大人しく更衣室へ入っていき——あたしは素早くその場から離れた。


(撮影後って片付けとかいっぱいあるからそのまま返信対応忘れてたってことにしよう! うん! そうしよう! 日本人はね、物事を曖昧に続けて、曖昧に終わるものなの! そういうものなの!)

「ふじっち、マイク配って」

「はーい!」


 キャプチャスーツを着たメンバーにピンマイクをつけて、企画の説明をし、撮影が始まる。本日は海外ミーム系の無言のジェスチャーゲームが2本。残り2本は歌い手ならではのイントロクイズと、替え歌企画。


(やっぱりみんなリアクションの仕方が上手だな。全部使いやすい)

「はい、オッケーでーす!」


 高橋先輩がカメラを止め、素材を確認する。


「うんうん。いい感じ! ふじっち、どう?」

「問題ないと思います」

「本日の撮影ここまでです! お疲れ様でした!」

「お疲れ様ですー! お着替えお願いしますー!」


 メンバーが更衣室に入ったと同時に、あたしは道具の片付けを始めた。


(よし、片付け片付け……)

「あ、今日片付けいいわ」

「え?」

「明日朝イチで別のチーム使うから、椅子もそのままでいいや」

「……あ、そうなんですね。じゃあ、ケータリングだけ片付けますね」


 あたしは用意していたケータリングだけ片付けた。


「他に片付けありますか?」

「いや、もうこのままで」

「あ、そうですか。……えっと、他にやることありますか?」

「素材の整理あるけど、それは俺がやるから……今日はもう上がっていいよ」

「え、あ、いや……」

「「お疲れ様ですー」」

「高橋さん、本日もありがとうございました」

「とんでもないですよ! 佐藤さん!」


 佐藤さんが高橋先輩に挨拶をして、メンバーに言う。


「今日はもう解散なので、各自気をつけて帰ってください」

「飲みいく?」

「あー、行きたーい」

「この後ボイトレなんだ」

「私お買い物行かなきゃ」

「月子も飲み行く?」

「あ、高橋先輩、机の掃除するよう言ってましたよね? あたし、それやりますよ!」

「いや最近ふじっち、残業ばっかだったから、いいよ。今日くらい早めに帰りなよ。撮影も早く終わったし、ほら。見てみなよ。まだ17時だって。はは! 俺優秀すぎない!?」

「いや……あの……せめて、19時まで、いや、22時……23時……仕事……あ、切り抜き動画の編集とか……!」

「あ、藤原さん上がりなんですね」


 冷たい手があたしの肩を捕まえた。小さく悲鳴を上げ、もう、背後を振り返れない。


「確認したいことがあるので、この後どこか行きませんか?」

「いや……あの……えっと……」

「えー、月子、藤原さんとどこいくのー?」

「私も行きたいー!」

「仕事の話だから駄目」

「えー!」

「ね、藤原さん」


 肩を叩かれる。


「打ち合わせ、したいんですけど」

「……高橋先輩、お先に、あの……逝きます……」

「おう、車に気をつけてなー」


 高橋先輩が爽やかな笑顔であたしたちを見送った。


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