表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/59

第5話


 壁一面に、高校時代のあたしの写真。

 目の前に、高校時代付き合っていた元彼女。

 それらに挟まれた――あたし。


「……西川……先輩……?」

「なんで顔見て思い出さないかなぁ」

「……いや、だって……髪型も違えば……メイク……してたし……」

「メイク落とすためにシャワー行ったの」

「あ……そうなん……ですね……ほぉ……」

「……」

「……」

「「……………」」


 西川リンがあたしを睨む。その視線に耐えられず、あたしは視線を逸らした。西川……先輩が、あたしの手を掴み、ソファーに突き飛ばした。


「んだっ!」

「何でもいいや。気付いてくれたし」

「いや、何が何でもいい……」

「うん。とりあえず」


 西川先輩があたしの上に乗り、自分が着ていたシャツの二番目のボタンを外した。


「しよっか」

「いやいやいや! 何をっすか!!」

「何って、セックス?」

「疑問形やめる! ボタンもかける!」

「じゃあ、子作り?」

「生々しいです!」

「愛の営み?」

「恋愛小説の回りくどい文章!」

「お前が回りくどい」

「ちょ、ちょ、ちょーーーー!」


 押し倒される。西川先輩が手のひらであたしの胸を掴んだ。


「ぎゃーーーー!」

「しー。静かに」

「いや! 静かにとか、む、無理です!」

「なんで」

「いや、なんでって」

「恋人が触れ合うのに、無理もクソもないでしょ」

「いや、あの、あのですね……!」


 うわぁ! 西川先輩の手が、あたしの、インしていたシャツを引っ張って、その中に! 手を突っ込まれた! お、お腹が触られてるぅ!


「ああああの! 白龍さん!」

「白龍がいいの? いいよ。じゃあ白龍月子として犯すから」

「なんか発言が犯罪的なんですけど! あの! ちょっと、落ち着いてもらいまして!」

「落ち着いてるよ。だから月子も落ち着こうね」


 西川先輩があたしの首にキスをした。


「ちょ、ちょっと、ほんとに……!」

「ツゥ」

「ま、待ってくださ……!」

「会いたかった。ツゥ」

「いや、だから」

「好きだよ。ツゥ。……ほら、ツゥの大好きな気持ちいいキス……しよ……?」

「あの、あの、あの……!」


 西川先輩の指が――あたしの下着に触れた。


「駄目だって言ってるじゃねぇですか!!!!!!!!」


 思い切り怒鳴り、突き飛ばした。西川先輩が地面に転がる。あたしは荒い呼吸をし、慌てて乱れた服を直し始める。


「ほ、本当に、何考えてるんだか! 全く!」

「……何考えてるって」


 服を直していると、背後から西川先輩に抱きしめられ、小さく悲鳴を上げた。しかし、西川先輩に強く抱きしめられ、耳に囁かれる。


「ずっと、月子のことばかりだよ」

「……」

「愛してる。ツゥ」


 頬にキスされた。


「会いたかった」


 耳にキスされた。


「連絡、ずっと待ってたのに」

「……」

「なんで連絡くれなかったの?」

「……いや、……それは……」




 ――人の道から外れてるよね。


 ――気持ち悪い。




「忘れてました」

「……へぇ」

「あ、いや、あの、正しくは、あの、忘れた、というよりは、あの、自然消滅、だと思ってて!」

「誰も別れるなんて言ってないけど、自然消滅? しかも、連絡したいって伝えてあったのに?」

「い、忙しかったし……」

「連絡先も伝えてたよね」

「う、うーん……」

「一回だけじゃない。何度も連絡してたのに」

「いや……だから……自然消滅……」

「うん。わかった」


 西川先輩がもう一度あたしに迫った。


「もういい。ヤる」

「そんなそんな殿方のようなことを言うものじゃありません! 先輩!!」

「いや、もういいよ。付き合ってるし。別れてないし。これ不同意性交にならないから。いいよ。これで捕まるなら、もういい。ツゥに触れるなら何でもいい」

「め、目が、目が笑ってないですって! 光もない! ハイライトがないと、色々大変ですって! 先輩! ね、お、落ち着いて、おてては、膝の上に……!」

「わかった。じゃあ抱きしめさせて」

「抱きしめるだけですか?」

「両手拘束してヤッてもいいんだよ。私は」

「わ、わかりました! 抱きしめるだけ! 抱きしめるだけなら!」


 ――西川先輩が力強くあたしを抱きしめた。そんな華奢な腕にどんな腕力があるんすか。まじで。


(……まあ、あたしもちゃんと連絡すれば……良かったんですけど……)


 反省の意を込めて、西川先輩の背中を撫でると、西川先輩の手が止まり――再びソファーに押し倒してきた。


「ちょ、話が、話が違うじゃないですか!」

「ツゥ、ね、しよ? ね、一回だけだから!」

「抱きしめるだけなら! 抱きしめるだけなら!!」

「月子!!」

「なんですか!!!」


 ――怒鳴り返すと、西川先輩がムスッとして、再びあたしを抱きしめてきた。


「……前ならしてくれた」

「ガキでしたからね」

「……ツゥ」


 西川先輩が優しく囁いてくる。


「やり直そう?」


 西川先輩の体温が痛く感じる。


「このまま終わるのだけは嫌だ」

「……でも、その、もう、だいぶ時間も経ってますし……」

「時間が経ってるから、離れてた分を埋めなきゃいけないでしょ? 月子」

「今、この状況で恋人に戻るのもまずいというか……」

「戻ってない。別れてない。今の今まで付き合ってるまま」

「あーーー、うーーーん、えーーーとーーー」

「なんで? 付き合ってるままでいいじゃん。何が不満なの?」

「いや、だから……あの……そもそも……」


 あたしは西川先輩から必死に視線をそらす。


「タレントと、担当の、動画編集者、じゃないですか」

「関係なくない?」

「いや、良くないですよ。公私混同ってわかります?」

「公私混同しなきゃいいじゃん」

「いや、ですからぁー」

「別れてないし、別れる気もないから」

(あーあー! 出たよ! この強情なところ! ちょっと大人っぽくなってカッコいいと思ったら、見た目だけで中身は全然変わってないじゃん! この人!)


 こうなったら……嘘も方便!!


「彼氏いるんで!」

「 連 れ て こ い 」

「……」

「連れてこい。そいつ」

「……いや……」

「ツゥ。私と別れてないのに他の奴に手出してんの? それ浮気だよ?」

「……自然消滅……」

「そいつ、タワマン住んでるの? 年収は? 仕事は? 年齢は?」

「……マウント取りは……嫌われ……」

「てかさ、いい彼氏なら終電ないなら迎えに来るか、タクシー代よこすよね。愛されてないんじゃないの?」

「……」

「だからね、ツゥには私しかいないんだってば。何のために私がここ住んでると思ってるの?」

「……え、……理由があるんですか……?」

「ツゥと二人で暮らすため」


 ――あたしは耳を疑った。はい? なんですって?


「今なんて言いました?」

「ツゥ、引っ越しておいで。ちゃんとツゥの部屋も用意してるから」

「な、何……突然……」

「ツゥが嫌だと駄目だから、ペットも飼ってない。ここはツゥのために用意した家なんだよ」

「いや……いやいや……先輩、本当に、意味がわかりませんって……」

「あそこの会社いくら貰ってるの? ほら……目にクマ」

「ちょ」

「月子」


 西川先輩が笑顔であたしに伝えた。


「仕事辞めて、ここに住みなよ。大丈夫。私が養うから」

「……っ……!」


 ――西川先輩を押し退けた。急いで立ち上がる。


「出ていきます!」

「ツゥ」


 あたしはリビングに戻り、荒々しい手つきで荷物を持った。


「あんな……あんなことを言われると、思いませんでした!」

「ツゥ、待って」

「嫌です!」

「待ってって」


 手を掴まれたので、振り返り、西川先輩を睨んだ。


「無意識に人を侮辱するのもいい加減にしてください! 昔から嫌いなんですよ! そういうところ!!」

「……」

「もう……離してください!」


 西川先輩の手が離れたので、あたしは大股で歩き、急いで部屋から出ていった。


(もう最低!!)


 エレベーターで一階まで降り、そのままフロントへ行って――迷う。


(……帰り道どこ)


 深夜のせいか、ドアが閉鎖されて動かない。別の道に行くと、動くドアがあったので、そこから抜け出し……夜の道を歩く。


「……」


 ――うわ、仕事残ってた。朝イチで数字まとめるやつ。


「……もー……」


 あたしはファーストフード店に行き、パソコンを開いた。


(もーーーー!!!)


 全てを忘れるために指を動かす。動画投稿サイトを見て、数字を入れていき、関数を入れて、自動計算できるようにして、入力して、数字を入れて、コーヒーを飲んで、入れて、入力して、コーヒーを飲んで――気がつくと、朝メニューの時間になっていた。


(……あ、もう電車動いてるわ……)


 最後の気力を振り絞って、チャットに共有用のリンクを貼り付ける。ご確認、お願いします。


(ああ……もう駄目だ……)


 電車に乗るが、立ったまま乗る。


(駅に着くまで……もうちょっと……)


 駅について、家まで歩く。


(もう少し……もう少し……)


 壁の薄いマンションへ戻り、ドアを閉めて……ゴール。玄関で倒れる。


(あーーーもう……)


 瞼を閉じる。


(眠い……)


 意識は一瞬で飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ