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9. 人生謎だらけ

あたしは懐かしい第一中学校を目の前にして、高杉美和子ちゃんのいるクラスを知らないことに気づき、ふと足を止める。中学校は五時間目と六時間目の合間の休みなのか、校舎内に入ると生徒たちがざわざわしていた。


「あれ、一花先輩?一花先輩じゃないですか!」


 突然後ろから声をかけられた。振り返ると、懐かしいバド部の後輩たちの顔がある。


「わあー、久しぶり!元気?」


 あたし達はその場で抱き合って、一年半ぶりぐらいの再会を喜ぶ。


「えー、先輩何でいるんですか?来るなら言ってくださいよー、みんなで予定合わせて同窓会開いたのに!」


 あたしは「あ、同窓会したい!」と言いかけたところで、東城の恐い顔が頭に浮かんだ。ああ、そうだ。今日は後輩に会うためにここに来たんじゃないのよね……。


「ごめんね、今日はちょっと違う用事で……」


「あれ、先輩手首どうしちゃったんですか!怪我してるじゃないですか!」


 あたしは後輩に言われて一瞬びっくりして自分の手首を見たけれど、すぐにそれが自分のやったおっちょこちょいだと思い出した。


「ああ、これね。説明すると長くなるんだけど、とりあえず怪我はしてないから大丈夫」


「え、だってそれ血ですよね?」


 後輩は不審な様子であたしの制服の袖に広がった赤い染みを見つめた。


 そう、あたしの制服になぜ血の染みがついたのか説明しよう。


 あたしは東城から預かったあの三本の瓶のうち一つを手に持って、一体何が入ってるんだろうと少しだけ蓋を開けてみたのだ。そこにタイミング悪く大学に急ぐ学生の一人にぶつかられて、中に入っている液体がこぼれてシャツの袖にかかった。


 そしてあたしはその時初めて、自分の袖についたのが血だと気付いたのだ。匂いを嗅いでも、血以外のなにものでもなく、数々の疑問が湧く。なぜチンピラのポケットから小さな瓶に入れられた血液が出てくるのか?そしてなぜ東城はそれを没収しながらも最終的にあたしに託したのか?


「……まあ人生謎だらけってことよね」


 と、あたしは無理矢理にしめくくって肩をすくめながら、その適当な返事についてツッコまれる前に、二人に質問をした。


「それよりさ、あなた達高杉美和子っていう女の子知ってる?三年生で、クラスはわからないんだけど……」


「高杉美和子?」


 一人が首をかしげると、その隣のもう一人が言った。


「最近噂になってる、あの高杉さんのことですか?」


「うん、たぶんその子」


「高杉さんなら三年生に聞けばわかると思います。……でも最近休んだり早退したりであんまりいないらしいですよ」


 そんな、早退してもう連中のアジトに向かってたら手遅れになっちゃうじゃない!


「三年生の教室って確か上の階よね、ありがとう!」


 あたしは急いでその二人に礼を言うと、階段を駆け上がって三年生の教室を片っ端から開けて覗いた。休み時間はあと三分ぐらいしかなさそうだ。授業が始まっちゃったら高杉美和子を探せないし……


 高校生がそうやってきょろきょろしながら廊下を歩いていると、かなり目立つのだろう。またもや後ろから声がかかった。


「あれ、助手さん?」


 見るとそこには探偵事務所に助けを求めてきた依頼主、あの竜之介君が驚いたような顔をして立っていた。


「あ、竜之介くん!」


「な、何してるんですかこんなところで」


「東城探偵の命令で、ちょっとね。そうそう、美和子ちゃんってもう帰った?」


「あ、さっき昇降口で見かけました。たぶん六時間目は受けずに帰るんだと思います」


「えっうそ。やばい。ありがとね竜くん!」


 あたしはそう言って早々にその場を離れようとしたけど、彼の声に止められる。


「高杉さんに、何かあったんですか?」


 心配そうにこちらを見つめる竜くんに、あたしはできるだけ安心させるように微笑んだ。


「大丈夫、美和子ちゃんは絶対守るから。彼女が変ってしまった原因については、たぶんもう東城が突きとめてるし、程なくその悪の集団もあいつがやっつけてくれるわよ。だから竜くんはあんまり気に病まないで、いつも通り授業を受けてて」


「でも……」


「竜くん、あたしこれでも探偵助手歴、かれこれ二十四時間なのよ」


「え?」


「あ」しまった。これじゃ逆に不安になるってば。


「とにかく、任せて!東城はもう手を打ってるし。それじゃあ、ちゃんと授業出るのよ」


 と、そこで授業の始まりの鐘が鳴った。竜くんはいまいち不安そうな顔をしながらも頷き、自分の教室に入って行く。


 あたしはそれを見送ると、全速力で階段を駆け下りる。と、校門を今しがた出ていく、金髪の女子中学生の後ろ姿を見つけた。


「高杉美和子ちゃん!?」


 あたしが叫ぶと、その子は驚いたように振り返った。どうやら本人のようだ。


 でも振り返ったその顔はとても中学三年生には見えなかった。化粧はばっちりだし、爪にはピンクのネイル、短いスカートにセーラー服の胸元はあたしが見てもどきっとするほど空いている。


 彼女はカールした金髪を指でくるくる回しながら、眉を寄せてあたしを見た。


「……誰?」


 そのぱっちり開いた大きな目を見て、もとからかわいい顔なんだと気づく。——この子の変身前なんて全然想像できないけど。


「えっと、高杉美和子ちゃんだよね?」


「そうだけど、何?」

 彼女は不機嫌そうに答える。


「これからどこ行こうと思ってたの?」

 あたしはできるだけ自然に聞いたのに、彼女は目を丸くしてさっと後ずさりした。


「え?うそでしょ、そういう趣味?」


「ん?」


「女にナンパされたのなんて初めてよ」


 彼女の驚く姿に、あたしも驚いてしまう。いや、こっちだって女をナンパしたと勘違いされるのは初めてだ。


「違うわよ、そんな意味で言ったんじゃなくて」

 あたしは呆れて首を振りながらも、それとなく伺う。


「えーっと、ちょっとあなたに用があって。で、これからどこに行く予定だったのかな」


「これからあたしがどこに行くかなんてあんたに関係ないでしょ」

 高杉美和子はつんとして言った。


 これは面倒くさそうだとあたしが顔をしかめると、彼女はふと不審そうに付け足した。


「っていうか、なんであたしの名前知ってるのよ」


 そう言われてちょっと考える。......確かに。見ず知らずの女子高生が名前を知ってて、いきなり行き先を聞いてくるのは確かに怪しい。


「えっと、あなたのお友達の竜之介くんから聞いたの。ああ、あたしの名前は真田一花。ここの卒業生よ」


 あたしはなるべくフレンドリーな笑顔を作る。この際少しくらいの嘘ついてもいいはず。


「竜之介くんとあたしは幼馴染でよく話をするんだけどね、最近クラスメイトの美和子ちゃんが怪しいスナックに通ってるから心配だって言ってて。

 それで今日はまあ、たまたま中学に用事があって来たんだけど、もしかしたらあなたが美和子ちゃんなのかな、なんて。ああ、怪しくないなら別にいいのよ。それなら竜之介君にそう言って誤解を解けば……」


「竜之介?ああ、斉藤君のこと?」


 美和子ちゃんが口をはさんだので、あたしはうなずいた。すると彼女は突然馬鹿にしたように笑い出す。


「怪しいスナック?何それ。斉藤君ってさ、何かおかしいのよね。クラスの男子達はみんなあたしに優しくしてくれるのに、あいつだけはあたしを見て何か困ったような顔してんの。そりゃ、あたしは前とは違うわよ?でも結果的にかわいく明るくなったんだからいいじゃない。あいつはくそ真面目にまだ学級委員なんてやってるけど、まったくその気が知れないわ、あんな面倒な役目」


 あたしは竜之介君の美和子ちゃんを想うあの心配そうな顔を思い出した。


「じゃあ学級委員長はやめちゃったの?」


 あたしが言うと、彼女は「当り前じゃない」と吐き捨てるように言った。


「だってもうそんなもの必要ないもの。あたしはもう何かを得るために努力なんてしなくていい。全部うまく行っちゃうし、最高に気分がいいのよ」


 そう言った彼女の妖しい笑みに、何か不穏なものを感じてしまう。もしかして、あの連中にドラッグでもやらされたんじゃ……?


「それよりあんた、手首のところどうしちゃったの」


 と、突然彼女に指摘されて自分の手首を見る。制服の袖には真っ赤な染みがついたままだった。


「ああ、えっとこれは別に怪我したんじゃなくて、溢しちゃったの」

 あたしは曖昧に答える。


「血を?」


「そう、話すと長くなるんだけど、まあ血液のサンプルみたいなものを」


「ふうん……最近あたし《《それ》》によく反応しちゃうのよね」


 と、美和子ちゃんは微かに目を細めながらも、あたしの袖についたものから目を離さない。


「え?」


「何だか体が変なの。《《生まれ変わった》》せいかしら」


 ……生まれ変わった? 何を言っているかわからないが、彼女は自分の体の異変をそんなに気にしていないらしい。そうなるともっとやばい。ドラッグをやってるなら手遅れになる前に今すぐ止めさせなきゃ。


「ねえ、美和子ちゃん。やっぱり考え直して。このままいけばあなたや、あなたの周りの人に取り返しのつかないことが起こるわ、わかるでしょ?」


 真剣に引きとめようとしたのに、彼女はそこで不敵な笑みを浮かべた。


「変なお説教はよしてよ。あたしが羨ましいならあなたも来ればいいわ。そうね、ちょうど新しい子が欲しいって彼らも言ってたもの。きっと大歓迎してくれるわよ?そしてあなたも生まれ変わるのよ、あたしと同じように」


 え?ちょっと待って。まさかあたしを逆に引き込もうとしてる?彼らって、あの怪しいグループのことだろうか。あたしは首を振ってなんとか美和子ちゃんを止めようとした。


「いい、落ち着いて聞いてね。美和子ちゃんは騙されてるのよ。彼らの言うことなんか聞いちゃだめ」


 あたしが言うと、美和子ちゃんは心外だというように目を丸くした。


「どうしてあなたにそんなこと言われなきゃいけないのよ。彼らはあたしに優しくしてくれるし、何の代償も求めないわ。そこらの暴力団とか怪しい組織と一緒にしないでよね、そんなものより彼らはずっと紳士的で魅力的なの」


 魅力的?やばい、かなり洗脳されてる。暴力団じゃないとなるとやっぱり新興宗教団体か、新手の詐欺?戸惑いながらいろいろ考えていると、美和子ちゃんがすっとあたしに顔を近づけた。


「ねえ、あなたもきっと気に入るから……。本当よ、だってあたし彼らと関わってから日に日に肌がきれいになって、びっくりするほど痩せたの。でも勘違いしないでね。クスリも何もやってないから。言ったでしょ?彼らは《《そんな人たちじゃない》》。それに最高にいい気分よ、あの瞬間と来たら……」


 あたしが彼女の話の異様さに眉を寄せたその時、ふと横から影が落ちる。どこからともなく不意に現れたその男は、美和子ちゃんの口の先にすっと人差し指を当てて、優しい笑顔を見せた。


「美和子、何をお喋りしてるのかな?」


次回、10. 孝さん


 高杉美和子を見張るという任務に当たっていた一花。が、そこに突然現れた怪しい男は、思いもよらぬことを言い始め—————

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