6. 探偵助手の心得
2、あの子を救え
「その一、助手は何があっても落ち着いて、探偵の指示を信じろぉ?」
思わずすっとんきょうな声を出してしまった。そしてそれが明治維新について熱く語っていた先生の話を中断させてしまったことがまずいけなかった。
「真田」
先生は低い声であたしの名前を呼び、あたしは「はい」と肩をすくめる。
「この間は授業中に爆睡、そして今日は教科書じゃなく一体何を読んでいるんだ?」
探偵助手の心得です、とは到底言えなかった。そしてあたしが身を固まらせていると、先生がつかつかと机の前までやってきてあたしの持っていた薄い冊子をひょいと取り上げた。
「あっ」
「授業に関係ないものは預かるからな。二度と同じ失敗をしないよう、ここでこれを読みあげたっていいんだが?」
「それは本当に、とても困ります。ごめんなさいもう絶対にしません。よければ返していただけると……」
あたしは精一杯の笑顔と謝罪を見せたが、そこで先生の表情がさらに恐くなったので、あたしは「いえ、何でもありません」と言う他なかった。
先生はそれを読み上げることはしなかったものの、その冊子を自分の教科書にはさんで持って行ってしまった。
やばい。あんなもの見られたらすごく怪しがられる。どうか先生、その「探偵助手の心得」を開かないでください。いい言い訳すら思いついてないんですから———友達と冗談で書いたものなんです、とか、実は凝った設定の同人誌です、とか?正直になんて言えない。
あたし、ほんとに探偵助手を仕事にしてるんです!
「なあ一花、あれ何だったの?」
授業が終わると徹也があたしに聞いた。いつもと同じ爽やかでまっすぐな徹也に安堵を覚える。ああ、友達っていいものね。こういうときに相談できる相手がいるっていうのはいくらか心が落ち着く。
そこであたしはここ最近溜まっていた悩みを打ち明けるべく徹也を連れて屋上に出た。持ってきたお菓子を徹也に分けながらも、昨日起こった一連の話を聞いてもらう。
「だから、その人どう思う?絶対私立探偵なんて怪しいでしょ?」
徹也はうーん、と考えこんだ。
「まあ鼻っから怪しいと決めつけるもあれだよな。だって私立探偵ってだけなら別に法に触れてもないし。まあそいつが私立探偵と銘打ってアウトローなことをしてるなら、即父さんに報告だけど。でも裏組織とは関係ないんだよな?」
「って本人は言ってるけど」
「まあ様子見るしかない。もしかしたら今父さんが関わってる暴力団の件と関わりあるかもしれないし」
「そうね」
と言ったところで、突然ケータイの着信音がけたたましく鳴った。あたしは少しびくりとしてから、あまり見覚えのない番号からの電話に出た。
「はい……?」
「真田一花か?」
フルネームで呼び捨て。電話ではちょっと違った声に聞こえるけど、間違いない。噂をすれば何とやら、とはこのことか———
「……はい、なんでしょう」
あたしは構えるように言った。こんな昼間に呼び出して、一体なんの用事だろう。場合によっては自分の電話番号を彼に教えるんじゃなかったと後悔するかもしれない。
「1時間以内に星那学園に来てほしい」
「はい?」
「探偵助手の心得は読んだか?心得その八、助手はいかなる時でも探偵の命令に従わなくてはならない」
えっウソでしょ。そんな心得があったの?あたしはその一を読んだところで日本史の奥山先生にあっけなく回収されてしまったけど、その先にそんな恐ろしい心得が存在していたなんて。
「えっと、それが実は……さっき回収されちゃって」
「何だと?」
電話の向こうの声色が変わった。
「授業中に読んでたら、先生に見つかって」
はあ、と鋭いため息が聞こえた。そして奥山先生よりももっと厳しい声が返ってくる。
「心得その十、この冊子はいつでも自分の手元に置き、絶対に紛失したり他人に渡したりしないこと」
「あちゃー……」
「心得その四、探偵助手に失敗は許されない」
「えー……」
「新人の失敗にしてはよくやってくれたものだな。いいか、それについては後で話すとして今から1時間以内に大学に来い。その八とその四を頭に叩きこんどけ」
「えっ、ちょっと待ってこっちだって授業が……」
という声は、向こうには聞こえておらず、ただ虚しい電子音がツー、ツーと流れるだけ。
いや、ちょっと何それ。あまりにも強引すぎる。今から1時間以内に来いですって?じゃあ学校の午後の授業はどうするのよ。そりゃうちの高校と星那学園は歩いて三十分くらいの距離だけどね、あたしが高校生ってことを忘れているんじゃないだろうか。
「どうした?」
徹也が心配そうにあたしを見た。
「緊急呼出し食らっちゃった。例の東城聖から。1時間以内に星那学園に来いだって」
あたしは唇を噛む。そんなに切羽詰まった用事?この命令に逆らったらどうなるんだろう。
「東城ってやつ、ほんと強引だな。一花、行くのか?」
徹也は短くため息をついて言った。
「わかんないわよ唐突過ぎて。これってやっぱり行くべき?」
「午後の授業何だっけ?」
「体育と数学よ」
「ならサボろう」
「へ?」
「俺、一回その東城聖に会ってみたいから。それで俺が判断するよ、そいつが真っ当なやつかどうか。一花は、午後の授業出たい?」
真面目に授業を受けるかと言われれば、今はそんな気分ではない。東城から電話がかかってきた時点であたしは落ち着いてなんていられない。どっちにしろ今、命令を無視すれば何だか後が恐いし、これが本当に事件の解決につながる重要な呼出しだとしたら取り返しがつかない。(まあそんなことないと信じたいけど……)
そこであたしは首を振った。
徹也はにやりと笑って「よし、乗り込もうぜ星那学園」と呟いた。まるで犯人からの脅迫電話を受けて現場に急行する警察のようだ。まったく東城聖は探偵より犯罪者に近いと思う。
次回、7. 世界一の安全保証
東城からの脅迫....いや、緊急呼び出しを食らった一花は、徹也とともに星那学園に現着する。
どんなブラック会社のどんな鬼畜マニュアルより鬼畜な「探偵助手の心得」には、なんと意外なことも書かれてあった......