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5. クラスのあの子が最近おかしい

「あの、け、〝血液探偵事務所〟……」


 男の子はあたしと東城を交互に見て言った。


「こちらです。ご依頼ですか?」


 東城は営業用スマイルのような笑みを少年に向ける———今までに見た事のない優しい笑顔だ。これだけ見るとこの人に悩みを打ち明けようという気になるかも。


 入ってきた少年はちらりとあたしを見やり、それから真剣な顔で東城に言った。


「合言葉、ちゃんと知ってます」


 え?合言葉? あたしが首を傾げた横で、東城は口の端をかすかに上げる。


「ではルーシー・ウェステンラの夫の名前は?」


 その問いに、男の子はテストのために覚えてきた解答をそのまま繰り返すように答えた。


「アーサー・ホームウッド・ゴダルミング」


「正解だ、依頼を聞こう。紅茶とコーヒー、どちらがいいかな?」


 少年は安心したような息をついて、「あの、じゃあ紅茶をお願いします」と言った。東城はあたしに目で命令し、少年を二番テーブルの向かいの席に座らせる。


 あたしが紅茶を淹れている間、東城は少年について質問していた。名前は斉藤竜之介、年齢は十四歳。この近くの第一中学校に通っているらしい。(ちなみにあたしの出身校だ)


「それで、今日はどういった用件で?」


 東城が言うと、竜之介君はうつむく。紅茶を彼の前にそっと置いて、テーブルの隣に座って彼の様子を伺うが、少年はなかなか喋り出さない。


「君の見たものを全て言えばいい。他人には信じてもらえなくても、ここでは誰も笑わない......この新米は眉を寄せるかもしれないがな」


 と、東城はあたしを親指で指して言う。眉ならもうすでに寄せている。合言葉だって意味がわからないし、この怪しい事務所に似合わない、何の問題もなさそうな純粋な男の子に、一体どんな悩みがあるっていうんだろう。


 少年は紅茶を一口飲んで、ぽつりと喋り出した。


「この〝血液探偵事務所〟のことは......学校の友達から聞きました。その友達はある友達から聞いたって言ってたけど、とにかく変な事や誰も解決できない不思議な現象が起きた時は行ってみろって」


 へえ、意外と頼りにされてるのね、この事務所。でも“不思議な現象”って?


「あ、でも、依頼料はちょっと特殊な形で払うってその友達が......」


 少年がそこまで言うと、東城はふと手で制した。


「依頼料の話はあとでいい。まず君の話を聞こう」


 少年は一瞬東城の顔を窺ってから、小さな声で切り出した。


「あの、僕の通ってる中学で……同じクラスに、高杉美和子さんっていう女の子がいました。……彼女とは学級委員を一緒にやってて、その子が委員長でした。

 僕は係決めの時にじゃんけんで負けて仕方なくやってたんですが、彼女はもう一年生の時からその役を進んでやってました。いつも真面目で勉強熱心だし、積極的に委員の仕事をするし、テストだっていつも高得点、先生達の彼女への信頼はすごく厚かったんです」


「それって眼鏡の真面目ちゃん優等生タイプ?」


 あたしが思わず口をはさむと、少年はうなずいた。


「えっと、まあそんな感じです。高校は難関学校を目指してるって聞きましたし」

 

 きっとスカートは膝下でダサい三つ編みを下げてたりして。あたしは頭の中に高杉美和子像を思い浮かべながら聞いていた。


「でも、ある日彼女は一週間くらい学校を休だんです。それまで一度も休んだ事なんてなかったのに」


 竜之介君はそこで顔色を変えて言った。奇妙な出来事を思い返して今でも信じられない、といった様子だ。


「風邪を引いたって聞いたんですが、次の週に彼女が学校に来たときは、何だかかなり様子が違っていたんです」


「どういう風に?」

 そこで、東城がすかさず質問を挟む。


「外見でいうと、それまでは眼鏡に三つ編みだった彼女が、金髪のカールになって化粧までして、スカートは学校規定の十センチ上まであげていたんです。クラス中が驚いていたし、最初は誰かわかりませんでした」


 それはまた凄い変わりよう。高校デビューならわかるけど、どうしてわざわざこんな時期に?変身後の美和子像を思い浮かべながらも、あたしは眉を寄せる。


「でもそのうち男子達も、次第にその新しい高杉さんがかわいいといって、彼女に近寄るようになったんです。彼女のほうもまんざらじゃないって感じで、まるでクラスの女王様みたいなんです。前は硬派でおしとやかだった彼女が......」


 そこで竜之介君は肩を落とした。もしや変身前美和子が好きだったのかな?とあたしがちらりと思ったとき、黙って聞いていた東城が口を開いた。


「つかぬ事を聞くが、彼女は前から美人だったか?」


「えっ」


 あたしと竜之介君の声が重なった。いやいや、何聞いてるのよ。


「ど、どっちかって言えば……。変身後は化粧のせいで十五と思えないほどの大人っぽさですけど」


 竜之介君が顔を赤くしながら答えた。彼が美和子ちゃんを好きになるのはわかるが、なぜ東城が彼女の美しさについて問うのかは深い謎だ。意味深でもある。


「それで……」と竜之介君は続けた。


「僕はあまりにも彼女が変わったんで、一度聞いてみたんです。何があったのか、どうして先生に怒られるようなことをわざとするんだって。そしたら彼女、何か彼女らしくない笑みを浮べて言ったんです。

『あたしは完璧になったの、そこら辺の人間とは違くなったのよ。竜之介君ももしそうなりたいって思ったらあたしに言ってね。いいところを紹介してあげるから』って」


 あたしは眉を寄せた。その子、何か危ない新興宗教団体に捕まったんじゃ……


「君は行ったのか?」

 東城の問いに、竜之介君は首を振った。


「彼女、きっと何か怪しい団体に勧誘されたんだと思います。僕は彼女の誘いには乗りたくなくて。でも今のままじゃどんどん危ない方向に行ってしまいそうなんです。この前だって、数人の男と高杉さんが裏路地で集まっているのを友達が見たって言ってたし」


「どこの裏路地だ?」と、東城が目を鋭くして問う。


「えっと、駅裏のシャッター商店街の辺りって」


「何をしていたかは?」


「そこまでは......」

 竜之介君は首を振ってから、ふと大事なことを思い出したように言った。


「それから先生達も、今の高杉さんにはすっかり呆れ果てていて。模範生徒だった彼女は今じゃ校則なんて気にしないし、出席日数も足りなくて、このまま行けば落第する可能性だってあるんです。……前は彼女、『頑張って勉強していい高校に行く』って言ってたのに。

 僕勉強は苦手だけど、彼女を応援してました。だから————何が彼女を変えたのかわからないけど、それのせいでもし彼女の人生が狂ったら許せない。今すぐ原因をつきとめて、止めてください。代償はいくらでも払いますから」


 竜之介君はそう強く言って、東城に真剣な目を向けた。本気で高杉さんを助けたいのだ。あたしはそんな竜之介君の思いに感動したぐらいだ。


 東城はそこでふっと息をついてから腕を組んだ。


「大体の事情はわかった。だが何点か質問してもいいかな」

 東城が言うと、竜之介君は少し不安な顔をしながらも頷く。


「まず、その彼女に外見と性格以外にも何か以前とは違う奇妙な点はないか?」


「奇妙な点……?」


「そうだ。例えば食欲がない、朝は機嫌が悪く夕方は逆に機嫌がいい、とか、時々苦しそうにしているとか」


 東城の質問はかなり具体的で、どことなく変な感じがしたけど、竜之介君は驚いたように目を丸くした。


「ほとんど当てはまります。変わってしまってからの彼女がお弁当を食べてるところは、見た事がないです。この前友達に、〝ダイエットしてるから昼は抜いてる〟って話してました。

 それから朝は誰も近づけないほど苛々してるんです。放課後になるにつれて異様な程テンションが高くて。それから———つい昨日のことですが、彼女が廊下で一人でうずくまっているのを見ました。

 心配になって近寄ると、冷たく睨まれて、「ほっといて」って怒鳴られました。たぶん、昼ご飯を抜いてるせいで体調が悪いんだと思います。保健室に行ったほうがいい、って言っても聞かないんですけど———僕にはわからないんです。前の彼女は風邪も引いたことなかったから」


 東城は竜之介君の話を聞き終えると深刻な顔になり、それから独り言のように呟いた。


「結構危ないな」


 その言葉に、竜之介君は顔を強張らせた。


「危ないって、どういうことですか」


「早急な対策が必要だということだ。だが助かる見込みは十分ある。彼女が学校を休み始めたのはいつだった?」


「えっと、3週間前です。一週間学校を休んで、次に来た時にはもう変わっていました」


 東城はそこですっと目を細めて、それから呆れたようなため息をついた。


「連中は相変わらずタチが悪いな」


 と、また意味のわからない独り言を呟く。あたしと竜之介君はいろいろとツッコミどころのある呟きに疑問を隠せない。


「連中って何です?」


 そうよ、連中って何なの。


 でも東城はそれにははっきりと答えず、「いや」と首を振ってから切り替えるように微笑みを浮べた。


「彼女は助かるよ。君が来るのがあと三日遅かったらどうなっていたかわからないが、君は結果的に幸運だった。仕事ができるかはさておき、ちょうど新人の助手もいる」


 と、あたしの方を見る。竜之介君もあたしを見て、その時初めて理解したように頷いた。


「あっ助手さんだったんですね」


 今まで何だと思っていたんだろう。


「とにかく報告をありがとう。ここからは僕に任せてほしい。その代わり彼女が無事に元に戻り、君がそれで満足いったときはしっかり依頼料をもらう。いいかな?」


 竜之介君は段々とその顔に元気を取り戻した。


「ということは、彼女を助けてくれるんですね?彼女は助かるんですよね?」


「勿論だ」


 東城が言うと、竜之介君は安心したように笑って、それからぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 東城はそれを見るとにこりと微笑み、席を立った。


「今日はもう家に帰ったほうがいい。家族も心配してるだろう。それからまた何かあれば連絡をくれればいい」


 東城は店の電話番号を書いたメモを竜之介君に手渡し、ドアまで竜之介君を送った。竜之介君はあたしと東城にもう一度頭を下げると、ドアを押して店を出て行った。


 店に例の鐘の音が鳴り終わった後、あたしは東城を振り返った。


「何だ、ちゃんとした依頼人ってくるものなのね」


「まだ疑ってたのか」

 東城はため息をついてから思い出したように言った。


「ああそうだ、探偵助手になるからにはこれをよく読んでおけ」


 東城はそういって、カウンターの下から何か薄い冊子のようなものを取り出してあたしに渡した。あたしは表紙に印刷されている文字を読んで眉を寄せた。


「探偵助手の心得」……?





次回、第2章「あの子を救え」 5. 探偵助手の心得


 謎で鬼畜なマニュアルに翻弄される一花。「30分以内に大学に来い」と、東城から突然の呼び出しを食らって、現場に到着すると......

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