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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
避暑地の恋

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38. 日干しの刑


「えっ」


「あっ」


「い、一花ちゃん!?な、なんでここに?」


 かなり驚いた様子で、バイトの制服であろう水色のキャップをくいっと上げたその顔にはかなり見覚えがあった。


 しかしあたしが何か言おうとしたのも束の間、彼は憔悴しきったようなその顔に、何故か安堵の表情を浮かべて涙ぐみながら、小さく声を漏らす。


「うぅ…。よかった」


「え?」


「ああ、なんか、一花ちゃんの顔を見たら安心してきちゃっ…た…———」


 彼は変な笑みを浮かべて言いながら、言葉半ばにグラっとふらついたかと思うと、突然白目になって力尽きたようにあたしの肩にドサッと倒れかかった。


「えっ、ちょ、成田くん!?」


 突然すぎて何が何だかわからないまま固まっていると、周りの人に怪訝な目で見つめられる。


 ……何なの!?


 あたしは状況整理もできないまま、何とか彼諸共一緒に倒れないように踏ん張っていると、「何?熱中症かしら…」と囁く声も周りからちらほら聞こえ始める。


 トッピング無料券の束をかろうじて左手に握ってはいるものの、いつもの余裕の笑みもなく、ぐったり倒れかかっている彼を放って逃げるわけにもいかず、あたしは何とか彼を人目のつかない日陰へと引きずっていって、とりあえずベンチに横たわらせた。


「あ、あのー…、大丈夫?」


 あたしが警戒心を持って距離を空けながらも隣でぐったり横たわっている彼の様子を伺うと、いつもの「学園の王子様」オーラは見る影もなく、かなり弱っているように見えた。


「……僕がいくら日差しに耐えるようにトレーニングしたからってさ……」


 彼は掠れた声でそう言いながら、ゆっくりと重たげに上半身を起こし、ズボンのポケットから栄養ドリンクっぽい茶色い瓶を取り出して、クッと飲み干した。


 彼が今飲んだ瓶の中身が、およそ人間の飲む栄養ドリンクではないということは、成田君の口の端に少し垂れたどろっとした赤い液体を見て、分かったことだった。なるほど、弱っている吸血鬼が一番にすることはやはり「血を飲む」ということらしい。


 彼は口の端を手で拭いながら、「はあ」とやっと少し元気を取り戻したかのように大きく息をついて続ける。


「“日干しの刑”なんか耐えられるはずないよ」


「え?日干しの刑?」


「そ。吸血鬼にとってこれほど酷な刑はない」


 聞きながら、先ほど部屋で自分が東城に言い放ったことは、あながちでっち上げではないかもと思い始める。


「えっとー、なんでそんな刑に処せられてるの?というか誰に?」


 成田君がこんなところでビラ配りのバイトをしているなんて、かなり意外だ。それに、夏休みは軽井沢の僕の別荘に来なよ、なんて私を誘っていたくらいだから、てっきり今頃は豪華な別荘で涼しく過ごしていると思ったのに。


「前に話した、僕のマスターにだよ。吸血鬼っていうのは、一度契約を結んだ主人には逆らえないものなんだ」


「えっ、成田君のマスターって…」


「つい先日、本拠地のフランスから遂に日本に上陸したってわけ。それで僕の別荘を今住処にしている。ああ、もちろんこれは東城には内緒だよ?」


 成田君の話によると、元々「周りを整えておけ」だの「東城を排除しておけ」などと命令していたマスターが、まさかこっそり日本に、しかもこの軽井沢に来ているなんて。


 あの全てを画策し王子様気取りしていた成田君をここまで衰弱させるとは、そのマスターも、東城といい勝負の鬼畜パワハラ上司なのかもしれない……


「はあ、東城聖のせいだよ、こんなことになったのは。僕がマスターに言いつけられていた仕事に失敗したせいで、この日差しのなか、小瓶一つの血だけで、人間でさえ疲れるようなビラ配りをかれこれ数時間ぶっ続けでやってるわけ。こんなに弱ってる可哀想な僕を優しく介抱してくれる学校の女の子もいないし…。ああ、もちろん何人か通りすがりの子に連絡先を聞かれたけどね。でもこんなにフラフラになってちゃ女の子もろくに口説けないよ」


「それはいいとして」


 こんな状況でもまあまあ通常運転である成田君に、少しだけ安心する。


「この日干しの刑ってずっとやらなきゃいけないの?」


「え、一花ちゃん、僕を心配してくれてるの?」


 そう言いながら成田君はお得意の誘うような表情で少しだけあたしの方へ近づいてくる。あの「栄養ドリンク」のおかげでかなり調子が戻っているらしい。


「本当に懲りないわね。二度と同じ手に乗らないから」


 あたしは近づかれた分だけ、距離を空けて座り直す。


「あれ?というか、一花ちゃんはなんで軽井沢にいるわけ?まさか僕に会いに来た?」


 私は呆れた目で成田君を見返して答える。


「そんなわけないでしょ。もちろん探偵事務所に依頼があって、こっちに出張調査に来たの」


「へえ、相変わらずあの陰鬱王子の聖くんの助手なんかやってるんだ。よく懲りないね」


「懲りないも何も、あんたのマスターと同じくらい逆らえないの。弱み握られてるし」


 成田君が「弱み?」と聞いてくるので、あたしは簡単に、あの日雨宿りに入っただけの喫茶店で壺を割っちゃって、その壺の持ち主であるヴラド3世の怒りを買わないように、弁償代として探偵事務所とカフェのバイトをしている経緯を話した。それを聞くと成田君は「へえ」と珍しそうに目を丸くする。


「じゃあ、一花ちゃん、王子様に守られてるんだ」


「は?」


 なんのお伽噺のこと?とあたしが眉を寄せると、成田君はうんうん、と納得したように頷く。


「あのヴラド3世だよ?こんな日干しの刑とは比べ物にならないくらいもっと酷い刑を、軽い罪を犯しただけの人間や吸血鬼に見境なく課す、恐怖の独裁王だよ? 

 僕は会ったことないけどさ、というより関わりたくないから避けているけど、レオン様が何度か彼を宥めて、人間や吸血鬼を守ったって話も聞いたことあるし。まあそう考えると、彼も気の毒だよね。怒りっぽい父の代わりにみんなを救ってる王子様だってのにモテないなんて、やっぱり過労じゃない?ハハ」


 あたしは成田君の話を聞きながら、他の吸血鬼から聞く東城の新たな一面に、思わず「へえー…」と頷いていた。


「だから、君を助手として働かせるのは賢い選択だね。僕のマスターみたいにいつ突然日本にやってくるかわからないし」


 …そういう理由があったのか。初めこそ彼の言うことはかなり怪しかったし信じられないことばかりだったが、吸血鬼界の事情やらなんやらを知った今となっては、彼の言動にも多少は合理性があるのかもしれない。


「で、一花ちゃんは調査のためにやってきたっていうけど、なんでアウトレットモールなんかぶらついてるわけ?」


「うっ…」


 痛いところをつかれたが、嘘をついて隠す理由も見当たらず、あたしは愚痴も兼ねて成田君にことの経緯を打ち明けた。


「いくらあたしを守る名目だとしても、こんなことってある?お父さんに似て独裁的、というか自分勝手だし横暴!最近やっとこの探偵助手にも慣れて、なんとなくやり甲斐も感じてたのに。困ってる人が目の前にいるのに、今更吸血鬼に近づけさせたくないから、五千円札と休暇をやるだなんて」


 たとえ相手が成田君だとしても、吸血鬼関連の事情を知る人に愚痴を聞いてもらうのは、なんとなくスッキリするものだった。こんなこと、徹也には言えないし。


 それを聞いていた成田君は「うーん」と少しだけ考え込むように宙を眺めた後、「でもそれってさ」とあたしに向き直って口を開く。


「僕が君を後一歩のところで噛んでたってのが、かなり彼を動揺させたんじゃない?」


「え?」


「動物のテリトリーマーキングみたいなものだよ、人間に自分の牙の痕をつけるのって、この子は自分のものって主張してるのと同じだから」


「な、何それ」


 あたしはいささか気味の悪い吸血鬼の習性にちょっと引き腰になる。でもそういえば、あの時東城は、あたしに牙の痕がないことをわざわざ確認してたっけ……


「あのむっつり、意外と一花ちゃんのこと大事に思ってるのかもね。超わかりづらいけど」


 成田君が少し揶揄ように横目で見て言うので、あたしは思わず動きを止める。


「そうじゃなきゃ、君を吸血鬼に近づけさせたくない、なんて言わないよ、仮にも探偵助手なのに。うーん、もし僕が一花ちゃんに噛み痕つけてたら、今頃マジで殺されてたかもね」


 あの東城が?あたしのことを?そんなわけないない。だってあたしを雑用係か使用人のようにしか扱わない、話も通じないあの吸血鬼が……。


 心の中で首を振っていると、成田君はふっと思い出したように呟いた。


「っていうか、そのペンションに泊まっている女吸血鬼…僕、知ってるな。彼女、うちにもたまに出入りしているから」


「え、レイラさんが?」


 あたしは思わず成田君を振り返った。それって、レイラさんを知るかなり重要な手がかりじゃ…。吸血鬼界に精通しているっぽい成田君なら、彼女と話をしてくれるかもしれない。


 あたしがもっと詳しく事情を聞きたいと前のめりになると、やはり成田君は成田君で狡賢く、


「じゃ、君が僕の別荘に遊びにきてくれたら、その子のことを話してあげるよ」

 と交換条件を持ちかけられる。


「な、なんであたしがあなたの別荘に行かなきゃならないのよ」


 警戒するように言うと、彼はハハっと笑った。


「用心するのは正当だと思うけど、君だって吸血鬼界のこと……レイラちゃん、それに東城聖のことをもっと知りたいんだろ?顔に書いてあるよ」


 と成田くんに指摘されて、あたしは思わず言葉に詰まる。


「もちろん、君が東城聖の探偵助手だってことは内緒にするから安心してよ。僕がその辺でナンパした子だって言えば怪しまれないし。いやいや、この後に及んで君を襲ったりなんかしないよ。それにレイラちゃんに探りを入れるなら、今が絶好のチャンスだと思うんだ、今日は火曜日でしょ?週初めに彼女をよく見かけるからさ」


 あたしは成田くんの滑らかな口調に半ば乗せられるように、段々とその条件もさほど悪くないような気がしていた。


 ……「吸血鬼に近づくな」とは言われたけど、このまま言いつけを守って休暇を呑気に過ごすなんてできそうにないし、あの東城が真剣に早袖さんのことを考えて行動してくれているのかも疑わしい。


 それより、レイラさんがなぜあのペンションに滞在しているのか、それに彼女があの湖で捨てようとしていたネックレス、ボソリと呟いていた「昔の恋人」のことも気になる。一体彼女に何があったんだろう?なぜあんなに悲しい顔をしていたんだろう?


「何かできることがあるならば、彼女の力になりたいんです」


 先ほどの早袖さんの真っ直ぐな表情と言葉が、脳裏をよぎる。それは前の事件で出会った、竜之介くんを思い起こさせるものでもあった。もちろん、今回はもう彼女を人間に戻すようなことはできないけれど、もし彼女に少しでも笑顔を戻すことができたなら、それはあたしも含めて早袖さんが一番望んでいることだろう。


 困っている人を、そのまま放っては置けない。だって、それがこの探偵事務所が存在している意義なんだし、東城だって今までお父さんとの間に立って、吸血鬼や人を助けてきたんだから……。


 あたしはそこまで考えてから、「で、どうする?」と笑顔で投げかけた成田君の誘いに乗った。



次回、 39. ファミリア・デ・ロゼ


「だめだ」と言われれば言われるほど、やりたくなるものだと、東城は知らないらしい。ま、あんな意味不明上司の言いつけなんて、元から聞く気もないけどね!


 

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