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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
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29. シミュレーションと試合は別物


 テストを目前に控えた金曜日の学校は、騒然としていた。


 最後の授業が終わると、あたしはそそくさと教室を出て、生徒達の多い廊下を抜け、二年C組のクラスの前までたどり着く。


 C組もやはり、夏休みに入るために持ち物を整理したり、必死に教科書やノートを見せ合いっこしている生徒で見通しが悪かった。が、窓側の席に座っている男子生徒は身体が大きく筋肉質なため、すぐに本多君とわかる。


 「本多くーん!ちょっと今話せる?」


 あたしが声を張って彼を呼ぶと、彼は一瞬ビクッとしてこちらを振り返る。ドア脇に立ったあたしを認めるなり、どこか怯えた様子で身体を強張らせる。


 ん?本多君が恐れているのは東城のはずで、同好会のあたしには助けを求めたぐらいなんだから、恐れなくていいはずなのに……


 あたしはできるだけ笑顔を見せて、フレンドリーに手を振ってみせた。本多君はしばらくこちらを警戒するように見つめていたが、なんとなく周りの目を気にするようにして、こちらへやってくる。


「さ、真田さん……何か用?」


「あのう、ちょっと二人で話せないかな、って」


 生徒たちが騒がしくしている周囲を見渡して、「場所を移して話そう」と言う意を込め、またオ・カ・ル・トという四文字を声に出さずに表した。


「あ……」


 それを見た本多君は察したように、しかし警戒を解かないまま、微かに頷いた。


 それにしても、何も恐れることのなさそうな屈強な男子生徒が、力もなければこれといって敵意もない女子に対してかなりビクビクしている様子は、あまり見ない光景だろう。彼がバスケットコートにいるときの気迫を知っている者からすれば、想像のできない状況である。


 あたしは彼を連れて、もっと人目のないところまで行こうとしたが、本多君は「いや、ここでいいよ」と、生徒がちらほら見える場所を選んで、頑なにそこから離れようとしなかった。……もしかして人気のない場所に二人で行くことに、危険を感じている?


「えっと、まあここでいっか」


 声を潜めれば問題ないか、と妥協したあたしは、改めて本多君に向き直った。


「その、オカルト同好会のことなんだけど、こないだ私たちにSOSを出したのって、本多君、だよね?」


 あたしが慎重に話を切り出すと、本多君は緊張した様子でこちらを見返した。本多君から何かしらの答えを期待していたあたしは、逆に質問が返って来たことに少し戸惑う。


「あのさ、君……昨日、あいつと一緒に俺の家に来たよな?」


「えっ……」


 どうしてそのことを?と聞き返す前に、本多くんが口を開く。


「昨日母さんから聞いたんだ。監視カメラにもあいつと君が映ってたし」


 しまった…。あの使用人は口止めできたとしても、夫人の口止めは難しい。


 本多くんが最も危険視している吸血鬼が遂に自分の家の中へ入ってきて、しかも味方だと思っていたあたしが彼の仲間だったなんて知れば、確かに彼にとってはかなり緊迫した状況だし、あたしをこうやって警戒するのも無理はない。


「えっと、その誤解を解きたくって今日呼び出したんだけど。オカルト同好会に入って血液探偵事務所のことを調べてたのって、本多君が彼やあたしを疑ってるから、だよね?」


 相手の顔色を伺いながらも聞き出すと、本多君はなおも答えではなく質問で返してくる。


「だって、真田さんがオカルト同好会に入ってる理由って、血液探偵事務所を布教するためめなんだろ?どうして探偵助手なんかやってるんだ?」


「ふ、布教?いやえっと、それは……」


 彼の言葉に思わず動揺していると、本多君は怪しむようにあたしを見つめ、それから真面目な面持ちになって言った。


「もしかして、真田さんも吸血鬼、ってこと?」


「えっ!?」


「でも……君を観察している限り、晴れの日でも全然元気だし、むしろ喜んでるし、人間の食べ物だって普通の人以上にモリモリ食べるよな。それになんか、真田さんが妖艶な闇の吸血鬼って感じはしない」


 本多君は自分から言い出したにも関わらず、少し引いた目線でつらつらとあたしが人間である証拠を挙げる。吸血鬼疑惑が一瞬にして晴れたと言うのに、何とも言えない気持ちになりながらも頷く。


「そ、そうだよ。あたしが吸血鬼なわけないって」


「じゃあ、吸血鬼の付き人か専用の血液提供者?」


「え?」


「そう聞いたよ、純吸血鬼みたいな地位の高い奴ほど、人間の崇拝者や付き人、専用の血液提供者を連れてるって。さしずめ真田さんだって、あいつに騙されたか洗脳されたかで奴に仕えてるんだろ?」


 どこからツッコめばいいか半ばわからなくなりながら、それでも2割くらいは的を得ている彼の発言に、「えっとー」と苦い笑いとため息をついた。


「それ、誰から聞いたのかわからないけど、あたしは付き人でも使用人でもないよ(というかそうであると信じたいが)。最初こそ東城が怪しいやつだとは思ってたけど、今では何というか、探偵事務所の助手の仕事を通して段々あいつがわかって来たというか。まあ、本多君が想像しているような極悪人ではないってことは確かだから」


 全く、何度彼の善人アピールをすればいいのだろう。東城だってもう少し愛想が良くって、優しい笑顔の一つでも自然にできたら、こんなに誤解されずに済んだかもしれないのに。


「どうだかな。あいつがあの指輪を狙ってる限り、真田さんがどう言い訳したって俺は信じない」


 本多君の口から指輪という言葉が出てきて、あたしはハッとした。そうだ、本多君が本当にあの指輪を盗んだ犯人なのか、そしてなぜ盗んだのかということも明らかにしなきゃ。


「えっでも、指輪は東城が夫人と協力して発見したって……」とあたしがわざとカマをかけて見せると、


「偽物、だよな?それで俺たちを困惑させるっていうやつの画策だろ?」


「俺たち?」


 東城の作戦がバレていることより、本多君が「俺たち」と言ったことに妙に引っかかりを感じた。


「俺たちって、本多君と、誰?」


 もう一度確認するように問うと、本多君はふとあたしを見据えながら固い声で言った。


「君には言えない」


「な、なんで?」


「君のことを信じてないからだよ」


 と本多君は防御の姿勢を取るように言った。


「いくら君が単純で無害そうに見えても、その裏にいるのはあいつだ。あいつに踊らされているのは母さんだけじゃなくて、君もそうだし、もしかしたらオカルト同好会のみんなも、もうそっち側に寝返っているかもしれない」


 あたしは地味に単純・無害呼ばわりされ、ツッコんでやろうかと思いながらも、何とかそれを飲み込んだ。


「じゃあ言わせてもらいますけど。その確信とか証拠ってどこから来てるわけ?さっき誰かから聞いたって言ってたけど、それってもしかして、成田君のこと?」


 こうも悪者呼ばわりされているだけでは埒が明かないと、あたしは自分の勘を頼りにその名を出してみた。


 すると、向こうははっとしたように一瞬口を噤む。あたしはより確かな証拠を得るために、重ねて言ってみた。


「成田君が嘘を言っているとは思わないの?善人を悪人だと言う人こそ、悪人だとは思わない?よく考えてみてよ、成田君がいくらあなたの友達だからって、彼の言うことが全て真実だって言う証拠は?」


 本多君はあたしの指摘に少しだけ押されたかのように視線を逸らせたが、それでも彼は疑いのない声で言った。


「……少なくとも、紫苑は吸血鬼じゃない」


 あたしはそこで言葉が続かなくなった。


 そう……か。そうだ、少なくとも、成田紫苑は吸血鬼ではない。


 普通に考えれば、いくら善人と言われようが吸血鬼であることが確定している東城より、いくら女たらしであろうが同じ人間で友人でもある成田紫苑を信じるのは、至極当然のことだ。一体誰が得体の知れない怪物と、その周りにいる人間の言うことをすんなり信じるって言うんだろう。


 確かに、成田君が東城の悪口を吹聴していたとしても、彼は「こちら側」の人間である。普通に人間の食べ物だって食べるし、晴れの日だからって東城のように不機嫌になることはない。少しミステリアスで、その整った顔と誘うような瞳を見る限りは吸血鬼っぽいが、そんなことで吸血鬼判定をしていれば世界中の妖艶なイケメンがみんな吸血鬼になってしまう。


 あたしはしばらく考え込んだ後、本多君を見つめて言った。


「確かにそれは一理ある。本多君があたし達を信じられないのも、本多君の立場からしたら当然かもしれないし。でも、一番手っ取り早く真実を知るには」


 あたしはそう言って本多君の目の前にすっと人差し指を立てた。


「本人に確認してみること」


 あたしが言うと、本多君は「は?」といったように眉を寄せてこちらを見る。


「だから、本人に直接会って自分で確かめるのが一番じゃない?ってこと。本多君は東城に、あたしは成田君に」


「何でそうなるんだ……」 


 本多君は「馬鹿なのか?」とでも言いたげな表情で続ける。


「確認したって、嘘をつかれるだけだろ」


「まあ、騙されたと思って一度東城に会ってみなよ。無愛想だけど真面目だし、意外と話の通じる奴だから。それとも、何?怖くって一人じゃとても会えないとか?」


 と、本多君を見上げながら挑発すると、彼は痛いところを突かれたかのように、微かに唇を噛んだ。それから少し間が空いたあと、本多君は、はあっと大きなため息をついた。


「まったく……。来週からテストだってのに、なんでこんなことに」


 それはあたしも同感だ。でも、彼だって疑いは早いうちに晴らして、安心してテストに臨みたいはずだろう。


「それはこっちも同じよ。とりあえず文系のテストがひと段落したら、あたしも成田君にもう一度会ってみるから。彼にあたしのこと吸血鬼だとか、変な嘘つかないでおいてよね」


「あいつだって信じないよ、君が吸血鬼だなんて」


 うーん、なんでだろう。怪物じゃないって言われているのに、褒められている気がしないのは。あたしはその疑問を後で片付けることに決め、自分自身と本多君を元気づけるように言った。


「ま、お互いに会って話せばわかることだし!さっさと誤解解いて、テスト頑張ろう!」


「……君ってほんと単純だよな」


「あのねえ、それ褒め言葉じゃないからね」


 今回は見逃すまいとあたしが釘を刺すと、本多君はそこでふう、と息を吐いた。


「まあでも、一人で考え込んでいるより行動しないとわからないこともあるよな。バスケだって、シュミレーションと試合は別もんだし」


 と、ようやく本多君があたしの意見を受け入れたかのようにボソッと呟いたので、思わず「そうそう!」と明るく彼を後押しした。


 本多君はそんなあたしを見て、なんとなく呆れたような、半ば羨ましそうな表情を浮かべる。


「はあ……俺も君みたいに真っ直ぐだったら、バスケとか吸血鬼とか、それから家のことにだって悩まされないのにな」


「え?」


「いや、何でもない」


 彼はそこでふっと体の向きを変えて、切り替えるように言った。


「じゃ、俺テスト勉強するから帰るよ。そんで、まあ、ひと段落したら、その東城ってやつが本当に悪いやつなのか、この目で見てやる。真田さんも頑張れ」


 そう言った本多君は、声にこそ元気がないものの、何となく前よりも「真っ直ぐ」な感じがした。少なくとも、体を縮めてあたしにビクビクしていた先ほどに比べれば、幾分かその肩が大きく見える。


 校門に向かって歩いていくその後ろ姿を見送りながら、あたしは、「テスト勉強ね……」と苦い声で呟いた。


 そういえば、今日は探偵事務所の営業はお休みにして東城が世界史を教えてくれる約束だった。わざわざ時間を割いてあたしの面倒を見てくれるとは、彼にしては珍しいこともあるものだ。


 もしかして、もしかしたら、今回ばかりはあたしも世界史で良い点を取っちゃうかもしれない。そしてあわよくば学年で上位に入っちゃったりして……。とあらぬ期待を抱いてにやけていたあたしは、辺りに響きわたった下校のチャイムに一瞬驚いて飛び上がりながらも、キャッスル・ブランに向かって足を急がせた。

次回、30. インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア


 トム・◯ルーズでもブ◯ピでもないが......そう、東城聖だって、歴史をみてきた吸血鬼である。



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