26. 監禁されし者のSOS
「着信 東城 聖」
あたしはそれを見た瞬間に、思わずLINEの着信画面を手で覆い、
「ご、ごめん、バイト先からだ!ちょっと外すね」
と冷や汗を隠しながら席を立った。
彼らが東城の……「レオン・クリストファー・ヴラド・ドゥラクル」の別名を知っているかどうかはわからなかったが、なんて言ったってオカルト同好会の会員達である、彼らのその筋の情報量を侮ってはならない。
そして、あたしがその他でもない、同好会最大の論争の種である「血液探偵事務所」の助手であることがバレるのは時間の問題かもしれなかったが、今は絶対にいいタイミングではない。
段々と圧をかけてくるように鳴り続ける着信音にとりあえず答えるため、部室を出て通話画面をスライドする。
「も、もしもし」
あたしは、後ろ手でドアを閉めながら小声で伺った。
「……今、どこにいる?」
東城の何やら重たいような、静かに苛立ちを隠しているような声が聞こえてきた。この口調からして、彼が不機嫌であることに違いはない。
何やらまた面倒なことが起こりそうな気配だったが、いつものように開口一発「どこどこに来い」と命令せず、まず私の居場所を聞いてくるとは、なんだか珍しい。
「ど、どこって、学校よ。まだ授業中…」
「……今から本多家に来てくれないか、頼む」
た、たのむ?あたしは思わず心の中で繰り返した。内容はいつものように無理矢理だが、東城が今まであたしに「頼む」なんてお願いしたことなんてあっただろうか?
それに、いつもの自信ありげな口調ではなく、どことなく疲弊しているようにも聞こえる。
「屋敷から出られないんだ」
あたしはそこでなんとなく彼の疲弊の理由を理解した。
そうだ、東城は今、本多夫人の屋敷に捜査に行っているのだ。カフェのほうは臨時休業しているのだろうか?
「えっとー、それって場の雰囲気的に出られる感じじゃないってこと?」
とあたしが確認すると、東城は吐き捨てるように言った。
「僕が場の雰囲気を気にして留まると思うのか?物理的に決まっているだろう」
え?物理的に?
本多夫人が前回事務所に来た時から急に東城に熱っぽい視線を送るようになっていたことを思い出す。まさか、家に東城を誘いこんだ挙句……
「ま、待って、まさか本多夫人に迫られて監禁されてるの?」
あたしはその状況にゾッとしながらも、同好会の部室から少し離れた廊下で思わず小声で叫んでしまった。
「監禁……といえば監禁だな。だが、監禁してるのは夫人じゃない」
「え?」
「正確に言えば、本多将良のひいお爺さんだ」
「は?」
あたしはその状況をうまく頭の中で想像できずに、またもやすっとんきょうな声を出してしまう。
本多将良のひいお爺さん(本多君が高校生なんだから、おそらくかなりの歳を召しているだろう)が東城を本多家に監禁?一体なんの目的で?それに、東城ともあろう男が、一介の老人によって拘束されているとはいまいち信じ難い。
「ひ、ひいお爺さんに監禁されてるって、本当に社交的な問題じゃなくて?」
あたしは念の為に確認したけど、東城は声を押し殺しながら早口に言った。
「ああ。屋敷のドアノブに手をかけた瞬間、特殊な結界が反応したんだ、衝撃波のようなもので今も右手が動かない。もう一度ドアに手を伸ばしたら今度は手が溶けるだろうな」
「え?ちょ、ちょっと待って、結界?」
毎度のように、東城の話は読めない。全く、東城とのコミュニケーションには絶対に腕のいい通訳が必要だ。不機嫌になると物事を説明するのがひどく億劫になるっぽいし。
彼は鋭いため息をついてから私に説明したが、そこには同時に自戒の念も滲んでいるように聞こえる。
「この屋敷に入った瞬間妙な気はしていたが、もっと先に勘づいておくべきだった。まあ、気づいたところで対処の方法は少ないが......。
本多家がとっくに衰退した吸血鬼ハンターの末裔であることは今朝わかったことだ。が、まさか今は亡き本多将良のひい爺さん、本多継嗣が屋敷にこんなトリックを仕掛けていたとはな。どうやら彼がこの家系最後の優秀な吸血鬼ハンターだったようだ、その結界術が今も効いているところを見ると」
「き、吸血鬼ハンター、ですか」
さっきオカルト同好会の話し合いの中で聞いた単語が東城によってまた繰り返される。どうやらやはり実在するらしい。しかも、まさか本多君の家が吸血鬼ハンターの家系?
「まあ、今となってはハンターは絶滅危惧種のようなものだ。時代順応性に優れている吸血鬼に比べてハンターは人間だし、このご時世にそんなスキルを持っていても食っていけないだろ」
まあ、それはそうだ。「資格;吸血鬼ハント検定二級」なんて履歴書に書いたら即不採用だろう。
でも、その数少ない、本多家最後の吸血鬼ハンターが、今や存命ではないとはいえ、なんとも見事に「吸血鬼界の王子」を自身の屋敷で生捕りすることに成功しているのだ。吸血鬼界でも最強の一人と言われる、あの「レオン様」を。
あたしは東城の状況も忘れて、少しの間感心してしまった。だって、あたしの知る限り東城は無敵でいつも余裕綽々なのに、こうやってあたしに助けを求めるように電話をよこさせるまで追い詰めるなんて、きっとそのひいお爺さんは只者ではないだろう。
「とにかく今は説明している余裕はない。とりあえず本多家に来てくれないか。あのドアは人間なら開けられる」
「それなら、本多夫人に言って扉を開けて貰えば……」
と私が提案するや否や、鋭いため息で遮られる。
「わかっているだろう、彼女が僕を帰してくれるのはいつになるかわからない」
彼が押し殺したように言った側から、
「ねえ、探偵さあーん、ずいぶん長い間洗面所をお使いですけど、大丈夫かしら?」
と、妙に浮ついた夫人の声が電話向こうから聞こえる。これは東城にとっては確かに地獄のような状況だ。ただでさえ、あの夫人の相手は彼の得意とするところではないし、例え彼がどれほど交渉に長けているとはいえ、「相手に乗って紳士的に接する」というのは「脅す」に比べれば彼の専門外だ。
邸から出られないことを夫人に勘違いされれば、それこそ何をされるかわからない。まあ、夫人だって仮にも既婚者なわけだし、そんなに大胆なことはしないはずだが……
「一花、頼む」
と、東城が絞り出すような声で言う。———ここまで切羽詰まった東城は初めて見るような気がした。
仕方ない。この真田一花様が救世主となって囚われの「王子様」を助けに行くとするか。
全く、東城聖を恐れてオカルト同好会にわざわざS・O・Sを出しているその本多君本人の屋敷で、東城が逆にS・O・Sを出しているなんて、これほど皮肉な状況もない。
でも、誰が最終的に一番危ない状況にいて、誰が一番助けを必要としているのか、その時のあたしはこれっぽちもわかっていなかった。
S O Sというのは、出したときにはもうすでに遅いかもしれないということを、あたしは前回の事件からもっと学んでおくべきだずだったのだ。
次回、 27. 救出劇
東城からのSOSを受け、現場に向かう一花。しかしそこで待ち受けていたのは、世にも恐ろしいカオスの連鎖—————果たしてこの救出劇、成功するのか!?




