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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
SOS

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25. 狙われし者のSOS



 丸山さんはどうやら徹也にあたしの居場所を聞いて図書館にやってきたようだ。そして彼女の言う「緊急会議その2」は、その1よりも緊急性が増しているらしかった。


 そんなことを聞きながら小走りに廊下を抜けて部室へ到着すると、もう他の会員はお決まりの席に座って、それぞれに神妙な顔をしていた。


 そして、真ん中に置かれた机の上には、なんと盗まれたはずの「吸血鬼徹底解剖」と、小型のU S Bメモリが差し込まれた近藤君のパソコンが。


「え、これって……」


 あたしは思わず、その中世時代に描かれたような、歪な吸血鬼が表紙を飾る本を手に取る。


「はい。盗まれたわたしの愛書です————でも、ただ返されたわけではないんです」


 と、桑田さんが低い声で言い、あたしは眉を寄せる。どういうことか聞き返そうとすると、手元の本から、小さな紙切れがひらひらと落ちてきた。どうやら表紙の裏に挟まっていたらしい。不思議に思い、拾いながら読み上げると————


「S O S 助けてくれ」


 あたしは会員のみんなと顔を見合わせた。みんなはもうこのメッセージを読んでいたのか、意見を伺うように見つめ返す。


「これって、本多君が盗んだものを自分で返しに来たってことよね?で、逆に今度は本多君が助けを求めてるってこと?」


「そ、そ、そうですね。ぼ、僕が昼休みにこの部室に来た時には、こ、これが、も、もう机の上にありました。た、たぶん午前中に、本多君が来て置いて行ったのではないかと……」


 細谷会長が困惑したような顔で答える。


「これって本多君の筆跡で間違いない?」


 あたしが確認すると、桑田さんがすかさず


「はい。本多将良の筆跡はこの同好会にいた頃から見てきましたから」と答える。


 一昨日のバスケの試合以来、あたしは本田君の姿を見ていなかった。昨日は授業が終わってすぐ、彼ともう一度話をするためにクラスを訪ねてみたが、「本多はもう帰ったよ」と言われて会えなかったのだ。


 本多君に初めて会った一昨日、彼は確かに少し警戒していたようだった。でも、それはあたしがオカルト同好会会員として近づいたからであって、それまで普通にバスケの試合も頑張ってた。


 学校で危険な状態に陥るとはあまり思えないし、マッチョで運動神経の良い本多君ならもし襲われても反撃できそうだ。それに、家の会社経営があまりよくない状況だとしても、今すぐどうにかなるわけでもないし、家関係のことであれば本多夫人も昨日の時点でもっと焦っているはず。


「ふーむ。でも、わざわざ間接的にS・O・Sを出すってことは、誰か感づきやすい奴に狙われてるってことよね?それに、柔道部や空手部に助けを求めるならわかるんだけど、なんでまたオカルト同好会に?」


 あたしが少し冗談めかして言うと、桑田さんから意外な返答が素早く飛んできた。


「吸血鬼です」


「へ?」


 どきっとして彼女を振り返る。でも桑田さんは冗談を言っているようでもなく、吸血鬼が当たり前に存在することを前提として話すように、至って真面目な顔で続ける。


「本多君が恐れているもの、本多君を狙ってるのは吸血鬼です。真田さん、その本の中を見てください」


 内心ドギマギしながらも、言われるように本のページをパラパラめくると、ある文章に赤線が引かれてあったり、単語にマークがつけられていた。


「このマークは本多将良によるものです。盗まれる前はありませんでしたから」


 桑田さんが付け加える横で、マークされた箇所を読んでみる。


“吸血鬼の苦手なものは、太陽、ニンニク、聖水、十字架”


“吸血鬼は人間の食べ物を一切食べず、人間の血によってその不死の体を維持する”


“吸血鬼は、木の杭で心臓を打ち抜かれない限り死なない”


 ————まあ、どれも吸血鬼の特徴や実態を説明したものばかりだ。東城にニンニクや聖水などを試したことはないが、他はかなり正確だ。


「えっと、これって本多君が、吸血鬼が実在するって間接的に訴えてるってこと?」


 極めて一般的な見解から ———吸血鬼の存在を知る前のあたしの見解から————事態の確認をしようとすると、丸山さんが、「真田さん」と低い声で呟いた。


「本多将良は、よく吸血鬼を中心に研究してました」


「え?そうなの?」


「本多将良がバスケ部と兼部してまでこの同好会に入ったことに何か意図があるとすれば……それは吸血鬼から身を守るためだったのかもしれません」


 丸山さんがわざとらしく顎に手を当てながら、妙に深妙な顔をして言った。この間の推理から始まり、今はこの探偵っぽいキャラクターにハマっているらしい。


「そして、極め付けはこのデータです」


 普段あまり喋らない近藤君が、早口で言い、机の上にU S Bのささった彼のパソコンを思い出す。まさか、これも「マーク付きで」返ってきたというのだろうか?


「ここに、『要調査・危険人物 吸血鬼?』と題されたファイルがあります。これは盗まれた当時にはなかったものなので、この中に本多将良が恐れている吸血鬼に関しての決定的証拠がある可能性が高いです。事前にウイルス検知システムを通しましたが、これは普通の画像ファイルのようです」


「え、こ、これ、開けてみたの?」


「いえ、真田先輩が来てからみんなで開けようと言う話になったので」


 どうやらこの決定的瞬間をみんなで共有するためにあたしを待っていてくれたらしい。オカルト同好会は意外と団結力があって仲間意識が高い、と言うのは最近わかったことである。


「では、開けますよ」


 近藤君が言い、みんなは静かに頷いてパソコンの画面を見張った。


 あたしはごくりと息を呑む。これで本多君を狙っている吸血鬼がわかったなら、話は早い。あとは東城に報告して、彼がこの前みたいに縛り上げてくれれば事件は解決……


 が、あたしはそこで目に入ってきた画像に映った人物を見て、思わず盛大にズッコケそうになった。


 もちろんここでズッコケれば、みんなに怪しまれるので寸でのところで自分を止める。


 ファイルに収められた写真は全て本多家の監視カメラの画像らしく、そこには確かに闇夜に紛れた一人の吸血鬼の横顔が映っていた。


 いつもカフェにいる時のような白いシャツではなく、黒いコートに身を包み、あたりを見回っている様子。写真は数枚あり、その中の一つは監視カメラのほうをまっすぐに睨んでいるような写真もある。右上に記された日付を見ると、一昨日の午後九時あたりで、それはちょうど彼が一人で偵察に行っていた時間と一致する。


 まあ、確かに東城の睨みは恐ろしいが、それはたいてい悪人、あるいは「阿呆で野蛮な吸血鬼」に対して向けられるものであって、東城自体は悪人のように見えて実はそうでないことをあたしは知っていた。


「こ、これは……」


 細田会長が小さく声を漏らしたのに対して、すかさず答えるように言ったのは、丸山さんだった。


「レオン・クリストファー・ヴラド・ドゥラクルですね」


「レオン・クリストファー・ヴラド・ドゥラクル?」


 あたしは思わず、その妙な長い名前を上ずった声で繰り返す。


「またの名をヴラド4世です」


 と、例によって顎に手を当てながらかなり自信ありげに答える丸山さんを、あたしは数秒見つめてしまった。ちょ、ちょっと待って、丸山さん、もしかして東城のこと知ってるの?


「えっと、こ、ここに映ってる人物が、そのレオン・なんちゃらかんちゃら・4世ってこと?」


 至って何も事情を知らないふりをして聞き返すと、丸山さんは頷く。


「はい、まだ齢四百年ほどですが、極めて強力な純吸血鬼で、吸血鬼界の王、ヴラド・ツェペシュ・ドゥラクル3世の実の息子です。日本にいることは知っていましたが、まさかこんな身近にいたとは……」


「じゅ、純吸血鬼?吸血鬼界の王?」


 初めて聞く単語に戸惑いながらも、丸山さんの情報量とその正確さに驚きを隠せない。


 彼の年齢やヴラド3世の息子であることは知っていたが、東城は自分から喋るほうでもなければ、質問を歓迎することもないので、あたしはほとんど彼のバックグラウンドを知らない。


 それなのに、さすがと言うべきか、やはりと言うべきか、オカルト同好会は東城のことに関してはすでに調査済みだったらしい。


「純吸血鬼は、人間から転生した吸血鬼ではない、吸血鬼と吸血鬼の間に生まれた純粋な血統の者。そして、近代吸血鬼の祖とも言われるヴラド・ツェペシュ・ドゥラクルは、強い権力によって現代の吸血鬼界を支配していると言われています」


 と、滑らかな口調で説明したのは、丸山さんではなく桑田さんの方だった。


「が、彼らが人間に友好的かはわかりません。ヴラド四世は、吸血鬼界の次代の王と言われ、その力は未知数。そんな吸血鬼が本多君を狙っているのならばいち早く行動しなければいけませんね」


 と丸山さんが厳しい声で言ったのに対し、桑田さんはなぜかそこにつっかかるように腕を組んで対抗した。


「いえ。私はヴラド四世、レオン・クリストファー・ヴラド・ドゥラクルは危険ではないと思います。彼は善の心を持った吸血鬼なのです」


「桑田さん……」


 と丸山さんがそこで鋭くため息をついてから、桑田さんを見据えて言った。


「また、血液探偵事務所のことですか?」


 その言葉が出てきた瞬間、あたしはドキッとして、手汗が滲み出るのを感じる。


「はい、前にお伝えした通り、血液探偵事務所はヴラド四世が創設した、吸血鬼の悪行を取り締まる保安・対策機関です。なので、彼は『こちら側』かと」


 桑田さんは、腕を組んだままツンとした態度で言った。いつもは裏で呪いをかけるようなタイプなのに、こんなふうに正面から挑むなんて、珍しい。


「いえ、血液探偵事務所は、まさにそのような幻想を抱く人々をカモにして騙し、人間の生き血を搾取するためのドゥラクル家の極悪たる画策であり、世界支配の目論見の一部です」


 と、確固として丸山さんが対抗するので、細谷会長が2人を宥めるように仲裁に入る。


「け、血液探偵事務所は、た、単なる、都市伝説ですよ……お、お二方、」


 自分が今まさに助手をしている探偵事務所を都市伝説呼ばわりされ、妙な気持ちになりながらも、いや、むしろいろんな意味で都市伝説であって欲しいと思い始める。


「血液探偵事務所は証拠に裏付けられた都市伝説です、細谷会長。現に、吸血鬼界の王子レオン様がここにいるのですから!」


 と、桑田さんが丁寧に指を揃えてビシッと画面を指した。ん?レオン様?


「桑田さんはヴラド四世のファンなんです、なので血液探偵事務所を危険視する丸山さんとはいつも意見が合わないのです」


 あたしの困惑した顔を見たのか、隣にいた近藤君がぼそっと耳打ちしてくる。


 ああ、そういうこと……桑田さんはいわゆるあの女子大生グループのような「東城ファン」でも、丸山さんは違うのだろう。


 まったく……。あたしに言わせれば、東城の実像に一番近い見解を持っているのは(多少の誤解はあれども)「要調査・危険人物」と見事に彼を形容した本多君である。桑田さんは美化しすぎているし、丸山さんのイメージはなんだか行き過ぎているし。


「前にも、こんなことあったの?」とあたしはこそっと近藤君に聞く。


「はい。前に大喧嘩に発展したので、それ以来このワードはオカルト同好会内ではタブーになってまして。丸山さんは正義感が強いので吸血鬼はみんな悪と見なしてますし、対する桑田さんは吸血鬼マニアなので、ヴラド四世は吸血鬼界の王子だなんだとか言ってスクラップブックを作るくらいですから」


 す、スクラップブック……。それじゃまるでアイドルじゃない。


「で、近藤君はどう思うの?」


「いえ、僕はUFOと宇宙人専門なので吸血鬼は興味ありませんね」


 さらっと答える近藤君をみて、どうやらオカルトの中でも、それぞれ専門のフィールドが分かれていると察する。


「そう言いますが桑田さん、ブラド四世に会ったことなんてないんですよね?彼が善人かどうかどうやってわかるというんですか」


 丸山さんがなおも厳しい口調で桑田さんにつっかかる。


「はい、でも探偵事務所にまつわる考察を読めば、彼は悪い吸血鬼を狩る心優しい吸血鬼だということが見てとれます」


「じゃ、吸血鬼ハンターの存在をどう説明するんですか?」


「吸血鬼ハンター?」


 あたしはまたもやそこで変な声を出してしまう。吸血鬼がいれば吸血鬼ハンターがいる……まさかこの現実にもそれが当てはまるとは。


「名前の通り、吸血鬼を狩る者のことです」


 と丸山さんがいささか面倒臭そうにあたしに説明してくれる。


 ということは、東城は吸血鬼の吸血鬼ハンターとなるのだろうか?仲間を成敗する役目なんて、かなり葛藤が描けそうな主人公像だ、とあたしは勝手に東城を悲劇の物語の主人公にしようとしてみたが、「まともな吸血鬼」とそれ以外を「阿呆で野蛮な吸血鬼」とバッサリ切り捨てていた東城を思い出し、早々に辞める。


「レオン様は吸血鬼ハンターなどではありません。あくまで吸血鬼界の王子であり、その世界の治安維持に当たっているだけです!」


 折れずに主張する桑田さんも、両手を握りしめて段々と熱を上げている。その永遠に終わらなそうなオタク決戦に半ば絶望していると、珍しく細谷会長が会長らしさを見せて場を整理した。


「ふ、ふ、二人とも、い、今は本多君のことを、だ、第一に考えましょう。こ、この吸血鬼が、善人か、悪人か確かめるためにも、ほ、本多君を守るためにも、みんなで一度、このヴラド4世さんに…あ、会いにいけば……」


「えっ??」

 みんなで会いに行く?


「そうですね、そうすれば彼の疑いも晴れることですし、なんと言っても、伝説とまで言われる彼に直接会えるかもしれない、またとない機会ですから」


 と、桑田さんはぱっと顔を高揚させて言い、


「この際、はっきりさせましょう。そして、彼の極悪非道な素性を露わにし、あの悪魔の申し子をこの手で成敗してやるとしましょう!」


 と丸山さんはなぜか興奮したように意気揚々と言い、


「でもどうやって彼に会いましょうか、これは監視カメラの画像らしいですが、本多君の家のものっぽいですね。一度本多君に会ってこの吸血鬼に関する詳細を聞き出した方が手っ取り早いかと」


 と近藤君はすっと眼鏡を指で上げながらも、早くも算段を立てている。


「ちょ、ちょっと待った」


 みんなが早々に次の行動に取り掛かる前に、あたしは慌てて口を開いた。と、彼らが一斉にこちらを振り返るので、ドキッとしながらも苦笑いを浮かべる。


「あ、あのう……みんなで会うのはどうかなって」


 オカルト同好会総員で東城に詰め寄るなんて想像しただけでもカオスだ。それに、実際に東城は事件の犯人でも、本多君が恐れるべき吸血鬼でもない。


 これはひとえに本多君の誤解であり、まずはこの誤解を解いて本多君に安全を知らせる方が先だ—————


「も、もし彼が超強い極悪吸血鬼だったら、みんなで真っ向から向かって行くのは危険じゃない?私たちにとって安全である昼間に向かっていっても正体は現してくれないだろうし、逆に夜、人気のないところで行けばこっちが危険になるし」


 当たり障りのない理由を言うと、みんなはなんとなく驚いたようにあたしを見つめた。


「それは一理ありますね。真田さん、まるで吸血鬼専門家のようです」


 丸山さんの言葉に、なんとも言えない気持ちになりながらもあたしは続ける。


「そ、それに、仮にもし彼が善良であるとしたら、本多君を狙っていると言うのは誤解になる。実際にこの吸血鬼が本多君を襲ったわけでないなら、最初から悪と決めつけてかかるのも、そのー、余計な面倒を起こしかねないでしょ?

 だから、まずは本多君に詳しく事情調査をするのが先だと思うけど。ほら、純吸血鬼ほどの力を持ってるとしたら、こっちも慎重に行かないと……とか、思ったりして?」


「正論ですね。さすが、我が同好会の救世主、選ばれし勇者」


 と丸山さんが言うと、他のみんなも揃って尊敬の目を私に向ける。


 あたしが「はは…」と微妙な笑いを返しながら、内心胸を撫で下ろした矢先、突然ラインの着信音がけたたましく鳴ってあたしは飛び上がってしまった。


 こ、この絶妙なタイミング、まさか……と嫌な予感が頭をよぎったのも束の間、スマホの着信画面にはつい最近登録したばかりの名前が踊っている。


「着信 東城 聖」







次回、26. 監禁されし者のSOS


 東城からの着信は、いつも「命令、あるいは命令」であるが、どうやら今回は様子が違うようだ————

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