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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
盗まれた指輪

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22/38

22. 成田夫人



 その夜、再び成田夫人がやってきた。カフェの営業終了を待つか待たないかのうちに勢いよくバンッとそのドアを開けて、(この時も鐘は3回以上鳴らされたし、なんなら外れてしまうんじゃないかと心配したほどだ)いきなりずかずかと中に入ってきたのだ。


 しかも前回来たときと全く同じ格好で、毛皮に緑の鮮やかなコート、ご自慢の真珠つきバッグといった出で立ち。


「……いらっしゃいませ」


 東城は夫人の突然の来訪を予想していなかったのか、皿を洗う手を止めて少し遅れてそう言ったが、「血液探偵事務所」のサインを出す暇もなく、夫人は自らどかっと席に座っていきなり喚き始めた。


「金の指輪はどこですの!もう心当たりは見つかったのざますわよね?」


 夫人がそこでキッとあたしを睨んだので、あたしは慌てて助けを求めるように東城を見る。……東城は昨日一人で出かけていったけど、何か手がかりは掴めたんだろうか。


「夫人の指輪は……」


 東城は言いながら洗い物をしていた手を拭いてカウンターの奥から出てきた。


「何処にあるかは、まだはっきりわかりません。ですが、あれが意図的に盗まれたのは確かでしょう。その犯人の目星もうっすらとついています」


「えっ」


 あたしと夫人の声が同時に重なった。なぜか、無理難題を平気で押し付けていた本人すら東城の仕事の早さに驚いているようだ。


「じゃあ、は、犯人は……」


 夫人は目を見開いて東城に尋ねる。まさか昨日の捜索でもう犯人が見つかったっていうの?


「可能性のある人物が何人かいます。でもこの話を始める前に一つ確認したいことがあるのですが……。よろしいでしょうかマダム?」


 東城はすっと椅子を引いて夫人の向かいに座り、机の上で両手を組んだ。夫人は「ええ、早く言ってくださいまし!」と身を乗り出すが、東城は暴れ牛をかわす闘牛士よろしく冷静に口を開いた。


「では成田夫人、いえ……本多佳代さんと言った方がよろしいでしょうか。あなたの本名ですので」


「え……」


 一瞬、沈黙が流れた。成田夫人———いや、それは偽名だったということだろうか————本多夫人を見ると、彼女はまるで凍り付いたように東城を見つめていた。


 どういうこと?なぜわざわざ名を偽って……?それにしても、「本多」と「成田」なんて、あのバスケ部の二人を思い出させる苗字だ。


「それとも、まだ成田という名前のほうがよろしいでしょうか?」


 東城が意味ありげに言うと、夫人は段々と顔に血の気を戻していき、それから屈辱と怒りが入り交じった声で吐き捨てるように言った。


「なんとでもお呼び!でも私が高貴な夫人だということに変わりはないざますわよ!」


「ええ、存じております。夫人、真に勝手ながらあなたの住所や本多家についても調べさせてもらいました。そうでもしないと指輪の在処なんて永遠にわかりませんから。でもどうか冷静に僕の説明を聞いていただけますか?」


 冷静に、と言われたにも関わらず、夫人は東城の言葉を聞いて見る見るうちに震えだした。彼女が右手に持っている真珠つきのバックは今にもちぎれそうなほどに力が加えられる。


「全部……知りましたのね」


 本多夫人は掠れた低い声でそう言ったかと思うと、今度はヤケになったように高笑いをし始めた。


「さすが探偵さんざますわね!」


 本多夫人はがたっと席を立って東城を見下ろしながら捲し立てる。


「頼んでもないのにどうやって調べ上げたのか怖いざますわ。でも、これでわかったのでしょう?私がこの世で一番可哀想な女だって言う事。あんたも探偵さんなら、指輪の犯人をさっさと探してちょうだいよ!まさかあの成田財閥が盗んだなんて言うんじゃないでしょうねえ?」


「残念ながら、その可能性が高いかもしれません」


 東城の言葉を聞くと、夫人は店中のグラスが割れるんじゃないかと思うほどの金切り声を上げた。


「あああ、何てことざますの!」


 それから夫人はどすんと床に座り込んで顔を伏せる。まるで暴れていたクマが猟師に打たれて死んだみたいな静けさだ。


「えっとー……」


 夫人が気絶?している横で、あたしは思い切って口を開いてみた。


「毎度のように話がよく読めないんだけど、どういうことなの?成田財閥って……夫人とはどういう関係?」


 東城に尋ねたつもりだったが、その時夫人がいきなり息を吹き返したように起き上がり、あたしに向かって喚いた。


「黙らっしゃいそこの小娘!成田財閥は有名な資産家ざますわよ!あの家はあちこちの大手企業と手を組んで、儲けたお金で周りの小さな会社を次々に取り込んでるんでございますわ!あのいやらしい成金、今では誰も成田財閥に歯が立たないんざますわ!」


「でも、あなたの夫の本多吉継さんまとめる本多企業だって大きな会社です。各方面からの信頼もある」


 東城がなだめるように言ったが、本多夫人は彼を鋭く睨む。


「そんなのただの気休めざますわ!うちだってかつては張り合えたけど、今じゃ成田財閥に飲み込まれる寸前!おまけにあの馬鹿夫がギャンブルで大損して、借金まみれ、情けないったらありゃしない!これで家宝の指輪ちゃんも盗まれたと周りが知れば、もう本多の名前なんて面汚しもいいところざます!周りに笑われるような本多の名を名乗らなくちゃいけないなんて、ああ可哀想なわたくし!」


 夫人は言いながらも目を潤ませ、次にはヒステリックな大声で泣き出していた。ああ、これじゃあとんだ近所迷惑だ、とあたしは耳を押さえながらも気が気でない。


 まあ要するに、この夫人は本多企業というそこそこ大きな会社をしきる社長夫人だったが、それより大きな財力を持つ成田財閥に呑み込まれそうになった。そんな折に大事な指輪を紛失した夫人は変な見栄かプライドからか、相手財閥の名前である成田を名乗ってこの探偵事務所にやってきたというわけ。


 でも、東城の考えだと指輪を盗んだのは成田財閥ってこと?ギャンブルで勝って借金まで負わせた相手に、さらに追い打ちをかけるように指輪を盗むなんて。お金に余裕があるなら、買い取ったりできそうなものだけど。


 ようやく夫人の泣き喚く声が収まり始めると、東城はすかさず、そっと彼女の背中に手を置いて優しく声を掛けた。


「夫人、あなたの私情を調べさせてもらったことは謝罪いたします。でもどれも、ただ貴方を助けたいという気持ちがあってのことです。安心してください、僕はあなたの味方ですから。盗まれたものを取り返すために、出来うる限り協力致します」


 あたしはそんな東城の態度を見て思わず目を丸くする。優しい嘘含め、今まで見た事のない物腰の柔らかさだ。普段あんなに無愛想で冷たい東城が、まさかこんな「親切好青年モード」を隠し持っていたなんて。


「あたしの味方ですって……?」


 夫人は涙ぐんだ目で子供のように東城を見上げた。彼は「ええ、勿論」と紳士的な笑みで頷く。それを見ると夫人は魔法にかけられたように体を起こし、どことなく熱っぽい視線で東城を見つめ始める。


「あら……あなたってばよく見るとすごく素敵な顔してるじゃない?いいざますわよ探偵さん。私、あなたの言う通りになあんでもしますわ」


 あたしはそれを見て、思わず宙を仰ぎたくなった。どうやら東城の巧妙なモードチェンジによって、彼の言う通りに動く人物が一人増えたというわけだ。


 東城は「ありがとうございます」と天使のような微笑みを返す。ありえない。あんな笑顔見た事がない。


 夫人は美青年に優しくされてすっかり調子に乗っているのか、つい数秒前まで泣き叫んでいたことなんてけろりと忘れて


「んふふ。じゃあね探偵さん。ご連絡待ってるざますわ。来たいときはいつでも家に遊びにいらっしゃって。今度はあなたのお名前も教えてちょうだい、いいわね?では、御機嫌よう」


 と言って謎の恐ろしい投げキッスをしたかと思うと、静かにドアを閉じた。嵐が去った後の静けさにほっと胸をなで下ろしながら、東城を見る。


 彼は天使の笑顔を貼付けたままだったが、その上半身はまるで何かを避けたみたいに不自然に右に傾いていた……今の投げキッスを全身で受け止めないための闘牛士スキルなのかも。


「そういうことで、本多夫人の指輪探しはこれからだ」


 切り替えるように言った彼の顔からはすでに天使の笑顔はぬぐい去られていた。


「残念ながら、夫人がなぜこの事務所を知っていたかという謎はわかっていない。さっきは直接夫人に聞くチャンスだったんだが」


「……でも次回会うときにはきっと教えてくれるでしょ?東城の言う事は何でも聞くなんて言ってたんだから」


「素直に教えてくれればいいが」


 夫人がめちゃくちゃにしたテーブルや椅子を元の位置に戻しながら言う東城に、あたしは聞く。


「でも、指輪を盗んだ犯人は、やっぱり成田財閥の人間なの?」


「ああ。でも成田グループといっても範囲が広すぎる。それに昨日本多家を偵察しに行ったが、夫人の言う通りあそこはセキュリティに抜かりがなかった。外から侵入して一夜のうちに部屋も乱さず鏡台の中の指輪だけ盗むなんて無理に近い。なら、指輪は中から盗まれたと考えるほうが現実的だ」


「中から盗まれた?」


「つまり家の者が、例えば夫人の部屋や行動を熟知している者が盗める確立が高い」


「ああ、そういうこと!」


「本多家で働いている使用人が財産を盗み逃げしようと裏切りを企んだか、あるいは成田側の人間が本多家に下働きとして潜入していたかだ。まあそれは夫人の家を尋ねた時に詳しく家の中を捜索するとして、それから一花……」


 東城はそこですっと人差し指を立てて片方の眉を下げた。こういう仕草をする時、彼は頭の切れる英国紳士、シャーロック・ホームズのように見えなくもない。


「君の学校の同じ学年に、本多将良という男子生徒はいないか?」


「いる、いるわよ」

 あたしは成田夫人が本名を明かした時からずっと東城に言いたかったことを口にした。


「前に話したオカルト同好会のデータと本を盗んだ犯人、それが本多将良なの。バスケ部に所属してるマッチョマンなんだけど、やっぱり本多夫人の息子なのね?」


 あたしが言うと、東城はさっきよりも慎重な顔になって尋ねた。


「なら『吸血鬼徹底解剖』とやらを盗んだ犯人が本多将良ということか?彼が犯人だという証拠は?」


「オカルト同好会の子が証人だわ。本がなくなった日、部室しかない廊下で彼とすれ違ったって」


「やっぱり本多家と吸血鬼が何か関わっている可能性が高いな。夫人よりも息子のほうが何か知っていそうだ。学校でそいつと話したことは?」


「それが、彼少し変なのよね。あたしがオカルト同好会代表として彼に詮索を入れた時、どうも本多君はオカルトが好きで入ったというよりは渋々会員になったみたいで」


「……ちなみにそのオカルト同好会のデータの中にはかなり重要な情報が詰まっているのか?」


「あたしにはそうは見えないけど」と苦笑いする。まあこんなこと言うとUFOの決定的瞬間を収めた彼らに呪われそうだけど。


「とにかく盗まれたものは取り返すのみだ。犯人がわかっているなら話は早い」


「えっまさかこないだのチンピラみたいに本多君を脅して奪い返すわけ?」


 一気に不安になって言うと、東城は呆れたようにため息をついた。


「今回はそう単純にはいかないだろ」


「相手がマッチョだから?」


「違う、盗んだ理由がはっきりわからないからだ」


 と、東城は呆れて訂正した後、何もわからない子供に言い聞かせるように言った。


「いいか一花、学校ではごく普通に彼と接し、くれぐれも探偵助手と悟られないよう、夫人のことも口にしないこと。それからもう一つ。成田財閥を調べたところ、興味深い事にそこの御曹司も君と本多将良と同じ学校に在籍している。彼と会った事は?」


「やっぱり成田君、財閥の息子だったのね!あるわよ、彼もバスケ部で本多君とは仲良さそうだったけど」


 あたしが言うと東城は思慮深げに眼を細める。


「本多と成田の息子同士は仲がいいか……、要調査だな。一花、学校でその二人の様子を監視しておけ。もちろん一ミリも怪しまれないようにだ」


 と、東城はまた無理難題を平気で押し付けた。たまにはあたしにも命令調ではなく、せめて「お願い」してほしいものだ。それに彼らを監視するなんてなんとなく気が引ける———成田君とは勉強会の約束をしたばかりなのに。親のいざこざに巻き込まれる子供の立場を考えると、何だか気の毒でもある。


「怪しまれないように監視ね。テスト勉強と同時に遂行なんて、とってもお易い御用です」


 皮肉を込めて返事すると、東城はわざとらしく眉を上げた。


「へえ、君にとってノートと教科書は心地いい枕なのだと思っていたが」


 どうやら昨日あたしがここで爆睡していたことを逆手に取っているらしい。これについては何も言えない。教科書を開くと途端に眠気が襲ってくるのは事実だ。


「こ、今度のはほんとに真面目なの!」と反論しても説得力に欠けている。すると東城は最後のトドメという感じで、さらっと探偵の規則を述べ上げた。


「とにかく助手はいかなる時でも探偵の命令に従わなくてはならない。探偵の心得8だ」


 心得というよりは恐怖の戒律だ。そうしてあたしはいつものようにこの絶対的権利を持った皇帝に革命を起こすすべもなく、「……はい」と力なく返事する。ああ、花の王子様である成田君ならともかく、一体誰がこんな鬼皇帝を好くって言うんだろう……とそこまで考えた時だった。


 いる。確かにこの世にはそんな物好きがいるのだ。彼の連絡先を意地でもほしがっている彼女達が。忘れかけていた女子大生達を思い出しあたしは口を開いた。


「そうだ、東城」


 かなり望みは薄いが聞いてみる価値はある。この皇帝と普段から連絡を取りあえれば、コミュニケーションの幅も広がって、あたしも家来ではなく友達という対等な立場になりえるかもしれない。


「東城のライン教えてくれない?」


 できるかぎりにこやかに言ったのも虚しく、彼は途端にうんざりしたようにため息をついた。


「いつから彼女達の手先になったんだ君は」


「う……」もちろん彼には、誰からのお願いかお見通しのようである。


「その、彼女達だけじゃなくてあたしのためにもよ。学校で何か異変が起こった時にも緊急報告できるじゃない?」


 比較的東城の利になる条件を出してみると、彼の顔が少し変わる。


「今のご時世スマホが全てなんだから。バイトも探偵助手もしてるからにはテキストで簡単に連絡とれたほうが便利でしょ?ほら、前だってトランシーバーは預かってたけど、結局いざという時使い損ねたし」


 スマホ世代に慣れないおじいちゃん(年齢的に彼はもっと上かもしれない)にその必要性を説くように言うと、彼は数秒考えてからおもむろにメモとペンを取り出し、IDらしきものを書き始めた。


「他人に口外しないよう」


 と彼が忠告しながらあたしにそれを渡した時は、自分の完璧なシミレーションに思わず拍手を送りたくなったほどだった。



 次回、23. 勉強会


 「学校で本多と成田を”それとなく”監視しろ」というミッションをまたもや拒否権なしに言い渡された一花。しかし天才・真田一花にとって、テスト勉強とそのミッションをマルチタスクするなんて朝飯前だ。そう、朝飯通り越して夜飯前だ。(?)

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