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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
盗まれた指輪

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19. 盗まれた指輪

あたしは綺麗に乾いたマグカップを棚に片付けながらも、ぼーっとさっきのことを思い出していた。


 同好会の解散際、あたしの質問に「もちろん信じます」と四人が一斉に答えたのはさすがにびっくりした。二週間前のあたしなら馬鹿にして笑っているだろう。ううん、その前にオカルト同好会の彼らと一緒にもいない。


 あー、まったくどこで何を間違えたんだか……と心の中でため息をつきながらも、目線は自然と、相変わらず無表情でドリップケトルを傾ける彼を眺めてしまう。


「前にも同じことを言ったつもりだが」


 東城は手元の作業を続けたまま、チラリとこちらを見て低い声で釘を刺すように言う。


「いちいちこっちを見るな。こうもりの翼や牙もマントもないだろう」


「だって、吸血鬼と仕事してると思うと変な感じ......」

 あたしは小声で返す。


「そう思わなければいいんだ」

 東城のほうも声を落としながら厳しく言う。


「でも大学の食堂とかではどうしてるのよ?誰も東城の食べている姿を見ないって、あいつは吸血鬼だって気づかれたら?」


「そんなこと気づく奴がいるか」


「いるかもよ、オカルト同好会の人達とか。本気で信じてるもの」


「なんだそれは」

 東城が顔をしかめた時、甲高い声が割って入った。


「ねえねえ、2人でこそこそと何の話してるのー?教えてよー」


 “クールミステリアスの聖クン”を見るためにここに通っているいつもの女子大生グループだった。今日もカウンター席に陣取って東城の連絡先をゲットしようと躍起になっている。


「ずっるーい。あたしだって聖くんと内緒話したいのにい」

 と一人が言うと、もう一人があたしをちらりと見る。


「ねえこの子さあ、新しく雇ったんでしょー?あたしも聖くんといっしょに働きたいなあ、なんちゃって。バイト募集してないの?」


「してませんね」


 東城は速やかにそう言って、今しがた淹れたブレンドコーヒーとミルクを配膳トレイの上に乗せると視線であたしに「さっさと運べ」と命令する。


 あたしは仕方なくそのトレイを持って三番テーブルに向かった。でもカウンター席の声はここまで聞こえる。


「なのに、あの子だけ雇ったってことお?そんなのありー?二人は仲良さそうだけどどういう関係なのよー、もしかして彼女?」


 あたしはコーヒーをテーブルに置きながら思わずつっこみたくなった。まず、そんなに働きたいならあたしは是非喜んでこの仕事を譲ってあげたい、もちろん探偵事務所のほうもね。そして仲良さそう、なんて飛んだ見間違いだし、さらに彼女だなんて心外すぎる。


「そう見えるとは心外ですね」


 東城は彼女達の指摘に驚いたように一瞬眉を上げた。こっちの台詞よ、と心の中でつっこむあたしをよそに、彼はいつもの流れる手つきでショーケースからフルーツタルトを出して切り、お皿に盛って彼女達の前に置いた。


「わあ、おいしそう!やっぱり聖くんの作るのが一番おいしいんだよねえ」


 まあ、これだけはあたしも彼女達に賛成だ。味の調整や素材の確認もできないはずなのにどうやってあんなにおいしいケーキを作ったり、コーヒーを絶妙なさじ加減で淹れられるのかはいまだに謎だけど、東城の作るものはとにかくおいしい。


「ねえ、大通りの角に新しいケーキ屋さんができたの知ってる?これがすんごく美味しいの。あ、もちろんここのが一番だけどー。視察ってことで、聖くん今度うちらと食べに行かなーい?」


 一人が言うと、「うんうん、一緒に行こおよ」とみんなが口々に誘う。まあその誘いには、仮に東城が人間の食べ物を食べれたとしても乗らなそうだ。


「申し訳ないですが」と東城は柔らかな苦笑いを浮かべて言った。


「時間がないので遠慮しておきます」


「えー、残念。聖くんって忙しいのね」


「最近は特に」


 そう言って東城は手の止まっていたあたしをわざとらしく睨むので、あたしは肩をすくめて客の帰った後のテーブルを片付けた。


 女子大生達は「聖くんが暇になったら遊びに誘っちゃうからー」と元気に言って店を出て行った。それがカフェの営業時間の終了と同時だったので、すぐに「探偵事務所」のほうの開店準備にかかった。




「あの人達、どれくらい前からここに通ってるわけ?」


 週に二回は来るあの女子大生グループについて訪ねると、東城は疲れたように「半年前くらいからだ」と答えた。


「ええ!よく飽きないね」


「最初は一人だったが友達が友達を呼んで増えていった」


「あたしには到底わかんないなあ。こんな無愛想でぶっきらぼうなヴァンパイアのどこがいいんだか」


「血を飲み干されたいのか」


 東城がさらっとそんなことを言ったので、あたしは思わず「それ冗談にならないわよ」とつっこみながら、いつものように探偵事務所のプレートを机に置いた。


 元々この探偵事務所に来る依頼人は多くなく、来たとしても東城が短時間でなんなく解決してしまうので、あたしのやる事と言ったらほとんど雑用だった。


 でも彼は店長不在のカフェ経営に星那学園大学に通う大学生のフリ、その合間にも怪しい会社の裏データを倉橋警部に送ったりといろんな仕事をこなしている。吸血鬼というと昼間は棺で寝ていて夜行性というイメージがあるけど、一体東城はいつ寝ているのだろうか。それとも、睡眠なんて必要ないのだろうか?


 と、そこであたしは今日オカルト同好会で起きた事件を思い出して口を開いた。


「あの、さっきも言ったけどうちの学校にオカルト同好会っていうのがあってね」


 あたしがその名前を出すと、案の定東城は眉を寄せる。まあざっくり言ってしまえば東城の存在は「オカルト」なので言い換えると「東城聖同好会」となって女子大生グループとなんら変わりないのだが。


「あたし、なぜかそこに入会しちゃって、それで……」


「それで君は同好会からあんな本を持ち出したのか」

 東城は納得とともに呆れた様子で言った。


「あれは図書館で自分で借りたのよ」


「同じようなものだ。それで?」


 自分から話を遮ったくせに続きを急かすなんてほんとにぶっきらぼうだと思いながらも続ける。


「二週間前に退会しちゃった会員が、同好会の重要なデータと本を盗んで困ってるのよね。その人バスケ部と兼部してたらしくて、今はそっちでエース候補にまでなったらしいんだけど」


「高校のことは君たちで解決してくれないか。僕は忙しいんだ」

 と、東城は子どもをあしらうように手を振る。まあ予想していた反応だ。


「そう思ったんだけど、その彼の盗んだものが『吸血鬼徹底解剖』っていう本なの。それだけ盗むなんておかしいでしょ?」


 東城はあたしの話に少しだけ興味を持ったように微かに目を細めた。


「まあ、東城には関係ないと思うけどね」とあたしが笑おうとした時だった。


 店内にチリン、と鐘の音が響き、同時に店のドアが開いた。東城が「依頼人か」と小さく呟く。


 えっ久しぶりの依頼人?


 入ってきたのは、ふさふさの毛皮(どうやら本物っぽい)を肩に纏った、化粧の濃いおばさんで、いかにもお金持ちのマダムと言った感じだった。


 この時間に「閉店」と看板のかけられたドアを押して入ってくるということは、探偵事務所に用のある依頼人ということだろう。


「こんばんは。喫茶の営業は終了しましたが」


 東城は少し微笑みながら言う。もし間違えてここに来てしまった客ならわざわざ秘密営業の探偵事務所を明かすこともないからだろう。


 少し小太りなマダムはそれを聞くとふう、と一息ついて鮮やかな緑色のコートを脱いで片手にかけた。


「喫茶に用はありませんわ。合言葉はアーサー・ホームウッド・ゴダルミングでしたっけ?いいから早く相談を聞いてくださいな探偵さん」


 マダムは自分から椅子に座って、持っていた真珠付きのバックを美術品のように机に置いてみせた。


「失礼致しました。では早速伺いましょう」


 東城は従順な執事のようにそう言って向かいの椅子に座る。


 ここ最近で気づいた事だけど、彼は人を観察して相手によって器用に態度を変えていた。まるで、どうすれば自分の目的を相手から効率よく引き出せるか熟知しているみたいに。

 時には脅して、時には優しく、時にはへりくだってみる——あたしにも一回ぐらいへりくだってくれてもいいのに、彼の中でのあたしの扱い方は「脅す」の一択のみだった。


 あたしはコーヒーを淹れながら様子を眺める。


「探偵さん、この間わたくしの大事な大事な指輪が消えたんですの!」


 夫人は徐に甲高い声を上げた。


「家に代々伝わる家宝の、特別な純金の指輪ですのよ。家中探させても見つからないのざます!」


 探させた、とは召使いにということだろうか。ほんとに絵に描いたような金持ちらしい。あたしは半ば感心しながらも、夫人の前にそっとコーヒーを置く。これをご自慢の真珠付きバックに溢したりなんかしたら大変だ。それこそあの割れた壷より高い値段を要求されて、あたしは17歳にして借金まみれになるかもしれない。


「まずお名前とご住所を伺ってもいいですか」


 東城が冷静に言うと、夫人はかっと目を開いた。


「成田でございますわ、住所なんか教えてあなたどうする気?」


「ご自宅を捜査させていただきます。なくなった指輪を探すために」


「だから、家にないから私がここにいるのでございましょうよ!あなたお馬鹿なの?」


 お馬鹿呼ばわりされた東城は、少し顔をしかめながらも言う。


「ですが、その指輪が盗まれたと考えた場合、ご自宅を捜査して指紋など何か痕跡がないか確かめる必要がありますので。いつ失くなったとお気づきになったんですか?」


 東城の正論に、成田夫人がむすっとして答えた。


「……昨日よ」


「それで、昨日家やお部屋に何か変わったことは?」


「そんなものあるはずないでしょう。うちはセキュリティ万全ですもの。誰か入ってきたらすぐにわかるざますよ。部屋は何も変わったことがないし、気づいたらふっと空気のように失くなってたんですわ。大事に鏡台の鍵つき箱のなかにしまっていたのに」


「そうですか。でもここからではその部屋の様子や指輪があった場所さえわかりません。事件解決の為にも、一度ご自宅を伺ってもよろしいですか?」


「だから、そんなことしなくたっても、さっさと見つけてくださいな探偵さん。それくらいできるでしょう?あなたができないなら他の探偵さんを当たってもいいんですからね!いい、次に私が来たときに犯人の目星と指輪の在処がわかっていなければ、この話はなかったことになるざますわよ。報酬は一切なし、うちの宝石を一かけらだってあげませんからね!」


 夫人はそう喚いたかと思うと、真珠つきのバックをかっさらって背を向けてずんずん歩いていった。最後に「ごきげんよう」とすまして言ったかと思えばバタン!と乱暴にドアを閉める。


 店内にはいつもより多く揺らされた鐘がチリンチリンチリン、と三回響いた。あたしも東城も一瞬の嵐が去ったような静けさを感じながらそのドアを見つめる。


「ねえ、前にこの探偵事務所には指輪を失くしたおばさんなんか来ないって言ってなかった?」


 あたしがつぶやくと、東城は夫人の去っていったドアを怪訝に見つめながら頷いた。


「ああ、来ないはずだ。……おかしい」


 珍しく東城は困惑しているようだった。いつも余裕で何もかも知っているかのような東城でもわからないことがあるらしい。


「この事務所の存在と合い言葉を知るためには、表向きではない情報を調べ上げるか、何か相当困っていないと辿り着けない。吸血鬼に関する怪奇事件だけを取り扱うためだ。でも他を当たってもいいと言ったようなあの夫人が必死でこの事務所だけを調べたとは言い難い。何故合い言葉まで知ってるんだ?」


 確かに。だからここには普通の探偵が取り扱うような民間のいざこざや、それこそ金持ちおばさんの失くしものを探すような事件は来ない。竜之介君のように、吸血鬼によってもたらされた怪奇事件だけを東城が解くのだ。


「住所をかたくなに教えようとしないのも謎だ」と東城はまだドアを睨んでいる。


 あたしは夫人が一口も飲まなかったコーヒーをすすった。まあそんなに難しい顔してないでコーヒーでも飲んだら、と宥めるところだったが、東城には無意味な提案だとすぐに思い出す。


「それに、依頼料のことを知らなかった。彼女は、報酬として宝石やお金を支払うと思っている」


 東城がこちらを振り返りながら言うのに対し、あたしも頷いていた。


「……確かに。“うちの宝石をひとかけらだってあげませんからね”って。竜之介君は自分の血液を代償にすることを知ってたのに」


「まあ、彼女がそれを知ったところで正直彼女の血は飲みたくないが」


 東城が言うのを聞いて、あたしは思わず噴き出してしまった。


「あなたにも血の好みがあるのね!」


「……まあ、どんな吸血鬼だってあんな口うるさい中年夫人の血は好まないだろう」


 あたしは東城の苦い顔を見て声を出して笑った。


次回、 20. バスケ部とオカルト同好会


 爽やかスポーツマンのバスケ部エースは、本当にオカルトオタクなのだろうか?その真相を探るためなら、オカルト同好会は未知の場所に足を踏み入れることも厭わない————

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