18. 拝啓、お父さんお母さんへ
お父さん、お母さん。おはようございます。今日はいい天気で、空も快晴ですね。
真田一花は十七歳にして人生最大の発見をしました。この世には不思議なことというものが、時に何も不思議ではない現実のこととして簡単に起きてしまうのです。そしてそれを経験した人間は、きっと人生が180度変わってしまうでしょう。
例えば今日はとても気持ちのいい日ですが、あたしは前のように無邪気に喜んだりできなくなりました。なぜかって、人間ではない彼らにとってこんな日はただの苦痛でしかなく、彼の不機嫌が増して鬼畜命令に拍車がかかると思うと、気分が沈むからです。
ある知り合いの吸血鬼が言うには「少し日光を浴びたぐらいでは燃えて灰になるようなことはない。ただ晴れの日は地獄」らしいです。
どうですか。みなさんはこの吸血鬼という存在を信じますか。あたしはその存在を目の前で目撃してしまったのですから言うまでもありません。
さて、問題はまだ人生において最大の発見をせずに済んでいる人達に、どう言い訳をするかなのです————
一昨日の夜、あたしがあまりのショックで気絶してしまい、その後、東城という吸血鬼に背負われて家まで送られたあの夜、お母さんは“一花を送ってくれた優しくてかっこいいバイト先の先輩”と彼に名付けて嬉しそうにしてましたね。
お母さん、彼は間違いなく、『危険で謎の多い鬼畜吸血鬼探偵』であって、あたしが気絶したのも彼のせいなんだからね!と、叫びたかったのをお母さんは知らないでしょう。
今まで数多くのかわいい嘘をお母さんについてきたかもしれないけれど、今回ばかりは気軽に打ち明ける事もできないのです。
それから、お兄ちゃんは怪談テレビ番組を見ては「馬鹿じゃねえの」とケチをつけてましたね。彼ら怪物にとっては、信じない人間は「馬鹿じゃねえの」と思っているかもしれません。どちらが馬鹿かあたしにはわかりませんが、東城を馬鹿にするのは身の安全を思うならやめたほうがいいと思います。
そういうわけでお父さんお母さんお兄ちゃん、それからあたしの友人達、真田一花は今日も生きてゆきます。そう、吸血鬼探偵の助手としてね————
「えっ一花!お前新しい部活始めたのか?」
徹也があたしの右腕を掴んだまま、大きな声を出した。それに対し、あたしはなんとか笑顔を作って誤魔化す。
「う、うん、まあね」
「お前、最近バイトも部活も始めて忙しくしすぎなんじゃねえか?ほんとに大丈夫なのかよ」と、あたしの顔を覗き込んでくる。
「大丈夫、オールオッケーだよ。ちょっといろいろあって一昨日目眩で倒れちゃったけど、今はもう復活したから」
「げっ倒れたの?無理すんなよ。なあ丸岡さん、何の部活か知らないけどさ、あんまり一花を連れ回さないでくれよ」
徹也はそこであたしの左腕を掴んで離さない、もさっとしたオカッパの女子生徒に向かって言った。
右は徹也、左は丸岡———じゃなくて丸山さんにつかまれて綱引き状態になったあたしは、睨み合う二人に挟まれながらも、このカオスな状況に苦笑いを浮かべるほかない。
「私、丸山です」
と低い声で本名を名乗る彼女はオカルト同好会の会員であり、あたしを会に引きずり込んだ張本人だ。
「ああ、丸山さん?ごめん。で、一花と丸山さんは何の部活なんだよ?」
それを聞いた丸山さんが、その同好会の名を壮大で大袈裟な文言と共に詠唱し始めるのは目に見えていたので、あたしは咄嗟に口を開いた。
「ボードゲーム同好会!」
「ボードゲーム同好会?」
徹也と丸山さんが一斉に不審な顔であたしを見る。
「ちょ、ちょっと変わったボードゲームをやるのよ。暗い部屋でね。心配しないでよ徹也。そんなに体力使う同好会じゃないんだから」
まあ、実際には気力をすごい使うんだけどね......
今日は終礼後に丸山さんが飛んできて「緊急会議だ」なんて言うからこうやって連れられる羽目になっているんだけど。
「ふーん。なんか面白そうだな、ボードゲーム同好会。俺も入っていい?」
「だめだめだめだめ!」
あたしは首をぶんぶん振った。それはまずい。この数日間、クラスのみんなにあたしがオカルト同好会会員であることを必死に隠し続けてきたのに。
「定員制なのよ。今はちょっと満員で入れないの。ねっ丸川さん!」
「丸山です」
ああ、そうだった。あたしはため息をついて思い出す。
「……そういうことだから、ごめんね。ありがとう徹也」
あたしは名残惜しさを拭いながらも、徹也の手を離して丸山さんの連れて行くほうへ流れていった。遠くなっていく彼を見つめて、いつも心配かけているなあ、と申し訳ない気持ちになりながらも。
が、あたしの今の悩みと混乱は、なぜかオカルト同好会の人達にしか話せないという皮肉だ。
さよなら徹也。さよならあたしの平穏な日常......
「あっそうだ一花、東城のことだけどさあ!」
遠くから叫んだ徹也の声に、あたしは思わず転びそうになった。
「父さんが、お礼言っとけって。なんか前に話した裏事情ある会社のデータ送ってきたんだと!どっからそういうの持ってくんのかわかんねえ怪しい奴だけどさ、まあ助かったことに変わりないよ!またなんかあったら言えよーーー!」
長い廊下の先でどんどん小さくなっていく徹也を見つめながら、あたしは笑顔で声を飛ばす。
「そう、よかった。伝えておくわーー」
(ついでに怪しい彼の正体は、仲間内でも少数派の、人間に協力する心優しい吸血鬼なのよーーーー……)とはもちろん言えずに。
「では本題に入りましょう。本日みなさんにこの聖なる城にお集りいただいたのは、他でもない、二週間前に退会してしまった本多将良について議論するためです」
「そ、そうですね。えっと、丸山さんの言う通りです。で、では早速話し合いましょう」
この会を仕切る人と会長という役割は別なのか、いつもみんなをまとめているのは丸山さんであって、会長である細谷君はただ彼女に頷いたり付け足しをするだけだった。
「二年C組本多将良は、数ヶ月前に我が同好会に入会しましたが、二週間前に突然退会。前から兼部していたバスケ部のほうに熱を入れ、今はバスケ部のエース候補にまでなっています」
えっ?バスケ部と兼部!?と、早くもその本多将良という生徒に驚かされる。まさかそんな対照的な部活に同時に入っていた生徒がいるなんて。スポーツマンでオカルトオタク?想像できない。本多将良。聞いこともなくないような名前だけど、クラスも違うし、あまり面識はない。
「そのエースは、我々オカルト同好会の歴史に悪の名を刻んだ裏切り者でもあるのです!」
丸山さんは熱を込めて言った。
「……本多将良は良き同士でした。でも、彼はあるとき悪魔に憑かれたかのごとく我々が必死で集めた重要な秘密情報を盗み取って行ったのです!」
「えっ何か盗まれたの?」
あたしが口を挟むと、横にいた近藤君がパソコンをカタカタいじりながら早口で言った。
「僕のパソコンに入っていたパスワードつきのデータを持っていかれました。最初は間違って違うフォルダに移したかと思っていたんですがいくら探しても出てこないので。思えばあのデータがなくなったのは本多正良が退会する数日前のことでしたね」
「ふーん?でも大事なデータって、一体何なの?オカルト同好会の出費詳細とか?」
対して興味もなく言うと、丸山さんが大袈裟に声を上げる。
「身の回りで起こる不可解な現象について調査し考察したものをまとめた、怪奇現象事件簿です!」
……そんなものがあるんだ。というより、それがオカルト同好会の活動だったのね。
あたしはまだ入会したてだから、そういう活動に参加したことはないけど、もしかして心霊スポット巡りとかが主な活動なんだろうか?
「ああ、みんなで苦労して一日中公園に張り付いて、やっと撮れたUFOの証拠写真も盗まれたのね……!呪ってやる」
桑田さんが読んでいた『解き放たれる悪の魔法陣』から顔を上げて言った。あたしはそれを聞いて、この同好会は本多君を見習って早々に退会したほうがいいかもしれないと考える。
「でもなんで本多君が怪しいって思ったの?緊急会議をわざわざ開くなんて」
彼がここを去ったのは二週間前のことだし、今更失くなったデータを彼のせいにするということは、何かあったのだろうか。
「真田さん」
と、丸山さんが神妙な顔をして、少し大袈裟に経緯を明かし始める。
「これは昨日、私がこの部室に忘れ物を取りに廊下を歩いていた時のことです。ちょうど前の方から本多将良がやってきて、すれ違いざまに『あ、久しぶり、丸山さん』と手を振り、そのまま歩き去った。私もそのときは特に怪しまなかったものの……この時点で彼の行動はおかしかったのです」
「……というと?」
「知っての通り、この部室は、教室のある廊下をもっと先に行ったところにあり、こっち側にはトイレと三階へつながる階段しかない。でもこの下校時間、うちの学年の生徒はみんな二階から一階に降りるのであって、三年生の教室しかない三階から降りてきたとは考えにくい。それにトイレに行くなら、普通に考えてC組のすぐ隣にあるトイレを使うでしょう。以上の点から考察すると……彼の用事は他でもないこの部室にあったんです!!」
「極めつけは」
と桑田さんが低い声で付け足す。その声だけで本多将良の身に何かが降り掛かりそうだ。
「私の愛書である『吸血鬼徹底解剖』の本が昨日失くなったことです!」
私は「吸血鬼」という言葉に思わず反応してしまった。
今朝、私は借りていた吸血鬼に関する五冊の本を返した。東城によればそんな本は「嘘八百が並べられていて意味がない」らしいからだ。まあ何しろ本物が言うんだから間違いない。でも新たに『ヴァンパイア・ラブ〜セカンド・ロマンス〜』を借りてしまったのは計算外。意外に続きが気になって二巻を借りないと気が済まなかったのだ。
「つまりですね。本多将良は昨日の放課後、この部室にやってきて本を盗み、その帰りに私とすれちがってしまったが平然を装って声をかけた。データと本を盗んだのは————彼に違いありません!」
丸山さんは分厚い丸眼鏡を眉間に押し当て、人差し指を虚空に突き出すという変なポーズで、自信満々に言い切った。オカルト同好会の面々は皆一斉に強くうなずく。
まあ、そこまで証拠があるなら犯人は本多君なのだろう。それはあたしでもわかる。しかし問題は、《《なぜ》》彼がそんなことをしたのかということだ。
推理と言えば、しかも吸血鬼に関すると言ってあたしが思い出すのは東城聖、彼しかいない。これは一見すれば高校生の間の小さないざこざだけど、もしかしたら大きな事件につながるかも————まあ、この平和な学校でオカルト同好会だけが騒いでいるだけで、そんな可能性ないと思うけど。
「じゃあ本多君がなんでそんなことをしたのか調べて、本とデータを取り返せば事件解決ね」
あたしが言うと、細谷会長が
「そ、そ、そうですね。みん、みんなで協力して探しましょう」
と相変わらず言葉を詰まらせながらも一応まとめる。
「本多将良にもう一度会って、その顔をはっきり目に焼き付けてやる」
桑田さんがきらりと目を光らせた。はっきり焼き付けるかは別として、あたしも彼には一度会ってみたかった。
そして、探りを入れるためにオカルト同好会総員で明日本多将良に直接会うことはすぐに決まった。「人目につかないところに連れ出して」というのはあたしの提案だ。同好会のみんなとあたしが一緒にいたらクラスのみんなに絶対怪しまれる。
「最後にみんなに聞きたいんだけど」
とあたしは切り出した。
四人が一斉にあたしに目を向ける。みんなはそれぞれにザ・オタクな風貌で、オカルト好きなのは聞かなくてもわかるだろう。見た目はいたって普通の女の子であるあたしは、大真面目な顔で質問した。
「皆さんは吸血鬼の存在を信じますか」
次回、19. 盗まれた指輪
血液探偵事務所には、「金持ちおばさんが亡くした指輪を探す」なんて陳腐な依頼は入ってこない、と前に言っていた東城聖だが、彼にでも予測できないことがあるらしい。その夜、事務所にやってきた依頼人は————




