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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
オカルト同好会の危機

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15. 心霊写真は合成写真

 もう少し世界史の勉強をすればよかった、とあたしはその時初めて後悔した。


 中世の封建制度?聞いたことあるけど、何だったっけ?まあ、とにかくその小さな文字を読み進めていくと、あたしはある言葉に当たったのだ。


——————————————


 十四世紀、ルーマニアに実在したワラキア公国の封建君主であるヴラド三世(ヴラド=ツェペシュ=ドゥラクル)は「串刺し公」として有名である。


 その頃のルーマニア地方は東西の国々から侵略と圧迫を受けており、彼は敵の捕虜や周辺の少数民族を捕えては見せしめのために「串刺しの刑」に処していた。


 その残虐な行為から、おそらく吸血鬼伝説が生まれたと言われている。ヴラド3世はトランシルヴァニア山脈の険しい山中にあるブラン城を拠点として自国を統治していた。ドラキュラ城のモデルとなったのもその城である————


——————————————


 読みながらも、段々と手に汗が滲むのを感じる。


”ヴラド三世”? ”串刺し”? ”ブラン城”?


———そう、確かにあの喫茶店の名前はヘンテコで一度聞いたら忘れられない。「キャッスル・ブラン」。


 それだけじゃない。たま爺は最初から東城のことを「ヴラドの若さん」と呼んでいた。そしてサカヅキもあの時彼のことを確かにヴラド三世の息子と言った。


 ということは、彼の父である店長=ヴラド三世……? でも彼は何と言っても歴史上の人物、600年も前に没しているので、変なニックネームかコードネームか何かなのだろう。


 それにしても彼の父はヴラド三世をそっくり真似ているように思える。だって「串刺しの刑」なんてそうそう脅し文句には使わない。それにこの本を読んでいると、どうやらその人物と吸血鬼伝説は関わりが深いようだ。


 ……“吸血鬼”?


「何を読んでる?」


 突然、読んでいた本の上に影が落ちた。あたしはその声に思わず悲鳴を上げて、慌てふためきながらそれを自分の背中に隠した。


「な、な、何でもないよ。今流行りの異世界ファンタジーってやつ?」


 あたしは精いっぱいの笑顔をつくってごまかすが、彼はそんなあたしを訝しげに見つめる。


「異世界……?悲鳴を上げるような小説なのか?」


「そ、そうそう結構ホラー系!今ちょうど死体が発見されて……ああ怖かった」


 あたしは無理やりな言いわけをして、その表紙を見られないように自分のかばんの奥に押し込んだ。


「ところで今日は依頼人来ないのね」


 あたしは八時半を指している時計を見て言った。半分話題を変えるためだけど。


「毎日人が来るわけじゃない。うちに持ちかけられる事件は特に珍しいし」


 珍しいと言えば、あたしの初仕事も珍しいなんてものじゃない、ただの怪奇現象だ。あの日自分が見たものに対して、どう考えても理由付けができなかったあたしは、逆に忘れてしまおうと記憶の底に沈めるように努力していたけど、それは安易なものじゃなかった。

 

 東城に今更問いただしても答えてくれないだろうし……。あたしが小さくため息をつくと、突然机の上に、ことりとコーヒーが置かれた。


 すーっとのびる湯気にのって、独特の香ばしい香りが立ちこめる。


 あたしはびっくりして東城を見た。彼の片方の手にはいつのまにかチーズケーキのお皿も乗っていて、それも続けてコーヒーの横に置かれた。


「え」


 微かにレモンが香る、きつね色に焼かれたケーキと、温かいコーヒー。自分の前に置かれたそれらと、相変わらず無表情の東城を見比べた。


「これ、誰に……」

 あたしが戸惑っていると、彼は呆れたように答える。


「君以外いないだろう」


「あたしに?」


「初仕事の褒美だ。まあ君の給料は壷に換算されるはずなんだが」


 珍しいこともあるものだと、あたしはまじまじと彼を見つめた。いつもはこのケーキやコーヒーは、せかせかとお客様のテーブルに運んでいるものなのに。


「だが今度助手の仕事に失敗したら一生それは食べられないと思え」


「う……」あたしはチーズケーキを運ぶ手を口の前で止まらせる。


「心得にあっただろう、助手に失敗は許されない」


「スミマセン」


 あたしが美和子ちゃんを監視できずに、あろうことか自分まで捕まってしまい、計画を狂わせたのは事実だ。そう、助手の初仕事にして。


「だが君を危険に晒したことは謝る。すまなかった」


「へっ?」


 東城が突然抑揚のない声で言ったので、あたしはチーズケーキの入った口から変な声を出してしまった。あの強引で身勝手な東城が、あたしに謝っている?


 でもそんな驚きとは別に、口の中にはチーズケーキの甘くとろける食感が広がっていった。


 ……そういや「賄い」の条件は完全に忘れ去られていて、ここのケーキは食べたことがなかった。でも、これは間違いなくあたしが今まで食べた中で一番美味しい。全部店で手作りしているから東城が焼いたに違いないけど、あの彼からこんなに繊細で甘美なスイーツが生み出されるとは、ますます謎が深まるばかりだ。


 あたしがフォークを止められずにケーキを頬張っていると、ふっと誰かが笑った気がした。不思議に思って見上げると、珍しく東城が微笑んでいる。


 なんとなく犬を見守る飼い主のような目だけど、少なくとも営業スマイルではない自然な笑顔に、あたしはほんの少し頬が赤くなるのを感じた。



 ◆




 わかってる。自分がおかしいのはわかっている。


 図書室の先生はあたしが借りようとしている本の統一された異色さに眉を寄せて、怪訝そうな顔をしている。


 きっとこれがオカルト同好会の誰かなら彼女は少し納得しながら貸し出してくれるだろう。でも、一見ごくごく普通の女子高生がこんなものを何冊も借りるなんて、絶対におかしい。 


 あたしは小学生の頃、テレビの心霊番組の特集を見てあまりの怖さに大泣きしたのを覚えている。でもその時中学生だったお兄ちゃんがしれっとした顔で「何泣いてんだよ、馬鹿。この心霊写真、見るからに合成だって」と隣で言ったのだ。


 それは衝撃だった。そうか。合成なのか。写真の上にぼやかした女の人の写真を乗せただけなのか。そう思った途端、その心霊写真にキャーとかうわーとか騒いでいる会場の人気タレント達が馬鹿みたいに思えた。


 その時からか、あたしは幽霊とか超常現象とかをあまり信じなくなった。もちろん占いとかは好きだし、修学旅行に行けばみんなで怖い話をして騒いだりもする。


 でも、それはそんなことが現実に起こり得ないことをわかっているから楽しめるものだった。そう、あたしは幽霊を見たこともないし、サンタクロースも宇宙人も魔法も存在しないってわかってる。それなのに、だ。


 図書室から出て、自分が腕に抱えている五冊の本を見て思わず笑いたくなった。


 『ブラム・ストーカー作 ドラキュラ』、

 『世界の吸血鬼伝説』

 『映画に見る吸血鬼たち』

 『ヴァンパイアは存在するか』

 『ヴァンパイア・ラブ ~ファースト・キス~』……


 ————とりあえず、なぜか成り行きでオカルト同好会に入会してしまったところから話しておこう。桑田さんの持っていたあの本を見た瞬間、何かのスイッチがカチリと音を立てたのだ。


 あたしの体験した一連の出来事、説明のつけようがない数々の謎は今、一つの明白な答えに向かって解き明かされようとしていた。

 

 桑田さんから譲り受けた『ヴラド三世と吸血鬼伝説』によると、どうやら中世のルーマニアに実在したその君主と、世にはばかる吸血鬼伝説は切っても切れないものらしかった。


 それには二つの要因があると本は論じている。


 ひとつはヴラド三世の残虐的な行為が、古くからの地元の伝承に登場する怪物、吸血鬼に重ねられたこと、もう一つは十九世紀の怪奇小説家であるブラム・ストーカーが、ヴラド三世ヴラド・ツェペシュ・ドゥラクルの名前の一部を取って『ドラキュラ』を著したからだ。それ以来、吸血鬼=ドラキュラ伯爵というのが世界の中で定着し、ドラキュラはヴァンパイアの代名詞となった。


 ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』は以降何度も映画化されたり、ヴァンパイアものの本や映画は溢れている。


 ドラキュラと聞いて浮かぶイメージは大抵、黒いマントの男が美女の首に牙を当てているようなもの。そう、彼らは血を吸うから吸血鬼であって、彼らの食べ物は、人間の血。


 あたしは借りてきた五つの本を、授業もさぼって誰もいない屋上で読みふけった。どうせ授業なんてきっと頭に入らない、世界史は別として。


 ちょうど屋上の真上にあった太陽が傾き始め、夏の始まりを予告しているようにぎらぎら照りつけた。そこには涼しい風もあまり通らなくなって、日陰にいても十分暑いくらいだった。そしてその頃にはあたしは吸血鬼についてちょっとした博士、まあ言ってしまえばオタクになっていた。


 まず、吸血鬼はきっとこんなふうに太陽の照りつける屋上には出られない。それぞれの民族伝承やフィクションで設定は異なるが、大抵の場合吸血鬼は夜行性であって昼間の太陽の下では燃えて消えてしまうことになっている。他にも、ニンニクや聖水、十字架も苦手とか。棺で眠る、鏡に映らない、銀に手を触れられないとか招かれなければ部屋に入れないとか、細かい特徴があるらしいが、その習性や描かれ方は様々だ。


 でも、共通しているのは「不死身」であること。まあ、生き返った死人という説もあるからゾンビみたいなものかもしれないけど。それに吸血鬼に噛まれた人間は同じように吸血鬼に変身する————


 そういえば、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を読んだ時、あたしは竜之介くんが探偵事務所に訪ねてきたときの合言葉を思い出していた。


 作中、ドラキュラ伯爵の最初の犠牲者となり、吸血鬼に変身してしまったルーシー・ウェステンラ。そしてその夫はアーサー・ホームウッド・ゴダルミングという貴族の青年で、竜之介くんの答えは見事に合っていた。


 吸血鬼伝説について知れば知るほど、一つ一つ心当たりがあるのに気づく。


 まず、あの喫茶店の名前は「キャッスル・ブラン」。経営している店長のニックネーム?は「ヴラド三世」。秘密営業の「血液探偵事務所」、その合言葉は『ドラキュラ』の登場人物の名前。


 サカヅキ達については?


 星那学園で捕まえた下っ端のポケットに入っていたのは紛れもなく血液だった。それをサカヅキはまるでワインを楽しむように飲んでいた。孝さんは、撃たれても何事もなかったように笑う。


「僕は不死身なんだ。どうしてかわかる?僕もずっと前に生まれ変わったからだよ」


 美和子ちゃんとあたしに、サカヅキは何と言ってた?


「永遠の美しさを保てるんだ。僕らに少しその首筋を向けてくれれば」


 ……まさかね。


 あたしはそこまで考えて、ふと冷静に自分を見つめた。待ってよ、あたしったらオカルト信者じゃないんだから。現代の、現実に、まさかの吸血鬼?


 やめやめ。もしかしたらって、一度でも思ったあたしがバカみたい。


 いい?心霊写真は合成、映画に出てくるどんなに恐ろしい怪物もCGなんだから。すべては偶然の出来事で、孝さんのは何か手のこんだトリック。東城の起爆装置がおもちゃだったみたいに、最初からあの銃に本当の弾なんて入ってなかったとか。


 そうよ、あのふざけた探偵事務所も店長がドラキュラマニアなだけで、東城もあんな顔して実は熱烈なオカルトオタクだったりしてね。


 あたしはそこであーあと伸びをして手に持っていた本をぽいっと投げる。いくら心当たりがあるからってあたしはそんなの信じないってば。


 ん?信じない……?


 何だか誰かも前、そう言っていた気がする。信じられない、ありえない、と。


 そうだ、高杉美和子ちゃん————東城から真実を打ち明けられた唯一の人物。何となく、このもやもやした気持ちを共有できるのはあの子しかいないように思えてくる。


 あたしは吸血鬼に関する五冊の本をとりあえずかき集めて鞄にいれ、屋上から階段を駆け下りて学校を出た。


 時間を見るともうすぐ三時で、六時間目が終わるところだった。




16. 信じるか信じないかは


 今までの奇妙な出来事の数々、不可思議な謎が一つの答えにつながるとき……

「信じるか信じないかはあなた次第」

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読者は、この物語を俯瞰で見てる&タイトルやあらすじから、それらを分かった上で読んでいるものの… こうして、すべての要素を自分の頭の中で組み立てて、ノーヒントで導き出す一花ちゃん…君こそ名探偵だっ!
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