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剣士たちの序章

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気を淡い金色に染めていた。鳥のさえずりが遠くから聞こえる中、重たそうな寝息がひとつ部屋を満たしている。


 「おい、レオン。起きろよ。」


 カイルの声が、静かな朝の空間を破った。


 ベッドに寝そべるレオンは、まぶたをわずかに動かしたが、それ以上は反応しない。昨日の夜遅くまで訓練していた疲労がまだ体に残っているのだろう。


 「まったく……昨日、何時に帰ってきたんだよ?」

 

 少し呆れた口調でカイルは言いながら、ベッドを軽く叩いた。


 「……そんなに遅くない。」

 

 レオンが布団を顔に引き寄せながら、ぼそりと応じる。


 「嘘つけ。少なくとも僕が寝たときには帰ってきてないぞ」

 

 カイルは半ば苦笑しながら肩をすくめた。

 レオンは渋々体を起こすと、寝ぼけた表情のまま髪をぐしゃりと掻き乱した。

 

 「……訓練場に行ってただけだ。それに、そんなに気にすることじゃないだろ。」


 「お前なぁ……。」

 

 カイルは一瞬言葉を詰まらせたが、それ以上は何も言わずに首を振った。


 「まあいいさ。ただ、今日の授業に遅れるなよ。さすがにその顔で遅刻したら、またあのセヴィスに突っ込まれるぞ。」


 その名前を聞いた瞬間、レオンの表情がわずかに引き締まった。昨日の戦闘が脳裏に蘇る。


 「……心配するな。行くよ。」

 

 短く答えたレオンは、ベッドからようやく立ち上がり、部屋の窓を開け放った。冷たい朝の風が一気に流れ込み、彼の眠気を吹き飛ばしていく。


 「よし、じゃあ早く支度しろよ。僕は先に行ってるからな。」

 

 そう言い残し、カイルは軽快な足取りで部屋を出て行った。


 レオンは窓の外を眺めながら、深く息を吸い込むと、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

 

「今日こそ……もっと近づいてみせる。」

 

 その思いの裏にあるのは、昨日の敗北の悔しさだった。実習室で響いたあの嘲笑を思い出すたびに、胸の奥が熱くなる。


 ――――――――――


 朝の陽光が訓練場の大きな窓から差し込み、広々とした空間を照らしている。整然と並んだ木剣が壁に掛けられ、床には長年使い込まれた跡が刻まれていた。集まった生徒たちは全員が緊張の面持ちで、まだ見ぬ教師を待っていた。


 レオンとカイルは列の中央あたりに立っている。周囲を見回しながら、カイルが小声で話しかけてきた。


「みんなピリピリしてるな……噂通り、怖い先生なのかもしれないぞ。」

「だからこそ面白いんじゃないか。」

 

 レオンは肩をすくめるように答えたが、その目には興味が輝いていた。

 


 その時だった――訓練場の扉がゆっくりと音を立てて開く。その瞬間、冷えた空気が流れ込み、生徒たちの背筋が自然と伸びた。巨体の男が現れると、重い靴音が静寂を刻むように響く。燃えるような赤毛が目を引き、屈強な体格はまるで岩の塊のようだ。その鋭い目が集まった生徒たちを一瞥しただけで、場の空気が一変する。


「静かに。」


 その低い声には、不思議と誰も逆らえない威厳があった。生徒たちは言われるまでもなく、口を閉じて背筋を伸ばす。


「俺の名はラグーザ。この学園で剣術を教える者だ。」

 

 彼はゆっくりと前に歩き出し、生徒一人ひとりを見渡しながら話を続ける。


「剣術は力任せの遊びではない。そして、ただの技術でもない。ここでは――」

 

 彼の言葉が一瞬止まり、鋭い目が再び生徒たちを捉えた。

 

「――剣に命を預ける覚悟を学んでもらう。」


 その重みある言葉に、どこからか息を飲む音が聞こえた。隣の席にいた小柄な少女が、木剣を握りしめる手を震わせているのが目に入る。


(ここは生半可な覚悟じゃ乗り切れそうにないな……)


 列の後方にいるカイルは、少し苦笑いを浮かべながらも、どこかで同じように背筋が冷えるのを感じていた。


「さて、俺がお前たちに教えるのは、ただ振るうだけの剣じゃない。実戦で通用する、命を守り、敵を制する剣だ。」

 

 ラグーザは壁際の木剣を手に取り、軽く振るった。空気を切る鋭い音が静寂を破る。


「まずは基礎を見せてもらう。全員、剣を取れ!」

 

 その一声で、生徒たちは急いで壁際に向かい木剣を手に取る。


 レオンも木剣を手に取りながら、隣でカイルがぼそりと呟くのを聞いた。


「なんか、すげぇ先生だな。……大丈夫かな、俺。」

「やるだけだろ。ほら、準備しろよ。」

 

 レオンは軽く笑いながらも、木剣を構える手に力が入るのを感じた。


「全員整列しろ!基礎の型を見せてもらう!」

 

 ラグーザの一声で、生徒たちは一列に並んだ。それぞれの緊張が空気に伝わってくる。


「始め!」

 

 ラグーザの合図とともに、剣を振るう音が訓練場に響き渡る。その目は生徒たちの動きを一つ残らず見逃さない。どんな小さな癖も見逃さないような鋭い視線だ。


 この初対面の授業が、彼らにとってどれほど過酷なものになるのか――それはまだ誰にもわからない。

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