雷の試練
ダリルが対戦カードを読み上げると、教室内には緊張した空気が漂い始めた。隣の生徒たちの小さな声が耳に入る。「ゼフィスに当たったら終わりだよな」「推薦生がどう動くか、ちょっと見ものだな」。そんなざわめきの中、レオンの名前がゼフィスとともに呼ばれた瞬間、彼の心臓が一瞬高鳴る。
「では、全員実習室に移動だ。時間を無駄にするなよ。」
ダリルの指示で生徒たちはぞろぞろと席を立ち、実習室へと向かう。そこは広大な訓練場で、壁面には防御のための魔法陣が張り巡らされていた。生徒たちは次々と割り当てられたリングに入り、模擬戦闘が始まる。
そして、ついにレオンの番がやってきた。彼が指定されたリングに入ると、すでに対戦相手のゼフィスが待っていた。ゼフィスは落ち着いた動きで剣を携えている。その剣は名家出身だけあってとても良質なものであろう。その輝きからおそらくなんらかの魔力が宿っていることが想定される。
「君は武器を持っていないのか?」
ゼフィスは片眉を上げながら、剣を軽く肩に担いだ。どこか挑発的なその仕草に、レオンは眉をひそめる。
「いいだろう。君がその“素手”でどこまで耐えられるか見せてもらおうじゃないか。」
レオンは深呼吸し、静かに言った。
「心配いらない。」
彼は手を前にかざすと、薄い光の粒が空間を漂い始める。クラスメイトたちが驚きの声を上げる中、レオンの周囲に淡い緑と氷の冷気をまとった空間が生まれる。
「出でよ――『ウィンターエッジ』!」
そう呟くと同時に、それは渦を巻くように形を変え、一瞬のうちに一本の片手剣へと姿を変えた。剣の表面には風と氷の属性を帯びた繊細な刻印が施され、冷たい光を放っている。
「なんだそれは……?」
ゼフィスは目を細めた。観客席のクラスメイトたちもざわめき始める。
「初めて見たぞ、そんな召喚術……」
「いや、あれはただの召喚じゃない。もっと特別な何かだ。」
担任のダリルは口元をほころばせた。
「ほう、面白い。」
「準備はできたようだな。」
ゼフィスが構えたのは雷属性を宿す細身の剣――『サンダーフォーク』。刀身に沿って青白い電流が走り、低い音を立てている。
「推薦者の実力、見せてもらおう。」
審判役の生徒が腕を振り下ろし、模擬戦の開始を告げると同時にゼフィスが地を蹴った。
ゼフィスが一瞬で間合いを詰め、鋭い横薙ぎの斬撃を放つ。
「――速い!」
レオンは慌てて『ウィンターエッジ』で斬撃を受け止めるが、雷の衝撃が剣を伝い、手首に鋭い痺れが走る。力が抜けたその瞬間を狙い、ゼフィスの剣が鋭く突き込まれた。彼の剣の軌跡はまるで風を裂くように鋭く、動きには一瞬の無駄もなく、まるで熟練の職人が道具を扱うかのような精密さを見せていた。
「攻撃の間合いを正確に見切っている……!」
レオンは苦い顔をしながら、すぐさま反撃に転じた。ミレーナに教えてもらった剣技を駆使し戦いを続ける。
「行くぞ!」
そう声を出すと同時に出せる限りの最大速度でゼフィスへと距離を詰め連撃を行う。
だがレオンの出せる限りの速度と力で繰り出す連撃をゼフィスは顔色1つ変えずにさばいていく。
「君の動きは悪くないが、読みやすい。」
そういったゼフィスがレオンの剣戟の隙間を正確に狙いながら反撃に出る。徐々にレオンが押され始めとうとう傷を負ってしまった。距離を取るために後方へ飛び退いたレオンは、深く息を吸い込む。緊張でこわばった体をリセットし、自分のリズムを取り戻すために。
「ふう……焦るな、自分のペースを守れ。」
剣を握り直し、冷静さを取り戻す。しかし、その隙を逃さないのがゼフィスだった。
「君の力量は見せてもらった。次は、少し本気を出す。」
ゼフィスの身体から青白い光が立ち上る。それは精霊が彼と同調し始めた兆候だった。その瞬間彼の剣に宿っている雷の魔力が共鳴を始め、次第に一層の威圧感を放つ。
「精霊との同調……!」
レオンはその光景に顔を歪める。レオンも対抗するように氷の精霊との同調を始めていく。その瞬間冷たい霧がレオンの周囲に立ち込め、氷の結晶が空中で舞い始める。それはまるで、氷の精霊が彼の意志に応えるように形を成していくかのようだった。しかし、その繋がりにはどこか不安定さが残っていた。だがそれを許すほどゼフィスは優しくなかった。
「その程度の速度では、僕の目を欺くことはできないよ。」
そういうと精霊との同調を続けたままレオンに激しく斬りかかる。ただでさえ集中が必要な精霊との同調中にここまで激しく動くことに驚きを隠せないレオン。どんどん受け身になり集中をそがれていくことに危機感を覚える。そしてゼフィスを包む輝きが一層増していく。
「これで終わりだ。ライトニングストライク!」
その瞬間幾条に連なる雷の束がレオンに向かって飛んでいく。
「くそ!フロストシールド!」
ギリギリのところで氷属性の防御魔法を展開しゼフィスの魔法を防ぐ。しかし半分ほどの雷を防いだところで氷の盾は砕けて散ってしまう。その結果雷の束がレオンに直撃し、剣を弾き飛ばした。レオンは地面に崩れ落ち、力尽きてしまう。
「力は悪くないが、君には足りないものがある。それが何か、分かるか?」
ゼフィスはそれだけを言い残すと、レオンにもう興味がないとばかりにリングから降りていく。
周囲から嘲笑の声が上がる。
「推薦生だってさ。結局これかよ。」
「やっぱりゼフィスには敵わないよ。」
レオンは地面に崩れ落ちたまま、拳を握りしめた。
(俺の力は、こんなものだったのか……)
ミレーナの顔が脳裏に浮かぶ。彼女の期待に応えられなかった自分が、どうしようもなく悔しかった。
「……でも、これで終わるつもりはない。この屈辱は、きっと糧にする。俺は必ず――もっと強くなる。誰にも笑われない存在に、いつか。」
顔を上げたその瞳には、新たな覚悟が宿っていた。
教室内のざわめきが徐々に静まり返り、レオンの新たな決意を反映するかのように彼の心もまた静寂を取り戻していく。しかし、その中には熱い炎のような覚悟が確かに燃えていた。
ゼフィスの冷たい視線や周囲の嘲笑、そして自身の無力さが、彼の胸の奥に深く突き刺さっている。それでも、レオンはその痛みを否定しなかった。むしろ、それを認めることで、自分がどこから始めなければならないのかを理解していた。
リングを降りるゼフィスの背中を見つめながら、彼は拳を握り直す。
(次に奴と戦うときは、俺の成長を見せつける。そのために何でもやる。)
ミレーナとの厳しい訓練の日々が頭をよぎる。彼女がいつも言っていた言葉が耳に蘇る。
「何が足りないか気づいたなら、それを補う方法を探すこと。それが成長の第一歩よ。」
担任のカインが教室に戻るよう指示すると、他の生徒たちがそれぞれ自分のリングでの戦いについて語り合いながら席を立った。レオンも後に続き実習室を後にする。誰も彼に話しかけるはずがないと思っていた。だがそんな中で一人だけ彼に話しかける者がいた。
「やあ、推薦者君。とてもいい戦いだったと思うよ!。」