【四季・全】座敷童
小さな小さな鉄の窓、
細くて長い鉄の棒、
狭くて暗い部屋の中、
格子の向こうに何が見える?
ガチャン。
私の問いに答えたのはその音だけだった。
あとには沈黙と、暗闇だけが残った。
紅い着物を羽織る私が唯一の部屋の飾りになった。
そして私は座敷童になった。
その日から私は格子越しの景色だけが楽しみになった。
時折運ばれてくる食事は空腹の時だけ食べた。
大半は余ってまた運ばれていった。
春が来て、夏が盛り、秋が過ぎて、冬を越す。
一年の流れに身を任せ、来る日も来る日も窓を覗く。
諦めきった私はもう、それで十分だった。
幾年かが過ぎた。
着せられていた着物は既に四度取り替えられた。
その全てが鮮やかな紅い着物で、私は赤がきらいになった。
きらいな赤を着る自分がきらいになった。
格子越しの世界が輝きを失った。
……。
窓の外では年も大詰めを迎えていた。
まだ世界の破滅は訪れていなかった。
ということは来年もこのままだろうか。
新年を迎え、
成人式の狂乱を聞き、
節分に豆をまき、
二月十四日の浮かれを片目にし、
雛あられを食して、
春の芽吹きを目にしながら、
うそつきの横行を目撃し、
桜の香りを愉しみ、
G・Wの長旅を見つめつつ、
梅雨の長雨を無心で聴き、
夏の訪問を受け入れ、
海を想い、
秋の涼しさに身を焦がし、
外に行くことの出来ぬ身を嘆き、
覗くかぼちゃおばけを嗤い、
冬の厳しさを味わい、
身を震わせ、
みずみずしい青い服を望み、
人々の慌てる姿にナミダする、
そんな生活が続くのだろうか。
私はもう疲れてしまった。
早く、早く眠ってしまいたかった。
そんな想像をした日から、私の睡眠は深く、長く、世界の全てになった。
世界が音を失った。
更に幾年かが過ぎた。
私は自殺することすら幾度も考え、そして諦めた。
私には舌を噛み切ることすら許されはしなかった。
一日着物を着ないで過ごすこともあった。
それほどまでに私は紅い着物が嫌いだった。
でも大抵は寒くて耐えられなかった。
特に寒い日は強引に着せられた。
食事を抜くことがあった。
倒れるまで続けたら点滴を打たれていた。
数週間も続いて、針の痛みで私は食事を抜くのをやめた。
ついぞ私は死ぬことができなかった。
世界が色を失った。
幾年かが過ぎた。
私はもう、ただ“在る”だけの置物に成り下がっていた。
世界に意味なんて見つけられなかった。
私は世界を拒絶した。
もう何も感じることができなかった。
扉が開いた。
食料や衣服などを出し入れするものではなく、人の出入りに使われるものだ。
私が入ってからも何回か開くことがあったので私はそれに気付かなかった。
私はそこに佇んでいた。
しばらくして私は扉が開いていることを認識した。
見張りはいなかった。
私は牢獄を抜け出した。
…。
……。
外の世界は広かった。
長い間引きこもっていた私は何をしていいか分からなかった。
長い間引きこもっていた私は何をしなければならないか分からなかった。
長い間引きこもっていた私は何をすればいいか分からなかった。
そのときに私は気が付いた。
長い間望んでいたことをすればいいと。
あとは、簡単だった。
ただ、そこにあるものだけでできるのだ。
……。
…………。
小さな小さな鉄の窓、
細くて長い鉄の棒、
狭くて暗い部屋の中、
格子の向こうに何が見える?
私は、
私……?
--------------------------------------------------------------------------------
ガチャン。
僕の問いに答えたのはその音だけだった。
あとには沈黙と、暗闇だけが残った。
……。
…………。
僕に与えられたのは
赤く、
紅く、
赫い、
一着の着物だけだった。
作品解説
もともとこの作品には【四季】シリーズの名前を冠するつもりはありませんでした。
詩や童話、絵本と言った形を多くとってきた四季ですが、この作品には特定の季節を表す描写がありません。
別個で書いた作品を四季シリーズと一くくりにしたのはまあサイト運営上都合がよかったからです。
この作品もforest時代に書かれており、実質的にもう二本ほど掲載されていました。
ごった煮に場所を移してからは一本は廃棄、もう一本は待機することに決めたのですが最後に残ったこの一本をどうするか、それが決められなかったのです。
そこからは「まあいいか、入れちゃえ」と言う思考で……。
【春】のところでも書きましたが、四季シリーズはここまで「Missing」の影響を強く受けています。
特にこの【全】は主人公の少女の描写があやめ嬢に酷く似ています。
気になる方はぜひお読みください。
すばらしい発想をいただいた甲田学人先生にこの場で恐縮ではありますがお礼申し上げます。
それにしても読み返してみると、背後関係が若干気になりますね。
考えていないのと、もう四季シリーズは書く気がないので想像(創造)してみると面白いかもしれません。
それでは。