乾かないタオル
我が家には一枚だけ、いくら干しても乾かないタオルがあった。
見た目はピンク色で、厚ぼったくて、とくに柄や刺繍のない、ありふれたタオルだった。
父はいつも、そのタオルを使おうとしては、乾いていないことに腹を立てていた。
母と私は、使わなければいいのに、と思っていた。
父は毎回そのタオルをゴミ箱に投げ捨てた。
母は毎回ゴミ箱からそれを拾い出して、また洗うのだった。
学校でそのタオルの話をすると、友達の一人が、隣のクラスにもそんな話をしていた子がいたと教えてくれた。
休み時間にその子に会ってみると、その子は学校に乾かないタオルを持ってきていた。
緑色で薄っぺらい、何の変哲もないタオルだった。
彼女はそのタオルを水道で洗い、硬く絞った後、私に渡してこう言った。
「今からあなたのクラスのベランダでこれを干してみて。放課後になっても、絶対に乾いていないから」
言うとおりにしてみたら、彼女の言うとおりになった。
私はその日、その子と初めて会話をし、一緒に帰った。
大学生になると、世の中にはたくさんの乾かないタオルが存在していることを知った。
私は最初、乾かないタオルを乾かすためにはどうしたらいいか研究しようと考えていた。
ゼミの先生に、なぜそうなっているのかを知るだけで十分難しい、と言われ、たしかにそうだと思った。
乾かないタオルがなぜ乾かないのか、皆目検討がつかなかった。
結局、卒論は全く関係のないテーマで仕上げた。
大人になると、みんな意外と生乾きのタオルを使っていることに気づいた。
同時に、それを生乾きだと認識している人が少ないこと、この世に乾かないタオルがあることを知らない人が多いことを知った。
私はいつしか、ピンク色のタオルのことも、緑色のタオルのことも、生活するうえで考えないようになっていた。
あんな毒にも薬にもならないことを一生懸命考えていたのは、私が子供で、暇だったからなのだと思った。
一人暮らしをしていたアパートが火事になった。
火元は下の階で、私は外出していて無事だった。
部屋にあったものはほとんど燃えてしまったが、ピンク色のタオルだけ綺麗に焼け残っていた。
父はそれをゴミ箱に投げ捨て、母は拾い出して洗った。
私はどうするべきなのだろう。
とりあえず、写真に撮ってSNSにあげた。
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